2015年11月24日(火)
水島精二監督が作りたいVRコンテンツとは? 『進撃の巨人・360度シアター“哮”』制作秘話もお届け
11月22日、東京・池袋でPANORA主催のイベント“VRまつり2015秋 Powerd by G-Tune”が開催された。ここでは、『進撃の巨人』を題材にしたVRコンテンツの制作過程を紹介したセミナーと、アニメ監督の水島精二さんによるスペシャルトークショーの模様をお届けする。
▲セミナー“『進撃の巨人・360度シアター“哮”』のつくりかた”より。 |
このイベントは、近年のゲーム業界でも大きな話題となっている“VR”、すなわち3Dヘッドマウントディスプレイを使用したバーチャル・リアリティ体験のコンテンツを制作している開発者が集まって、セミナーや懇親会を行うというものだ。
セミナーの講演者も聴衆もVRコンテンツを実際に開発している人々が中心となっているだけあって、本イベントでは日本におけるVRの最先端の空気を感じ取ることができた。
一方でセミナーのトピックには、最新VRデバイスにおける開発のポイントやVRの開発・運用に適したPC選びといったものも含まれており、VRに関するある程度の予備知識が必要となっていた。
ここでは、電撃オンライン読者にとっても興味深い内容の2つのセミナーをピックアップして、できるだけわかりやすくその内容を紹介していこう。
『進撃の巨人』の世界を360度シアターで描き出すには、CG処理の軽量化がカギとなる?
2014年11月から約1年かけて、東京・大分・大阪の3カ所で開催された“進撃の巨人展”。コミックやアニメで高い人気を誇る『進撃の巨人』にまつわる様々な展示が行われたこのイベントでは、Oculus Riftを使用したVRコンテンツ『進撃の巨人・360度シアター“哮”』を体験することができた。
東京会場だけでも約10万人と、現在の日本で最も多くの人が体験したであろうこのVRコンテンツは、いったいどのようにして制作されたのだろうか。
▲東京会場で観客が体験している様子。40人が同時に体験できたとのことだ。ヘッドマウントディスプレイを装着した女性の観客が悲鳴を上げながら周囲を見回している光景は、かなりのインパクトがある。 |
“『進撃の巨人・360度シアター“哮”』のつくりかた”と題されたセミナーでは、本コンテンツを手がけたdot by dot inc.のCEOである富永勇亮さんと、同社のテクニカルディレクターであるSaqooshaさんのお2人が、コンテンツ制作の舞台裏を語ってくれた。
▲富永勇亮さん(写真左)と、Saqooshaさん(写真右)。 |
『進撃の巨人・360度シアター“哮”』は、フル3DCGで制作されたVRコンテンツで、体験時間が約5分となっている。総勢50名ほどが開発に携わり、約1年がかりで制作されたとのことだ。
CGモデルに関しては、舞台となる街の建物はTVアニメの背景として使われたものを流用しているが、人間のキャラクターや巨人はイチから制作したという。そのため、コミックのキャラをどのように立体化するかについて、いろいろな議論や試行錯誤が行われたそうだ。
富永さんによると「できるだけアニメのような雰囲気にしたかった」ので、キャラクターのCGモデルを描画する際に、セルシェーダーで輪郭線をつけているという。
しかし、「VRで輪郭線を強めにして表現すると違和感が出るのでは?」と憂慮していたこともあり、シェーディングのかけ方を変えた複数のモデルを用意して検討を重ねたそうだ。
実際に試してみると、予想していたよりも違和感が少なかったこともあり、最終的には輪郭線をもっとも強めに表現したものが採用されたとのことだった。
▲輪郭線の表現が異なる4種類のキャラクターモデルを比較して検討を重ねた結果、写真のように輪郭線がもっとも強めに表現されたものが使用されたとのこと。 |
コンテンツ内で使われたCGモデルは、人間のキャラクターと巨人がそれぞれ7体ずつ。富永さんとしては奇行種の巨人を登場させたくて、奇行種らしい変わった動きのモーションキャプチャーを収録したのだが、街の中で歩かせる場所がなかったためにボツになってしまったそうだ。
VRコンテンツは3D立体視であるがゆえに、右目用と左目用の2つの画面を同時に表示する必要があり、描画には苦労がつきもの。富永さんによると本コンテンツでも、CG処理を軽量化するため様々な工夫を行っているという。
▲通常のCGでは処理を軽くするため遠景の描画はカットすることが多いが、本作では『進撃の巨人』の世界観を象徴する街の周囲の“壁”を表現するため、あえて遠景まで描画するように設定。それゆえ、CG処理の軽量化がより重要になっている。 |
先に紹介したとおり、背景となる街のデータはTVアニメで使われていたものだが、個々の建物のデータ自体は軽いものの、全体で数万個もの建物が配置されているため、処理が非常に重くなっていた。そこで、たくさんの建物を区画ごとにまとめて1つのモデルとして扱うことで、処理を大幅に軽くできたという。
また通常のCG描画では、手前の建物などに隠れて見えない奥の建物などについては、自動的に描画しないようにする“オクルージョンカリング”という処理を行う。
富永さんによると、処理を軽くするためにオクルージョンカリングを行うが、この自動計算でもまだ消えずに描画されている建物があり、それで処理が重くなっていたそうだ。
そのため自動計算ではなく、表示しない建物の区画を手動でひとつひとつ指定することにより、処理を軽くしていったのだという。複数の建物をまとめてブロック化する際に、区画ごとに細かく分けることで、この手動での指定がラクになる工夫をしていたと語られた。
そして最後に、ウラワザとも言える処理軽量化の秘策が明かされた。当時のOculus Riftのバージョン(DK2)では、VR酔いを防ぐために秒間75フレームの画面表示が推奨されているのだが、この作品ではなんと秒間60フレームで表示されているのだという。
VRという最先端の技術を使用したコンテンツでも、実際に制作する際には細かな工夫を少しずつ積み上げていく必要があるといった、現場の苦労が非常によく伝わってくるセミナーとなっていた。
『機動戦士ガンダム00』『楽園追放』の水島精二監督がVR空間を体験した感想は?
続いては、アニメ監督の水島精二さんによるスペシャルトークショー“VRで変わる? 変わらない? アニメの未来”の模様をお届けする。
水島精二監督は『鋼の錬金術師』や『機動戦士ガンダム00』といった作品をはじめ、現在放送中の『コンクリート・レボルティオ~超人幻想~』を手がけていることで知られている。
また2014年秋に公開された映画『楽園追放-Expelled from Paradise-』では、フル3DCGを使用してセルアニメ風の世界を描き出すという試みにも挑戦。この作品は会場に詰めかけたVR開発者からも高い支持を集めていた。
▲水島精二監督 |
▲トークショーには聞き手として、デジタルハリウッド大学教授の福岡俊弘さんが参加していた。 |
水島監督はこのトークショーに先だって、Oculus Riftのコンテンツをいくつか体験してきたとのこと。トークショーはまず、その感想を語ることからスタートした。
「没入感がすごくて、これからが楽しみな技術だとわかった」と語る水島監督は、自身が予想していた以上にVR体験を楽しんでいたようだ。
なかでもエピック ゲームズが開発したFPS『Bullet Train』をプレイした際は、運動しているつもりはないのに自然に身体が動いてしまい、体験した翌日は筋肉痛になったほどだという。「どう見てもCGのキャラクターなんだけど、敵が目の前に出てくると思わず腰が引けてしまう」と、感想を語っていた。
●動画:『Bullet Train』デモ映像
また水島監督は、Oculus Riftの開発元であるOculus VR社が自ら制作したVR専用CGアニメ『HENRY』も体験したとのこと。ただし、水島監督はキャラクターのお芝居そっちのけで、部屋の内部がどこまで作り込まれているのかを確かめるべく、床に這いつくばって覗き込んでいたという。
「こっちを見てくださいという誘導はいろいろあるんだけど、それを見るか見ないかが観客の自由というのは、なかなか不思議な感覚」と、水島監督は語っていた。
▲『HENRY』の物語を無視して、床に這いつくばってVR空間の作り込みを確認する水島監督。 |
聞き手の福岡俊弘さんから「『HENRY』のような作品を作ることはできる?」と聞かれた水島監督は「あれぐらいの短編ならやれると思う」と回答。ただ、自分は好き勝手にアイデアを出す側なので、それを実際に作るCGの人たちは大変だろうとも答えていた。
●動画:『HENRY』トレイラー
続いては、水島監督の映画『楽園追放-Expelled from Paradise-』の制作について語られた。
先ほども紹介したように、この映画ではフル3DCGを使用して、美少女やロボットが活躍するセルアニメ風の世界を描き出している。また、人類の多くは地上を捨て、データとなって電脳世界“ディーヴァ”で暮らしているといった、サイバーパンク的な世界観も話題となった。
●動画:映画『楽園追放-Expelled from Paradise-』予告編
だが水島監督自身は「電脳空間といっても、そんなに目新しいことはしていない」という。『トロン』や『マトリックス』など、先行する作品が表現してきた電脳空間が今の技術ならこうなるとアップデートしたものが本作における電脳世界“ディーヴァ”なのだそうだ。
そのうえで、「電脳空間を描写した時間は本編の1/10ぐらい。それでも観客のみなさんに気に入ってもらえたのは嬉しい」と語っていた。
作品作りにあたっては、予算やスケジュールよりも想像以上に大きかったとのことで、「シナリオの中に街が2つ登場するのに、その街にいるキャラクターは12体しか作れませんと言われた時は、どうしようかと思った(笑)」と語っていた。
そのため、CGであるがゆえ街の奥のほうまでくっきり見えるはずのものを、あえて奥にいるモデルはぼかして外見をはっきり見えないようにしているという。
その代わり、それぞれのキャラクターにお芝居をつけて、動きの演技でキャラの違いを表現するといった工夫をしたとのことだ。
さらに、じつは映画の中で3DCGならではの立体空間を使って撮影したシーンはひとつもなく、セルアニメのように美術設定による背景の前にオブジェクトを置いて、カメラワークの工夫であたかも3D空間のように見せているのだそうだ。
「手元にある素材で演出をどのように工夫すれば、観客に対してもっとも正確に伝わるのかを常に考えていた」と、水島監督は語っていた。
最後の話題は、“水島監督ならどんなVRコンテンツを作りたい?”というもの。これに対して水島監督は、「360度の空間の中でお客さんの視線をコントロールしつつ、没入感を高めながらドラマを体感してもらうものをやってみたい」と答えていた。
また水島監督は「後ろに倒れてリアルにケガするようなホラー物をやってみたい」と、冗談交じりに語っていた。これは、早いうちにそういったイタズラっぽいものをやっておかないと、時間が経つにつれてどんどんレベルが上がって、ハードルが高くなるからだという。
さらに、自分自身でVRを体験した際に「ポリゴン数の少ないシンプルなデザインの空間に、自分が存在できるというのが楽しかった」そうで、「必ずしもフォトリアルなものではなくても、もっと違った方法でもVRの表現ができるという可能性を感じた」とのことだ。
ラッピングを変えるが如く、日常に存在するものをVRでデザインだけ書き換えて、普段見ている世界とはまったく違うデザインのものを自由に見たり触れたりできるだけでもおもしろいのでは、と語っていた。
水島監督はアニメ演出家らしいユニークな視点で、VRの可能性を語ってくれた。それと同時に、記事の前半で紹介した『進撃の巨人・360度シアター“哮”』とも相通じる、コンテンツ制作の創意工夫が非常によく伝わってくるトークショーとなっていた。
(C) 2015 Oculus VR, LLC
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