2009年11月28日(土)
2
獲物の彼――カイル・リーファレッドは、遠慮がちにドアをノックすると、すみませんと家の外から声をかけてきた。
はいどうぞーと応対しながらわたしは、何度か来ているんだし勝手に入ってくればいいのに、と彼の育ちのよさに苦笑した。
お邪魔しますと、なんだかキツネの巣に放り込まれたウサギのように恐る恐る入ってきた赤茶髪のカイルは、トレーダーという、人の依頼でモンスターの退治から夕飯の食材の調達までこなす、ほかの国なら「何でも屋」と呼ぶ仕事を生業にしているウォーリアだ。
わたしのところに来るウォーリアは前線で体を張る仕事だからか、粗野な人が多いけれど、カイルは時折見せる仕草に生まれのよさを感じさせる。
……普段はぼーとしているのだけど。
珍しそうに小屋の中を見回す彼にわたしは声をかけた。
「今日はどうしたの?」
「研ぎをお願いしたいのだけど」
「研ぎって……この前やったばかりじゃない。まあ、いいけどね。貸して」
すまなそうなカイルから剣を預かると、わたしは壁についた戸棚から研石を引っ張り出した。
水に通して剣をチェックしてみると、たしかに広い範囲に刃こぼれがあった。
安物の剣みたいだし、ぽっきり折れていないカイルの剣の腕を褒めるべきなのかもしれないけれど、二日そこらで使い物にならないほど痛むなんて、あんまりだ。
カイルと知り合ったのは二週間ほど前で、まだ日が浅い。
それなのにもう五回も研いでいるのだから、乱暴に扱うなと文句の一つも言いたくなる。
「……たまには剣の一本でも買っていったらどうなの?」
「それはまた今度で。お金ないんだ」
たしかにカイルは、藍染のチュニックの軽装で、戦場では最前線にいるウォーリアとしては心許ない。
お金があるなら剣の前に軽鎧を、と街の武器屋でも薦めるだろう。
困ったように笑うカイルに、ったくもうとわたしはぶちぶち不満を言いながら研ぐ手に力を込めた。
カイルの剣は、本人のどこか抜けている性格をあらわすように、刃こぼれが一箇所に集まらないで刃のところどころに散らばっている。
このカイルの「癖」は五回の研ぎ全部でかわっていない。
苦労させられてるんだね。
わたしは剣に同情しながら、道具を興味深そうに眺めている主を見て苦笑した。
しばらく、家に砂利を磨り潰すような音が響いた。
「……はい、できたよ」
わたしは研ぎで出た鉄粉を水でざっと洗い流すと、暇になったのか脚が壊れかけている木の椅子で目をつぶっていたカイルに声をかけた。
ぱちりとカイルの目が開いた。
「え? ……あれ?」
「……あんた、人に仕事させておいて寝てたでしょ」
睨むわたしに、カイルが目をそらした。
「そんな、まさか。あはは」
嘘の下手なやつ。
カイルは剣を受け取るとでき栄えを確認して、満足そうに頷いた。
「ありがとう、助かったよ。これさ、アカノ以外の鍛冶師にお願いすると、なんでか断られるんだよ」
そりゃそうだろう。削りすぎて強度に問題が出てきた剣を研ぎたい鍛冶師なんてそういない。
力を誤って折ってしまったら、研ぎ代をもらうどころか新品の剣代を請求されてしまう。
「……ありがたいと思うなら、剣を買ってもらおうかな」
「それは……ほら、そうしたらせっかくアカノに研いでもらったこの剣がムダになるだろ?」
わたしとしては、そちらのほうがよいのだけどね。
まあ、それはそれとして、だ。ぼちぼち狩りに移ろう。
わたしは営業用のスマイルを浮かべると、逃げられないようにカイルの腕を掴んだ。
「ね、お願いがあるんだけど」
「お願い? ……嫌な予感がするんだけど」
む。……勘がいいな。
でも、遠慮はしない。
「ヘイムダルまで鉱物の採掘に付き合って欲しいのだけど」
「付き合う……?」
「そ。ようするに護衛」
カイルの顔が引きつった。
「拒否権は?」
「あると思ってる?」
カイルには、家のそばの野っぱらで毒にやられて倒れていたところを助けてあげたという貸しがある。
また、研ぎも格安でやってあげている。断れるわけがない。
わかったよとカイルの頭が、がっくりと垂れた。
「いつから行くんだ?」
「んー。なるべく早いほうがいいかな。明日からは平気?」
「なんとかなると思う。明日の九時に門でいい?」
「おーけー」
カイルは、だいたいの採掘位置を聞くと、準備があるからと帰っていった。
さー、忙しくなるぞ。わたしの方も準備をしなければ。
スコップにツルハシ、と……。
倉庫から道具を取り出してリュックに詰め、ツルハシに錆がういてないか確認しているところで、わたしは待てよと気づいた。
男女が二人きりで出かけるのって――。
世間一般ではデートと呼ぶのではあるまいか?
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