2009年11月28日(土)
6
早く、早く……。
洞穴の土はなかなか削れていかない。天井から滴る湧き水と汗で、垂れてくる前髪を袖で拭って、ツルハシをがむしゃらに振るう。早く、霊銀鉱を。
オークの群れに再び襲われたわたしは、洞穴に戻って霊銀鉱を探していた。
カイルは洞穴の前に立ちふさがって戦っている。
「――カイル、逃げよ!」
迫ってくるオークの群れを見たとき、わたしは霊銀鉱の採掘を諦めた。
鍛冶はもう一度、頑張ってみようと思った。けど、それは数十匹ものオークの群れとカイルを戦わせてまで霊銀鉱を欲しいと思うほどの強い気持ちではない。
霊銀鉱がなくても良い剣を造ればいいんだ。それでたとえナノカに負けても仕方ない。そう、いいんだ。
けれど、カイルはやっぱり逃げなかった。
「霊銀鉱、必要なんだろ? 平気だから!」
「でも……!」
「いいから、俺はアカノの護衛なんだろ!」
「!」
わたしはカイルに傷ついて欲しくないだけなのに……。なのに、カイルはわたしの我が侭に付き合ってオークの群れに戦いを挑んだ。
わたしにできることは……一刻も早く霊銀鉱を探すことだけだった。
霊銀鉱は、見た目は銀に近い、数時間掘っても一欠けらも出ないこともあると言われる希少な鉱物だ。
カイルはきっと霊銀鉱が見つかるまで戦い続けるだろう。諦めないだろう。
ここで出なかったらカイルは……。そう思うと気持ちばかりが急いて、壁がなかなか崩れない。振り上げるツルハシにも余計な力が入ってしまう。
「!」
力任せに振るったツルハシがクズ鉄にあたって、握りがずれた。柄と擦れて手の皮がずるりと剥けた。
血が肘を伝って滴り落ちた。痛みで頭がジンと痺れた。それでも、わたしはかまわずにツルハシを振るい続けた。休んでいられなかった。
カイルだってガルム、オーク二匹と戦って体力が限界に近いはずだ。いつまでも戦えるはずがない。
お願い、見つかって……。カイルが傷ついて倒れる前に、お願い……。
生まれて初めてメルファリアの女神にお願いをして、息を整えるために下を向いたとき、わたしは血で赤く滲んだ水溜りの中にそれを見つけた。
「……あった」
「カイル、見つけた!」
洞穴よりすこし離れた岩の多い場所で戦っていたカイルにわたしは声をかけた。岩を盾にして剣を振るカイルの服は、自分の血なのかオークの返り血なのか、藍だった布が赤に染まっていた。
ただ、わたしの呼びかけに、オークの群れを置いて駆け寄ってきたところを見ると、大怪我はしていないようだ。
「見つかったって?」
「これ!」
洞穴で見つけたそれを差し出す。握り拳大のそれ――霊銀鉱は、わたしの手の中で日光を浴びて鈍く光っていた。
カイルが頷いた。
「やったな!」
「うん! ――あ、カイル、後ろ!」
自分のことのように喜んでくれるカイルの気持ちが嬉しくて、笑顔で返そうとするけど、向こうから鼻息荒く迫ってくるオークの群れに悲鳴をあげてしまった。
オークは走り去ったくらいでは見逃してくれないようだ。
数も、カイルが何匹かは倒したようだけど、それでもはじめより増えている気がする。このピンチを脱出するには走って逃げるだけでは難しいようだ。
「こっちだ!」
戦うことはからっきしなので頼るしかないわたしはカイルに手を引かれて、崖に向かって走り出した。
崖のへさきに立つと、わずかばかりの茂みが見下ろせた。高所にいると実際より高く感じると聞くけれど、それを差し引いてもわたしの背よりずっと高い気がする。
ここに来てなにをするつもりなのか、なんとなく想像がつくけど否定したいわたしは、手を掴んで離そうとしないカイルにおそるおそる確認した。
「……それで……どうするつもりなの?」
「……先に謝っておく。ごめん!」
そう告げるとカイルはわたしをやっぱり抱き上げた。
なんとなくわかっていたけど――!
「ちょっと待っ――! うきゃぁぁぁぁあああああ!」
止める間もなくわたしはカイルに抱えられたまま、崖を落ちていった。
ヘイムダルに、わたしの女の子らしくない絶叫が木霊した。
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