2015年4月24日(金)
シンラ・テクノロジー(神羅)は4月23日、東京都内で“第3回クラウドゲーム開発者会議2015 東京”を開催した。
この会場において、同社が開発を進めている次世代型クラウドゲームサービスの小規模コミュティ向け開発キット(CCDK : Community Cloud Development Kit)を、5月15日より無料で配布すると発表した。
また、3月にアメリカで開催されたゲームデベロッパーズカンファレンス(GDC)などで公開された同社の技術デモ“The Living World”が、日本で初公開された。ここでは各種の発表と合わせて、シンラ・テクノロジーの目指す“次世代型クラウドゲーム”の特徴について紹介したい。
クラウドゲームとは、サーバー上に用意された各種のゲームを、インターネットのストリーミング配信を通じて家庭で手軽に楽しめるというものだ。
PS3用ソフトがPS4などでプレイ可能になる“PlayStation Now”をはじめ、現在すでにさまざまなサービスが実用化、または準備・開発されている。そうしたサービスの多くは、既存のゲームがストリーミング配信によって、機種やスペックによらずに遊べるという形で進められている。
シンラ・テクノロジーではそうしたサービスに加えて、クラウドに特化したゲームが制作可能となる環境や技術をゲームクリエイターに提供することで、従来のゲーム機やPCでは不可能なまったく新しいゲーム体験の実現を目指しているという。
会議の冒頭では、シンラ・テクノロジー・インクの和田洋一社長が登壇し、「コンテンツとプラットフォームはニワトリと卵の関係。我々にできるのは、大勢の開発者のみなさんにシンラ・システムの開発環境を触っていただくことと、開発者のみなさんと膝詰めで新しいゲーム体験を一緒に作っていくこと」と語った。
そして、「今回は前者の形として、開発キットの配布がようやくできるようになった」と続けて語られた。
▲シンラ・テクノロジーの和田洋一社長は、スクウェア・エニックスの元代表取締役社長として知られているが、クラウドゲーム事業を立ち上げるため、2014年より現職に就いている。 |
続いて、開発キット(CCDK)の技術サポートを担当する中嶋謙互氏が登壇。5月15日より無料配布が開始される“CCDK v0.1”についての具体的な解説が行われた。
▲1990年代からMMOゲームのミドルウェアを開発してきた中嶋謙互氏により、実際にCCDKをセットアップして、サンプルプログラムを動作させる実演が行われた。 |
中嶋氏は、CCDKが“コミュニティ向け”と銘打っているとおり、インディーズゲームなどの小規模開発向けであることを強調した。シンラ・テクノロジーでは大手のデベロッパーと協力する大規模なゲーム開発も進んでおり、そちらに関しては人的交流も含めたプロジェクトが組まれているそうだ。
一方で、自身もインディーズゲームの開発者であるという中嶋氏は、個人単位の小規模なゲーム開発でもクラウドゲーミング技術を利用することで、ゲーム開発につきまとうさまざまな問題を簡単に乗り越えられると語った。
クラウドゲームでは、サーバー上でゲームが動作しさえすれば全てのプレイヤーのもとにその映像が届くので、ハードに合わせて移植を行うコストが不要になる。またプレイヤーの手元に届くのはビデオ映像のみなので、古いバージョンのソフトがプレイヤーの元に残り続けることもなければ、中身を解析されてネタバレすることもない。
加えて、シンラ・システムでは、サーバー側で自動的にプレイ動画を保存するといった機能もあるのでデバッグが容易になるといった点が、具体的なメリットとして挙げられた。
中嶋氏によると、シンラ・システム上で動くゲームは、3種類の実装パターンが推奨されているそうだ。
まず“1:1モデル”は、1人のプレイヤーが1つのゲームプレイ空間で遊んでいるという形で、いわゆるシングルプレイにあたる。
それに対してマルチプレイには、“1:Nモデル”と“N:Nモデル”の2種類がある。“1:N”は1つのゲームプレイ空間を複数のプレイヤーが共有するという形になり、“N:N”は複数のゲームサーバーに複数のプレイヤーが接続するという形になる。
“1:N”では、サーバーの処理能力によって同時参加できるプレイヤー人数に上限があるものの、全プレイヤーが1つのゲームプレイ空間を共有しているため、サーバー間の同期を意識することなく、シングルプレイとほとんど変わらない手間でマルチプレイゲームを開発できるという。
一方の“N:N”は、複数のサーバーを駆使して超巨大なMMOゲームを動作させることも可能だが、そのためにはサーバー間を同期させるといった技術が必要になるという。
▲左上が“1:1モデル”、右上が“1:Nモデル”、そして下が“N:Nモデル”の概念図。 |
5月15日より無料で配布される“CCDK v0.1”では、“1:1”と“N:N”のゲーム制作と、ローカル環境でのテストプレイが可能になっている。“1:N”のゲーム制作や、シンラのデータセンターに接続することは現時点ではできないが、6月以降のアップデートで順次対応していくとのことだ。
また、現在は使用規約が日本語でしか用意されていないため、配布は日本国内のみが対象となっているが、やがてはワールドワイドに対象を広げていくという。
ちなみに、CCDKにはMCS(Minimum Cloud Set)というソフトウェアが含まれているが、中嶋氏によるとこれは、シンラ・システムの最小のエミュレータであるという。
MCSはシンラのデータセンターの代わりとなってまったく同じ動作をするが、シンラ・システムの最大の特徴である“リモートレンダリング”は行わない。このリモートレンダリングがどういうものかは後述するが、このためにCCDKは、商用のシンラ・システムが実際に発揮できる性能を再現しているわけではないとのことだ。
会場で発表されたロードマップによると、7月にはデータセンターのテストサーバーにCCDKで作成したゲームパックを送信して、インターネットを介した動作検証テストが可能になる予定となっている。
このテストは無料で行えるが、最低限の一次審査が必要になるという。テストを終えると商用サービスに向けた二次審査が行われることになるが、具体的なビジネスモデルの質問に対して和田社長は「まだ固めているところ」と答えていた。
ただ、インディーズ向けに開発キットを配布する以上、そうした小規模チームに向けた施策も当然、検討されていることだろう。
▲商用サービスに向けたプロセスのイメージ。「CCDKを使った開発から商用サービスまで、まっすぐなルートが用意されていることを(開発者の皆さんに)お伝えしたい」と、和田社長は語っていた。 |
また和田社長によると、プレイヤーのクライアントが動作するマシンは、商用サービスのスタート時点ではPCになるという。その後は据え置きゲーム機などでの展開を想定しており、スマートフォンへの対応は、当初は想定していないとのことだ。
なお、CCDK関連の告知や情報提供については、シンラ・テクノロジー公式HP内の技術ブログで行われているので、興味のある人は参照してみてほしい。
上で紹介したとおり、5月に配布されるCCDKでは“1:Nモデル”のゲーム制作には対応していないが、“1:N”のゲームとはどのようなものなのか。その点について、シンラ・テクノロジーのパートナーシップ技術チーム主任を務めるファビアン・ニノルズ氏が解説を行った。
▲シンラ・テクノロジーのファビアン・ニノルズ氏。ふだんはカナダのモントリオールで開発を行っているという。 |
ニノルズ氏は、“1:N”のゲームは“1:1”と“N:N”のいいとこどりであると語った。複数のプレイヤーがゲーム体験を共有できるマルチプレイの楽しさを味わえるが、その開発にあたっては、シングルプレイのゲームを開発するのとほとんど変わらず、従来のオンラインゲームで不可欠だったネットワークまわりの処理を意識しなくてもよいわけだから。
シンラのAPI(ソフトウェアが特定の動作を実行するためのインターフェース)を利用すれば、“1:1”。つまりシングルプレイのゲームにC言語でたった4行を加えるだけで、“1:N”のゲームになるのだという。
“1:N”の実例として会場で披露されたのが、技術デモ“The Living World”だ。これは、オープンワールドに生息しているちょっと太めのドラゴンを、プレイヤーがリアルタイムに操作できるという内容で、最大64人の同時プレイが可能だという。
だが驚きなのは舞台となるオープンワールドのスペックで、32キロメートル四方という広大な空間の中に100万本もの樹木を有する森が広がっており、その上空をプレイヤー以外に、なんと1万6000体ものドラゴンが各自の意志を持って自由に飛び回っているというのだ。
しかもプレイヤーはこの空間でドラゴンを操作して、地面を盛り上げて新たな山を作り出したり、湖をあふれさせて洪水を引き起こしたりできる。地面の隆起や水の動きは、リアルタイム演算によってそのつど生成されているものだ。
▲このデモでは、まんまるにデフォルメされたユニークな姿のドラゴンを、プレイヤーが自由に操作することができる。 |
▲この写真は解説用ビデオのものだが、このように無数のドラゴンが空中を飛び回っている様子を、リアルタイムの画面で見ることができた。 |
▲プレイヤーの操作によって地面が隆起していく様子や、地形の変化に合わせて水が流れていく光景は、すべてリアルタイム演算によって生成されている。 |
既存のPCやゲーム機では絶対に不可能なこの世界を実現させる原動力となっているのが、シンラ・システムの“リモートレンダリング”だ。
シンラ・システムでは、プレイヤーのマシンにあるクライアントソフトはストリーミング映像の表示と操作の入力だけを受け持ち、ゲーム部分はインターネットの向こう側にあるシンラのゲームサーバー上で動作している。
この時、ゲーム本体の処理を行う“CPUマシン”と、描画を行う複数の“GPUマシン”に処理を分散させるというのが、リモートレンダリングの技術である。ただでさえ強力なサーバー用マシンをいくつも連携させて、1つのスーパーコンピュータとして利用しているというわけだ。
▲リモートレンダリングの概念図。 |
しかもプレイヤーのハード環境に関係なく、ゲーム本体をサーバー上で動作させているシンラ・システムでは、ゲームの内容に合わせてサーバー自体の構成を変えることができる。
高度なグラフィックを駆使するゲームならGPUマシンを増やせばいいし、大量の演算処理が必要なゲームならCPUマシンを増やせばいい。年月を経てコンピュータの性能そのものが変化したら、サーバー自体をより高速なものに置き換えることもできる。
シンラ・テクノロジーが開発を進めている次世代型クラウドゲームが登場すれば、個別のハードでソフトが動作する従来型のゲームとは、まったく異なる未来のゲームが誕生するかもしれない。
▲会場では、実際に動作している“The Living World”を試遊できるようになっており、会議の終了後には多数のゲーム開発者が詰めかけていた。 |
今回の発表は、そうした未来のゲームを生み出すための開発キットを配布するという“最初の一歩”だ。シンラ・テクノロジーとそこに参加するゲーム開発者によって、どのような未来が作り出されるのか、ゲームファンとして今後の発表に注目していきたい。
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