2010年5月3日(月)
▲かざみさんが絶賛する、玉岡かがりさんによるリト。 |
――絵がかがりさんのものに替わって、かざみさんの目にはどう映りましたか?
これでゲームがつまらなくても許される。
――えー!
『だらよ3』で、かがりさんに魔法使いを描いたもらっていた時から「いける」と確信はしていたんですよね。あの魔法使いの絵は、『あのすば』をリメイクするにあたってのテストシーケンスでもあり、“かがリト(かがりさんが描くリト)”にうまく感情移入してもらうための準備期間でもありました。
――かがりさんの絵は、非常にかわいらしいですよね。
『だらよ1』のころから描いてもらっていますが、まさかここまで、おれの気に入った方向で絵のクオリティを上げてくれるとは思っていませんでした。そこはすごくよかったです。『あのすば』のリトの性格を作った当時のコンセプトが“全方向にかわいくする”でした。1人しか常時居るヒロインがいないので、そのヒロインだけでいろいろなユーザーの気持ちを受け止めてもらわなければならない。そういう意味では、かがリトはこれ以上ないぐらいベストだと思っています。
――キャラクターの絵だけでなく、主題歌も新たに作り直したんですよね。作詞はいががでしたか?
『あのすば』以来、おれはゲームに主題歌を入れてませんでした。当時は歌つきのゲームがあまりなかったので、これはインパクトがある、しかもX68k版で、というのがあったので取り組んでみたのですが、実際の作詞作業というのはものすごく大変で、おれの中では1999年の時点でただでさえなかった作詞の才能とストックを、この1曲で使い果たして燃え尽きたという感覚がありました。
作曲の水野さんと打ち合わせをしていたら、終電を逃してしまったのでうちに泊まってもらって、寝ながら打ち合わせの続きをしていたりしました。そういった作業自体は楽しかったのですが、作詞能力の向き不向き的なものは感じていたので、おれは当初、歌を作り直すことは一切想定していませんでした。
で、そんな状況で音楽担当の水野さんから「主題歌を作り直したいですね」と言われたわけです。元の主題歌が、曲と歌を統合したデータしかなかったから、おれは曲アレンジし直して前と同じ歌を入れ直したいのかと思い込んで、「いいですね」と返答したら「じゃあ歌詞書いてください」「……え」という流れがあって。
――気付いたらやる状況になっていたと?(笑)
ただでさえ引き出しが残ってない状況で、同じコンセプトの歌詞はもう一度思いつかないという話をしたら、前作は主人公視点の歌詞だったから、今回はヒロイン視点ならどうだといこと事になったので「うーん、それなら活路はあるか?」と思ってひねり出していったという感じです。
最初「文字数が多すぎるので歌詞半分に減らして」とか、「“さ行”の文字が多すぎるので言い換えて」とか「譜割り的に1文字削って」とか、確かこれ10年前にも同じことを言われたよなぁとか思いつつ10回ぐらい書き直して、ようやくできたという感じです。
やまもさん(歌をお願いした方)からも、仮歌の段階から歌いにくさと格闘している感じがにじみ出てたんですけど、そこはもうおれにはこれ以上のクオリティの詞はできないので、詞はともかく、曲のクオリティで乗り越えてもらうことにしました。手間や時間はともかく、作詞は今回一番の難産でした。
本編の作詞の後で急に作りたくなって作詞した『あのすば音頭』は5分でできたんですけど。そしてそれは水野さんには華麗にスルーされたんですけど。
――BGMは原曲版とFM音源版を切り替えられるようになっているんですよね。この仕組みを搭載した理由は?
おれが『あのすば』X68k版の曲が大好きなので、それを聞いてプレイしたなと。あとX68kは『あのすば』の原点ですから、原点の要素を残したいという思いもありました。ただ、新曲ができてからはそちらを気に入ってテスト中はほとんど新曲版でしか聞いてなかったので、やはり再装版に一番なじんでいるのは新曲版だと思います。
――では、『あのすば』X68k初版を制作していた当時と現在とで、制作における心境の変化はありましたか。
1999年の時は、人生最初で最後のゲームを作れるチャンスだと思っていましたから、ボロボロになりながら作っていました。これが完成するならおれはどうなってもいいと半分ぐらい本気で思いながら。でも、短距離走でフルマラソンをしていたら保たないです。以後、1作作るごとにコンディションがどんどん悪くなっていきましたし。
現在は、ポテンシャルを落とさずに続けるのを心がけています。作っていて燃え尽きないような作り方をする方が、最終的な作業効率とクオリティはよくなるんですよ。ですから、万が一失敗したとしてもリカバリが利くような作り方をするようにシフトしたことは確かです。無理やり120%は出さず、ナチュラルで出せる80%ぐらいを長く続けて、その持続時間でカバーする。ここが、10年で一番変わったところです。
無論マスターアップが近づいてきた時とか、ピークアウトがどうしても必要な時は100%以上出す時はありますが、逆に言えば120%をほんとに出さないと困る時にちゃんと出せるようなコンディション維持ができる、平常時80%運転という感じです。
プレイヤーの方からすると最初から最後までキリキリに取り組んだものを出してほしい、という要望はあるのかもしれませんが、それは人間が保たない。その代わりにポテンシャルを落とさずに続けるからこそ、皆さんにお見せできるものもあります、という考えです。お見せし続ける、という意味も含めて。それができれば、次回は前回無理が必要だったものがナチュラルに出せ、かつ1作で人がつぶれないものづくりができると思っています。
――『あのすば』に限らないのですが、かざみさんはアドバンスドノベルについて“どう遊んでほしい”と考えていますか。
当然おれが強要するものではないですから、好きなように遊んでもらってかまいません。ただ、おれの要望としては“自分でできるだけ考えてください”です。文も、絵も、演出も、音も、なぜそこに配置されているのかを意識して、疑問に思ったことは自分で答えを出してほしいです。たとえそれが、おれが考えている答えと違っても、おれが考えたことより価値があります。“あなたが自分で出した結論”というただ1点において、それはおれが用意している答えよりも意味があるんです。
それに、自分で考えて物語に介入すると、思い入れも出ると思うんですよ。記憶管理は、プレイヤーに考えて介入してもらうために作った、シンプルでわかりやすいシステムだと考えていますので、そこでいろいろと試してみてほしいです。
――ということは今回も、“文を読んでいるだけではわからない仕掛け”があると考えていいんでしょうか。
あくまで旧作準拠のものですが、あります。このゲームは“行間を探すゲーム”です。ゲームを進めていくと、新しい文章が出てくる点がうちの作品の特徴のひとつですが、それは小説でいう“行間を読む”ことのメタファーだと考えています。
おれが思ういい小説の条件は“読み直す気になる”ものなんです。なぜかというと、もう一度読んだ時に新しい発見があるから。それをゲームとして表現するには、前に気づかなかったことに気づくと新しい行間――つまり文章が増える、という仕組みを入れる方法がある。この表現は、ゲームだからこそできるものであり、文章を読み返すことに意味と価値がでてくるわけです。「ここに行間があるのでは」と思って探ると、そこに本当に、物理的に新しい行間が出てくる。だから“行間を探すゲーム”です。
――その要素は、歴代作品の中では『あのすば』が一番色濃く出ていますよね。
確かに『あのすば』は、そのコンセプトに特化していました。当時は、次の作品を作れるとは考えていなかったですし、シリーズがここまで続くことも想定していなかったですし。あの当時の段階で、詰め込めるものは全部詰め込んでいましたから、そうなっているんでしょうね。
――では『あのすば』話のまとめとして、以前の『あのすば』をプレイしている方に向けてアピールをお願いします。
期待しています、と言ってくれる人に返す言葉ですが、思い出補正で期待しすぎないようにしてください。初代『あのすば』の時は、当たり前ですが誰もこのゲームのことを知りませんでした。しかし、知識ゼロで始めて期待していなかったが故に「期待せずにやってみたらおもしろかった」という状況が生まれた一因になっていると思ってます。
ですから思い出補正を掛けずに、オチも含めて1回忘れた状態で始めるくらいがちょうどいいんじゃないでしょうか。作っている側がこういうことを言うのはなんですが、ほぼ作り直しに近いリフォームはしているものの、本筋が変わっているわけではないので。
――では、『あのすば』未プレイの方へのアピールはいかがですか。
『ロストカラーズ』や『だらよ』をやっている方は、原点がどんなものだろうと期待してくれている方もいるかもしれませんが、あくまでシリーズ最初のゲームですから期待しすぎないでください。『あのすば』は、『あのすば』にしかできないことを入れてはいるんですが、以後の作品はそれを踏まえて後の作品を作っています。そういった積み重ねの部分で、後の作品を越えることは難しいです。ボリュームもシリーズの中では一番少ないですし。
遊んでいて退屈しないようなチューニングはできる限りしていますが、あくまで10年前に書いたシナリオで、話もキャラクターも書きながら考えていたような状態でしたから、やはり過剰な期待をしないのが一番です。
――確かに絵が変わったり、BGMが刷新されたりしていますが、あくまで完全新作ではなくリメイクなんですよね。
はい。おれが出しても納得できるラインの手直しをしなければいけない、ということで1年半を掛けて手直しだけはしています。おれは、“10年経っても風化しない話”を目標としています。図らずも『あのすば』初代から10年、化粧直しはしていますが、10年経った今、この話が通用するのかどうかを試す時がきています。それはプレイヤーには関係のないことで、おれの中だけでの挑戦ではあるのですが、そういう意識で作っていることは確かです。
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