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2017-11-09 19:45

津田健次郎さんが美術作品の“修復家”を研究。知られざる芸術の裏の世界を学ぶ

文:ガルスタオンライン

 津田健次郎さんが教授となり、毎回気になる文化を学ぶ本コラム。電撃Girl’sStyle11号では、“修復家”をテーマに修復研究所21の代表取締役でもある、修復家の渡邉郁夫さんからお仕事の内容や魅力をうかがいました。オンライン版では、掲載しきれなかった修復家のくわしい仕事内容や、貴重な美術品に携わっているからこその苦労などのお話をたっぷりとお届けします。

『津田健次郎の文化ゼミナール』

作品を見極めるところから修復家の仕事ははじまる

――――修復家のお仕事の内容を教えてください。

津田教授(以下、津田):どのようなジャンルの作品を手がけられているのでしょうか?

渡邉郁夫さん(以下、渡邉):うちの工房では油絵や版画、軸物ではない日本画、現代アートの修復をしています。美術館や個人宅で収蔵されている作品で、困ったことがあると工房に相談が寄せられる形です。大きい作品では現在、赤坂離宮の天井画を手がけています。また絵に合わせて作られたオリジナルの額縁は、絵と同等の価値を持つので、それも合わせて修復することもあります。

津田:平面から立体までいろいろやられているんですね。

渡邉:基本的には油絵や日本画など、それぞれの専門家に分かれています。ですが最近は複数の素材を使った現代アートも増えてきているので、その壁を越えて修復することも多いです。現代アートは、これから修復する機会がもっと増えていくでしょうね。

津田:現代アートのなかには、これまでに前例にない素材を使っている場合もありそうですね。

渡邉:たくさんありますよ。

津田:その場合は、その素材の専門家に相談を?

渡邉:まずは、作品がどんなコンセプトで作られたかを調べます。美術館の収蔵品なら研究者がいるので、その意見を聞いてどこまで修復するか決めていく感じです。

津田:修復するうえで、やってはいけないことはあるのでしょうか?

渡邉:作品のコンセプトから外れることですね。現代アートのなかには、修復などせずに朽ち果てるに任せるのがいいという考えで作られたものもあります。それをわきまえて処置しなければいけないのが難しいです。

津田:作者の考えが1番のポイントなんですね。

渡邉:そうです。なかには言葉を残していない方もいるので、研究者はそこを踏まえて判断しなければいけないのが大変だと思います。汚れを取ったり、直せばしたりすればいいというわけじゃない。修復家はどこまでやるか、どういう意味を持つ作品なのかを踏まえてからでないとできない仕事です。

津田:個人所有の場合はどのように判断されるのですか?

渡邉:その場合は、私たちにお任せいただくこともあります。しかし勝手な判断はできないので、作品ついていろいろ調べます。伝統的な絵画は修復方法がほぼ画一されているので、その手法から外れなければほぼ作品のコンセプトを壊すことなく修復できます。

津田:修復の歴史の中で、技術が築かれているんですね。修復に使う材料は決まっているんですか?

渡邉:100年以上の歴史がありますし、世界全体の経験が豊富になってきています。そのため「これにはこれを使うのがいいでしょう」という選択肢が絞られていきていますね。また修復の技術は学会でも発表されているので、知識の共有も可能になっています。

『津田健次郎の文化ゼミナール』

後世のことを考えた修復作業

――――では具体的な作業工程をうかがっていこうと思います。

津田:修復にはどんな工程があるのでしょう。

渡邉:まずは絵の表面についた汚れを落とす作業。これを洗浄やクリーニングと呼びます。作品によっては、汚れによって元の絵の具の色合いがわからなくなっている場合も。そんな作品を洗浄するときは、こわごわ作業しています。

津田:洗浄し過ぎてしまうことも?

渡邉:あまり知られていませんが、そのようなケースを聞いたことがあります。洗浄し過ぎて絵が消えてしまったり、薄くなってしまったりする事故は起こりえます。

津田:そういう場合は、リカバリーできるのですか?

渡邉:絵の具がはがれてしまったときは、くっつけることができます。でも色が薄くなってしまったら、もう戻れないですね。修復家にとってそれは最悪の事態なので、あらゆる事前調査をしてから洗浄します。

津田:事前調査にはどんな方法があるのか教えてください。

渡邉:まずは絵の傷みを確認し、修復できるか調べます。方法はたくさんあります。痛みがひどいときは科学的調査で、絵から0.5ミリくらいの層を採取して顕微鏡で確認します。それを見れば絵の具やニス、汚れなどの層を確認し、オリジナルと洗浄したい部分を分けることができます。あとは紫外線ランプを当てて、発光で状態を診断する方法もありますね。事前調査が終わったら、今度は弱い洗浄用の溶液から少しずつ試して修復に最適なものを選びます。

津田:まるで科学実験ですね。

渡邉:そうですね。洗浄は怖いので、それくらい慎重になります。

津田:洗浄は、どのように進めていくのでしょうか?

渡邉:綿棒に洗浄液をつけて、汚れの上で転がします。そのあと、取れているか確認。

津田:どんな大きな絵でも?

渡邉:最初はこれです。

津田:気が遠くなりますね(笑)。

渡邉:大丈夫だとわかると、今度は竹串に脱脂綿をつけて大きくしたものを使います。

津田:洗浄中の絵画を見せていただいて驚いたんですが、満遍なく汚れてしまうものなんですね。洗浄前と洗浄後の色がまったく違っていました。

渡邉:年月の経過やたばこのヤニなどで、かなり色が変わります。

津田:洗浄前は夕暮れの砂浜を描いているのかなと思ったら、洗浄後のものは真っ白な昼の砂浜で。絵画の中の時間さえ変わって見えますね

渡邉:おっしゃるように、汚れによって絵画の印象がまったく異なるんです。それによって表現内容の解釈を見誤ったり、間違った美術史が伝わったりすることもありえます。

津田:ちなみに、洗浄はどのくらいの期間がかかるんですか?

渡邉:大きいものでなければ1週間。

津田:洗浄だけで1週間ですもんね。

渡邉:洗浄後は剥落した絵の具を補てんしたり、破れたキャンバスをつないだりします。ここでは使用する素材は、後々はがせるものを使用しています。絵画は年月が経過すれば痛み、再修復が必要になります。そのときに修復したものが邪魔にならないように、オリジナルをもとの状態に戻せるように気を付けています。またオリジナルと同じ素材は使わないようにしています。

津田:それは、どうしてですか?

渡邉:元の絵画と私たちの修復の差がはっきり分かり、修復しやすいようにです。

津田:将来のことを考えての作業というのがおもしろいですね。

渡邉:絵画はこの世に1枚しかないですから。

津田:絵画は、どれくらいもつものなのでしょうか?

渡邉:油絵は技法が開発されたのが15世紀。当時の絵が今も鮮やかに残っているので、まだまだいけますよね。それより前のフレスコ画やテンペラ画も、きちんと守られてきたものはいい状態で残っています。

津田:イタリアへ旅行に行ったときに、修復中のものが展示されていました。そのように現在も保護されているんですね。

渡邉:確かに、展示したまま修復される作品もありますね。作品を見てもらいたいのはもちろん、将来につながる取り組みをみんなに知ってもらい、理解してもらいたいという考えもあるんだと思います。

『津田健次郎の文化ゼミナール』

修復家への道は、まず絵画を好きになることから

津田:渡邉さんは、なぜ修復家になろうと思われたのですか?

渡邉:僕くらいの年代は、もともと美術大学で絵を描いていた人間が多いです。絵の技法に興味を持ち、それを調べたいと思ってこの世界に入ることがあります。僕もその1人。絵画では技法や材料はとても大事なのですが、古い絵からそれを学ぼうとしても資料がほとんどない。技法書も表面的な情報だけなので、実際の作品に見て触れることができる修復の道に進む人がいます。私の先輩にも、伝統絵画に造詣が深い人が多いです。

津田:修復家ならではのおもしろさ、喜びはなんだと思いますか?

渡邉:この仕事をしている人間は美術が好きな人が多いので、好きな作品が残っていくことが何よりもうれしいです。また仕事をこなせるようになるまで10年くらいかかるのですが、そのくらいになると自分で計画を立てて修復できるようになります。その計画どおりに仕事ができたり、困難な作業を乗り越えられたりしたときの喜びも大きいですね。

津田:逆に苦労されることは?

渡邉:貴重な品をお預かりするので、気を張っていないときがないですね。また繊細な作業が多いのに、期日が短いときは焦ります。焦るといいことはないので、相当気をつかいます。

津田:僕には絶対にできない作業です(笑)。例えば舞台などはセリフを忘れることもあるし、間違えることもあると少し開き直っています。それも愛嬌と思えるんですが、それが許されない世界ですからね。

渡邉:失敗したら、「えへへ」ではすませられないですからね。舞台も相当緊張するんじゃないでしょうか? 頭のなかが真っ白になることもありますよね?

津田:共演者に助け船を出してもらったことが何回もあります。そのかわり1人舞台だったら地獄ですね。でも、それとも違ったヒリヒリ感のある作業の連続ですよね。本当に、すごいな。

今までのお仕事のなかで、とくに感動したものはありますか?

渡邉:パリの日本館にある藤田嗣治の絵を修復したときに、彼の技法の一端を知れたことです。彼の描く人物は乳白色の神秘的な肌合いが魅力的で、フランスでも高く評価されています。2000年の修復プロジェクトに参加して、タルクという素材が使用されていることが分かったんです。

津田:タルクはどんな素材なのですか?

渡邉:ベビーパウダーなどに使われたこともある細かい粉で、一時期絵画の素材にも使用されていました。藤下嗣治はそれを知ってか知らずか、いろいろな方法でこの粉を作品に使用していたんです。タルクの粉を油と混ぜると半透明になるのですが、それが人物の上に均等に塗られていました。それが彼の作品に何らかの効果を生んでいることを知って、おもしろかったです。

津田:半透明ということは、肉眼ではほぼ見えないですよね。作者のこだわりと感じます。最後になるのですが、修復家を目指すみなさんにアドバイスをお願いします。

渡邉:絵を好きになり、興味を持ってほしいです。ジャンルは問いません。実物を見なければよさは分からないので、たくさん見て、絵と対話しながら自分の感覚を育てていってください。心動かされた絵を見つけたらそこで立ち止まりよく見る、その繰り返しが大事です。

津田:画集と本物では、色合いや大きさがまったく違いますからね。なかなかうかがえる機会のないお話がきけて、とても楽しかったです。ありがとうございました。

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