2013年11月14日(木)
セガが放つ話題のアーケードゲーム『CODE OF JOKER(コード・オブ・ジョーカー)』。本作の特別掌編の第4話を掲載する。
『コード・オブ・ジョーカー』は、ゲームで使用するカードがすべてデジタル化された思考型デジタルトレーディングカードゲーム。プレイヤーは自分の戦術に合わせてデッキを組み、1VS1で交互に攻守交代をするターン制バトルを繰り広げていく。相手のライフをゼロにするか、もしくはライフが多く残っていれば勝利となる。
『コード・オブ・ジョーカー』の小説を執筆しているのは、『ウィザード&ウォーリアー・ウィズ・マネー』で第18回電撃小説大賞銀賞を受賞した、三河ごーすと先生。小説は全7話の構成で、電撃オンライン内特集ページにて順次掲載されていく。
特別掌編の第4話は、山城軍司にスポットを当てた“アフロ一等兵の休日”。元陸上自衛官の彼が潜入した場所とは……!? 以下でお届けするので、ゲームファンや三河ごーすと先生のファンはチェックしてほしい。
不慮の事故で現役を退いた元陸上自衛官。経験や高い分析力、判断力を備え、非常事態で頼りになる。その反面で、女好きという一面も。
鋼鉄の軋みと筋肉の脈動が奏でる音はいつ聞いても耳に心地好い。ベンチに仰向けに寝たまま重量感のあるバーベルを上下させ、大胸筋がひきつれるような鈍い感覚に身を浸すこの瞬間はまさに至福のひととき。毎朝念入りにセッティングしている自慢のアフロからたれた汗が目にしみるのはご愛嬌ってやつだ。
「ヘイ、ガンジー!」
ふいに陽気な声がした。
バーベルをラックに置いて上体を起こし声のほうを見ると、ガタイのいい外国人が気さくに手を振りながら歩いてくる。浅黒い肌に短く刈り込んだ髪。口から覗くのはきらりと光る白い歯。俺と同じ武骨なデザインのサングラスをつけているが、ラブラブなペアルックというわけじゃあない。
「今日も精が出るネェ。おおそうだ。ガンジーおススメのメーカーで買ったんだけどよ、こいつはなかなか具合がいい。ジャパニーズのセンスも捨てたもんじゃネェな」
「何度も言わせるんじゃねえよアレックス。俺の名前はGUNJI(ガンジー)じゃなくて、軍司だ。山城軍司」
「OKOK、わかってるぜガンジー! HAHAHA!」
アレックスの大きな手がばっしんばっしん背中をたたく。この行きつけのジムで出会ってからもう半年以上になるが、この男にはまだまともに名前を呼ばれたことがない。とはいえ嫌われているわけではなく、むしろ妙に懐かれているらしい。
それはアレックスに限った話じゃない。どの時間帯に来ても、だいたい顔見知りがいて、どいつもこいつも好意的に話しかけてくる。それ自体は悪いことじゃない。
が――
「…………はぁ~あ」
と、思わずため息が出る。
「おおっとガンジー。ため息をつくと幸せが逃げちまうんだゼ」
「馬鹿野郎。こいつはな、不幸の塊が漏れてんだよ。腹ん中は容量オーバーだ」
「HAHAHA! 元自衛隊員の敏腕戦場カメラマンが弱音かい? ドンパチの中を生き抜くよりも厄介なミッションなんて滅多にないダロ?」
「あるさ」
暑苦しい男をうんざりと見返して、俺は軽く肩をすくめた。
「――女だ」
「は?」
「女成分がたりねーんだ!」
俺はアフロごと頭を抱えて悲痛な叫びをあげた。
「右に男、左に男。前も後ろも男しかいやしねえ。体を鍛えるのも悪かねえが……それだけじゃこの渇きは癒せねえ。女だ。この肉体は今、猛烈に女を求めている」
腹底から湧き上がるような使命感に突き動かされ俺は立ち上がる。
「おい待てヨ。どこへ行く気ダ?」
背後で困惑の声をあげるアレックスへ、俺は振り返ることもせずに親指を立てた。
「ヴァルハラだ」
狩場として選んだのは、近所の女子大学。
由緒正しいお嬢様ばかりが通う魅惑の園と名高いこの場所は、堅牢な門扉に遮られて、中をうかがうことはできない。難攻不落。陸の孤島。いまだ外部の男の侵入を許したことがない絶対領域。だが男とは壁が高ければ高いほどに燃え上がる生き物だ。
俺は自衛隊時代に習得したロッククライミングの技術を駆使して高い壁を乗り越え、敷地内に飛び降りる。侵入成功。目撃者は……なし。周囲に目を配り状況を確認。警備はいない。監視カメラもない――よし。
物陰に隠れたまま低い姿勢で移動する。右、OK。左、OK。前進――否、待機。
「二人……いや、三人か」
三つの黄色い声が接近している。曲がり角からわずかに顔を出してその姿を視認し……滾(たぎ)る。左は無難、右はちょっとばかり好みじゃない。素晴らしいのは真ん中のコだ。グラマラスな肢体と色気たっぷりな唇、誘っているような切れ長の目。ドストライクである。
「いよぅ、綺麗なお嬢さん方」
旧知の仲のごとく自然な感じで声をかける。
と、女子三人はびっくりしたように立ち止まり、怪訝そうに互いの顔を見合わせた。
「誰、この人」
「先生か警備員じゃないの」
「こんな人いなかったと思うけどなぁ。アフロだし」
「まあまあ。こまけーことはいいじゃねえの。ほら、ちょうど昼時だしさ、一緒にメシでもどうよ? 実はここのことまだよく知らなくてな。いろいろ聞かせてほしいんだわ」
「えーっ。知らない人とランチとかありえなーい」
「っていうかおじさん下心見え見えー」
「おいおい馬鹿言っちゃいけないぜお嬢さん。酒も煙草も大好物だが、女遊びだけはしねえと心に決めてるのさ。俺が口説くとしたらそりゃあ……本気ってことだ」
眉間に力をこめて、真面目な声で言う。しかし一瞬後には重苦しさを感じさせないように、口元に軟派な笑みを刻んでみせる。
「なーんてな。どうだ? いまのカッコよかったろ?」
「ぷっ。なにそれ自分でそういうこと言っちゃうの?」
「やだおじさん面白ーい」
けらけら笑う女子大生三人。かなりの手応えを感じつつ、俺はもうひと押しするべく口を開こうとし――
「うわっは!?」
「どうしたの、おじさん? いきなり植木の陰に隠れたりして」
「あははっ。変なの。アフロ出てるよ」
「悪いなお嬢さん方。急用ができた。ランチはまたの機会にな」
「えーっ」
「いつか必ず埋め合わせするからよ。じゃあな!」
不満げに唇をとがらせる女子大生三人に向けてびしっと片手をあげて俺は鬱蒼と茂る雑草にうつ伏せになったまま、腕の力だけで進み始めた。「変なおじさん」という可憐な笑い声を背中に聞きながら一心不乱にこの場を離れていく。
数秒後。
「あっ、警備員さん。こんにちはー」
という、さっきの女子大生たちの声。
――あぶねえあぶねえ。警備員とご対面した日には人生がエンドロールだ。ここは颯爽と逃げるに限るぜ。しかしなんというか、警備の目をかいくぐりながら女とお近づきになるのは、思っていた以上に難しそうだ。戦場ばりの緊迫感が頭に凄まじい量の汗をかかせる。
物陰に隠れたまま敷地内を突っ切り、校舎を迂回するようなルートをひた走る。綺麗でかわいい花の女子大生を物色しながら人目につかない場所を探していく。
しかし、だ。ここは本当に日本なのだろうか。眩(まばゆ)いばかりのふともも、薄いキャミソールからのびる真っ白な腕、大胆にあいた胸元。色欲を大罪と定めた聖人を嘲笑うかのような姿の女、女、女。まさに地上の楽園と呼ぶに相応しい光景じゃないか。
「なおさら監視カメラや警備員の存在がもどかしいぜ……んむ?」
俺の目に飛び込んできたのは、ネットに囲われたコートだ。サッカーグラウンド程度の広さだが、コートを駆け回る少女たちが手に持つ長柄の道具はあきらかにサッカーで使うものじゃない。
「ありゃあ……ラクロスか」
半袖のユニフォームとひらひらしたミニスカートをまとい、息を切らせた少女たちがボールを追っている。艶めかしさはないが健康的な魅力があって大変によろしい。
しばらく眺めていたかったのだが、練習はすぐに終わってしまった。少女たちはぞろぞろとコートの端――つまりは俺のいる場所に近づいてくる。
「お?」
と、そこに知った顔を見つけた。ほんのすこしだけ乱れた桃色のブロンドの髪を軽く分けて、額の汗をタオルで拭いながら、仲間と談笑しているのは、御巫綾花だ。俺が現在所属している国家情報防衛局直下、ASTのエージェントの一人である。ラクロスのユニフォーム姿も快活な綾花にはよく似合っていた。
「綾花ちゃんじゃねえの」
俺は物陰から出て思いきり手を振った。
「山城さん!?」
目が合うと、綾花は素っ頓狂な声をあげた。
「こんなところで出会うとは、いやまいったな。運命ってやつじゃねえのか」
「こんなところもなにも私の通ってる大学なので……っていうか、山城さんはどうしてここにいるんですか。女子大ですよ」
綾花は疑わしげに目を細める。
「俺ぁ綾花ちゃんのいる場所ならどこにでも現れるぜ? こう見えて諦めの悪い男でな。俺とデートしてくれるって言うまで何度でもアタックするからよ」
「……またそういうのですか」
ため息。とがめるように軽く睨みつつ、綾花は周囲に聞こえない程度の小声で言う。
「山城さんのことは、経験も豊富で尊敬すべき立派な先輩エージェントだと思っていますが、そういうお誘いに乗る気はありません。エージェントは正義の存在なんですから、普段からもっと慎みのある態度を心がけてください」
生真面目な口調で一刀両断。とりつく島もない、という表現がぴったりな態度に俺は、感心と茶化す気持ちを半々程度こめて高らかに口笛を鳴らした。
「相変わらずお堅い嬢ちゃんだぜ」
「使命に対して真剣だ、と言ってください」
「まだ若いってのにそんなに堅物だと――ここも硬くなっちゃうぜ?」
飄々とそう言って俺は綾花の胸をおもむろに触ろうとした。完全な不意打ちに綾花は目を見開いて「ひゃっ」とかわいらしい悲鳴をあげる。うむ、実にかわいい反応。満足だ。本当に触る気はなかったので、そのまま手を引こうとする。が――
「そこまでだ」
横合いからのびた、武骨な手が俺の手首を掴んでいた。
「なん……だと……?」
驚愕し、振り返る。
そこには、男がいた。いかにも強靭そうな精悍な顔立ちをした巨漢である。俺自身も肉体にはそこそこ自信があるが、目の前に立ちはだかる男は同等か、それ以上。傭兵や軍人といった戦場を生き残った者のみが持つ覇気のようなものをまとっている。
「警備員さーん。その人がさっき言ってた不審者だよーっ」
どこかから女子大生の声。それに、俺は驚いて声をあげた。
「警備員? 嘘つけ。あんた、本業はなんだ?」
警備員の男は表情をぴくりとも動かさずに答えた。
「夜はコックをしている。貴様の出自も一応、訊いておこうか。不審者」
「戦場カメラマンだよ」
言うと同時に腕を振り払い、背後へ跳びすさる。
十分な距離を置いて、俺は徒手格闘の構えを取った。相手もまた音もなく片腕を前に、もう片方の腕を脇に引きつけた状態ですぅっと息を吐く。一触即発。男と男。二人の覇気が絡み合い、目に見えぬ緊張感がこの場を支配する。
すぐ近くでその光景を見ていた綾花や、他の女子大生たちも固唾をのんで展開を見守る。
そして――
「行くぜ! 男が相手なら容赦はしねえ!」
「来い……強者よ!」
筋肉と筋肉が――交差した。
Illustration:Production I.G
(C)SEGA
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