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2016年1月16日(土)

『LoVA』オリジナルノベル(後篇・その3)公開! 真実が明かされるとき、少年少女の想いは――

文:電撃オンライン

 ※本記事は、Webノベル『ロスト・レゾナンス ~LORD of VERMILION ARENA~ 後篇・その3』です。後篇・その2や前篇を読まれていない方は、下記の記事を先にお読みください。

●前篇

⇒『ロスト・レゾナンス ~LORD of VERMILION ARENA~ 前篇・その1』を読む

⇒『ロスト・レゾナンス ~LORD of VERMILION ARENA~ 前篇・その2』を読む

⇒『ロスト・レゾナンス ~LORD of VERMILION ARENA~ 前篇・その3』を読む

●後篇

⇒『ロスト・レゾナンス ~LORD of VERMILION ARENA~ 後篇・その1』を読む

⇒『ロスト・レゾナンス ~LORD of VERMILION ARENA~ 後篇・その2』を読む

『LoVA』

6

 駆ける。馳せる。黄昏に染まりつつある世界の中を。

 感じる――おそるべき魔力マナの胎動、そしてその激突の気配を。まぎれもない“刻印の者”同士の戦い。誰に見られることも構わず、刻印によって強化された脚力でそこへ向かう。

 そして、着く。

 街外れの広い公園――その中央。炎に囲まれた空間で対峙する二者にしゃの姿を。

 シン。そして、スズリ。

 どちらも使い魔を現し、戦いを始めていた。

 公園に人の姿はない。すでに逃げたのか、あるいはシンが結界でも張ったのか。抜け目のないあの男なら、そちらの方がありそうな気がした。

(戦況は――)

 一見、互角。しかしその実、スズリたちが追い詰められていると言っていい。 

 魔人となったダイキは、褐色の肌の少女と激突していた。「タロイモにしてやるー!」少女は快活に笑い、謎めいたきねを叩きつける。ダイキは“不可侵の聖域”を展開するが、したたかに撃ちつけられた額から漆黒しっこくの血が噴いた。「くっ」反撃の拳は、少女の杵に発止はっしと受け止められ、砕くこととて叶わない。“聖域”の通用しない相手――あどけない容姿にそぐわぬ高位の神格の持ち主。その名、オニャンコポン。れっきとした大神である。

 銀の塊となったヒサは、相対する黒装束の青年に翻弄ほんろうされていた。手を変え品を変え、様々な姿に変異して攻撃を見舞うが、そのすべてがくうを裂く。ついに捉えたかに見えても、青年は忽然こつぜんとヒサの背後に回り込み、手にした刃を振るっている。魔性のやいばは銀の身体を容易に削り、マナに分解していく。『んもー!』ヒサが憤然となればなるほど、反撃を受ける頻度が増していく。風魔の名を持つ忍者のわざには、いかな異形もが悪い。

 魔術端末デバイスとしての姿を現したユキナは、苦しげに顔を歪めながら後退していた。全身にまとう燐光が鈍い。そこへ、禍々まがまがしい杖を手にした長身の男が悠然と歩み寄る。いやらしい笑みを浮かべた唇が、もごもごと動いて呪文を唱え続けている――それによって男の魔力がユキナに干渉し、術を封じ込めているのだ。魔僧ラスプーチン。敵に、特に女性にその実力を発揮させぬことに関しては、右に出る者はない。

 あれほどの力を持つ猛者もさたちが封じ込められ、苦戦を強いられている。なぜか――考えるまでもなかった。イザがもたらした情報をもとに、シンが対抗策を練ったのだ。横には横がある世界。どんな使い魔にも相性というものがある。いかなる存在に対しても勝利しうる最強の切り札カードなどありはしない。

 スズリもまた、着実に追い詰められつつあった。

 槍を手にしたまま、荒い吐息を繰り返している。強すぎる力の顕現が彼女の心身をさいなんでいる。たとえダイキたちが耐え抜いても、このまま膠着こうちゃく状態が続けば、いずれスズリは自滅する。それもシンの作戦の範疇はんちゅうに違いない。

 奥歯を噛み締めながら――イザは、その場へ駆け込んだ。

「シンッ!」

 2人の間に割って入ると、シンは意外そうに眉をひそめた。

「なぜ来た――イザ」

 何もする必要はない、というあわれみのニュアンスを感じた。イザの知らない間にすべてを片づけるつもりだったのだろう。だが。

俺がやる・・・・

 目を閉じて、イザは告げた。傍らにドゥクスが現れ、剣を差し出す。それを思いきり引き抜いて、目を開ける。両頬に、黄金の紋様がじらじらと浮かび上がっていた。

「決着は……俺がつける」

 振り向く。息を呑むスズリへ。助けを求めてきた少女へ――剣を提げたまま歩みゆく。

「イザッ!!」叫ぶダイキの背中を、輝ける銃弾が直撃した。「がっ……」苦痛にうめいてよろける魔人。リエルタの狙撃だ。“不可侵の聖域”はつねに能動的な発動を強いられるため、知覚外の不意討ちまでは防げない。無双の力を誇る英雄の末路まつろと言えば、神の裁きかだまし討ちの類と相場が決まっている。

 『ぎゃん!』辛うじて風魔の攻撃から逃れたヒサを大剣の一閃いっせんがかすめ、銀の一部がぎ落とされた。魔人の左腕を持つ戦士レネゲイド――眼前の忍者にも劣らぬ武技と魔性の使い手が、幾度となく共闘した異形へ斬り込んでいく。魔法の無効化はヒサの十八番おはこだが、魔性そのものであるレネゲイドの左腕にはなんの効果も果たせない――そして忍術は魔法ではない。

「悪いニャ」魔術を封じられて喘ぐユキナを、黒い炎が襲った。半ば横ざまに倒れ込むようにしてかわすユキナの見る先に、飄々ひょうひょうたるぬいぐるみの姿がある。なんら感慨を感じさせぬ面持おももちで、ケットシーはユキナを魔僧と挟み討つべく構える。

 使い魔同士が激突する間に、イザは一気にスズリへと踏み込んだ。

 緋色の刃が弧を描く。袈裟けさ斬りに放った刃を、スズリは辛くも槍で受け止める。が、弱い。イザはそのまま力で押し込んだ。少女の膝が、今にも折れんばかりに震える。

「ナナセ、くんっ――」

No.16イザだ」

 剣を押し込みながら――イザは震える声で言った。

「そんな名字はでたらめだ。この世界で活動するための――ただの偽名だ!」

 たまらず後退するスズリに追いすがる。さらなる剣撃が、槍に受けられ火花を散らす。

「君と同じだ――俺もこの世界の人間じゃない!」

 横薙ぎの一閃。俊敏しゅんびんにかいくぐるスズリ。イザは追う。逃さぬ覚悟を刃が謳う。

「こことよく似た――」一撃。槍が止める。「けど、とっくの昔に人間同士で殺し合って、焼け野原になった世界の――」牽制の突きが来るのを身じろぎでかわし、槍を払って前へ。「人間とも言えないような遺伝子で生まれた突然変異ミュータントだ!」2人の間に黄金の炎が花開き、ハッと槍をかざしたスズリの身体がきらめく爆風に吹き飛ばされる。

「エンバーラスト……」

 自ら起こした炎風を剣で斬り裂きながら――

 イザは、そっと故郷の名を告げた。

「自らの炎でアルカナを焼き尽くした世界。わずかに残った命さえ、新たなうらみの炎に焼かれて尽き果てていく……そんな世界だ……」

 歩く。異形の力の発動に呼応して、顔に浮かび上がる紋様の濃度がいや増してゆく。

ここトワイライトに来たのは、アルカナを得るためだ。俺たちの世界には、もうほとんどアルカナが残っちゃいない……だから来た! この世界のアルカナを手に入れて、俺たちの世界を生き永らえさせるために!」

 間合いに入るなり、無造作に剣を放った。膝立ちになったスズリが槍を振るい、剣を弾こうとして逆に撃ち飛ばされる。

「だから、他の世界から来る“刻印の者”が邪魔だった――俺の役目は、そいつらを倒すことだった! その間に、仲間がこの世界のアルカナを奪えるように!」

 ふらつくスズリを、槍の防御の上から荒々しく撃ち据える。獣人の反射神経を生かして驚くほど粘る少女の姿に、イザは奥歯を噛み締めた。ずっと胸を焼き続けている炎が、ついにとめどなく込み上げて両の眼から噴きこぼれた。

 いつかは消さねばならない相手だとわかっていた。トワイライトのアルカナを自分たちの世界のものとすれば、当然、トワイライトの消滅は避けられない。スズリは決してそれを許さないだろう。だからいつかは戦い、殺さなければならない相手だった。

 仕方がない。戦うこと。殺し合うこと。それが“刻印の者”のさだめであり真義だ。逃れられるはずもない。

 だとしても、誰かの命を大切に思う心までは失くしたくなかった。ましてやスズリを。殺したいなどと思うはずもなかった。いつか――そう、いつか。この世界のアルカナを奪うそのときまでは、彼女にはせめて幸せな日々を送ってほしかった。

 だが。

 来るべき時が来たのなら。

 躊躇ちゅうちょはできない。

 何よりも大事なものを失わないためには。

「君をなくさなきゃいけないんだ――スズリ・・・」悲鳴のようにイザは哭く。その名を呼ばねばならぬと思った――殺すからには。自分の都合で、彼女の命を奪うからには。「あんな焼け野原でも、俺の故郷なんだ! 俺みたいな突然変異ミュータントを育ててくれた人たちがいた……大事な……どうしようもなく大事な場所なんだ!!」

荒ぶる刃が泣いていた。それは降りしきる雨に似ていた。あるいは雨に撃たれて震える小さな子どもに。イザ自身に。

「みんな、灰になった――でも、あいつらのいた世界は残ってる! だから――それを――壊させるわけにはいかない!!」

 親しい人は皆死んだ。残ったものは何もなかった。炎の中で生まれれば、灰以外に見るものはない。灰散るばかりの世界のなかで、涙すら焼き尽くされてゆく。

 それでも、灰なら残るのだ。

 灰は灰に。ちりは塵に。かつて彼らであったというあかしが、深く大地に降り積もる。彼らが大地の、世界の一部となるのなら――すなわち世界は彼らであるのだ。

 なら、守るしかない。かつて彼らであった世界を。彼らと過ごした大事な世界を。

 焼き尽くされた世界に生まれたイザにとって、それ以外に守るべきものなどない。

 炎の涙がき乱る。イザは刃を振り上げえる。

「わかるだろ――そういうもんだろ――故郷って!!」

 烈緋れっぴの刃を振り下ろそうとした、その瞬間、

「まあ待つニャ」

 小さな影が、2人の間に割り込んだ。

 イザは思わず剣を止めていた。敵ではなかった。むしろ。そいつは。

 くすんだ藍色の瞳に、ひねくれた小生意気な光を宿したぬいぐるみ。

 ケットシー。まぎれもない、自分の使い魔。ユキナと戦っていたはずの。

 それが――どういうわけか、目の前にいる。まるでスズリをかばうように。

「ニャるほど、話はわかったがニャ――だとすりゃ1つ、言っておかニャくちゃニャらんことがあるニャ、我が主」

 虚をかれ戸惑うイザを、じろりと見上げて。

 使い魔は、無造作に告げた。

「おまえさんの世界――エンバーラスト? それニャア――もう滅んじまってるニャ」


7

 息が止まった。そう思った。

 剣を振り上げたまま、イザは茫然と立ち尽くした。

「ずっと気にニャっちゃいたん二ャけどな――おまえさんがどこの世界の出身なのか。俺っちはおまえさんがこっちに来てから召喚されたしよぉー」

 主の凝固に構わず――あるいはそれに付け込んで――ケットシーは肩をすくめた。

「ただ、まさかエンバーラストとはニャ」

「ま――待て」

 よろめくように後ずさりながら、イザはうめいた。

「なに、言ってんだ……おまえ。滅んだとか――なにを――そんなの、なんでおまえが――」

「俺っちがダイキといっしょに、レベッカって情報屋に会いに行ったこと、あったニャロ」

 ふん、とぬいぐるみが鼻を鳴らす。

「そのときに聞いたんだニャ。数ある世界はもはや、ヴァーミリオン、ライズ、クローム、ブレイズ、トワイライトの五つしかニャい。エンバーラストって世界も残ってたけど、ちょっと前にアルカナが尽きて消滅しちまった――ってニャ」

「――う」感情がほとばしる。言いたくて仕方のない言葉が口を衝く。「嘘を言うな・・・・・!」

 言ってから気づいた――懇願じみたその叫びは、そのまま命令となっていた。一度契約を交わした使い魔は、決して主の命にそむくことはできない。

 だから。

本当ニャ・・・・

 使い魔ケットシーが嘆息とともに告げる言葉は。

「嘘ニャんて言ってニャい」

 “嘘をつくな”という命令に従った結果であり。

 つまりは――

 真実なのだ。

 すべて。

 どすん――重たい音が響いた。響いてから気づいた。手にした魔剣が地面に落ちている。見下ろす右手は、朧にわなないていた。握り締める力すら湧かなかった。

(滅びていた――?)

 失っていた。すでに。すべて。

 何もかも。

(そんな……馬鹿な)

 じゃあこれは。なんだったんだ。スズリを裏切り、殺さなければならないという苦悶に、そうしなければ大事な人たちの生きた世界を守れないという煩悶はんもんに、だからこそ自分がやらねばならないという決断に、いったい、なんの意味があったのだ。いちばん失いたくないもののために他のすべてを失うことを選んだのに、すでに失い尽くしていたなんて。じゃあ俺は。なんのために、失った・・・んだ。今。目の前で。彼女を。彼女との日々を。色あせた世界の中で、ほのかにやわらかく色づいて見えていたはずのものを。

 咲かせた花を根こそぎ焼き尽くされたような気分だった。心の根っこが枯れてゆくのを感じた。

 はぐくんできたはずの想いも。願いも。祈りも。何もかもが色あせる。散る。灰となって。散っていく。代わりに穴が・・・・・・。胸に空く。空いて。広がっていく。

(なくしたものが――)失いたくなかった。

(いちばん大事な“何か”だったら――)それを失わぬことだけが望みだった。

(他の“何か”が大事に思えなくなって――)失わぬためにこそ戦ったのに。

(ぜんぶ穴になっていく――)失わぬためにこそ裏切ったのに。

(いつかきっと、穴しかなくなる――)まさしく今だ。

(“自分”が――)灰となって。

(消えてなくなって――)色を失い、散ってゆく――

 何もかもが失せていく世界の中で。

 不意に、炎が右手を襲った。

 びくりと震えて、イザは見た。目の前にあるものを。じっと見上げる2つの瞳を。

「スズリ――」

 いつの間にか。いた。失ったばかりの少女が。目の前に。熱を帯びた両手でイザの右手を包み込んでいた。ただじっと。必死の瞳で。失われゆくものを繋ぎ止めようとするように。

 そんな資格があるとは思えなかった。つなぎ止められる資格など。すでに失っていたもののために――そうとさえ気づかず――彼女を裏切った自分には。何も。

「俺は……」炎があふれた。灰散る運命さだめとわかっていても。己を焼かずにいられなかった。「俺の、大切なもののために……君を……殺そうとしたんだ……」

「わかってる」少女がささやく。「慣れてるから・・・・・・

 イザはぽかんと口を開いた。少女の瞳は真剣だった。一片いっぺんの偽りもない、まったき誠実の色だけを奥に燈して、確かに告げた。

「知ってる。慣れてるの。そういうの・・・・・。いっぱい見てきたから。滅びかけた、私の世界で」

 取りつくろうような響きはなかった。そういうことをする少女でもない。言葉どおりなのだろう。完全なる消滅という、これ以上ないほどの危機にひんした世界で――彼女は見たのだ。きっと。裏切りを。より大切なもののために、他の何かを切り捨てようとする人の姿を。

 だから。

 スズリは言った。ただ真摯しんしに。まっすぐに。

「わかってる。イザくん・・・・がどんな気持ちで私と戦ったのか。なんとなくだけど」

「だから、許すっていうのか……?」イザは問うた。弱々しく。痛みにまみれて。「こんな……こんなことをしたのに――」

後で怒る・・・・

 さらりと言って、スズリはイザの手を握り締めた。ぎゅっと。痛いくらいに。熱く。

 少女の唇が不意に緩んで、わずかに尖った。咎めるように――あるいは拗ねたように。それともできの悪い弟を叱るように。

「まだ、文化祭の準備だって、終わってないんだから。係。みんなでやろうって言ったの、イザくんでしょ。だめだよ、放り出したら。それ、すっごく面倒なこと、私に押しつけるってことなんだから」

「係、って……」

 イザはあきれた。こんな時に。世界の命運を握る“刻印の者”同士が本気で殺し合っているというのに。文化祭がどうとか。面倒を押しつけるなとか。そんな小さなことを。よくもまあ。

 だが――きっと。彼女にとっては、それこそが大事なのだ。

 みんなでいっしょに生きていく。新たな世界で、新たな暮らしを送る。それが、今の彼女のいちばん大事なこと。そうさだめたのだ。穴だらけの心で、前に進み続けるために。

 そして、彼女が大事にするものの中に、すでにイザも含まれていると――だからいっしょにいようと――そう言ってくれている。求めてくれている。

 こんな自分を。

 あの人たちと同じように。

 思えば――

 自分がずっと大事にしていたのは、そういうものだったのかもしれない。

 灰となった人たちの眠る世界を守りたいという願いは――彼らが自分を求めてくれたという大事な思い出を失いたくないという願いだったのかもしれない。

 ならば。

 その“最も大切な願い”がなくなった今。

 自分が、他の何より願うものがあるとしたら。

 それは――

「スズリッ!」

 ダイキが叫んだ。イザは反射的に振り返り、黄金の炎を解き放っていた。輝ける爆炎は、忍び寄ってきていた人影に激突し、きらめきながら四散しさんした。

 炸裂さくれつしたのではなかった。断ち割られたのだ。黄金の火の粉を散らしながら、ゆっくりと歩み出てくる男の姿がある。No.1シン。その手に黒い大斧おおおのたずさえて。

「どけ、イザ」シンは命じた。端的に。「邪魔だ」

「ま――待ってくれ、シン」イザはあわてて頭を振った。「聞いただろ……エンバーラストは、なくなったんだ――なくなったんだよ!」

だからなんだ・・・・・・

 揺るぎなき冷厳れいげんさで、シンは言った。

 まるで動揺のないその姿に、イザは愕然がくぜんとなった。まさか――という思いが、そのまま声となって唇を割る。

「あんた――知ってたのか!? エンバーラストが、滅んでたって……」

滅びたからなんだ・・・・・・・・。刻印戦争の覇者はしゃとなり、あらゆる世界のアルカナを掌中しょうちゅう掌中に収めれば、我らの故郷を戦争が起こる前の状態で造り直す・・・・こともできる。カードとなった神霊英傑が、生前そのものの姿で顕現しうるようにな」

 造り直す。その言葉に、すさまじい悪寒おかんが走った。それは。それでは。

「それは――それはもう、俺たちの思い出が残る故郷じゃないだろうが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」

 少年が叫ぶのと、シンが踏み込むのとが同時だった。

 スズリめがけて振り下ろされた一閃が、烈緋の刃に弾かれる。

 イザが、地面に落ちた剣を黄金の炎でね上げ、空中でつかみ取りざま振り抜いていた。

「惑うのか、イザ!」咆哮とともに、シンはさらなる連撃を放った。「故郷を生かす! それがおまえの誓い、おまえの戦う理由ではなかったのか!」

「そうだった! そうだったよ!」迫り来る斧を撃ち払いながら、イザも叫んだ。ほとんど悲鳴のような絶叫だった。「でも――これは、これは違うだろ・・・・・・・!」

「何が違う!? 同じことだ――何が違う!!」

 烈吼れっこうを発したシンがハッと目を見開いた。イザの背後に、影法師のごとくスズリが立ち、槍を構えていた。イザの左肩越しに放たれた突きを、シンは鋭く後退してかわした。

 間合いを取るシンに対し――ゆるりとイザの隣に並びながら、スズリは言った。

「違うよ」少女の瞳には、憐れみさえたゆたう。「滅びを避けるために戦うのと……滅びを受け入れられないで戦うのとは」

「受け入れるのは敗者のすることだ。私は決してあきらめない。取り戻すと誓ったからだ。たとえ何を犠牲にしたとしても! なのに――イザ! おまえは裏切るのか!」

「俺の望みは消えたんだ! 守りたかったものがなくなった! でも……今は……もう1つ! 失いたくないものが、ここにある!」

 悲しかった。シンの思いは自分のもののように理解できた。何より大事なものを失ったがゆえの痛みは。空虚は。広がり続ける穴に蝕まれれば、シンのように望むのは必然だとさえ思えた。他のすべてが無価値になるのだから。

 今の自分がそうでない理由は簡単だった。

 いつの間にか、得ていたからだ。新しい“何か”。大事な“何か”を。

 それに気づけば迷いはなかった。今、ここで、何をすべきか。はっきりわかった。

 心の奥から湧き上がる純粋な思いを、少年は、ただ素直に解き放った。

「これ以上……俺は! ……なくしたくない……!!」

「ガキめ……!」

 舌打ちとともに、シンは斧を構えた。その背後にドゥクスが現れ、次いで烈しい風が吹き荒れた。スズリとシン。両者のドゥクスが場にそろったことで、互いのアルカナコアが顕現を始めていた。

「ならばおまえもここで潰す」徐々に形を成してゆく女神を背後に、シンの眼がぞっと燃えた。「いつか……核戦争のなかった新たなエンバーラストに、今度こそまっとうな人間として造り直して・・・・・やる」

「そんなふうに言われて喜ぶ奴がいると思うかい」

 苦笑を浮かべたダイキが、イザたちの前に降り立った。スズリの背後にもアルカナコアが現れたことで、その力を使ってコアの前に“帰還”したのだ。

『別にあたしたちだって、カードから召喚されたって言っても、そのもの本人が生き返ったわけじゃないしさー。そりゃあその理屈はあかんでしょー』

 ダイキの隣に、こんもりとヒサが盛り上がった。

「この混沌こんとんたる世界じゃ、そういう思想に走っても仕方がないとは思うけど。相手が納得するかどうかは別問題ね」

 さらにその隣に、ユキナが姿を現す。

「こういう流れの方が、おまえさんも全力で戦えるってもんニャロ? 我が主」

 イザの頭に飛び乗って、ケットシーがニヤリと笑った。

 1つ大きく吐息して、イザはシンを見据えたまま応える。

「まあな。礼を言っとくよ、ケットシー」

「へ。俺っちとしちゃ、勝算の高い方についたってだけニャ。あんニャろうはどーも、負ける相ってのが出てやがるからニャ」

「そんな適当な根拠であんだけ引っかき回したのか、おまえは……」

 半眼になるイザの肩を、「まあまあ」と軽く叩いて――

 スズリは、高らかに宣言した。

「それじゃ――行こっか! 皆の衆!」


8

 たちまち、使い魔たちの乱戦となった。

 主の命令に従ってダイキに向かおうとしたオニャンコポンの前に、銀色の塊が立ちふさがった。『だりゃー!』薄く広がって包み込もうとしてくるヒサから、大神はあわてて間合いを取る。直後、どこかに身を潜めたままのリエルタの狙撃が少女の鎖骨さこつを襲った。「たわっ」杵をひるがえして銃弾を弾いたところへ、間髪入れずにヒサが追撃。変幻自在へんげんじざいのヒサの動きに、純粋な力と力の真っ向勝負を封じられた大神は、やりにくそうに唇を歪めた。

 風魔の前には、ユキナが立ちはだかった。先ほどの共闘が嘘のように、ためらいなくレネゲイドが前衛を務める――目の前の相手を叩き潰せるなら誰が敵であろうと構いはしない、そういう男だ。忍者と戦士はわずかに睨み合い、次の瞬間にはひらめく刃をぶつけ合っていた。直後、瞬間転移でレネゲイドの背後に回りざま首筋を狙う風魔の動きが、ぴたりと止まる。ユキナの術がその身を呪縛じゅばくしたのだ。レネゲイドが魔人の左腕で裏拳うらけんを叩き込もうとしたが、風魔は底知れぬ抵抗力で呪縛を破り、ぎりぎりで身をかわした。

 ラスプーチンの前には、ダイキが立ちはだかった。「一丁やろうか」拳を握ってニッと微笑む神魔人を前に、魔僧の顔がみるみる曇る。「女性にょしょうでないとやる気が出ませぬ……」「知るかってーの!」筋肉を盛んに揺らして迫りゆくダイキから、ラスプーチンは心底嫌そうな表情で逃げ出していく。

 使い魔たちが足止めし合っている間に、イザとスズリはシン側のアルカナコアを目指して駆け出していた。スズリの負荷が限界に近い状況だ。短期決戦に持ち込むしかない。

 コアの前には当然、シンが立つ。アルカナコアが出ている以上、彼を倒したところで決着にはならない――時間をかけていられる相手ではない。

 イザとスズリはうなずき合って、左右から仕掛けた。イザは魔剣で右から首を、スズリは槍で左から足元を狙ってぐ。「ぬんッ!」シンは斧で魔剣を迎撃しつつ、その足運びだけで槍の一閃をかわしてのけた。そのままスズリに背を向けて、イザに次々と斧の斬撃ざんげきを見舞う。苛烈の攻勢に、イザはたちまち防御と後退を余儀なくされた。

「かぁッ!」

 遠心力を乗せた横薙ぎが来る。まともに受ければ吹き飛ばされる――後退するしかない。

 だが、あえてイザは踏み留まった。後退させるのが相手の狙いだ。ならば意地でも外す。

「ケットシー!」「あいよ!」

 ひょこんと背後から飛び出したぬいぐるみが、待ってましたとばかりに黒い炎を巻き起こす――イザはそれに自身の黄金の炎を乗せて、迫り来る斧へと叩きつけた。

 黒と金の炎が炸裂し、爆風を巻き起こす。「ぬうっ」シンの膂力パワーは尋常ではなかった。爆風すらも斬り裂いてイザを狙う。だが、さすがにその威力は万全ではない。シンは長剣を逆さに立て、その刀身とうしんで斧を受け止めた。烈衝れっしょう 。歯を喰い縛って耐え抜く。ただ受け切るだけに、ほとんどすべての力を費やさねばならなかった。

 だが、ゆえにこそ狙いが成った。

 濛々もうもうたる爆炎を裂いて、何かが宙に躍った。長い黒髪とスカートが艶やかにひるがえる。とん――と、革靴が踏むのは、イザが逆さに立てた剣の柄頭つかがしら。少年の背後から跳躍したスズリが、軽やかに剣の上に乗っていた。風に誘われ舞い降りる、ひとひらの花弁のごとく。

『LoVA』ノベル

「――!?」

 凝然ぎょうぜんと凍るシンの眉間みけんを、精確に研ぎ澄まされた槍の一刺いっしが電撃的に貫通した。

 まさか、正面から来るとは思っていなかっただろう。なにしろ完全に背を向けたのだ。スズリが背後から迫ったところへ、振り向きざまに斧を放って仕留める――おそらくそういう算段だった。シンの性格を知っているイザはたちどころにその狙いを見抜き、ケットシーをメッセンジャーとしてスズリに作戦を伝えたのだった。

 槍が引き抜かれ、シンがどうと仰向けに倒れる。致命傷である。頭蓋ずがいで滑ることもなく、脳を正面からぶち抜いたのだ。だが、コアが無事であれば再生される。イザとスズリはすぐさまコアへと駆け出した。

 敵の接近を察知したアルカナコアが、マナを光の槍に変えて射出・・してくる。イザたちは、迫り来る槍をそれぞれの得物で撃ち払い、最短距離を突っ走った。

 コアの足元まで至るや、跳躍。スカート状にふくらんだ金属質の下半身に足を引っかけ、そのまま駆け上がっていく。途中、幾度も光の槍が放たれたが、すべて砕かれ、輝ける雨となって降るに終わった。

「――ぉぉおぉおおおおおッ!」

「――はぁぁあああぁああっ!」

 気勢とともに女神の上半身を昇りきり、長い前髪で隠された顔貌がんぼうへと迫る――

 瞬間、爆音じみた絶叫がほとばしった。

 マナを衝撃波に変えての一撃――さすがに防げるものではなかった。真っ向から直撃を受けたイザとスズリは、宙に弾き飛ばされ、落下した。

 だが。

 どちらの瞳も、絶えざる闘志の光に満ちて、“まだだ”と瞭然、告げていた。

 スズリは空中でくるりと身をひねった。獣人特有の俊敏さと柔軟性を存分に活かして勢いをつけるや、手にした槍をその流れに乗せて、鮮やかに投げ放つ。風を貫く獣の牙が、重力の縛鎖ばくさを引きちぎって高らかに哭いた。

 イザは落ちながらにして剣を掲げた。確かな瞳で女神を捉え、決然と狙いを定める。両頬に浮かび上がった紋様が、黄昏のごとく輝いた。直後、同じ光が少年のてのひらに生まれ、鮮烈なる爆裂を以て、緋色の剣を射出・・した。剣の魔力が妖しくきらめき、悦びを伴うような唸りを上げて加速する。

 2人の放った2つの刃は、あやまたず女神の顔貌に突き刺さった。

 いや。そんなものでは止まらない。さらに奥へと突き進む。女神の絶叫。構わず貫き、肉を裂き――女神の頭蓋の内部で交錯こうさくし――後頭部を破砕しながら天へと駆けた。

 震えもだえる女神の身体が、色を失い、溶け消える。

 その勝利を喜ぶ暇もなく、イザたちは地面に叩きつけられた。

「っ……!」

 えがたい苦痛と疲労に襲われながら顔を上げるふたりの前に、人影が立った。

 シンだ。

 烈しい憤怒ふんぬと誓いの意志にいろどられた、炎の眼が燃えている。炎の使徒。硝煙の父。焼き尽くされてなお消えることのなかった最後の残り火エンバーラスト――その落し子。

 漆黒の斧が振り上げられた。落下の衝撃に苦悶する2人に、けるすべはない。

 残された力のすべてを振り絞るシン――

 その背に、六つの力が殺到した。

 魔性の呪縛が動きを封じ、太い拳が撃ち貫き、銀の刃が刺し抜いて、輝ける弾丸が炸裂し、大剣が叩き込まれ、黒い炎が焦がし抜く。

 イザとスズリ――2人の使い魔たちによる集中砲火だった。それを止めるべきシンの使い魔たちは、アルカナコアの破壊に伴い、すでに消滅している。

「が、あ……」

 シンの膝が落ちた。びしゃり、という音が重々しく響く。あふれ出る血が、男の足元に濃密な血だまりを形成していた。

 ぼんやりと、その身がかすむ。先の攻撃のいずれかが、彼の刻印を破壊したのだろう。

 刻印を失った者のさだめなど、1つしかない。

 人らしい死を迎えることもできずに消えるしか。

「シン……」

 倒れ伏したまま――イザは男の名を呼んだ。本当の名であるはずもなかったが、そうしなければならないという気がしていた。彼が消えきってしまう前に。

「ここまでか」消えかかる己の身体を見下ろして、シンは奇妙に静謐せいひつにつぶやいた。「最後の最後で見誤ったな。おまえは、もっと空虚かと思っていた」

「俺もだよ」朦朧もうろうとなりながら、イザは答える。「そうでない部分があるなんて、思ってなかった」

「大切にしろ」

 ぽつりと言った。あまりにも無造作な一言に、イザはほうけた。笑うでも怒るでもなく、シンはゆっくりと目を閉じていた。その身はほとんど透明になりつつあった。

「私には、得られなかった宝だ」

 その一言だけを残して。

 シンは消えた。幻のように。跡形もなく、消え果てた。

 切ないような、悲しいような、肩の荷が下りたような、長い夢から醒めたような――自分でもよくわからない感傷が、かすむ意識に瞬いた。

 イザは長い長い息を吐き、折れた肋骨ろっこつが軋む痛みに思わず悲鳴を噛み殺した。

「よくやった、契約者よ」

 声が降った。アマリアとともに、ドゥクス・イリスが淡然と歩み寄ってきていた。

「あの男はいずれ、君の存在を徹底的に利用しただろう。“刻印の者”としても1人の人間としても、たもとを分かつのは正解だった。君のドゥクスとして、君の決断と行動に惜しみない賞辞しょうじを送ろう」

「いや……」イザはうめいた。「そんなのいいから、助けてくれ……」

「残念だが、我々ドゥクスに治癒ちゆ能力はない。なあ、姉妹」

「ええ、そうね。あ、でも、前にも話したとおり、死滅リセットという手があるわよ」

「ホント鬼だな、おまえらは……!」

 言ったところでイザは気絶した。傍らのスズリは、負荷がたたってすでに昏倒こんとうしている。

 治癒の効果を持つ粒子を振りまくため、ヒサがぼよんぼよんと飛び跳ねながら、ふたりの元に向かっていった。


epilogue

 文化祭を翌日に控え、教室の飾りつけは佳境を迎えていた。

 バルーンアートによる輪投げをやるということで、器用さに定評のある生徒たちが様々な“輪”をこしらえている。普通のドーナツ型はむしろ少なく、亀やキリンなどの動物をしたものから、半球状、四角形、フライパン、果てはおまる型の代物などが、机と椅子の片された教室に置かれている。輪投げの対象となる棒もバルーンによるもので、これまた盆栽型だのバッファロー型だの翼の折れた堕天使だてんし型だのと、まともに入れさせるつもりのなさそうなものが並んだ。

 イザたち“準備係”は、内装の最終調整に従事していた。教室の内外にバルーンの飾りつけをするのだが、実はほとんどが“輪”の選考に漏れた没作品である。

「おっかしいなあ」戸の前でひょんこひょんことジャンプして飾りつけの位置を調整しながら、ヒサが唇を尖らせている。「あたしのゾムンドン砲台、むちゃくちゃいいできなのに」

「いいできだけど」隣で、より高い位置のバルーンを背伸びもせずに整えながら、のほほんとダイキはうなずく。「“輪”じゃなかったのが、没になった理由じゃねーかな」

 教室の中央では、ユキノが凛然たる眼差しで、並べられた“棒”を見つめている。かと思うと、細い指先が傍らの机の上に置かれた亀型のバルーンを引っつかみ、瞬時に投げ放った。亀はふわりと宙を飛び、運命的な軌道を描いて、翼の折れた堕天使との邂逅かいこうを果たす。見守っていたクラスメイトたちが、おお、と拍手喝采はくしゅかっさいを送った。

「……楽しそうだな、あいつら」

 没バルーンの詰まった段ボール箱を教室の外まで運びながら、イザは苦笑した。

「ま、あいつらの世界ニャ、こういうのはニャかったみたいニャしニャ。珍しいんニャロ」

 段ボール箱の中に埋まったケットシーが、訳知り顔で肩をすくめる。

「おまえさんもそうじゃニャいのか、我が主?」

「こういう行事がなかったのは確かだな」

 うなずきつつ、教室外壁の飾りつけを担当しているスズリのもとへ段ボール箱を運ぶ。

「スズリ、持ってきた……」

 声をかけるなり、イザは半ばあきれて絶句した。

 椅子を踏み場に、高い位置へのバルーンの設置を行っていたスズリが、不思議そうに振り向く。「どうかした? イザくん」

「どうかしたっていうか。……どうしたんだよ」

 見つめる先――スズリはバルーンまみれだった。花飾りを模したらしい、白くモコモコに篇んだバルーンの冠をかぶせられ、腰にはスカート状にバルーンを巻かれている。さらにシュシュイメージのバルーンが手首を三重に飾り、とどめに巨大バルーンがたすき掛けに胴体を覆っていた。

『LoVA』ノベル

「みんながくれたの」スズリは微笑んだ。「余ったからー、って」

「つまり、おもちゃにされたんだな……」

 段ボール箱を廊下に置き、適当な没バルーンをつかんでスズリに渡す。

「はい」「ありがとー」

 にこにこと受け取ったスズリは、教室外壁を飾るバルーンの群れに、新たな仲間を加えてやるべく、ちまちまとそれらの結び目をいじり始めた。

「むう」

 存外に真剣な表情でバルーンと格闘する少女を、ぼんやりと見上げ――

「なあ」

 イザは、ふと思いついた疑問をそのまま投げかけた。

「スズリさ。卒業したら、どうする気?」

 スズリが、きょとんとして見下ろしてくる。「そつぎょう?」

「そう。卒業。いつかはするわけだろ。いつかっていうか。二年とちょい後には」

「んー」珍しく眉根を寄せて、スズリはしばし考え込んだ。「……どうしよっか」

「決めてなかったの?」イザはあきれた。「さすがに考えておかなきゃマズいだろ」

「そうだけどー……あ、イザくんは? どうするの?」

「悩ましいとこだけど……就職かな」嘆息。「いつまでもヒサの厄介やっかいにもなれないし」

 もともとイザは、シンが設立した組織――エンバーラスト出身の“刻印の者”が主体となって構成していたもので、トワイライトのアルカナを得る足がかりとするため、この世界の各地に勢力を拡大していた――の力でこの世界での生活を送っていた身だ。資金源が断たれた今、学費を払うのも一苦労ということで、ヒサに頭を下げて、彼女の特殊粒子の効果でごまかしてもらっている。だが、この世界で生きていくと決めた以上、いつまでもそうするわけにもいかない。となると、なんらか職を得る必要があった。

「む……そっか」スズリは唸った。「進学するにも、お金いるもんね。就職……就職かあ」

「つーか、そのへん、あいつらもちゃんと考えてんのかな……ダイキはともかくとして、ヒサはなんでもかんでも粒子でどうにかすりゃいいと思ってる気がするんだよな……」

「あ、ユキナは推薦すいせん決めるって言ってたよ」

「なんかどこでも生きていける感じするよな。彼女」

 ここ数か月、世渡り下手べたを痛感しっ放しのイザとしては、まったく羨ましい限りだ。

 と。

 ぽん、とスズリが手を打ち合わせた。妙に輝いた顔が、“いいこと思いついた”と全力で主張している。イザは何の気なしに見上げた。

「なに? なんか思いついた?」

「うん」スズリは屈託なく微笑んだ。「およめさん!」

「…………」

 それ相手どうすんのかマジに考えた上での発言なの、とか、笑顔で俺に言うのってそれ眼中にないからなの、とか、小学校低学年女子の回答か、とか、いろんな思考が高速でイザの脳裏をよぎったが。

 とりあえず、返事は一言に留めておいた。

「およめさんって、あれだぞ。ぼーっとしてて務まる職業じゃないらしいぞ」

 憤然と投げられたバルーン(ゾムンドン砲台型)が、イザの鼻っつらを軽やかに打撃した。

 沈みかけた日が、世界を淡い黄金に染め上げていた。まるで、命尽きる寸前に、最後の輝きを放とうとするかのように。

 人気ひとけとてない学校の屋上で、2人のドゥクスはともにその光景を見つめる。

「“刻印の者”は、最後の1人になるまで戦うさだめだ」

 まぶしげに目を細めながら、つぶやくようにイリスが言った。

「いつまでも一つ所に留まっているわけにもいかぬだろうに――姉妹よ。あなたはどうして、スズリを旅立たせない?」

「“刻印の者”の行動に制限は設けない、というのが、私たちのおきてでしょう?」

 ドゥクス・アマリアは、微笑みながら返した。その目は穏やかに閉じられている。

「確かにそうだ。しかし、提言はできる。げんろうしてスズリの意志を誘導することは、できたはずだ」

「だったら、あなたもそうするのかしら? あなたの主人は、この世界に留まることを決めたようだけど」

「今は言わない」イリスはかぶりを振った。「主には心を落ち着ける猶予ゆうよが必要だ。だが、それが終われば、そうせざるを得まい。我らはそういうものなのだから」

「私は最後まで何も言わないつもりよ」アマリアもまた、かぶりを振った。「そんなことをしなくても、いつかは最後の“刻印の者”を巡る戦いになるわ。あの子は“喪失ロスト”を引き寄せる――そして、刻印戦争が“喪失”を積み重ねる戦いである以上、今後も“刻印の者”と出会い続けないはずがない。あなたの主と出会ったようにね」

 知らぬ間にすべてを失っていた少年・・・・・・・・・・・・・・・・。だからこそスズリと出会った。出会うべくして出会う“縁”――失うからこそ出会ったのか、出会うことになっていたから失ったのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「スズリがずっとここにいたって、最後の1人を決める戦いに巻き込まれないはずはない。だったら、できるだけ長い間、あの子があの子のしたいことをしていられる方がいいと思うの」

「もし」イリスは、じっと姉妹の横顔を見つめた。黄金の光を浴びた眼が、わずかに峻烈の色を帯びていた。「イザとスズリが最後の2人になった場合は――どうする。最後の2人の双方に、互いを殺す意思がなかった場合は」

 アマリアは。

 ゆっくりとまぶたを上げて、イリスを振り向いた。

「それならそれで、心配いらないわ」

 告げるアマリアの口元には、淡い微笑が浮かんでいた。

「“刻印の者”である以上――最後は殺し合わずにはいられないもの」

 イリスがわずかに息を呑む。アマリアの放った言葉に、というよりも――その笑みに。

「だから……せめて。その時までは、幸せに過ごさせてあげましょう。我が姉妹……」

 酷薄の色はなかった。アマリアはまちがいなくスズリを愛し、いつくしんでいた。

 少女の願いと幸せが、いずれ必ず破局を迎えるさだめなのだと知った上で。

 その儚さをこそ・・・・・・・

 愛し――慈しんでいた。



◆著者&イラストレーター・プロフィール◆

紫藤ケイ

『LORD of VERMILION ARENA』
▲写真は、紫藤ケイさんのペットの画像です。

 ライトノベル作家。2012年に出版社主催のコンテストにて大賞を受賞し、作家デビュー。以降、ライトノベルやソーシャルアプリのシナリオを執筆しており、KADOKAWA/アスキー・メディアワークス刊の『スクールファンファーレ 公式ビジュアルガイド ―オーバーチュア―』にて、オリジナルショートノベルも掲載している。主な趣味はテーブルトークRPGで、自作のシステムを遊ぶことが多い。好きなものは猫と妖精で、何かと著作に妖精を出したがる傾向がある。

FBC(エフビーシー)

『LORD of VERMILION ARENA』

 漫画家・イラストレーター。ゲームのコミカライズやオリジナルマンガ、スマホゲームのイラストなどを中心に活動中。画力を得るために頭髪を犠牲にしてきたが、ついに禿げ上がってしまい途方に暮れている。『LoVA』では神族をメインにプレイするエンジョイ勢。

(C) 2014-2015 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

データ

▼『LORD of VERMILION ARENA』
■メーカー:スクウェア・エニックス
■対応機種:PC
■ジャンル:アクション
■サービス開始日:2015年6月17日
■プレイ料金:基本無料(アイテム課金制)

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