2009年11月28日(土)
4
雨が激しくなってきたので、わたしたちはカイルが見つけた岩の窪みで肩を寄せ合うようにして、すこし休むことになった。
張り出した岩は雨を遮ってくれるけど、濡れた服と冷えた体は乾いていかない。
カイルはちょっと待ってと落ちていた小枝で火を熾し、そしてリュックから取り出した手鍋でなんとスープを作り出した。水は雨から現地調達だ。
「……用意いいんだ」
「香草を入れただけのスープだけどね」
はい、と湯気のあがるマグカップを渡された。
熱いスープに口をつけると、体が急に重くなったように感じられた。スープで緊張がほぐれて、忘れていた疲れが出てきたんだと苦笑した。
「すこしは落ち着いた?」
「……まあ、ね」
肌に当たると痛いほどの雨はしばらくやみそうになかった。雨の向こうで稲光がまたたいた。
足止めだ。
暖かいマグカップを両手で抱いていると、なんだか動きたくなくなってきた。
岩から滝のように落ちる雨水をただぼーと眺めていると、あの赤い瞳が思い出された。
モンスターを見るのは初めてだった。聞いてはいたけれど、あれは動物がエサを狩るのとは違う、人を憎悪する目だ。
怖いなと思った。体が震えた。
「寒い?」
「それもあるけどね」
わたしは膝を抱えた。尾を引くことがありすぎて、なんだか素直になれそうになかった。
それに杓子を持ってスープをすくうカイルの笑顔がどこか憎くて、いじわるをしたくなった。
「さっきのモンスターさ、もうすこしスマートにできなかったの?」
「スマートに?」
「そう。カイルだってトレーダーになって長いんでしょ。だからほら、もうちょっと、こう綺麗にというか……わかるでしょ」
うまく言葉にならないけど、カイルはなるほどねと苦笑した。
「アカノはモンスターに会うのは、はじめて?」
「……そうだけど」
「そうか」
言ったきり、カイルは黙って火をいじりはじめた。それがなんだか隠し事をしているようで気にくわなかった。
「ちょっと。言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」
カイルは困ったような顔をして、手近に燃やせるものがなくなると仕方ないなと枝を捨てた。
そんな投げやりなところがまたしゃくに障った。
だからかもしれないけれど、カイルが剣を貸してくれなんて、なんだかわからないお願いをしてきたのには、はあと返事ともため息とも取れる回答をしてしまった。
「剣?」
護身にと自前のショートソードを二本腰帯にくくりつけているけど、なんで今必要?
まあ使うこともないだろうからと剣を渡すと、カイルは刀身をじっと見つめてまた黙ってしまった。やっぱりよくわからない。
なにがしたいの、と声をかけようとした、そのときだった。
――ぼきん。
「ぎゃあっ!」
わたしは思わず悲鳴をあげてしまった。岩に叩きつけられたショートソードが根本から折れたのだ。
刃先はぴょーんと飛んで雨のカーテンの向こうに消えていった。
ここまできれいに折れると修復不可能。
なんてことを……。
「カイル、あんたねえ……」
ショートとはいえ完成するまでに五日もかかったのだ。細工に希少な金も散りばめた一品なのだ。
いくら優しいと言われるメルファリアの女神でもこれは許さないだろう。
「やっぱり」
なにがやっぱり、だ!
いきなりショートソードを破壊しておきながら満足そうなカイルに、こいつの剣も折ってやると決意して飛びかかろうとした。
計画が中止されたのはカイルがさらに妙なお願いをしてきたからだ。
「もう一本、貸してくれないか?」
「……なんですって?」
一本折ってさらにもう一本貸せ、ですと? ますますわからない。
不服ではあるけど、もう一本貸してなにかわかるならとわたしは剣を差し出した。
「次も折ったら許さないからね」
注意つきではあるけど。
カイルはじゃあと前置きをおいて言った。
「先に謝っておく。ごめん」
ちょっと待て、と止める間もなくカイルが剣に手を伸ばした。そのカイルの体からは、青白
い陽炎のような光がゆらゆらと吹き出していた。
――これってエナジー?
すべての人が持っているという、不思議な力の源。剣技や魔法の原動力。
きれい……と剣を取り返すのも忘れて見つめていると、光がカイルの手に、剣に集まり始めた。
そして剣からピシと悲鳴が上がった。
「え?」
変化はすぐにあらわれた。剣に次々と亀裂が走りはじめた。
まるで光に削られるように刀身がぼろぼろと剥がれていった。
ついにはカイルの手の中で剣が粉々に砕け散った。
わたしは変化についていけなくて呆然としてしまった。
今のは……なに?
一本目とは折れ方が違う。まるでエナジーが剣を食べたようだった。
「アカノはこだわりすぎなんだと思うな」
驚くわたしにカイルが言った。
「……こだわり、すぎ?」
「剣の見た目を気にしすぎなんだと思う。そりゃ綺麗なんだけど、でも、もろそうだなって思ってた」
……もろそう?
「モンスターと戦うのをスマートに、って言っていたけどさ、殺し合いってそんな綺麗なものじゃないよ。お互い死にたくないと思って戦っているんだからさ。アカノが思っているよりずっと醜いことやひどいことだってある」
残った柄をカイルがくれた。
「剣はさ、やっぱり戦うためにあるんだよ。アカノは剣の細工にこだわりがあるみたいだけど、どんなに綺麗に細工された剣でも、戦えないんじゃ意味ないと思う」
……そうか。
わたしは売れる剣とか見栄えのよい剣とか自分ばかり気遣っていて、兵士のことを見ていなかった。
戦場の兵士はエナジーを当たり前のように使うという。なら、エナジーに耐えられないわたしの剣は戦う前から……。
「アカノの剣で戦うのはきっと難しいと思う。だから、みんなアカノの剣を買えないんじゃないかな」
――わたしの剣は、はじめから負けていたんだ。
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