2016年8月2日(火)
支倉凍砂氏シナリオの株取引+青春ADV『ワールド エンド エコノミカ』は買って損をしない良作
フリューのインディーズADV移植レーベル“カタルヒト”から、7月27日(水)に配信された3DS用ソフト『WORLD END ECONOMiCA Episode.1(ワールド エンド エコノミカ)』。
本作の概要と魅力を、原作を最後までプレイ済みの編集・ごえモンが感想を交えつつ紹介します。
【カタルヒト詳細記事】
『ワールド エンド エコノミカ』とは?
『ワールド エンド エコノミカ』は、2011年8月開催のコミックマーケット80で初めて頒布された同人アドベンチャーゲームシリーズ。シナリオは『狼と香辛料』の支倉凍砂さん(サークル名:Spicy Tails)、イラストは上月一式さんが手掛けています。
2013年に完結した本シリーズは『Episode.1』~『Episode.3』の三部構成で、2014年には電撃文庫で小説化もされました。
▲小説版第1巻の表紙。小説も『I』『II』『III』の3作品があります。 |
そんな本作が3DSのダウンロードタイトルとして登場! 800円(税込)と安価ですが、デフォルト設定のオートモードでテキストを読み進めても、だいたい6時間くらいとなかなかのボリュームです。たぶん、自分でテキストを送るともう少しかかります。
▲こちらは『Episode.1』~『Episode.3』が収録されたパッケージ版。 |
舞台となるのは近未来の月。デイトレードで資金を集めて“前人未踏の地に立つ”という夢を持つ家出少年・ハル、低所得者層が住む地区で教会を営むシスター・理沙、地球から売られてきた数学の天才少女・ハガナの3人が出会うことで運命の歯車が動き出します。
とある事情で大金が必要になった理沙とハガナ。そしてハルのもとに舞い込んだ仮想市場の賞金制投資コンテスト。天性の株取引“勘”を持つデイトレーダー・ハルと、数学の天才・ハガナが力を合わせた時、物語はどう加速していくのか? というのが本作のあらすじであり見どころです。
【ストーリー】
――月への移民が腰を落ち着け、16年余りが経ったころ。
人類のフロンティアを埋め尽くす摩天楼で、多くの者たちが見果てぬ夢を追いかけている時代。
月で生まれ、月で育った少年ハルもまた、見果てぬ夢を見ている1人だった。
彼の夢は、前人未到の地に立つこと。そのためには、資金が必要だった。
圧倒的な資金が必要だった。
少年ハルが向かったのは、百年の昔から人類の欲望をのみこみ、時には叶え、時には無慈悲に打ち砕いてきた場所だった。
そこを支配する重要なルールは、たったの2つ。
1つ、損をしないこと。
2つ、1つ目のルールを絶対に忘れないこと。
このルールを守れた者のみが、莫大な富を手にすることができた。
株式市場。
百年前から、懲りない連中が集まる場所だった――。
ゲーム業界では珍しい経済系ADV
本作のテーマは経済、金、株、青春、人と人との絆。小説なんかではありふれたジャンルですが、ゲームとなると経済モノはかなり貴重です。
僕もいろいろなADVをプレイしてきましたが、『波間の国のファウスト』と『ワールド エンド エコノミカ』くらいしか経済モノに出会えていません。
前者は絆の再生や成り上がり、M&Aなどが描かれますが、本作の『Ep.1』ではスリリングなデイトレードのおもしろさや少年マンガのような熱さ、そして怖さがメインに描かれます。
『ワールド エンド エコノミカ』のおもしろいところは、株式市場というテーマは変わらないまま、個人のデイトレードもの、巨大企業との戦い、月面経済の存亡をかけた駆け引きにまで話が発展していくところ。
リーマンショックなど、実際にあった経済界の事件や出来事をモチーフにしたエピソード・小ネタも多く、「なんかこれニュースで見た覚えがあるぞ!」といった場面もあって親しみやすいです。事件の全貌や裏側をなんとなく把握できた気になれて、経済に疎い僕でも実に楽しめました。
『Ep.1』はハルを取り巻く物語のプロローグといった印象で、ここから尻上がりにおもしろくなっていきます。
●動画:“カタルヒト”『ワールド エンド エコノミカ Episode.1』(Spicy Tails)紹介映像
登場キャラクターの配役に無駄がない
このゲームをプレイしていて感心したのは、キャラクターの配置に無駄がなく、必要ないと思えるキャラクターがいないこと。
『Ep.1』での主な登場人物が7人と絞り込まれているところも理由の1つだと思いますが、余計な会話や描写がほとんどないこともあって、各キャラクターの人間性がしっかりと描かれています。
ヒロインであればヒロイン、優秀な人間であれば優秀な人間、怖い人間であれば怖い人間と、最後までブレずにキャラを演じきっているんです。
“頭がいい設定のはずなのに言動がバカに見える”、というようなゲーム内設定とプレイヤーの印象間でギャップが生まれないので、それがプレイヤーのキャラ愛につながり、物語に深みを感じられる要因となっています。
そんな本作を色濃く彩る登場キャラクターを個人的な印象とともに紹介していきましょう。ちなみに、僕が一番好きなキャラクターはバートンです。
■『Ep.1』の登場キャラクターを紹介
●川浦ヨシハル
「俺は前人未到の地に立ちたいんだ」
本作の主人公。月生まれ月育ちで年齢は16歳くらい。“前人未踏の地を目指す”という夢を実現させるために、トレーディングの技術だけを頼みに家を出ます。
窃盗の冤罪で警察に追われていたところをシスターの理沙と居候のハガナに助けられ、一時的に教会に住むことに。株への意欲や勝負勘は一線級ですが、株にかかわる知識以外は不足気味。主にヒロインたちからは、女心に関して「株以外のことはからっきし」みたいな感じで突っ込まれることも。
「世の中金だ」と豪語し、夢を実現できると信じている自信家。しかし短期間に種銭を72倍にするという自信を裏付ける実力を持ち合わせています。
口は汚く少しやんちゃ。思慮深く冷静さを持つ反面、子どもらしく浅慮なところも。ハガナとの衝突はだいたいその浅慮さが原因ですね。
他人とぶつかる時は感情が優先されて冷静さを失うこともありますが、しばらくすると相手の立場や感情を汲み取って冷静さを取り戻し、自分から歩み寄ることができる好感の持てる主人公です。
『Ep.1』で理沙やハガナに降りかかる問題というのは、はっきり言ってハルには微塵も関係ないことだと思います。無視してさっさと夢に向かって進んでもいいのに、彼女たちを救うために身銭を切ってまで頑張るハルの姿は素直に人としてカッコよく思えます。
そんな主人公が成功と挫折を繰り返しながら、人間として成長していく姿が本シリーズの大きな魅力でもあります。
●ハガナ
「あの青空だけは、すごく綺麗だった」
シリーズを通してのメインヒロイン。親に売られて月に来て、とある事情で理沙と一緒に暮らしています。
ある勘違いから主人公のことを目の敵にしていて、主人公へのすべての発言の語尾に「バカなの?」を付け足しても不自然でないキツい物言いが特徴です。
主人公がいてもお風呂上りに下着姿で歩き回る羞恥心のなさ、数学以外のことはからっきしという女の子。
ゲームを開始して数時間は、本当に主人公に対してキツい物言いや態度の悪さが目立ちます。多くの人が「なんだこいつ?」と主人公と同じように負の感情を持ってしまうと思います。
しかし物語中盤からは状況が一転。自分の存在を無価値だと考えている彼女に対して、投資コンテストで勝つために数学の知識を借りにいってからの変化が『Ep.1』の見どころ。
常にツンツンしていたヒロインが、だんだんと心の氷を溶かしていって、次第に主人公を信頼していく様子は……かなりかわいい! 恋愛というよりはまったく懐かなかった猫が懐き始めた時のような感覚で、庇護欲を掻き立てられますよ。
●理沙
「月だからこそ、神に祈ることも悪くないと思うの」
月面都市の低所得層地区で暮らしている教会のシスター。シスターと言いつつ、修道服姿は『Ep.1』では見られません(笑)。
主人公やハガナ、クリスたち子どもを守る大人の女性で、ハルにとっては友人であり、姉であり、母であり、初恋の人のような存在。すべてを受け止めてくれる母性の象徴のような人ですね。僕も膝枕してもらいたい。
●セロー
「ここはろくでもない場所だ。まあ、下よりはましだがね」
主人公が最初に出会うことになるメインキャラクターで、違法なネットカフェ“ビックブルカフェ”を経営しています。
謎の多い人物で、今の姿からは想像できない経歴を持っています。以降のストーリーでの変化にも期待!
●バートン
「前に進め、もっと前にだ」
月面都市の富の大半が集まる金融地区でヘッジファンドを経営する投資家。大金持ち。主人公のデイトレーダーとしての能力にいち早く目をつけ、コンタクトをとってきます。
生き馬の目を抜く行動、未来を見通すその目はもはや千里眼といったところ。主人公が畏怖すると同時にあこがれる大人物で、その立ち位置が最後まで変わらなかったことが本シリーズのいいところです。
全キャラクターの中で個人的にもっとも好きなキャラクターでした。この人、全エピソードでいいところを持っていきすぎなんです。
●クリス
「勉強ですか? 私には、それしかないですから」
ハガナから数学を教えてもらっている気弱な少女。ハガナのことを先生と呼んで慕っています。
彼女のとある事情が『Ep.1』の物語後半にかかわってくることに。『Ep.1』ではあまり目立たない存在ですが、『Ep.2』以降のストーリーでどんどんと美しく、そして強く成長していくのでお楽しみに。
●トヤマ
「カネで信用は買えるし、信用でカネだって買えるさ」
貧困地区で金貸しをしている男性。初登場時の印象から悪人と思いきや、常識人で心にくる台詞も用意された結構いい大人。
悪い人間がほとんど登場せず、それぞれが信念を持って行動しているところも本シリーズの魅力の1つですね。
設定に裏付けられた物語の説得力と投資の熱さに燃える
このゲームが加速度的におもしろくなるのは、投資コンテストが始まる中盤以降から。それまでは登場キャラや月面都市の世界観紹介が主になります。
例えば、月の昼と夜について、低重力を生かした体捌きの話、月野郎と地球野郎の違い、月面の水や電気事情、職種ごとの給料の水準などなど。これらが主人公のモノローグとともに丁寧に解説されていきます。
初プレイ時には「若干スロースターターなゲームかな?」と感じていましたが、それらの設定解説によってすんなり月世界に入っていけたことも事実です。
さらに、なんでもない設定紹介と思いきや、それらが後々の展開に生きてくることも少なくありませんでした。続編にまでかかわってきた時には興奮して、感動しましたよ。
そのため高いモチベーションを維持したまま読み進めることができ、エンディングまでぶっ続けでプレイできました。
本筋である投資コンテストからは、話が二転三転して非常にスリリング。ひとまずの勝利に喜び、破滅するかもしれない状況に恐怖し、逆転に興奮し、「な゛ん゛で゛だ゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!」と濁点付きで叫びたくなる状況に絶望し(笑)、と一喜一憂の連続です。
そして最後に待っているあの結末……っと、これはネタバレになるので言えません。極上の物語を体験するために、ぜひ、まずはこの『Ep.1』をプレイしてみてください。本作を最後まで進めれば、次がプレイしたくてしたくてたまらなくなるはずです。
▲チャートだけ、もっと見たかったです。 |
『Ep.1』で描かれるのは、株取引のほんの入口部分。これ以降では、支倉さんの豊富な経済知識に基づいたさらに大きく熱いマネーゲームが、さらにはお金を儲けるとはどういうことなのか? 勝つとはどういうことなのか? といったことまで描かれていきます。
ぜひ、主人公の恋愛という意味だけではない“恋物語”に最後までお付き合いいただければと。プレイして絶対に損はしませんよ!
▲3DS版のオプション画面。エフェクトスキップの設定はないようです。 |
▲セーブスロット数はPC版とほぼ変わりありません。 |
名作インディーズゲーム移植レーベル・カタルヒトが3作品を配信中!
紹介した『ワールド エンド エコノミカ Ep.1』の他にも、『彼岸花の咲く夜に 第一夜』と『ファタモルガーナの館』が3DSで配信中です。
どちらもおもしろいADVなので、『ワールド エンド エコノミカ』が終わったらぜひプレイしてみてください。『ファタモルガーナの館』は2013年にレビューを書いているので、内容についてはそちらをチェックしていただければと!
(C)2011-2016 Spicy Tails
(C)FURYU Corporation.
(C)竜騎士07/07th Expansion
(C)Novectacle
データ
- ▼『WORLD END ECONOMiCA Episode.1』
- ■メーカー:フリュー
- ■対応機種:3DS(ダウンロード専用)
- ■ジャンル:ADV
- ■配信日:2016年7月27日
- ■価格:741円+税