2017年2月25日(土)
2012年PS Vita向けにプロジェクトを開始したが、2014年にPS4へと開発の移行が決定した『GRAVITY DAZE 2/重力的眩暈完結編:上層への帰還の果て、彼女の内宇宙に収斂した選択』。
制作の現場では発売まで納期の徹底やノンフォトリアルなビジュアル表現の追求のため、さまざまな工夫が凝らされたという。ゲームクリエイターズカンファレンス’17のセッションではその制作工程の秘密が明らかとなった。順を追って説明していこう。
最初に語ったのは本作のアートディレクション、キャラクターデザイン、プレイヤーモーションを担当した斎藤俊介氏。氏からは、
I.絵的な見た目のコンセプト
II.制作工程上のコンセプト
の2つが語られた。
従来、SIEではコンセプトムービーを作り、それに沿ったゲーム制作が行われるとのこと。しかし急遽ハードを変更するにおいて、そのコンセプトムービーを作り直す余裕はなく、それでもハードの変更に伴い絵作りは変える必要があった。
そこで現場の意思統一のため一言で本作のアートコンセプトを理解できるように掲げられたのが“手書きのイラスト”。もちろん前作もノンフォトリアルではあったが、本作においてその意味は、ゲーム画面を見て、「えっ、これは手書きのイラストじゃないの?」と思わせるようなグラフィックを本気で目指すことだった。
では実際に手描きのイラストを目指すにあたり、何が重要になるかというと、まずゲーム開発者なら思いつくだろうことが、下記の3項目だという。
・塗りムラのあるシェーディング
・紙の質感のようなノイズ
・抑揚のあるアウトライン
本作では、上記のようなアナログの不均一さの再現にも取り組んで入るものの、一番のキーポイントは“色味”と“省略”にあったそうだ。それを制御するのが、“3種のフォグ”と、“トーンカーブ”によるカラーコントロール。
それぞれの詳細を見ていこう。
これらの詳細は下記の通り。
・デプス フォグ(カメラから遠くなるほど指定した色に近づいていく)
・バックグラウンド フォグ
(カメラから遠くなるほど背景となる空のテクスチャが投影されていく)
・ボリューム フォグ(霧や雲の表現)
実際に比較すると、完成版の画面カットは奥行きに深みがあるのが見て取れる。
まずはトーンカーブの調整前と後の画像をご覧いただこう。
トーンカーブを調整することにより、暗い部分はより寒色が、明るい部分はより暖色が強調されている。調整されたトーンカーブは写真右側に表示されているこの調整はPhotoshopで絵を描くような感覚でできたそうだ。このカーブはシーンごとに作られており、全体で40種ぐらい作成したとのこと。
本作が開発ハードをPS4に移すことを決定したとき、すでにPS4用に作られていたタイトルは、開発が長期化している物が多かったそう。本作はSIE社内では一番アーティストの少ないチームであったことから、納期を守るため、
・仕様とワークフローを複雑化させない
・むやみにフルスペックのアセットを作らない
・目指す絵作りに必要なものを取捨選択する
ということを心がけたそうだ。
たとえば今回、キャラクターの表情の制作においては、通常ゲーム制作でよく使われるであろうフェイシャルキャプチャーは行わず、目はテクスチャーの切り替え、口はモデルの切り替えで行っている。
これにより、
・目のパターンを選択
・口のパターンを選択
・目線の向きを設定する
という3工程だけで表情を制作することに成功している。
この工程でなければ、本作に登場する100体以上のキャラクターたちは生み出されなかった、と言わしめるぐらいの効果を発揮したようだ。ただし「この手法は“セル風のアニメキャラクター、30fps”という今作の制作条件でこそベストな選択だった」とも述べていた。
■まとめ
・アナログの美しさをゲームで表現するためのキモは“色味”と“省略”
・少人数の製作現場では、シンプルなワークフローが効果的に働く
・ただし、ゲームで“表現したいもの”にあわせて、最適な制作環境は異なる
続いて登壇したのは背景アセット制作、進行管理、空テクスチャを担当した、背景リードアーティストの茂木大典氏。氏は背景を作るにあたり、以下の目標を掲げたそう。
I.“少人数”で、“スケジュール通り”に、“大規模”な背景を作る
II.“手描き”のような表現を実現する
その実現のために行ったことを見ていこう。
本作の背景班は、最大の人員を擁していたときでも人員はわずかに10名強。これはオープンワールドの大規模の背景を作るには少なすぎる人員だ。とくに大量のアセットを制作する必要があったため、描画モデルを作るスタッフが足りなかったという。
制作のカギを握るのは外部の制作会社の有効活用。そこで、7名の描画モデル担当を制作会社の運用に最適化した担当分けが行われた。その内訳は下記のとおりだ。
・エリア担当4名(ラフモデルの制作・発注を担当)
・モデラー3名(サンプルモデル、特殊モデルの制作を担当)
効率化のために細かく役割を決めすぎると管理コストが発生するため、このようなシンプルな構成に落ち着いたとのこと。
“クオリティが高いものの納期に間に合わなかった”という状況を“最悪のもの”と表現する氏は、続けて遅延の起こらない進行管理の仕組みについても言及。制作期間の前半は最低限のクオリティでもかまわないのでアセットを揃えることに専念、残った時間でブラッシュアップ、バグ修正を行うことにしたそうだ。
ブラッシュアップについては効果が高いものから順番に、シナリオ進行上目立つアセットは最優先で修正。街の賑やかしなどに使用するアセットは後回しにしたという。このような制作工程により、実際に遅延は発生しなかったそうだ。
続けて具体的な制作工程の話に。具体的な流れは下記のとおり。
1.コンセプトアート
細かなディティールは必要なく、あくまで雰囲気をスタッフ全員で共有するもの。
2.全体図
エリア全体の規模感などがわかるための線画。これを使ってラフモデルを作ることになる。
3.ラフモデル
通常のゲームであれば、レベルデザインはプランナーが担当するものだが、あまりにも複雑で広大なマップを冒険する本作においては3Dモデルのスキルが高い背景班がレベルデザインも行った。この段階でもさまざまな検証が行われるようだ。
たとえば、それぞれのリファレンスモデルに偏りがないか(=外注に適したパーツに分解しやすいか)。一部のモデルに使用するパーツが集中してしまうと、ゲームを組み上げたときの処理負荷に影響が出るほか、構成するパーツにばらつきが出ると、発注する際の工数にも影響が出るため。
ラフモデルの制作作業は、見た目以外の調整や問題点をあらかじめ洗い出しておく作業でもあり、制作において一番大事で難しい作業なので時間をかけて行ったそうだ。
4.工数表
ラフモデルを分解し、パーツに区切りそれぞれのパーツの制作日程を割り当てていく。この工数表を見ながら、全体のスケジュールに収まるように調整していく。ポイントは無駄なアセットを作らないこと。他のエリアのリストと見比べながら、似たアセットがないかどうかもエリア担当同士で確認したという。また、ここでそれぞれのアセット制作における優先度もこの段階でつける(時間がなければボツにする)。
5.外注
キービジュアルになるような主要なものは前述のモデラーが制作、それ以外のパーツ違いのようなものはすべてエリア担当が外部に発注し、量産していく。
6.納品、組み込み
完成した建物から随時ラフモデルに組み込んでいく。組み込んだものはすべてのエリアのパーツが揃う前から修正が可能となるため効率よく作業ができたそうだ。
7.調整
最後に行う項目。描画モデルに応じて以下の調整を行う。
・コリジョン(簡単に言うと“当たり判定”のこと)
・オクルーダー(遮蔽物のこと。遮蔽物を置くことにより、遮蔽物の奥にあるモデルの描画をカットすることで、マシンにかかる負荷を軽減し、快適なゲームプレイが可能になる)
・LOD(level of detailの略。カメラからの距離に応じてモデルの精度を切り替える技術のこと)
作業後半には手が空いた人間が調整にも加わったが、調整には専門の担当者がいたため、ほぼ同時進行ができたとのことだ。
さて、このように制作された背景を構成するアセットの総数は、最終的に5000を超えたそうだ。そのため、画像ビューアのような専用のツールを作り、作業の効率化を進めたそう。専用ツールの汎用性も高く、最終的に水や煙などのエフェクトもこのツールを使ってゲームに組み込まれたという。
ゲームをプレイした人ならだれもが心を奪われたであろう遠景の空は、じつは手描き風ではなく、手描き。
エリアごとに固有の空が表現される本作において、テクスチャは全部で100枚以上、すべて茂木氏一人の手によって制作されたそうだ。
▲制作されたテクスチャは最終的にキューブマップに変換される |
一方で背景は、量が膨大なこともあり写真をもとに自動化されている。テクスチャはハードの変更にともない、より線が細くシャープに描かれている。
最終的な実機での見え方については、単にポリゴンに手描きのテクスチャを貼り付けるだけのものにしたくなかったため、角度やモデルの形状により複雑な見え方になるよう、カスタムシェードをつけているそうだ。
写真は同じ壁のパーツを使用しているが、汚し模様とモデル形状によりできた影が交じり合うことで、単純なパターンの羅列ではなく、それぞれ固有の壁が作られているように見える。
■まとめ
・少人数→外部の制作会社に制作を任せられる体制を社内で作った。
・スケジュールを守る→全体の工程を前半と後半に分けて考えることで、遅延なく作業を終えることができた。
・大規模→5000のアセットと24のエリアという、前作比2.5倍の広さを誇るワールドマップの作成に成功した。
・手描き風→空に関しては手描き、背景のテクスチャは自動化。効果的な作業を組み合わせて統一感を出すことに成功した。
このパートで登壇したのは、アウトソースマネジメント LOD・最適化を担当した、テクニカルアーティストの川野紀昌氏。ここではおもに、背景の最適化作業をどのように自動化したかが語られた。
最適化についてのコンセプトは“アーティストがクリエイティブなことに時間を裂けるよう自動化できるところは自動化する”こと。多くのゲームにおいて、ビジュアル関連のデータをゲーム機上に適したデータにするため、描画プログラマとのやりとりは密に行われる。
そのため、“最適化”という行為に割く時間はかなりのものになるという。ただ、こういった作業はクリエイティブとは方向性が異なるため、なるべく自動化を行うことを心がけたそうだ。
具体例を見てみよう。ネジやボルトのような小さいモノは、負荷を軽減する(対象物から離れたら小さいモノの描画をやめる)ため、別サブメッシュにして専用アトリビュートを設定する、というオーダーが実際に出たそうだ。
▲写真で言うと赤い部分がネジやボルトの部分。 |
一見、“ネジやボルトを小さくする”という指示は簡単な作業のように聞こえるが、本作は背景アセットの数が5000以上もあるため、1つ5分で全部修正するとしても、時間に換算しておよそ53時間。1日8時間労働とすると約2カ月、ひとりが最適化のためにかかりきりになってしまう。しかも“小さい”の定義がゲームの開発が進むにつれて変更になる場合もある。
……と、ここで「仕様を確定する前に制作を開始するから、のちのちに5000個も最適化を行うことになるのではないか?」と疑問を持つ方もいるかもしれない。実際のところ、河野氏も仕様を確定したいのは山々であったが、新ハードということもありさまざまな検証を行っていたため、確定に時間がかかってしまっていたそう。
確定を待ってから作業を開始すると、今度は“開発の後半で膨大なアセットを作ることになる”という新たな問題が発生するため、今回は仕様確定を待たずに作り始めたそうだ。
そこでアセットの最適化を機械的に行うことにし、そのためのツールを制作したそうだ。アセット最適化ツールを制作した後の業務フローは写真を参考にして欲しい。
背景テクニカルアーティスト(川野氏)と描画プログラマーは座席を近くにするという物理的な手法も交え、最適化のための効率化を図ったそうだ。背景アーティストは最適化は一切行わず、ビジュアル制作に専念するフローとなっている。
最適化には50以上の工程が組み込まれているが、1つのアセットにつき20秒ほどで最適化は終了するという。これにより、エリアによっては1/4ほどの処理を軽減することに成功したという。このような地道な作業により、深みのある背景が生み出され、ひいてはユーザーの心に感動が生まれる。
▲アセット最適化ツールは進捗がわかりやすいように視覚的に一目でわかるように制作したそうだ。 |
■まとめ
・クリエイティブなことが不要な工程はなるべく自動化する
→人の手はすべてクリエイティブに注力させることができた。
・自動化するとデータに一貫性ができる
→担当者ごとの工程に差がでないため、間違っていてもすべて同じ箇所が間違うので修正も容易。
・例外的なアセットは無理に自動化しない
→水面は作中めったに登場しないが特殊なシェーダーが使われており、この場合は“水かどうか”という判定を走らせること自体が多くの場面で無駄になる。すべてのアセットを自動化に対応させることが、逆に非効率につながる場面もあった。
最後に再び斎藤氏が登壇し、改めて本作の制作コンセプトを
・海外の大作ソフトをまねして劣化コピーにならないこと
・クオリティを保ちながらスケジュールを守ること
と語り、「技術は目的ではなく手段。まず作りたい絵があり、そのために必要な技術を、新旧問わず選択するのが大切」として、本講演を締めた。
3月21日に無料DLCの配信も予定されている本作。配信前に改めてこういった物語を引き立てる背景やビジュアルに注目してプレイをし直してみるのもいいだろう。
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