ゲーム開発者向けセミナー「CEDEC 2003」にて、ガンホー・オンライン・エンターテイメントの堀誠一氏によるセミナー「オンラインゲーム運営の現実 ~リリース直後に発生するコンテンツの課題~」が開催された。
このセミナーでは、同氏がテクニカルディレクターを務めるMMORPG『ラグナロクオンライン』(以下、『RO』)での運営経験を元に、オンラインゲームビジネスの現状、サービス開始に当たっての注意点、今後の展望などが語られた。
■オンラインゲームの現状
まず、『RO』が抱えてきた問題について、MMORPGではユーザー規模に応じて運営陣が取り組むべきテーマが異なるが、「ガンホーでは、ユーザー規模が大きい『RO』の場合問題となる、"システム性能"、"クラッキング"、"インフォメーションリソース限界"、"インターネットのコミュニティの揺れ"に対するノウハウが不足していた」と事例を紹介。これらについて、詳しい説明が行われた。
システム性能については、「サーバーシステムの負荷」「メンテナンスビリティ」「サーバー増設コスト」の3つに分けられる。この3つについて堀氏は「予想以上にコミュニティが増大することで、パーティチャットなどエリアサーバー外に置かれた、チャット専用サーバーへのパケットが増大し、MMORPGとしては致命的ともいえるチャットができない状態になってしまう。
また、運用の過程では、ログの管理システムの問題や、システムの保守などが新たな問題として浮上してきた。さらに、増えたユーザーに対してサーバーを増設することは、ハードや人員コストを投資することになり、結果として運営コストの圧迫につながっていく」と、実際に『RO』で発生した問題を説明した。これらは稼動してみなくてはわからない点であり、どれだけ初期投資をするかという、非常に難しい問題だ。
また、国内で多くのユーザーを抱えるいくつかのMMORPGの中で、特に『RO』において問題となったのがクラッキングだ。堀氏によれば「最初は行為自体への興味や、優越感への欲求、愉快犯など、ごく少数のユーザーがクラッキングを行う。しかし、それによってチートツール、パスワードセキュリティを突くアカウントハック、クライアントやサーバーソフトの解析による、先行情報の漏洩などが蔓延すると、興味本位であったり「他人が使っているから自分も」というユーザーが増えてしまう」とクラッキングが増える過程を説明した。
『RO』は、自動的にモンスターを攻撃、アイテムを売却するなど、完全に操作を自動化して経験値やお金を稼ぐ「BOT」プログラムに悩まされているが、この「BOT」開発は現在、ネット上の国際的なクラッキンググループによって行われているという。
続いての問題、「インフォメーションリリースの限界」とは、MMO運営における情報公開に関する話。情報が公開できない、あるいは遅れる理由について、さまざまな理由が挙げられた。例えば、バグや不具合が発見された場合に、対処策が取られる前に公開を行うと、結果としてバグを利用するユーザーが増えてしまう。そのため、一部のユーザーにバグが知られていたとしても、対処ができるまでは公開できないという事情があるという。そのほかにも、不正ユーザー対策であったり、開発会社からソースコードが開示されていないため、運営サイドで把握できない問題、デバッグにかける時間とコストがパッケージゲームに比べて圧倒的に少ないため、情報開示ができなかったり遅れたりするとのこと。これらについては、先日行われた「ラグナロクオンライン サミット」で「なぜすべての情報が開示されないのか」という質問でも答えられているので参照してほしい。
最後の問題「インターネットのコミュニティの揺れ」については、主にインターネットのオピニオンボード(掲示板)を中心に話が進められた。まず、昔のニュースグループが中心となったインターネット初期と比べると、現在のインターネットはカオス化、オピニオンボードの低モラル化が進んでいる。そして、オピニオンボード上では、ユーザー同士の衝突とそれを煽動するもの、虚偽情報の流布といった、マイナススパイラルが発生している。
この状態において、これまでに挙げてきた問題はユーザーのフラストレーションになり、さらにマイナススパイラルの燃料となっていくが、こうなると、コミュニティは大きく揺さぶられ、コンテンツや運営体制に対する批判につながっていってしまう。この点について堀氏は「ユーザー規模が小さい場合は、揺れは主にコンテンツ自体に対しての批判となって現れる。しかし、ユーザー規模が大きくなると、フラストレーションはコンテンツではなく運営母体に向かい、サービスではなく行政に対するものになる」と説明した。
また、「コミュニティが"まったりと進行"しているが売れないゲームと比べたときに、"マイナススパイラル"が発生しつつも売れているからいいではないかという意見があるが、それは駄目だ。ユーザーのフラストレーションを解決し、マイナススパイラルを止め、さらにもう1ステップ上を目指すことが重要」と堀氏は述べた。
■オンラインゲーム事業を始めるにあたって
では、オンラインゲーム事業を立ち上げるにあたって、注意すべき点は何か。これについて堀氏は、4つのポイントを提示した。「ランニングシステムであるという認識」「サーバーサイドでの考慮点」「クライアントサイドでの考慮点」「プレテストの活用」だ。
・ランニングシステムであるという認識
オンラインゲームは、開発が終了したらそれで終わりではなく、恒久的な開発と運営が必要である。そのため、開発リソースが固定され、開発完了後もプロジェクトの移動ができない。会社としては、動かすことができない開発ラインが恒常的に置かれている状況は、次のソフト開発への影響などを考えると難しい問題だろう。また、GMや課金システムなど、特別な運用リソースが必要になる。さらに、経路障害などに対応するため、365日24時間のサポート体制をとらなくてはならない。
また、開発から運営への引継ぎが非常に難しい。常にシステムが更新されるため、情報共有がしっかり行われていないと、ユーザーサポートが適切に問題に対応することができなくなる。また、場合によっては開発リソースがそのまま運営リソースになることもあり、こうなると会社としての技術力の低下や新規プログラムの開発などが行えなくなってしまう。
・サーバーサイドでの考慮点
サーバーサイドの問題で注意すべき点は、サーバー間トラフィックが挙げられる。通常、クライアントとの接続はギガビットイーサなどの大きな回線で行われるが、コストの問題もあってサーバー間はそこまで強力なシステムを用意できないことも多い。そのため、この点において問題が発生しないか注意する必要がある。また、システムの保護は当然必要だが、ファイアウォールなどを設置すればそれだけトラフィックが犠牲になる。トラフィックを犠牲にすることができない場合は、なんらかのデータ保全対策を行わなくてはならない。
さらに、コストに大きく影響するサーバー規模について、現在は「MMO」+「MO」というスタイルがトレンドになりつつあると説明した。これは、『EverQuest』の次期拡張セット『Lost Dungeons of Norrath』や『ウルティマX オデッセイ』、ロード・ブリティッシュことリチャード・ギャリオット氏が制作を進める『Tabula Rasa(タビュラ ラサ)』で採用される「プライベートエリア」のことを指していると思われる。これらのゲームに採用される「プライベートエリア」は、クエスト中など特定のシチュエーションで、MOのように数人~数十人だけの世界に転送するシステムだ。この場合、MMO部分を支配するサーバーはロビーサーバーとして機能し、プライベートエリアはMOのゲームサーバーと同じ機能を果たすため、フルMMOと比べると低コストでサービスを実現できる可能性がある。
・クライアントサイドでの考慮点
まず、クライアントサイドの考慮点として1番目に挙げられたのが、クラッカー対策だ。先に述べたように、クラッカーはネットを利用してグループの形をとっており、クライアントやパケットの解析速度は高速化の一途をたどっている。そのため、パケットやクライアント内メモリの解析対策は必須となる。ちなみにガンホーでは、それらのグループに身分を隠して潜入し、実際にどのように解析が進められているのか調査を行っているとのこと。
そのほかの問題となる事例ではキーボードマクロがある。キーボードやマウス、コントローラの動きを擬似的に再現するマクロウェアは、人が入力しているのと見分けがつかず判別が非常に難しい。RPGにおいては、単純なパターンの繰り返しによって経験値やお金が稼げないようなシステム、インターフェイスを考慮しなくてはならない。
また、パッチによる修整を過信するのは禁物という話も。パッチが多くなれば、転送料という形でコストに跳ね返るし、ナローバンドユーザーがいれば、ダウンロードが完了するまで長時間にわたって回線を占有してしまう。ユーザー数が増えれば、パッチ配布の瞬間のアクセスに耐えるために、サーバーの強化が必要になるためだ。
・プレテストの活用
多くのオンラインゲームにおいて、クローズドやオープンβテストが行われているが、ここから得られる情報の重要度について説明が行われた。まず、クローズドとオープンの違いについて、クローズドではコンテンツの内容をすべて公開しなくてもよく、規模やユーザー層を運営側がコントロールできるメリットがある。しかし、負荷テストが行えなかったり、ユーザー評価の不足による検証が不足したりというデメリットもある。
一方のオープンテストでは、幅広いテスターから情報を収集でき、コンテンツの認知度を口コミで広げることができる。しかし、ユーザー数が極端に増加した場合、テスターからの情報が集中してしまう。また、有料化したときにキャラクターの移行をするかどうか、移行するのであれば新規ユーザーとのバランスをどう取るかという対策を考えなくてはならないという。
なお、プレテストをプロモーションとして活用することは、非常に効果が高い。しかし、期間の設定が難しく、予想を外れた場合に運用プランニングに影響してしまうので、注意が必要だとのことだ。
■運営開始後の問題
運営開始後は、事前段階とは異なる問題に直面する。堀氏は、この問題について人員面から説明を行った。
・開発スタッフ
『EverQuest』の熱中度の高さを表す言葉として「ヘロインウェア」(麻薬のようにハマってしまうゲーム)という言葉があるが、これは開発者にも当てはまる。開発者がコンテンツに固執してしまい、次の作品のアイデアが出てこなくなるのだ。
さらに、運営後はゲームバランスがコンテンツにおいて非常に重要な位置をしめる。ネットゲームでは、随時アップデートしていく必要があるが、ゲームバランスに触れるときは、慎重なアップデート判断が必要となる。
あわせて、MMORPGでは一度修整したはずのバグ・不具合が次のバージョンアップで復活することも少なくないため、開発、運営ともにドキュメント化した上で、バージョン管理することが大切だとした。
・ゲームマスター
ユーザーにもっとも近いサポートスタッフであるゲームマスター(GM)だが、ここで重要なことはプレイヤーと一体化してしまわないこと。仮に情報を知っていたとしても、社外秘である情報はユーザーに漏らさない、プロとしての職務を認識しなくてはならない。
また、GMというのは新しい職業であるため、将来へのキャリアパスを考える必要がある。他社のGM経験者が、ガンホーのGMを志願してきたときに「一生涯をGMという仕事にささげる」といった人がいるそうだが、それではまずいと堀氏はいう。「オンラインゲームが2年、3年と続いたときに、教育できる人間になってもらわなくてはならない。その体制にしても、中級GM、上級GM……と、ただGMの中の地位を上げていく形ではなく、別の形を考える必要がある」とのこと。
GMの役割に関して堀氏は、今後2極化していくのではないかと未来を予想した。ここでいう2極化とは、ゲーム内の役者としての「キャスト」と、システムを守る「ガーディアン」だ。「ガーディアン」に関してはどのオンラインゲームにおいても等しく必要で、職業的に安定するが、「キャスト」は場合によっては芸能人のように厳しい生存競争が発生する場合も考えられる。望ましくはないが、優秀なキャストに対する他社の引き抜きなども起こりうる、と今後のGMについてコメントした。
■オンラインゲームが直面する問題
では、現在オンラインゲームはどのような問題に直面しているか。これについては、「ユーザーパーミッション(ユーザーの個人情報)の取得の必要性」「不正行為からの自社防衛」「現金取引(RMT)」「極度のゲームへの依存」「コンテンツのポータル化への促進」といった点が語られた。
このセッションは、順調とはいえない時期もあった『ラグナロクオンライン』の運営経験をもとにしており、ガンホーならではの多くのノウハウをオンラインゲーム開発者に伝えるものであった。
『RO』のテクニカルディレクター堀誠一氏。『RO』有料化から1年と9カ月の運営で得たノウハウを語る。
ユーザー規模に応じて、個人間の問題、団体間の問題、運営サイドとユーザー間の問題と、事業者が取り組むべきテーマも変わる。
クラッキングをする人間が増える様子。一次発生を食い止めることが重要だ。
マイナススパイラルと、その燃料となるさまざまな問題。大規模であるほど、矛先が運営自体に向く点は非常に興味深い。
オンラインゲームは新しい分野であり、フロンティアへの挑戦だと語る堀氏。また、日常から学べることもいくらでもあるとコメントした。
パッケージゲームとは違う、オンラインゲームならではの課題。ISAGA2003でガンホー社長の孫泰蔵氏も言っていたが「オンラインゲーム運営はビジネスとして非常に難しい」のである。
オンラインゲーム業界では、「MMO」+「MO」というトレンドが生まれつつある。これは、コスト面だけでなく、MMOのゲーム性の問題点を解決するアプローチでもある。
キーボードマクロと、効率よい操作の人間の見分けは非常に難しい。単純な動作では、プレイ上のメリットが得られないように考慮する必要がある。
堀氏によれば、「ゲーム脳」の次は、オンラインゲームの極度のゲームへの依存が問題にされるだろうとのこと。実際、オンラインゲームの中毒性は開発者の中では議論の対象になっており、昨年のゲームディベロッパーズカンファレンスで「中毒性の高いゲームを作ることの是非」というセッションが設けられたほどだ。
■関連サイト
・CEDEC