2010年1月27日(水)
――御社が制作した『true tears』や『CANAAN』は、丁寧な作画や演出が高く評価されました。それはなにより、良質なスケジューリングがあってこそのことと思います。その秘訣はなんなのでしょうか?
堀川氏:根底にあるのは、スタッフ1人1人がしっかり自己管理すること、そして制作は、スタッフがモチベーションを長期間維持できるような環境をつくること、この2つだと考えています。本社の原画マンは、毎朝作業を始める前に、現在手持ちの仕事量と、その日1日の作業予定数を自己申告するんです。その情報をまとめたデータが、10:30ごろに東京の制作全員に一斉送信されます。制作はそれを確認することで、全原画マンの仕事状況を確認して、原画マンの手が空かないように仕事を供給したり、演出に原画アップ数の予測を伝えるなど、適切な対応をとるようにしています。東京の場合は、車であちこち駆けまわって原画の回収……というのが制作進行のルーチン業務の1つですが、そこに費やす時間は膨大なものです。富山本社は一括管理できる分、制作はあまった時間を別のクオリティコントロール業務に割くことができます。自己申告の話に戻りますが、そうやって20代のうちに自己管理できるスキルを身に着けることで、描く物量を増やせるようにしています。物量をこなすことは、彼らがプロとして生計を立てるためには初期教育でしかできないもので、30代になってからでは遅いんです。それでも、日本のキャラクターデザインは、海外に比べて流行り廃りがあり、アニメーターが50代、60代になってもデザインに適応し続けるには厳しい環境なんですね。60代の方に『Angel Beats!』の絵が描けるかというと難しいでしょう? 彼らには数を描くことと、何でも描くことを身につけてほしい。それは将来、最強の武器になるはずです。
▲『Angel Beats!』のキャラクター原案を手掛けるのは、美少女ゲームブランド・Keyの原画家Na-Ga氏。ピーエーワークスの手を通して、どんな映像が組み上げられるのか、今から期待は高まるばかりだ。 |
堀川氏:アニメーションの世界で生きていこうと覚悟を決めている彼らが、できるだけ長く“現役選手”でいられるように、まずは自己管理能力を身につけるよう徹底して訓練しています。もちろん、最初は申告通りにはいきません。でも、それを漢字ドリルのように毎日繰り返していれば、いずれは、このカットで何枚の原画を描けばいい、と絵を描き始める前にプランニングできるようになる。プランニングせずにズルズルと描き足していると、スケジュールが読めなくなってしまう。時間の制約が厳しいTVシリーズものは、それでは対応できないんです。毎日コンスタントに原画を上げることが最大のクオリティコントロールにつながる。そうやって、ボトルネックになる次のセクションの演出や作画監督がチェックする時間をきっちり確保する。さらに、必要ならその場でリテイクを出して、すぐに修正する。この工程は当たり前のことのように思えるかもしれません。でも今のアニメ業界は、この“当たり前”がなかなかできなくなっているんです。
――できて当然のことだから実行する……。口にするのは容易ですが、その影にはなみなみならぬ苦労があることと思います。アニメ制作に限らず、作品を作るうえでモチベーションが重要なのは理解できますが、とりわけ重要視するようになったきっかけはあるのでしょうか。
堀川氏:僕は10年東京で制作をしていましたが、そのころのアニメ業界は作品の供給過多とも言える時代でした。業界全体が完全な人手不足のところ、アニメーターは人がよくて、頼まれた(泣きつかれた)仕事を断れない。無理だとどこかでわかっていても、受けてしまう(受けてくれる)んですね。彼らの善意で放映を落とさずに保っていた時代でした。その結果、彼らはさまざまな作品に、ちょっとずつ手を着けることになったんです。それが、どんどん彼らを疲弊させていったんです。自分がかかわった作品がいつTVで放映されたのかすら知らなかったり、見ても自分の担当パートは1分足らずで終わったりしてしまう。毎日毎日、複数作品の放映に追われるルーティンワークの繰り返しで、まるで描くことにワクワク感がない。楽しんで仕事ができる環境ではなかったでしょうね。僕はそれを実感した時、この現状をどうにかしたい、これでいいものができるワケがない、と強く感じました。スタッフが参加意識を持てるような環境で作品を作りたいと考えるようになりました。東京では自宅で作業するアニメーターも多いのですが、伸び盛りの若いアニメーターはそれではダメだと思うんです。多くのスタッフが同じ部屋で作業ができれば、刺激的で有益な情報に接する機会も多いし、いい意味での競争意識も生まれやすい。演出や作画監督も、ちょっとしたコミュニケーションをとりやすい。作業効率を上げつつ、みんなで参加意識をもって1つの作品を作り上げる……そんな確かな実感が得られるスタジオを作りたかったんです。ピーエーワークスでは社内原画マンのカット単価を7段階にわけていて、難度が高いカット、手間がかかるカットを担当したスタッフには、それに応じた報酬を支払っています。それでも、TVシリーズの単価収入で十分稼げるかと言えば、なかなかそれは難しい。だからせめて、1つの作品を作り上げたという達成感を持たせてあげたい。1人1人が「このアニメは僕が作りました!」と、胸を張って言えるようにしてあげたい。作品が視聴者の皆さんから評価されたり、仕事内容を演出や作画監督から評価されたらうれしいだろうし、次へのモチベーションにもつながる。そういうやりがいのある現場を作ってみせる。それが、僕の一番の原動力です。
――スタッフのモチベーションを高く保たせるというのは、具体的にはどういうことをされているのでしょう。
堀川氏:一例として、東京にアパートを確保して、本社スタッフをローテーションで東京のP-10 スタジオに出張させています。そうすれば、第一線で仕事をしているスタッフの仕事ぶりを直接見ることができるし、自分の描いた原画がどうあつかわれているか、緊張感を持って体感することができる。実はものすごくイライラして、舌打ちしながらチェックされているかもしれません。もしそうだったら、気が気じゃないでしょうね(笑)。でも、人に喜ばれる仕事をするためには、そういう緊張感の中でこそ成長できるんです。一番理想なのは優秀なスタッフが富山に来てくれることなんですが、そのためには優秀なスタッフが、富山の片田舎にでも行きたいと思える制作環境を作ろうと思いました。会社を設立してから9年間、それを目標にやってきました。やっと形が見えてきたところですね。
――若手スタッフを育成しつつ、良質なアニメも生み出す。理想的なOJT(※On-the-Job Training。仕事を通じて、必要な知識や技術を修得させること)の実現ですね。
堀川氏:僕は運がいいなと思っています(笑)。これまでに何度も、さまざまな方に支えられて、ここまで来られました。それは、僕たちが真摯(しんし)な姿勢でいいものを作ろうとしたことを認めていただけたからだと思っています。プロパーのスタッフは、まだまだ半人前かも知れません。やるべき課題、積むべき経験が山積みです。でも、各セクションの監督に力のあるスタッフを配置して、スケジュールを確保できれば、作品のクオリティをコントロールできるんだということだと思います。たとえば、『true tears』や『CANAAN』で総作画監督を務めてくれた関口可奈味さんは、全話の全カットをしっかりチェックしてくれる一方で、若手の面倒もよく見てくれました。彼らが将来大成した時には、彼女が助かる原画を描いてほしいですよね。“情けは人のためならず”ですよ。若手を育てるのは、自分のためでもあるんです。
▲関口可奈味さんが仕上げた原画が入っているカット袋。社内スタッフなら誰でも自由に見られるようになっていて、「ここから技術を盗むように」との一文が添えられている。 |
→堀川氏がオリジナル作品にかける“想い”とは?(3ページ目へ)
(C)VisualArt's/Key (C)VisualArt's/Key/Angel Beats! Project