2016年5月7日(土)
※本記事は、Webノベル『プリンセスコネクト! ~プリンセスナイト争奪戦~』の第2話です。第1話を読まれていない方は、下記の記事を先にお読みください。
⇒『プリンセスコネクト! ~プリンセスナイト争奪戦~』第1話を読む
⇒『プリンセスコネクト! ~プリンセスナイト争奪戦~』登場人物はこちら
『お待たせですわ! それではナオさん争奪戦を開催致しましょう!』
スポットに照らされたステージ上、秋乃さんが不本意なタイトルを口にした。
うん、これだから金持ちというのは怖い。ゲームのイベント告知を発端としたいざこざが、あれよあれよという間に、市営ホールを借りきっての、大々的なイベントになってしまっている。
観客席を見渡せば、なぜか満員の人。人。人。中には、うちの学校の制服も見受けられる。みんな、せっかくの休日をこんなことに使って後悔しないのだろうか?
「ふふっ、愉しくなってきましたわね」
「秋乃さんはそうでしょうね」
「あなたは愉しくありませんの?」
子供みたいにはしゃぐ秋乃さんに、僕は苦笑いで応える。振り回される方の気持ちなんて、どこ吹く風だ。会場に到着した途端、黒服に取り囲まれ、こうして椅子にくくり付けられて楽しめるわけがない。
しかも、この金ピカの『賞品』ってワッペン――
「それ、可愛いデザインにしてもらいましたの。お気に召しまして?」
「究極ダサい……と思います」
「あら、よくお似合いですのに」
秋乃さんは意味ありげに微笑むと、堂々とステージの中央へと歩み出ていった。そしてマイクを手に、大きく手を振り上げる。
『さて、ではルール説明に入らせていただきますわ』
その言葉を待っていたかのように、ステージ脇から、テーブルと穴のあいた箱が運び込まれた。
「くじ……か?」
『ええ、公平を期するために、伝統的な手段を採用いたしましたの』
箱に手をのせ、秋乃さんが続ける。
『参加者には、このくじを引いてもらい、一回戦、二回戦のどちらに参加するかを決めていただきますわ。勝負の内容は、あなたにくじを引いてもらいます』
秋乃さんが僕を指差した。
『そして決定した勝負を行い、観客からの投票で勝者二名を選出する』
「で、一回戦、二回戦の勝者で決勝戦……かな」
『その通りですわ!』
秋乃さんは満足そうに頷いた。
『それでは次、参加者の紹介に参りましょう! 参加者は、私を除いた8名――』
瞬間、体育館は暗転し――強力なスポットライトがステージに浴びせられた。
『明朗快活、ショートカットの天使! 聖都学園高校、春咲ひより!』
両手をあげ、大きな歓声に応えるひより。
『知的でクール、今日も明日も叱られたい女性No.1! 王林道高校、士条怜!』
そっけない顔で、髪をかきあげる怜。しかし、湧き上がる声援はかなりのものだった。特に女性から……だ。
『控えめな性格の正統派美少女――椿ヶ丘高校、草野優衣!』
スポットライトが当てられる――が、当の本人は両手で顔を覆い、背中を向けていた。まぁ、この紹介じゃ無理もないだろう。
『あなたのハートをくすぐるぞ! 椿ヶ丘第一小学校の元気っ子、穂高みそぎ!』
大きくジャンプするみそぎ。そして、さまになったガッツポーズ。印象通り、こういった大舞台は得意らしい。
『潤んだ瞳で世界を魅了! 幼女オブ幼女! 茜ミミ!」
唐突に当てられたスポットに驚き、半べそをかくミミちゃん。投げかけられるのは、野太い声での声援だった。というか、段々脚色がエスカレートしている気がする。
『品行方正・頭脳明晰・独立自尊! 三拍子揃ったピーマン嫌い! 氷川鏡華』
これまた酷い紹介だった。スポットを浴びた鏡華ちゃんは、頬を赤くしてうつむいてしまう。もう、やめてあげてとしか言えない。
『面白そうなことは、いつも私に秘密! ひどいですわ! 桜庭学院高校、佐々木咲恋!』
完全にただの愚痴だった。しかし、咲恋さんは片手をあげ、余裕の笑みで声援に応えはじめた。この程度のこと、慣れっこだと言わんばかりに。さすがは長い付き合い、というところか。
『咲恋さん情報なら、この子に聞けば口を滑らす! おっちょこちょいメイド、天野すずめ!』
照射されるライト。しかしその下に当人はいない。よく見ると、ステージに上がる階段の途中で転んでいた。もうフォローすらできない失態だ。
『それではみなさん、くじを引いていただけるかしら』
すずめがステージに上がるのを待って、秋乃さんが指示を出す。
各々はそれに従い、順々に箱からくじを引いていった。
『それでは、第一回戦をはじめましょう!』
高らかに宣言をした秋乃さんが、僕の隣に立ち、右手の拘束を解きはじめた。競技の内容を決めろということらしい。僕は促されるまま、寄せられた箱からくじを取り出した。
『なんと書いてありますの?』
マイクを向けられ、僕は引いた紙をみんなの方に向けた。
「料理対決、だそうです」
すると、舞台脇から黒子の姿をしたスタッフが現れ、ステージを料理番組のように装飾しはじめた。
次々と運び込まれる、コンロやシンクのついた調理台。さらには、てんこ盛りになった食材の山。完成までは、あっという間のできごとだった。
『引いたくじに、一回戦と書いてある方は、ステージに残って下さいな』
頃合いと判断したのか、秋乃さんが指示を出す。それに従って残ったのは――草野、すずめちゃん、ミミちゃん、鏡華ちゃんだった。
「あの、それで料理対決って……」
草野が恐る恐る手を上げる。
『制限時間は30分。ここにある食材を使って、得意の料理を一品作ってもらいますわ』
秋乃さんは手のひらでステージ中央を指し示した。
『もちろん、作っている様子は事細かに、モニターでお伝えしますの』
言葉通り、ステージ後方の巨大モニターには、各机が映し出されていた。本当に手が込んでいる。あまりのスケールに、僕は感動を通り越して呆れてしまった。
と、その時だった。草野がさりげなく声をかけてきた。
「ナオクン……」
「草野、いけそうか?」
「あの……うん、いつも家で作ってるから、多分……」
「頼むぞ」
「うん、やれるだけやってみる」
緊張のせいか、少し紅潮しながらも、草野は心強い言葉をくれた。
『準備が整ったようですわね』
ステージ脇に移動させられた僕の隣で、秋乃さんが解説をはじめた。目の前には、横一列に並んだ調理台に陣取る女の子たちがいる。それぞれが緊張の面持ちをしている。
『勝負の残りの時間は、モニターに表示されますので――』
「でも、料理勝負って本当に公平? もう少し考えた方がよかったんじゃない?」
僕は解説を遮って問いかけた。目に映るのは、色とりどりの食材に目を輝かせるミミちゃんだ。しかし、秋乃さんに動じる様子はない。
『それでしたら心配いりませんわ。この勝負、料理の良し悪しだけで決まるわけではありませんの』
「え……っ?」
『ふふっ、それでは始めましょう。準備はよろしいでしょうか?』
不敵な笑みを浮かべ、秋乃さんは大きく手を上げて声を張り上げた。
『料理勝負開始ですわっ!』
その瞬間、草野とすずめちゃんが食材テーブルに駆け寄る。少し遅れてミミちゃんと、鏡華ちゃん。各々、それぞれに食材を厳選しはじめ――
「鏡華ちゃん、これなぁに?」
ミミちゃんが緑色の果実をつついていた。
「グァバです。南国でよく食べられているフルーツです」
「そうなんだ!」
厳選の方向がズレている。見たことのない果実に、ミミちゃんは目をキラキラさせていた。
「完全に差が出てると思うけど……」
『本当にそうでしょうか?』
秋乃さんは愉しげに微笑むと、背後のモニターに目をやった。
『御覧なさいな。今のところ僅差のようですわよ』
モニターには参加者の名前――そして、支持率と書かれた項目があった。
『観客の皆様のお手元には、参加者の名前が書かれたボタンが設置されていて、それを押すと支持率が上がりますの』
「し、支持率!?」
『先ほども言いました通り、この勝負は料理の良し悪しではありませんの。もちろん現段階の投票もあくまで過程、制限時間内でしたら変更が可能なのです』
「つまり――」
『ええ、小学生のお二人は、可愛いと評価されたのでしょうね』
観客の主観……たしかに公平かもしれない。料理や行動、言葉でもアピールできるってことだからな。
『それより、よそ見なんてしてていいんですの? 調理は着々と進んでいますわよ』
「えっ?」
モニターに映し出されていたのは、ピンクのエプロンをつけた草野の勇姿だった。
ジャガイモ、ニンジンの皮を手早くむき、さくさくと切り分けている。しかも、既に鍋を火にかけている手際のよさ。あまりの見事さに、客席から大きな歓声が降り注いだ。とはいえ、独壇場というわけではなかった。
画面がすずめちゃんに切り替わると、こちらも手際よく準備を――というか、鍋をひっくり返した。
「きゃ~っ!」
その瞬間、すずめちゃんの支持率が急激に伸びた。ドジ、というのは、見ている方にはいい調味料ということらしい。
「はう、はう……」
涙目で鍋をひろって、再び洗って火にかけるすずめちゃん。みんなが応援したくなる気持ちもよく分かる。
『あれは……ポトフですわね』
秋乃さんの解説が入る。
「それって……フランス料理の? 野菜とソーセージや肉を煮込むとか……」
『咲恋さんのために、よく作っているとお聞きしてますわ』
「得意料理ってこと?」
『きっと、あなたに美味しいものを食べてもらいたいのですよ』
秋乃さんがそう言うと、こちらの視線に気付いたすずめちゃんが、恥ずかしそうに目を伏せた。その瞬間――
背後のモニターが赤く点滅をはじめ、僕は椅子の上で跳ね上がった。
「ほぉお~~~ぉおおっ!! な、な……っ!」
時間にして、わずか数秒。体の中をビリビリとしたものが駆け巡った。
「な、なんだ……っ!?」
『あなたへのブーイングが一定数に達すると、低周波が流れる仕組みですわ! こんなこともあろうかと、オマケのスイッチをつけておきましたの!』
「な、なんでそんな余計なものを……」
『その方が盛り上がるでしょう?』
「そ、それは――」
秋乃さんの言う通りだった。僕に向けられた歓声と拍手が、それを裏付けていた。
『ふふっ、受ければ受けるほど健康になれますの』
「お。お気遣いどうも……」
もうなにを言っても無駄だ。
僕はため息を一つ、気を取り直して草野の方へ目を向ける――と、その草野はミミちゃんにジャガイモのむきかたを教えていた。丁寧で優しい所作、女の子らしい一面だ。教えをうけるミミちゃんも、子供用のプラ包丁で一生懸命だった。
『ご自分の下ごしらえは終わったようですね。ミミさんのカレーを手伝っているのでしょう』
秋乃さんのフォローに、僕は素直に感心した。
「……って、カレー? あと15分もないのに!?」
『大事なのは気持ちですわ』
「ま、まぁね」
『それより、あれはなんですの?』
秋乃さんが示す方に目を向けると、鏡華ちゃんが白っぽいものを握っていた。
『ああ、おにぎり……ですわね』
それはない、と僕は確信する。こんなに早くご飯が炊けるはずがない。机においてあるのは、ボウルと強力粉――
「み、見ない方がいいな」
猛烈な嫌な予感に、僕は癒しを求めて草野へと視線を戻した。
くつくつと音を立てる鍋から、小皿に汁をとり、そっと目を閉じて口をつける草野。
「おっ、肉じゃがかな」
『これは美味しそうですわね』
家で作っているという言葉通り、本当に美味しそうだった。モニターに鍋が映し出されると、その支持率もぎゅんぎゅんと上がりはじめた。
残り時間はあとわずか――草野の目が開き、強く頷く。そして……
「「できたぁ~っ」」
同時に声をあげたのは、鏡華ちゃんとミミちゃんだった。
「嘘だろ!?」
僕も大声をあげてしまった。あんな状態から数分で、なにが完成したのか。僕は二人の調理台の上を見ることができなかった。
「わっ、わっ、私もできまし……わきゃっ!」
つまづき、危うく転びそうになりながら、すずめちゃんが手を上げる。そして――
「こ、こちらもできました!」
草野が続いて手を上げた。
その瞬間、モニターのカウントダウンがゼロになり、秋乃さんが大きく手を振った。
『調理終了っ! それでは実食にうつりますわ』
すると、ゆっくりと照明が消えはじめ、辺りは闇に包まれていった。
「えっと、これは……」
『参加者の方々には、作ったものを食べさせてもらいます』
秋乃さんが言う――と、ガシャンという音ともに僕にスポットライトが当てられた。続いて、草野にも強いスポットが当たる。
『さぁ、食べさせてあげて下さいな』
どうやら心の準備の時間はないらしい。草野はあたふたしながらも、お皿に肉じゃがをよそうと、僕の方へと近づいてきた。
「あの、ナオクン……どれから食べる?」
「じゃあ、じゃがいもから……」
「う、うん」
草野はエプロン姿のままスプーンで湯気の出ているじゃがいもをすくい、『ふぅふう』しはじめた。この気遣いが草野らしい。もっとも、それによりブーイングスイッチが押され、モニターの赤い点滅が激しさを増していく。つまり、低周波スタートだ。
「う、う……おっ」
「ナオクン!?」
「だい……大丈夫っ」
きついといっても数秒。ちらほらと聞こえる罵声の中で、僕は無理矢理に笑顔を作った。
「それより、食べさせてくれるか?」
「えっ!? あ、うん……」
草野は静かに頷き、頬を赤らめながらも僕にスプーンを差し出した。
「えっと……あ、あ~ん、して」
言われるがまま、僕は素直に口を開ける。若干の照れくささはあった。でも、時間をかければまたブーイングが始まるかもしれない。それに――僕は、草野の頑張りにも応えてあげたかった。
「んむっ」
少し熱い、けど……美味い。ホクホクのじゃがいもと、甘辛い汁の相性が抜群だった。正直、繋がれた手首がもどかしい。これさえなければ、お皿を受け取って遠慮なく食べたいくらいだった。
「ど、どうかな?」
不安そうな色を浮かべる草野に、僕は強く頷き言ってあげた。
「美味しいよ! 最高に」
草野の緊張交じりの表情が緩み、ほころんでいく。
「もう一口、いいかな?」
「う、うん……」
今度はお肉だった。ふんわりと息を吹きかけてくれる草野。その仕草に、その雰囲気に、支持率が急上昇していく、が――
『はい、じゃあ次いきますわよ』
秋乃さんの無慈悲な一言。
「え? まだお肉を……」
『次がつまってますの』
そう口にした秋乃さんの視線を追うと、スポットに照らされたすずめちゃんが、お皿を持ってもじもじとしていた。
『それではすずめさん、お願いします』
「は、はいっ」
転ばないよう注意しているのか、慎重に僕の元へと歩み寄るすずめちゃん。
「そ、それでは私のポトフを……」
「うん、お願いするよ」
少し優しい声で言ってあげると、すずめちゃんの強張っていた表情が和らいだ気がした。お箸でたまねぎを崩そうと、一生懸命――
『ちょっとすずめさん』
割り込んできたのは、やはり秋乃さんだった。
「は、はい?」
『地味すぎます。もっと憧れの先輩に対するような情熱を! 食べてください~っ、という勢いが必要だと思いますの!』
「い、い、勢いですか! 憧れの先輩に対する……」
僕と目があったすずめちゃんの頬が、真っ赤に染まっていく。
『ガーンといく!』
「は、はいっ」
すずめちゃんはその言葉に頷くと、箸をたまねぎの塊に突き刺した。
「や、やめ……っ」
僕の制止は耳に入っていない。
「ナオさんっ、これ食べてくださ~~いっ」
すずめちゃんは高熱を発するたまねぎを、僕の口にねじりこんだ。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!!」
声にならない声。熱い、ではなく痛い。繋がれた手足をばたつかせ、椅子に座ったまま魚のようにばたつくと、すずめちゃんの支持率が急上昇した。積年の恨みをはらしたかのような歓声だ。
観客が本当に待ち望んでいたのは、料理でも可愛さでもなく、この瞬間だったらしい。いい気味だ、という声が聞こえ――
『いい気味です!』
どう聞いても秋乃さんだった。
『まったく、他の女性にデレデレするなんて――』
「あ、あの……」
『あら、聞こえてましたの?』
「声、マイクに乗ってますから、呟くならもう少し……」
無防備にもほどがある。
『そ、そうですわね。と、ところでお味はいかがでした?』
「あれで味が分かると思うんですか!」
「美味しくなかった……でしょうか?」
上目遣いですずめちゃんが尋ねる。
「そ、そんなことないよ! すごくおいしかった――」
ネタとして……ね。ただ、普通に食べていても、僕はそう答えたはずだ。
「よかった……咲恋さまには、自信を持って作りなさいって言われてたから」
「よかったら、また今度作ってくれるかな?」
「は、はいっ、喜んで!」
両手を合わせたすずめちゃんの表情がパァッと明るくはじけた。
『では、次に参りましょう』
秋乃さんの仕切りで、スポットがゆっくりと動きはじめる。当てられたのはミミちゃんだった。
「えっとぉ……」
少し眩しそうにしながらも、ミミちゃんが恐る恐る前に出る。その手には――
「ミミね、おにいちゃんの好きなカレー作ったのぉ」
一口大にカットされた生のジャガイモの上に、カレールウのブロックが乗っていた。ミミちゃんの家では、これをカレーというらしい。残念ながら、僕の記憶にあるカレーとは似ても似つかなかった。
「おいしいよ!」
「そ、そっか……」
味見してないでしょ、とは口が裂けても言えない。僕は引きつった笑いを浮かべながら、口を開けるしかなかった。
「はい、おに~いちゃんっ」
手づかみでよこされるじゃがいもを、思い切って一口――
「ん? んん?」
その時、僕の頭にある記憶が蘇った。それは何年か前、社会の授業で先生が言った言葉だ。
『実は戦争において、一番重宝されたのはカレー粉なんですよ。意外かもしれませんが、まぶせばどんなくさみも消えて、どんなもので美味しく食べられるそうで』
「な、なるほど……っ」
感動にも似た気持ちがこみ上げる。
「おにいちゃん、どう?」
「うん、美味しいよ!」
不安そうなミミちゃんに、僕は笑顔でそう言ってあげた。生ジャガイモの硬さはともかく、味だけは完全にカレーだ。僕は偉大なカレー粉に、無言の賛辞を送った。
まさかミミちゃんを傷つけることなく、どうにかやりすごすことができるとは思ってもみなかったのだ。
「やった、やったぁ~っ!」
無邪気に喜ぶミミちゃんに、秋乃さんがマイクを向けた。
『ミミ、頑張ったよぉ!』
大歓声の中、ミミちゃんは嬉しそうに手を振った。
『さて、それでは最後ですわ』
秋乃さんの視線が、鏡華ちゃんに向けられる。同時に、僕の背筋に冷たいものが走った。鏡華ちゃんが手にしたお皿にのっていたのは――半分が黒く、もう半分は白い球体だったのだ。
「えっと、それって……」
「こ、これですか!? その、詳しくは言えないのですが――」
詳しく言えない食べ物って……新しいぞ。
「その、ちょっと前までは、餃子を目指していたこともあったんですが……か、彼がですね!」
「彼って誰……」
「ま、前は強力粉と呼ばれていた彼です!」
鏡華ちゃんが丸い塊を見つめて言った。
「か、彼はその……餃子になりかったのですが、つきつけられた現実に自分を見失ってしまったんですっ!」
うん、自分を見失ってるのは鏡華ちゃんだ。
「そう、彼は苦悩して、次はお好み焼きになろうと誓ったんです。でも、そうなるには彼は固すぎました」
「そ、それで?」
嫌な予感はするが、とりあえず続きを促してみた。
「そんな時でした。私を通じて、彼はタコと出会いました」
「あ、やっぱりもういいよ――」
大方の予測はついた。僕は隣で困惑している秋乃さんに、料理の名前を教えてあげた。
『こ、これは、たこ焼きというれっきとした食べ物だそうですわ!』
どうやら知らなかったらしい。さすがは大令嬢だ。というか、これをたこ焼きと呼んでいいのかは分からない。僕としては、ただただ食べたくないという思いで一杯だった。それが許されないと知っていても、だ。
『それでは試食実況にうつりましょう』
やっぱりだ。秋乃さんは容赦なかった。当然というべきか、鏡華ちゃんはそれに従って、僕の傍らへと歩み寄る。
「残念なナオさんには、この残念な料理がお似合いです」
酷い物言いだった。
「ほら、ナオさん……あ~ん、して下さい」
「あ、あああ……ん」
口を開けたくない。正直、歯医者にドリルを向けられるより怖い。そう思った時だった。
「まったく、言われればなんでもするのですか?」
鏡華ちゃんが呆れた声で言った。
「こんなもの食べたら、お腹を壊すことくらい分かるでしょう」
「で、でも……」
「『でも』じゃありませんよ」
鏡華ちゃんはピシャリといって、茶黒い塊を僕の頭に乗せた。
「……それ、ゴミ箱に捨てておいて下さい」
その瞬間、モニターの支持率が一気に跳ね上がった。料理を作らずして勝つ、という究極の手段だった。
『なるほど、これは面白い勝負になりましたわね』
秋乃さんが感心したように言うと、モニターの表示が支持率から、リアルタイム映像に切り替わる。
『それでは最終投票に参ります! みなさん準備はよろしいかしら?』
「最終投票……」
『一番気に入った人に改めて投票するのです』
「そういえば言ってたっけ……」
『では、参加者の皆さんはステージの中央に! そして観客の皆様はお手元のボタンを押していただけますか?』
秋乃さんの言葉に、草野・すずめちゃん・ミミちゃん・鏡華ちゃんが並ぶ。その表情は硬く、誰もが固唾を呑んでいた。
ホールに響き始めるドラムロール。緊張の一瞬が訪れた。
『それでは発表いたしますわ!』
秋乃さんは片手を大きく上げ、モニターを手のひらで指し示した。
『一回戦、勝者は――草野優衣さん、茜ミミさん!』
その瞬間、大砲の音とともに、紙吹雪が会場に噴出された。キラキラと光を反射する紙吹雪の向こうで、草野とミミちゃんにスポットが当たる。その背後には、モニターに煌々と表示される支持率があった。
草野優衣 29%
天野すずめ 23%
茜ミミ 25%
氷川鏡華 23%
「接戦……」
ぽつりと零す。たしかに魅力ある個性の争いと思えば、激戦になるのは必至だ。ただ、その中で草野が勝ってくれたことは、僕にとってありがたいことだった。
ほっと一息をつくと、そんな僕に草野が頬を染めて微笑んでくれた。それにしっかりと頷いて応える僕。
と、秋乃さんがくるりとこちらを向いて言った。
『そうそう、それともう一つ発表がありますの』
「へ?」
『一回戦で押されたブーイングボタンの回数は、なんと1万8,303回ですわ』
「い、いちまんはっせん……」
どれだけ叩かれてるんだ、僕――
というか、それを僕に教える意味があったのか? ゆっくりと消灯していくライトの中、僕は拘束されたまま深いため息を吐いた。
◆
数十分ぶりの自由だった。やっとのことで拘束を解いてもらえた僕は、無機質なホールの廊下で、赤くなった手首をさすっていた。
「まったく、なんて日だ」
昨日から続く不運の連鎖に、ため息しか出ない。
僕はとりあえず目に付いた椅子に座り、ひと時のやすらぎを満喫しはじめた。
「……疲れた」
熱気のこもった会場とは違い、ひんやりとした空気が肌に心地いい。
「あ、ナオクン……」
「草野か」
エプロン姿のまま、草野が会場から姿を現した。
「隣、座っても……いいかな?」
「う、うん」
慣れない人前で、頑張ってくれた草野。気の利いたことを言うべきなのは分かっていた。
俺のためにありがとう? 美味しかったよ?
いくつかの言葉が頭をよぎるが、そのどれもが照れくさく思えて、上手く言葉にできなかった。
「えっと……その、まだ言ってなかったな」
「えっ?」
草野の姿が、僕の目に留まる。
「エプロン、よく似合ってる」
「そっ、そう?」
草野が少し上ずった調子で恥ずかしそうに顔を伏せた。
「ほ、ほら、会場だとそんな余裕もなくて……」
と言って、『あーん』をされたときのことを思い出し、僕は言葉をとめた。
「とりあえず……一回戦突破おめでとう」
「うん、ありがとう……」
精一杯の言葉に、草野は小さく答えてくれた。
「二人ともっ、お疲れ様~っ!」
ややあって、会場から出てきたのは、ひよりと怜だった。
「ね、ね、肉じゃが美味しかった?」
興味津々に聞いてくるひよりに、僕はしっかりと頷く。
「なんというか、純粋な料理対決ってわけじゃなかったけどね。苦手な人でも、苦手なりの戦い方ができるようにって、秋乃さんの配慮なんだろうけど……」
「それは有利に思える種目でも、油断できないってことの裏返しだよ」
冷静な物言いで怜が分析する。
「そっか、そうだね」
納得の声をあげたのはひよりだった。自分なりに、二回戦のことを考えてのことだろう。
「二人とも、頑張ってね」
草野の応援に、ひよりと怜は顔を見合わせ、そして微笑んだ。
「まっかせといて、あたしと怜さんでワンツーフィニッシュしてくる」
「そう上手くいくとは限らないよ」
「分かってるって! 油断はしない!」
ひよりは笑顔でピースサインを作った。
僕も「頼んだよ」と一言。
「大丈夫、みんなで勝ち残ってみせるから!」
「……しかし、勝負は勝負だからね。ひより、私は手加減なんてしないよ」
「そうこなくっちゃ! あたし、全力の怜さんにだって勝ってみせる」
なんとも頼りになる二人だった。
⇒『プリンセスコネクト! ~プリンセスナイト争奪戦~』第3話を読む
坂井直人(主人公)
ひょんなことから『アストルム』に無理やりログインさせられた高校生。少女たちの能力を増大させる“プリンセスナイト”の素質を持つ。
春咲ひより | 草野優衣 | |
▲直人が初めてパーティを組んだ女の子で、ギルドメンバーの1人。いつも元気はつらつで、どんな状況でも困っている人を助ける優しい心の持ち主。 | ▲直人と同じギルドのメンバーであり、中学時代からの同級生。優しくて控えめな性格で、学校では優等生として慕われている。 |
士条怜 | 茜ミミ | |
▲常に冷静沈着なギルドメンバーの1人。礼儀や規則に厳格だったり、頑固な一面も持つ。人との触れ合いに不慣れなで、男性に対しては潔癖なところも。 | ▲ふわふわした口調が特徴的な、小学生の女の子。すぐ迷子になったり、知り合いとはぐれたりする。直人にとっては歳の離れた妹のような存在。 |
穂高みそぎ | 氷川鏡華 | |
▲元気をあり余らせるイタズラ盛りの少女。好奇心の赴くままに行動するため、よく周囲を困らせるが、人懐っこい性格でどこか憎まれない。 | ▲小学生らしからぬ堅い口調で話し、性格もマジメなしっかり者。ニンジンとピーマンが嫌いだったり、少し意地っ張りだったりと、年相応な一面も。 |
佐々木咲恋 | 天野すずめ | |
▲現在は大豪邸で暮らすお嬢様だが、幼いころに貧しい生活を送っていたため、お金にはシビア。正義感が強く曲がったことが嫌い。 | ▲佐々木咲恋の家でメイドとして働く女の子。いわゆるドジっ娘で、よく転んだりお皿を割ったりしている。趣味は“ぞうきんがけ”。 |
藤堂秋乃 | フィオ | |
▲世界中にグループ会社を持つ藤堂家の令嬢。プライドが高さと庶民感覚のなさから、突拍子のない言動でたびたび周囲を驚かせる。 | ▲“アストルム”の世界でプレイヤーをサポートする妖精。ナビゲーターのわりに自由奔放。 |
人気恋愛シミュレーションゲームなどを手掛ける作家/シナリオライター。2014年にTVアニメ化されたPCゲーム『失われた未来を求めて』をはじめ、数多くのゲームでシナリオとディレクションを担当。ライトノベルの著作も行っている。
■経歴作品
PCゲーム『失われた未来を求めて』(シナリオ)
TVアニメ『失われた未来を求めて』(シナリオ監修)
小説『別れる理由を述べなさい!』(著作)
小説『断界の失喚士』(著作) ……他多数
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