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2010年12月7日(火)

【洋鯨亭 38回】『Fallout: New Vegas』ローカライズ裏話を聞く!(後編)

文:電撃オンライン

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■なまりのローカライズ

──キャラクターの意外性ということで言うと、私は最初の村に出てくる“イージー・ピート”というおじいさんが印象に残ってますね。なんでこの人だけこんなになまっているんだろう……と。

【洋鯨亭 38回】『Fallout: New Vegas』ローカライズ裏話を聞く!(後編)
▲味のあるしゃべり方をする“イージー・ピート”おじいさん。

 あれはですね、今回成功したとは言いがたいんですが、言うなれば実験的なものだったんですよ。海外版の音声を聞くと、けっこう南部なまりの英語が使われていたりするんです。僕はローカライズを何年もやってきた中で、この南部なまりやイギリスなまりをどうにか日本語で表現できないかとずっと思っていまして。で、それを実現するための1つの方法が、方言だと思ったんです。たとえば南部の英語なまりだったら、日本の関西弁や沖縄弁に置き換えてみる、といったことがやってみたかったんですね。今回たまたまそういった機会がありましたので、ちょっとやってみるかと。

 今回は声優さんを選ぶ際にも、標準語の他にどこの方言をしゃべれますか? とお聞きしたんですが、初の試みということもあってなかなか狙った方言をしゃべれる方が見つからなかったんですよね。それに、そもそも声優さんは今までなまらないように訓練してきたわけですから、いざ「なまってください!」とお願いするのは、逆に難しい注文になってしまうんですよ。普通はやってはいけないことを、お願いするわけですから。

 そういった状況でも、あのイージー・ピートを演じてくださった声優さんには引き受けていただけたんです。その他、ロボットのヴィクター役の声優さんには別のキャラクターの声もあてていただいているんですが、そっちのキャラクターもなまっているんですよ。

──では、今作はもしかしたらなまったキャラクターが、もっと登場していたかもしれないということですね。

 そうですね。本当はあのおじいさんだけではなく、いろんなキャラクターになまったしゃべり方をさせたかったんですよ。もっと言うと、南部なまりは大阪弁、イギリスなまりは東北弁といったように、すべて対応できればおもしろいかなぁと思っていました。

──方言を聞いて、相手がどの地方の勢力に属しているかの判断材料になったりとか……。

 そういうのも、おもしろいと思いますね。ただ、こういったアイデアを実現するには、女性で栃木弁もしゃべれる声優さんとか、男性で沖縄弁もしゃべれる声優さんとか、条件に合った方を探すための準備期間がかなり必要になっちゃいますね(苦笑)。

──たしかに。当初は、方言も含めてもっと凝ったローカライズにしようと考えてらっしゃったんですね。

 そうですね。ただ、ゲーム制作でもなんでも、モノ作りってどうしてもコダワリ過ぎたりして、時間がいくらあっても足りなくなっちゃうじゃないですか。でも発売日がある以上、どこかで線引きをしないといけないんですよね。テキストの翻訳にしても、まだ不十分かなと思う部分だってあるんです。

 たとえば、物語の背景や実際の世界で起こった出来事を知ったうえでプレイすると、より楽しめる作品ってありますよね。本作でそういった部分を説明できたかな、というと少し不十分なところもあったと思うんです。作中にフーバーダム(アメリカのアリゾナ州とネバダ州の州境にあるダム)が出てきますよね。ゲーム内のキャラクターがあのダムについて語ったりするんですけど、実際に建設された経緯なんかを知ったうえで翻訳するのとしないのでは、言葉の選び方にしても変わってくると思うんです。

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▲NCRが管理するフーバーダム。ゲーム中では、過去にこのダムをめぐる大きな戦闘も発生した重要な施設となっています。

──対象の背景がわかるように意識して翻訳するのか、字面を見て機械的に翻訳するのかということですね。

 ええ。そういった部分は時間的な制約もあって十分にはできていなかったなぁと思っています。

──では、そういう様々な制約がある中でも心掛けたことは何でしょう?

 前作以上のデキにする、ということですね。

──なるほど。それが前回もおっしゃっていた大きなプレッシャーにもつながってくるわけですね。

 そうですね。僕はいつも“ローカライズし過ぎないこと”を意識しているんですよ。言い換えれば、意訳し過ぎないということでもありますね。ローカライズ作業をする時は、セリフのテキストデータがドカっと送られてくるんですけど、長いことローカライズをやっていると、一言一句すべて翻訳したくなっちゃうんですね。でも、たとえば“EXP”と書かれていれば、経験値を指すことはわかるじゃないですか。なのにそれをわざわざ“経験値”と日本語に置き換えてしまうのは、どうなのかと。そういった細かいところまで置き換えてしまうと、結局はゲームの雰囲気を壊すと思うんです。なので、あえてローカライズし過ぎないように心がけています。特にメニュー周りは英単語も簡単ですし、なんでもかんでも翻訳する必要はないのかなと。

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▲海外版の雰囲気をどこまで保ったまま翻訳するか、非常に悩むところです。HP下部にある方位表示も、つい日本語にしたくなりそう……。

──ついつい細かい所まで翻訳したくなってしまうところを、あえて抑えていると。

 そうですね。ローカライズをずっとやっていると、そういうところまで気になってしまうんです。たまに翻訳していない部分があると、ユーザーさんから手抜きと思われてしまうこともあって……それがすごく怖くなってくるんですよね(苦笑)。どこまでやればユーザーさんに満足していただけるか、そして前作のデキを超えられるのか、すごく悩む部分でした。

──ちなみにテキストの翻訳には、どれぐらいの日数がかかるんでしょうか?

 今回は前回と同じスタッフが翻訳をやっていて、約1カ月ですね。

──複数の方で翻訳作業をされていると、用語の統一などの作業が大変ではないですか?

 それはありますね。翻訳は20人前後で行っていますので、最初に用語リストを配って翻訳の段階である程度そろえてもらっています。それでも多少ブレは出ますから、何人か翻訳作業を行う方たちの取りまとめ役を立てて、その方たちにピラミッド型で管理してもらっているんですよ。

──かなり多くの方が携わっているんですね。

 そうですね。少ない人数では、どうしてもこなせませんから。でも、たとえば翻訳者の人数を今の倍にしても、必ずしも半分の時間で作業が終わるわけではないんですよ。その分、それをまとめる時間や作業をコントロールする時間、チェックの時間も増えますから。一概には言えませんね。あと、経験も非常に大きい要素ですからね。

■「○○とは違うのだよ?」

──個人的なものでもかまいませんので、今回の収録で印象に残っているエピソードなどがあれば教えてください。

 んー……なんだろう。あ、今回は『機動戦士ガンダム』でランバ・ラルの声をあてられている声優さんが参加しているんですよ! その方の台本の最初のセリフが「砂漠の……」というものだったので……ゾクゾクっとしました(笑)。「うぉー、ランバ・ラルに“砂漠”って言われたー!」と(笑)。あ、この辺はわかる人だけわかっていただければと!

──そこを狙っての配役だったんですか?(笑)

 セリフはもちろんなんの狙いもないのですが、配役に関しては多少狙っていました。それでも、まさか収録の時点では台本の1ページ目がそのセリフだと思っていませんでしたので……。あぁ、あと「ビームカノン」と言われると「おおっ!」と思いました(笑)。

──ランバ・ラルがチラついて仕方がないんですね(笑)。

 そうです(笑)。自分が子どものころに見たアニメ番組の声優さんと一緒にお仕事できるというのはすごく光栄なんですよ。あと、参加していただいた若い声優さんから「『Fallout 3』大好きなんですよ!」と言われたりしたんですが、これもありがたかったですね。

──そういえば、『Fallout 3』と『FONV』の両方に参加されている声優さんがいらっしゃいますよね?

 いますね。たとえば、グールとスーパーミュータントの声優さんは、こちらから続投をお願いしました。ちなみにこの2人のキャラは、元の音声にほとんどなんのエフェクトもかけていないんですよ!

──それは、すごいですね。特にスーパーミュータントは、キャラクターにピッタリの声だったと思いますが……あの声が地声で出るとは。

 ですよね! でも、あの声は声優さんのノドに対する負担が大きくて、長い時間収録できなかったんです。そのため、何日かに分けて少しずつ収録しました。

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▲前作でも冒険序盤から登場して、その強さにプレイヤーを悩ませたスーパーミュータント。近作ではナイトキンという新種も登場しますが、こちらもおなじみのあの声です。▲グールの声も、前作のプレイヤーには聞きなれたあの声です。個人的には、けっこうカッコいい声だと思っています。

──この2人のキャラクターも含め、声をあてていただいた時にイメージどおりだった場合はうれしくないですか?

 うれしいですねー。それ以上に、配役選考時に想定したイメージを超えていただいた場合はなおさらうれしいです。逆に、イメージとは違ったけどよかったという場合もありますよ。

──声優さんに別の解答を示していただいたような場合ですか?

 ええ。「それかー!」とか「そういう話し方かー!」と、意外な解答を見せられて、勉強になりますね。やはり音声の量が膨大になると、キャラクターイメージなどに関してすべてを管理することが難しいというのが現実なんですよね。そんな時、声優さんにはキャラクターの非常に大まかな情報だけを伝えて「後はお好きに味を出してください!」という感じなんですよ。声優さんによっては、そのキャラのイメージをしっかりと持って練習したい方もいますので、そういう方にはご迷惑をおかけしました(汗)。

■洋ゲーに対して思うことは?

──いち個人として、洋ゲーという位置付けをどう思われますか?

 あくまでも個人としての意見ですが、海外のゲームは色々と日本とは違った視点で制作されていることに驚かされますね。それは逆に言えば、日本のゲームも海外では別の見方をされているということだと思うんですよ。その違いはユーザーさんが求めているものの違いでもあるんでしょう。

 たとえばアメリカの人だったらハリウッドの映画に慣れているわけで、ストーリーはハッピーエンドじゃないとしっくりこないところもあるんだろうなと時々思います。一方、日本だとハッピーエンドじゃないものも多いですし、ストーリーの作り方からしても違うのだろうなと。あと、起承転結の作り方も彼らは彼らなりのやり方があって、僕はそれを見ていて新鮮だなと思っています。そういった違いが楽しめるのは、いいことですね。

 僕は音楽やサッカーが好きなので、よくそれらを例に話をするんです。昔の音楽でロックと言えばビートルズやローリングストーンズしかなかったわけですが、今ならオルタナティブは○○とかハードロックなら○○とか、いろんなのがあるじゃないですか。これと同じように、洋ゲーのジャンルや内容も、今後は多種多様なものが増えてくるんじゃないかと思いますね。

 あとはゲームデザインの部分でいうと、日本のゲームを工芸品にたとえるなら、海外のゲームは前衛的な作品が多いですね。海外のゲームは多少チャレンジングなシステムを載せてしまうようなところはあります。それがいいか悪いか、というのは別として。

 といった感じですね。

──なるほど。どうもありがとうございました。

■インタビュー後編のまとめ

 ゼニマックス・アジアさんへのインタビューは、これで2回目になりました。前回はゼネラルマネージャーさんならではの経営的なお話と、全体をふかんしたお話、今回はローカライズプロデューサーさんの現場の生の声と、それぞれ興味深いお話が聞けました。

 今回お話を伺っていて、ローカライズという作業は原作のおもしろさを損なわないようにするのと同時に、日本語にする際に新たな魅力を作品に与える仕事なのだなと思いました。海外版の魅力を引き出すために、声優さんの配役、言葉の選び方など、たくさんある組み合わせの中から最適なものを探さなければいけないわけですからね。

 今回の記事でローカライズに対する、皆さんの理解が深まったようでしたら幸いです。

Fallout: New Vegas(R)(C) 2010 Bethesda Softworks LLC, a ZeniMax Media company. Bethesda Softworks, ZeniMax and related logos are registered trademarks or trademarks of ZeniMax Media Inc. in the U.S. and/or other countries. Fallout, Fallout: New Vegas and related logos are trademarks or registered trademarks of Bethesda Softworks LLC in the U.S. and/or other countries. Developed in association with Obsidian Entertainment Inc. Obsidian and related logos are trademarks or registered trademarks of Obsidian Entertainment Inc. All Rights Reserved.

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