2017年9月23日(土)
千葉・幕張メッセで開催されている“東京ゲームショウ2017”。ここでは9月21日にイベントステージで開催された、グローバル・ゲーム・ビジネス・サミット“ゲームのデジタル流通”の模様をレポートします。
近年、PCやスマートフォンはもちろんのこと、家庭用ゲーム機でもデジタル配信やデジタル流通によるコンテンツの販売が急速に拡大しています。
このステージでは、PCやスマートフォン、家庭用ゲーム機で活躍する、世界的ゲームメーカーの首脳陣が集結し、自らの経験に基づいて、デジタル流通の可能性と課題を語り合いました。
登壇したパネリストの顔ぶれは、Team 17 ビジネス・デベロップ・マネージャーのマシュー・ベンソン氏、EPIC GAMES JAPAN代表の河崎高之氏、Wargaming CEOのビクター・キスリー氏、Supercell ファウンダーのミッコ・コディソヤ氏、カプコン代表取締役社長 COOの辻本春弘氏、SMBC日興証券株式調査部エンタテインメント・メディアチーム シニアアナリストの前田栄二氏という6名です。また、日経デジタルマーケティング副編集長の降旗淳平氏がモデレーターを務めました。
▲写真左より、マシュー・ベンソン氏、河崎高之氏、ビクター・キスリー氏、ミッコ・コディソヤ氏、辻本春弘氏、前田栄二氏。 |
まず最初にSMBC日興証券の前田氏から、日本のゲーム業界におけるデジタル流通の現状が紹介されました。
前田氏によると、ゲームにおけるデジタル流通の普及は、消費者、流通業者、そして生産者であるゲームメーカーのそれぞれに、メリットとデメリットをもたらしているそうです。
消費者は、デジタル流通によって購買に費やす時間や労力が節約できる反面、物理的な商品を手にする満足感や中古販売の機会を失っています。流通業者はデジタル流通と競合しているだけでなく、中古流通市場の縮小という影響も受けています。
一方で、デジタル流通の普及で最もメリットが大きいのは、生産者であるゲームメーカーだと、前田氏は語っていました。在庫や欠品のリスクを抱えることがなくなるだけでなく、価格をメーカー自ら主導して、状況に応じてフレキシブルに変動させることが可能になっています。
また前田氏によると、日本国内における現在のゲームコンテンツ市場は、スマートフォンなどのモバイルゲームが約70%を占めているとのこと。
モバイルゲームにはデジタル流通しか存在していないことを考えると、日本のゲームユーザーのあいだにも、デジタルでコンテンツを買うことがすっかり定着していると言えます。
その一方で、家庭用ゲーム機におけるデジタル流通の割合はまだ10~20%に留まっていると、前田氏は分析しています。
ここで前田氏は、興味深いデータを提示しました。欧米の大手ゲームソフトメーカー3社はここ数年、デジタル流通の比率が増すことで利益率が改善する一因になっているというのです。日本でも今後デジタル化が進めば、同様の現象が期待できるとのこと。
デジタル流通の普及はさらに、ゲームメーカーのビジネスモデル自体にも、大きな影響を与えることになります。
従来型のパッケージ型ビジネスでは、ゲームを発売して売り切ったところで基本的に終わりとなっていました。
しかしデジタル流通が普及すると、追加コンテンツの配信やオンラインサービスの月額課金といった形で、安定した収益を継続的に得られる“リカーリングビジネス”が可能となります。これは現状のスマホゲームのビジネスモデルを見れば、よくわかるところでしょう。
さらに前田氏は、今後e-Sportsが普及していけば、ゲームの実況配信や大会の広告料などで、新たな収益を得ることも可能になると分析していました。
ここからは、今回登壇しているゲームメーカーの首脳陣が、自社におけるデジタル流通の実例を語ってくれました。
まず最初に登場したマシュー・ベンソン氏の“Team 17”は、1990年にイギリスで、ゲームディベロッパーとして設立されました。
『Worms』などのヒット作でディベロッパーとしていた同社ですが、2013年からは新たに、他社が制作したインディーゲームのパブリッシャー業務を開始します。
『Yooka-Laylee』、『The Escapists』、『Overcooked』といった同社が販売するゲームタイトルは、インディーゲームのファンなら日本でもおなじみの人気作です。
ベンソン氏によると、こうしたパブリッシャー業務を行うにあたって、デジタル流通はまさにTeam 17の心臓となる役割を果たしているとのこと。現在、同社のゲームビジネスにおいて、デジタル流通が占める割合は90%にものぼるそうです。
続いて登場した河崎高之氏は、EPIC GAMES JAPANの代表を務めています。Epic Gamesといえば、ゲームエンジンの“アンリアルエンジン”をはじめ、さまざまなゲームビジネスで知られていますが、その中でも特に有名なのが『Gears of War』シリーズの開発でしょう。
ただし、同社が手がけた『Gears of War』シリーズにおいて、同社の立場はあくまでディベロッパーです。
iOS用アクションゲーム『Infinity Blade』から、Epic Gamesはセルフパブリッシュを開始しますが、河崎氏によるとこれは、在庫リスクなどが不要でユーザーと直接やりとりができるデジタル流通のおかげなのだそうです。
現在同社がサービスを行っている『Paragon』はいわゆるMOBA系タイトルですが、当初は1プレイに60~90分ほどかかり、ユーザーから評判がよくなかったのだそうです。
そこでユーザーからの声に耳を傾け、ゲームを徹底的に作り直したことで、現在は1プレイが30分前後にまで短縮しているそうです。こうしたことが可能になったのも、デジタル配信と運営型ビジネスの組み合わせによる恩恵であると、河崎氏は語っていました。
またEpic Gamesの最新作である『Fortnite』は、クラフト系ゲームとタワーディフェンスが融合したユニークなゲームデザインで人気を集めており、現時点ですでに100万人以上がプレイしているとのことですが、そのセールスの95%以上が、デジタル配信なのだそうです。
ここで河崎氏は、非常に興味深いデータを紹介してくれました。『Gears』シリーズにおいて最大のヒット作である『Gears of War 3』の開発費とロイヤリティから得られた利益よりも、オペレーションを始めたばかりの『Fortnite』の利益のほうが、すでに上回っているのだそうです。
このことは、デジタル配信によってセルフパブリッシュに乗り出すことが、ディベロッパーにとってどれだけ大きなチャンスになるのかを物語る事例だと、河崎氏は説明していました。
上記の『Paragon』の例からもわかるように、デジタル配信は運営型ビジネスモデルと非常に相性がよく、実際にゲームを作っている人間がユーザーに対して直接情報やイベントを発信できることで、クリエイティブやプロモーションに大きな変化をもたらすそうです。
しかし一方で、デジタル流通は露出機会が少なく、もともと関心のある人にしか情報が届かないために、パッケージソフトのように流通や小売店をも巻き込んだ“お祭り感”を演出できないのが課題だと、河崎氏は語っていました。
次に登場したビクター・キスリー氏は、F2P(基本無料)の世界的ヒット作である『World of Tanks (ワールド オブ タンクス)』などで知られる、WargamingのCEOです。
同社は2010年にPCで『World of Tanks(WoT)』をリリースし、初めてF2Pのオンラインゲームに乗り出したところ、非常に大きな成功を収めることができたとのこと。現在は、日本など世界各地にオフィスを作り、コンシューマ版『WoT』や、スマホ版の『World of Tanks Blitz』などもリリースしています。
デジタル流通ではDVDやBlu-rayのディスクは必要なく、インターネットで広告のバナーを目にしてクリックした人がそのままゲームをダウンロードしてくれると、デジタル流通のメリットを語ったキスリー氏。同氏はここで、デジタル流通で成功するために必要な3つの要素を挙げました。
まず1つ目は、サーバーなどのインフラを整備すること。そして2つ目は、「ゲームはサービスである(Game as a service)」という考え方を持つこと。これは前述のEpic Gamesの例と同じく、配信型ゲームビジネスでは基本となる考え方だと言えるでしょう。
そして3つ目に挙げたのは“哲学を持つこと”です。キスリー氏は自分たちの哲学として、「勝利をお金で買う形にしてはいけない」と語っていました。もしそうなってしまえば、コミュニティはたいへん怒り、やがてゲームは死んでしまうとのこと。
この、いわゆる“Pay to Win”の形にはしないというのは、キスリー氏がインタビューなどで繰り返し語っていることだけに、まさに同社の哲学として定着しているものなのでしょう。
続いて登場したミッコ・コディソヤ氏は、『クラッシュ・オブ・クラン』や『クラッシュ・ロワイヤル』といったスマホゲームで世界的な成功を収めている、Supercellの共同創設者です。
「私たちはF2Pのモバイルゲーム会社です」と自己紹介したコディソヤ氏は、デジタル流通の最先端とも言えるモバイル市場の現状を、自分たちの視点から語ってくれました。
コディソヤ氏によると、モバイル市場では1日に、750タイトル以上もの新作が登場するのだそうです。同氏はGoogle Play Storeで、1日に3,000タイトルの新作を目にしたことがあるのだとか。
この膨大な数のタイトルの中からユーザーを自分たちのゲームへと誘導するだけでも大変なのですが、モバイル市場ではさらなる困難が待ち構えています。
モバイルの世界では、1つのゲームジャンルをまるごと支配してしまうような、強力な先行タイトルが存在しているとのこと。こうしたタイトルに対抗するのは、人気映画やアニメのような強力なIPとタイアップして、その支援を受けてもかなり困難なことなのだそうです。
それだけに、モバイルゲームではイノベーションが何よりも重要になると、コディソヤ氏は強調していました。
またSupercellはこの数年、FROGMIND、Space Ace、Shipyard Gamesといった小規模なスマホゲーム開発会社に対して、積極的に投資を行っています。
これについてコディソヤ氏は、旧来のビジネスモデルでは、実際にゲームを開発するチームが意志決定のいちばん下に置かれていたと説明したうえで、自分たちは「この上下を逆にする」と語りました。
現在のスマホゲームでは、ゲームを実際に開発するチームがSNSを通じて、顧客であるプレイヤーと直接やり取りを行っています。つまり顧客が何を望んでいるのか、開発チームがいちばん正確に把握しているのです。
そうした小さなゲーム会社を意志決定のいちばん上に置き、彼らが作りたいものを自由に作ることができるように投資によって下から支えるというのが、コディソヤ氏の考えるビジネスモデルのようです。
最後に登場したのは、カプコン代表取締役社長 COOである辻本春弘氏です。
『ストリートファイター』『バイオハザード』『モンスターハンター』など、多数の人気シリーズでおなじみのカプコンですが、同社は2014年3月期に、デジタルの売り上げ比率が18.3%に上昇しています。
これは2013年末にPS4などが発売されて、コンシューマ機が常時ネットに接続されることが当たり前となったのが影響しているとのこと。
さらに辻本氏によると、翌年の2015年3月期にデジタルの比率が25.6%にまで上昇しているのは、この年度に『バイオハザード』第1作目と、『バイオハザード0』のHDリマスター版が発売されたことが、大きなきっかけとなっているそうです。
この2作のHDリマスター版は、日本以外の地域ではパッケージ版が発売されず、デジタル専売となっています。これは過去作のリマスター版ということで、海外の小売店が取り扱いに消極的だったからだと説明していました。
ところがこれらのデジタル専売ソフトが、100万本を超える大ヒットを記録したため、カプコンではこの後も『バイオハザード』シリーズをはじめとする、過去作のリマスター版のデジタル販売に注力するようになったそうです。
このようにカプコンでは、デジタル流通によって過去作の需要を掘り起こしたり、シリーズの新作へとつなげることが可能になっているとのこと。また、ゲームを扱う小売店の少ない海外でも、常時接続のハードでゲームをすぐ買える点などが、デジタル流通のメリットだと感じていると、辻本氏は語っていました。
さて、ここからはパネリストによるデイスカッションとなりました。まず最初の話題は、Supercellのミッコ・コディソヤ氏が語ったように、デジタル流通で大量のタイトルが登場するなかで、どうやって自社のタイトルをユーザーに見つけてもらうのかという課題についてです。
コディソヤ氏によると、アメリカのモバイルユーザーの50%以上は、ゲームを1本もダウンロードしないのだとか。
そこでSupercellとしては、活発にゲームを遊ぶ層にターゲットを絞り込み、SNSなどで直接やり取りをすることで自分たちのタイトルを知ってもらい、彼らの口コミによって広めてもらう戦略を採っているそうです。
デジタル流通はまだ過渡期の段階で、それに流通にふさわしい宣伝やプロモーションをみんなで探している状態だという河崎氏も、そうしたSNSの活用や、口コミによるバイラルマーケティングも1つの方法と共感していました。
そのうえで、違うジャンルのゲームや、ゲーム以外のジャンルからでも共通点のあるユーザーから導線を張って誘導するようなアプローチも、今後は増えてくるのではと語っていました。
続いては、デジタル流通によってゲームのトレンドはどう変わるかという話題についてです。これについては、Wargamingのビクター・キスリー氏は、今後はスマホゲームにシフトしていくだろうとの見通しを語っていました。
特にキスリー氏としては、現在のモバイルではカジュアルなゲームだけでなく、同社の『World of Tanks Blitz』のように、家庭用ゲーム機と変わらないゲームもプレイできることを強調。同氏はこれを“モバイル・コンソール”と呼んでいました。
スマホゲームの世界で活躍しているコディソヤ氏も同じ考えで、「モバイルによってゲームのプレイヤー層はさらに拡大する」との自説を語っていました。
一方で、カプコンの辻本氏は「スマートフォンからゲーム専用機に入ってくるという形もあり得る」という、自身の考えを披露。
辻本氏は、かつてTVやビデオの登場で映画館はなくなると言われていたものの、そうしたメディアで映画の面白さを知った人が、映画館の大スクリーンを求めて観に来るという事例を紹介。
それと同じように、スマートフォンで初めてゲームに触れた人が、専用機のよりハイクオリティなゲームに進む可能性もあるはずだと語っていました。
今回のステージはデジタル流通の現状について、世界的なゲームメーカーが自社の実例を挙げて紹介する形になっており、業界関係者はもとよりゲームファンにとっても非常に聞き応えのある内容になっていました。こうした豪華な顔ぶれのイベントが開催されるのも、TGSの大きな魅力だと言えるでしょう。
■東京ゲームショウ2017 開催概要
【開催期間】
ビジネスデー……2017年9月21日~22日 各日10:00~17:00
一般公開日……2017年9月23日~24日 各日10:00~17:00
【会場】幕張メッセ
【入場料】一般(中学生以上)1,200円(税込)/前売1,000円(税込)
※小学生以下は無料