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2015年10月29日(木)

ゲーム業界にとって数十年ぶりの変革期がやってくる? 和田洋一氏が語るクラウドゲームの可能性

文:イトヤン

 10月23日に東京・秋葉原において、一般社団法人 デジタルメディア協会(AMD)が主催するAMDシンポジウム“デジタルエンタテインメントの新潮流”が開催された。

 ここでは“次世代クラウドゲームの可能性”と題された、シンラ・テクノロジー・インク プレジデントの和田洋一氏による講演の模様をお届けする。

“AMDシンポジウム”
▲和田洋一氏。

 なお、AMDシンポジウム全体の模様は、こちらの電撃オンラインの記事を参照してほしい。

既存タイトルのストリーミング配信だけが“クラウドゲーム”ではない

 講演は、和田氏が現在プレジデントを務めている、シンラ・テクノロジー インクの社名の話題からスタートした。和田氏によると“シンラ”という社名は、氏がかつて代表取締役社長を務めていたスクウェア・エニックスの代表作『ファイナルファンタジーVII(FFVII)』に由来するという。

 『FFVII』で、主人公・クラウドたちと対立する架空の企業の名称が、神羅(しんら)カンパニーだ。和田氏は「クラウドだからシンラ」というシャレから、この社名が付けられたとのエピソードを披露した。

“AMDシンポジウム”
▲『FFVII』の画面より。

 「“次世代”といってもクラウドゲーム自体、まだ始まっていない」と語る和田氏は、“次世代クラウドゲーム”とは何か? の定義について解説した。

 クラウドゲームとは、ゲーム機やPC、スマートフォンなどからの入力をすべてサーバーで処理し、生成した映像をストリーミングで送ることでゲームをプレイできるというもの。この仕組みを使えば、インターネットへのアクセスが可能デバイスなら、端末自体のスペックには関係なく高度なゲームを遊ぶことが可能だ。

“AMDシンポジウム”
“AMDシンポジウム”

 だが現状では、ストリーミングを使った“配信”という観点でしかクラウドゲームが注目されていないと、和田氏は指摘する。

 店頭でゲームを買う時代から、ダウンロードで購入する時代、そして今度はストリーミング配信でプレイするクラウドゲームの時代と、ソフトの流通手段のあり方という観点でしか、クラウドゲームが捉えられていないというのだ。

 今でもゲームハードなどで普通に遊べるゲームを“ストリーミング配信で遊べます”と言われても、ゲーマーの人たちにはあまりピンとこないはず、と和田氏は語る。今回のテーマである“次世代クラウドゲーム”は、そうした観点とはまったく異なるものであるという。

ゲーム業界にとって数十年ぶりの“大変革期”がやってきた

 ここで和田氏は、過去40年に渡るコンピュータ・ゲームの歴史を振り返った。

 ゲームの黎明期には、1台のマシンの性能をフルに使って、1つのゲームを動かしていた。そこで、1つのゲームが動く専用の筐体を買って、1プレイごとに料金を取って遊んでもらうという、アーケードゲームのビジネスモデルが誕生した。

 家庭用ゲーム機が登場すると、ソフトを交換することにより、1つのマシンで複数のゲームを遊ぶことが可能になった。PS2の時代になると、DVDを見るというゲーム以外の用途が加わり、現在ではスマートフォンのようにゲーム専用のハードではない“汎用機”で、ゲームが広く遊ばれるようになっている。

 さらに、ゲーム専用機からスマホなどの汎用機へと変化するのと同じタイミングで、オンラインによるマルチプレイという価値が加わったことにより、ゲームのマーケットが一気に拡大したという。

“AMDシンポジウム”
“AMDシンポジウム”

 このように過去40年のゲームの歴史を見てみると、ユーザーが1つのゲームを遊ぶためだけに投資する額が少なくなればなるほど、ゲームをプレイするユーザーの数が拡大していると、和田氏は分析する。

 そのうえで、ユーザーが“ゲームになんとなく飽きてきた”と感じている現状を、どのようにして打破すべきか業界全体がもがいている今は、ゲーム業界にとって数十年ぶりの大変革期だと語った。

 和田氏によると、ゲーム産業は大きく分けて、テクノロジー・サービスデザイン・ビジネスモデルという3本の柱で形成されているそうだ。

 このうちビジネスモデルに関しては、ここ5~10年ほどゲーム市場を牽引してきたF2Pやアイテム課金といった形で落ち着くと、和田氏は見ている。そこでこれから先の10年は、ユーザーがゲームとどのようにかかわるのかというサービスデザインと、テクノロジーがゲーム市場を牽引するという。

 そして、テクノロジーの部分を牽引していくのが“次世代クラウドゲーム”になるであろうと、和田氏は強調した。

インターネットの向こう側にもう一度“ゲーム専用機”を作る

 次世代クラウドゲームとはどういうものかを解説するために、和田氏は改めてコンピュータ・ゲームの機能を検証した。

 コントローラやキーボードといった入力デバイスを操作すると、データを保存している端末で計算や描画を処理して、映像という形で出力する。これがコンピュータ・ゲームの基本的な仕組みだ。

 このうち、入力と出力を従来とは異なる形で進化させようという動きが、VR(バーチャル・リアリティ)やAR(拡張現実)だ。一方で、シンラが目指しているのは、これまでは個々の端末が担っていたプロセス(計算・描画)とストレージ(データ保存)を、端末から解放することだと、和田氏は語った。

“AMDシンポジウム”
“AMDシンポジウム”

 現在のようにプロセスやストレージを個々の端末で処理する場合、端末の能力はおもにコストの面からかなり制限されてしまう。だが、プロセスとストレージをサーバーとして1つにまとめて、個々のユーザーでシェアする形にすると、より自由なハードの設計が可能になる。

 先に挙げたゲームの歴史の流れに即して言うならば、「もう一度ゲームに特化した専用機を、サーバー側に作ることができる」と、和田氏は説明した。

 端末とサーバーの関係という意味では、現在のオンラインゲームもそうした形になっていると思うかもしれない。だが和田氏によると、次世代クラウドゲームと現在のオンラインゲームでは、仕組みそのものが大きく異なっているという。

 現状のオンラインゲームでは、ほとんどの処理を個々の端末で行い、サーバー側で同期させる形になっている。しかし、各ユーザーの回線状況はまったく異なるし、PCやスマートフォンの場合はユーザーごとに端末の性能も異なるので、同期を取るのはかなり大変なのだそうだ。しかもゲームデータが端末に保存されるため、チートの問題も発生してしまう。

 だが次世代クラウドゲームでは、ゲームそのものをサーバーで動作させて、操作の入力とストリーミング出力された映像の表示だけを端末で行う形となる。1つのサーバー内でゲームが動いているため、同期にまつわる問題はそもそも発生しない。

 和田氏によると「今のオンラインゲームで苦労する問題の8割ぐらいは解決する」とのことだ。

“AMDシンポジウム”
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 また和田氏は、現在のオンラインゲームはゲームデザインの段階で、ネットワーク技術からくる制約を意識する必要があるため、内容が似通ってきていると指摘した。

 だが次世代クラウドゲームでは、サーバー上で動いている1つのゲームに多数のプレイヤーがアクセスする形になるため、ネットワーク技術を意識する必要がなくなる。ゲームデザインの制約から解放されるので、内容にも多様性が出てくるという。

 さらに、1台のサーバーにスーパーコンピューター並みの処理能力を持たせて、それを多数のユーザーでシェアすることもできるので、個人が所有するマシンでは絶対に不可能である高度な表現を、端末の性能に関係なく楽しめるようになるとのことだ。

“AMDシンポジウム”

 「専用機から汎用機になることでユーザー数は拡大したが、一方でゲームの特色は薄れてきた。“次世代クラウドゲーム”という形で、もう一度ゲーム専用機を再興することにより、新しいゲームデザインが生まれるはず」と、和田氏は語った。

次世代クラウドゲームによって“生きている世界”を体験できる

 和田氏によると、次世代クラウドゲームで実現可能なことは、ゲーム専用機の再興やオンラインゲームの進化だけではないという。端末の性能に依存しない“端末フリー”のクラウドゲームでは、プレイヤーのゲームに対する関わり方が多様化してくるそうだ。

“AMDシンポジウム”

 「これからは、ゲームをプレイしないで参加する人が増える」と、和田氏は予測している。ある時はじっくりとゲームをプレイして、別の時には他人のプレイを応援する、といった形だ。

 ゲームに対するかかわり方が多様化した未来では、「今よりもっとコアにならないと、逆にカジュアルな人たちが離れてしまう」と和田氏。

 プロ野球の観客が、プロならではのプレイを見るために集まるように、カジュアル化することで広がったゲームというものを、もう一度コアなものにする必要があるという。次世代クラウドゲームによるゲームの進化はそれを実現できると、和田氏は語った。

 「“次世代クラウドゲームではこうなる”というものを見せることができればいいのだが、まだ誰も作っていないので、どうしても話が抽象的になってしまう」と和田氏自身が言うとおり、今回の講演は、あくまで次世代クラウドゲームの概念を伝えるという内容になっていた。

 和田氏はこれまでのゲーム産業の歴史の中で、ゲームの根幹を変えるようなテクノロジーの進歩がどれだけ大きな変化をもたらしたかを説明することで、次世代クラウドゲームの可能性を説明していた。

“AMDシンポジウム”
▲セーブデータの保存によって、ゲームでストーリーを語ることが可能になった。スライドに表示されているのは『ドラゴンクエストII』の“ふっかつのじゅもん”の画面。
“AMDシンポジウム”
▲オンラインゲームのマルチプレイは、それまでのゲームとは異なる次元の楽しさをもたらした。スライドは『ファイナルファンタジーXIV』の画面。

 講演の最後に和田氏は、次世代クラウドゲームによってどのような変化が起こるかについて、その一例を語った。クラウドゲームでは、多数のユーザーがどんどんと入れ替わってプレイするため、ゲームのデータがつねに書き換わっていく。つまりゲームの環境自体が“生きている世界”になるという。

 これまでのゲームは、開発者が仕組んだものをプレイヤーが追体験する形だった。だが次世代クラウドゲームの“生きている世界”では、プレイヤーの感じる自然さがまったく異なるのだそうだ。

 これから登場してくる次世代クラウドゲームによって、どのような新しい体験ができるのか、大いに期待したい。

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