2010年3月24日(水)
学食を出ると、外はもう真っ暗だった。
「この後はどうするんだ?」
「今日はもう何もないわよ。お好きにどうぞ」
「寝る場所は?」
「寮があるわ」
きっと行けば、部屋割も決まっているのだろう。
ゆりっぺについて、歩き出す。
「ルームメイトとかいるのかね」
「いるんじゃない? ひとり部屋はないはずよ。あたしは追い出して、ひとりで住んでるけど」
「しそうだよな、おまえはそういうこと」
「だって恐いじゃない。人間じゃない奴と同じ部屋で寝るなんて」
「向こうからすれば、おまえのほうが脅威だよ」
「男子寮はそっちよ」
ゆりっぺが立ち止まり、左側を指さした。
その先には立派な建物が待ちかまえていた。全寮制のようで、当然だがでかい。
「ああ。じゃあな、また明日。何があるかは知らねーけど」
「それは明日言うわ。おやすみなさい」
ゆりっぺの背中を見送った。
ひとりきりになると、深くため息をついた。
なんとも疲れた一日だった。
二度も屋上から落ちたんだからな……。厄日だ……。
そしてこれから、人間じゃないルームメイトに会わなきゃならない。
そいつとこれから過ごしていかなければならない……。
それも気が重い……。
口は悪いが、ゆりっぺといると安心できるのだ。この世界で彼女は、俺が知る唯一の人間なのだから。
すでに人の温もりが恋しい……。
ドアの横に貼られた名札を見ながら廊下を歩く。
俺の名前が書かれている名札を見つけた。
ここか…。
足を止める。
ルームメイトの名前は……大山。
うし、入るか。
意を決し、ノックをしてドアを開ける。
「ちーっす、今日から同室になる日向っす」
愛想良く挨拶する。
「やあ、初めまして。僕は大山。よろしく」
中には二段の下のベッドに腰を下ろした男子生徒が一名いた。
見かけはごく普通の男子。とりわけ大柄でも小柄でもなく、やせ細っても太ってもなく、男前でも不細工でもない。第一印象はなんの特徴もないのが特徴、といったところだ。
やあ、初めまして、僕は大山、よろしく、という挨拶にもなんの個性もない。
まるでRPGで最初に訪れた村の村人のようだ。
やあ、ここは○○村だよ。ゆっくりしていきな、的な。
テンプレートすぎて不気味だ。
会話が成立しようが、ここにいる生徒はこんな奴らばかりなのだと思うと、ゆりっぺがいてくれて本当に良かったと思う。
俺は中に入り、ドアを閉めた。
「机はそっちね。ベッドは上を使ってよ」
「ああ、サンキュ」
とりあえず勉強机の椅子に腰掛けてみる。
それをぐるりと反転させ、大山というルームメイトと向かい合う。
気は進まないが、話してみよう。
「大山くんは、ここ長いの?」
「見ての通り君と同じ三年生だよ」
「そうか……そうだよな……」
俺は三年生だったのか……。
他にもいろいろ訊きまくってみるか。
「大山くんの趣味は?」
「読書と音楽鑑賞かな」
ここまで個性のない回答をするものなのか……。
「音楽ってどんなの聴くの」
「J-POP」
当たり障りがなさすぎる!!
「日向くんの趣味は?」
逆に質問を返される。
「俺? 俺はスポーツかな……」
「観るの? するの?」
「どっちも好きだよ」
「そうかー、僕は観るのは好きだけど、するのはどっちかっていうと苦手かな、ははは」
なんだその、とってつけたみたいな笑みは。気持ち悪すぎる。
ああ、人間味のあるゆりっぺの毒舌が恋しいぜ……。
誰か俺を罵ってくれ……。
「ああ、呼び捨てでいいよ。大山って」
「山ぴーって呼んでいい?」
「なんで?」
「いや、ちょっとでも個性をつけてやろうかと」
「ははは、よく言われるんだよね、個性がないって。先生にもよく怒られるよ」
「まあ、冗談だけどさ。俺も日向でいいぜ」
「わかったよ、日向くん」
この村人は不具合までお持ちのようだ。
「で、日向くんはこれからどうする?」
「どういう選択肢があるんだ?」
「宿題をしてからお風呂に入って寝るか、お風呂に入ってから宿題をして寝るか」
「どっちでもいい……」
「じゃ、先にお風呂行こうよ。今ならまだ空いてるよ」
「待て、おまえと行くのか?」
「え? ダメなの?」
「いやダメってことはねーが……」
なんとも友好的な村人だ。
どうせこれから毎日顔を付き合わせていくんだ。避けながら過ごしていくというのも非常に面倒くさい。ここは流されておこう……。
「わかった。行くよ」
うん、と大山は嬉しそうに頷いた後、立ち上がり、支度を始めた。
「はい、新しいタオル」
「ああ……サンキュ」
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