2018年5月11日(金)
塩川氏、叶氏が語る“ディライトワークスがFGOの開発現場で大事にしていること”
徳島県徳島市で5月4日~5月6日に開催された“マチ★アソビ vol.20”。ここでは5月5日にあわぎんホールで開催されたデジタルクリエイター人材発掘セミナー“ディライトワークスがFGOの開発現場で大事にしていること”の模様をお届けします。
こちらは、大人気のスマートフォン向けFateRPG『Fate/Grand Order(FGO)』の企画・開発・運営を手がけているディライトワークスの塩川洋介さんと叶良樹さんのお2人が登壇し、『FGO』を企画・開発・運営していく際に大事にしていることを、セミナー形式で語るという企画です。
そうしたイベントの性質上、『FGO』などに関する最新情報の発表はないことが事前に告知されていましたが、人気ゲームの舞台裏が垣間見えるという点では、非常に興味深い内容となっていました。
『FGO』は世界合計で3000万ダウンロードを突破!
今回登壇されたお2人のうち、ディライトワークス株式会社 執行役員 クリエイティブオフィサーで、FGO PROJECTクリエイティブプロデューサーを務める塩川洋介さんは、『FGO』の開発スタッフを代表する人物として、ファンにはすっかりおなじみの方でしょう。
また塩川さんは、ゲーム開発者向けのイベントであるCEDECなどで講演を行っているほか、2018年4月からは大阪成蹊大学芸術学部の客員教授に就任するなど、ゲームを創るクリエイターの育成活動にも積極的に取り組んでいます。
▲塩川洋介さん |
もうお1人の登壇者である叶良樹さんは、ディライトワークス株式会社 企画部 部長を務めるとともに、2018年よりスタートした『FGO』第2部の開発ディレクターを担当しています。
ちなみに叶さんは以前、セガで『AFTER BURNER CLIMAX』『ボーダーブレイク』といったアーケードゲームのプランナーを担当したのち、2017年にディライトワークスに入社したそうです。
▲叶良樹さん |
セミナーの冒頭では、『FGO』がどういうゲームなのかということが、塩川さんから改めて説明されました。
2015年7月より配信が開始され、まもなく3周年を迎える『FGO』は、日本国内で1200万ダウンロードを突破しており、各アプリストアでセールスランキング最高1位を獲得するなど、圧倒的な人気を誇っています。
それだけでなく、中国、台湾、香港、北米でもセールスランキング最高1位を獲得しており、世界合計で3000万ダウンロードを突破するなど、海外でも非常に高い人気を集めています。
さらに2018年には、アーケードゲームの『Fate/Grand Order Arcade』、リアル脱出ゲーム『謎特異点I ベーカー街からの脱出』、英霊召喚ボードゲーム『Fate/Grand Order Duel -collection figure-』がそれぞれローンチする予定と、スマホアプリ以外にもさまざまな展開が行われています。
ちなみに会場では、2018年の4月1日に配信が開始され、わずか24時間でサービス終了した『Fate/Grand Order Gutentag Omen Adios』も紹介されました。「24時間で終了してしまうゲームを2年連続で作ってしまい、悔しい思いでいっぱいです」と塩川さんが語ると、客席からは笑いが起こっていました。
今回のセミナーでは、『FGO』の開発を行うディライトワークス社内の様子を、塩川さんが動画で紹介しつつ、その現場で大事にしている7つの要素を説明するという形になっていました。
『FGO』のいちばんのファンは、開発を行っている自分たち
最初の動画では、ディライトワークスの玄関にサーヴァントたちの等身大パネルが飾られていたり、社内の本棚にTYPE-MOON関連の資料がズラリと並んでいたりといった様子が紹介されました。
ここでまず挙げられたキーワードは、“FGO愛”というものでした。塩川さんによると、「自分たち自身が『FGO』を本気で楽しんでいるかどうかは、ゲームを遊んでいるお客さんにも必ず伝わる」とのこと。
一般的なゲーム開発の現場では、自分たちが開発しているゲームをそこまで熱を入れて遊ぶことは、あまりないそうで、その点において業界関係者から驚かれ、たびたび「珍しいですね」と言われるのだとか。
これはディライトワークス社内だけの話ではなく、塩川さんによると、『FGO』のいちばんのコアユーザーは、TYPE-MOONの皆さんなのだそうです。
開発の現場にこれだけ“FGO愛”を持っている人が多いため、「身近にいるコアユーザーの思いを拾いながら開発現場を運営していく」ことが可能になっているとのこと。その例として塩川さんが紹介したのが、“カルデアボーイズコレクション”です。
塩川さんによると、社内の自分のブースに男性サーヴァントのグッズを飾ったりしている女性スタッフがいたため、この人たちのようなユーザーを喜ばせるようなイベントをできないかと、考えていったなかから生まれたのが、“カルデアボーイズコレクション”のイベントだったとのこと。
「作品の“いちばんのファン”は自分たち」とまとめた塩川さんは、ゲーム作り以外でも、何かを始めるうえでは自分がまず楽しもうというスタンスで取り組めば、やがて成果につながると語っていました。
続いての動画で紹介されたのは、ディライトワークスの各スタッフのデスク周りです。なかでもユニークだったのは塩川さん自身のデスクで、塩川さんは立ったまま仕事しているため、上下の高さを変えられる昇降式の机を使用しているのだそうです。
ちなみに、塩川さんがなぜ立ったまま仕事をしているかというと、「腰痛持ち」だからとのこと。座っていて作業効率が悪くなるぐらいなら、立って仕事をしようと考えたのだとか。
ここで塩川さんが語ったポイントは、“開発環境の重要さ”です。開発環境を整えて、作業効率をアップさせれば、いろいろなことを考えたり、おもしろさを追求したりすることに、そのぶんの時間を費やすことができるからです。
塩川さんによると、『FGO』がスタートした当時の開発メンバーは、ディライトワークス社内で20~30名だったそうですが、2018年4月現在の同社の従業員数は、『FGO』に携わっていない人間も含めて、200名以上にもなっているそうです。
ザッと数えて約10倍になっている計算ですが「作るスピードが10倍になるわけではない」と塩川さん。それは、ゲームの人気が拡大するにつれて、期待されるクオリティもどんどん高くなっているからなのだそうです。
たとえば、『FGO』のアドベンチャーパートのイベントCGは当初、特別な時にだけ例外としてやろうという話だったはずが、今ではたくさんあって当たり前となっているとのこと。
そうした状況で開発の効率を上げるためには、人数を増やすことと、同時に、より性能の高いPCや、より画質の良いモニターを導入するといった、開発環境の整備も重要だと、塩川さんはまとめていました。
学生やクリエイターを目指す人にとっても、忙しい時はもう1時間余計にがんばるとか、寝ないでやるとかいった方向に行きがちだけれど、そうした“自分ががんばる”以外の面で、工夫して効率が良くなるところも見つかるはず、と語っていました。
立ったまま会議をすることで、時間が短縮されて密度が上がる!?
3番目の動画で紹介されたのは、ディライトワークス社内の会議室の様子でした。『FGO』の開発現場で大事にしている3つ目のキーワードとしてあげられたのが“会議室”です。
塩川さんによると、『FGO』第1部のスタッフロールに掲載されている名前を数えてみたところ、開発に携わっているメンバーだけで300人以上、開発以外の人も含めると500人以上の名前が載っていたそうです。そのなかでディライトワークス社内のメンバーだけを集めても、90名ほどいるとのこと。
「ゲームを作るのはこれだけ多くの人が携わる集団作業」だと説明した塩川さんは、それだけの人との意思疎通を円滑にするうえで、会議というのが非常に大事になると語っていました。
ちなみに塩川さんが主催する会議は、全員が立ったままで行うとのこと。
これは先ほどのデスクの話でもあったように、塩川さんが腰痛持ちだから、という理由もあるそうですが、それだけでなく、立って会議をやるとみんな早く終わらせようとするので、会議を行う時間が短縮できて、それだけ集中できるとのこと。
叶さんも塩川さんの会議に出て、「これはいいな」と思ったそうで、最近は“立ち専用”の会議室を増やそうと計画しているそうです。
また叶さんは、「会議の中でアイディアを出し合ったり、検討したりするのではなく、会議のためにどんな資料を揃えて、何を会議のゴールとするのかを事前にちゃんと考え準備しておく」ことで、会議の時間を短縮して、そのぶん密度を上げることができると語っていました。
また、“自分は1人で作業しているから、会議に出る機会がない”という人に対しては、「締切を決めることが密度を高めるうえで大事」と塩川さん。それも「今週」といった曖昧な締切ではなく、何月何日の何時までにやると、具体的な数字を決めることで、それを意識して作業するようになるのだそうです。
次に紹介された動画では、VR ヘッドマウントディスプレイの“Oculus Rift”や、ディライトワークス社内にある、ボードゲームが置かれた棚などが映し出されました。
塩川さんによると、この動画が撮影された頃にはまだ、『Fate/Grand Order VR feat. マシュ・キリエライト』の企画は存在していなかったし、もちろんボードゲーム『Fate/Grand Order Duel -collection figure-』の企画もなかったとのこと。
それらの企画は、社内に置かれていたVR機器やボードゲームに触れながら、「これで何かできたらおもしろいなぁ」とふとした瞬間に考え、生まれてきたものなのだそうです。
そこで『FGO』の開発現場で大事にしていることの4つ目として、一見すると無関係なものを身の回りに置いておくという、余白としての“あそび”が挙げられていました。
一見すると無関係に見えるものでも、いつか具体的に活かせるかも、と考えるところから、チャンスが生まれるのだそうです。
そこから何が生まれるかは、個人の着想がんばりしだいではあるものの、まずはチャンスやきっかけをどれだけ用意できるかということが重要だと、塩川さんは語っていました。
ゲームを直接開発する人間だけでなく、それらを支える全員がクリエイター
『FGO』の開発現場で大事にしていることの5つ目として、塩川さんが挙げたのは“スピード感”です。
ゲームの運営は24時間であり、人間が運営している限りは、ミス自体をゼロにするのは難しいとのこと。もちろんミスを減らす努力や対策もするけれども、同じように重要なのは「何か起きた時にできるだけ早く対処すること」だと説明していました。
そのように早く対処するために必要なのは、もしミスが起きた時に何をするかということを、事前にどれだけ考えて予想しておくかが大事なのだそうです。とにかく、立ち止まって何もしないのがいちばんダメで、「前を向いて進み続けなければいけない」と塩川さんは強調していました。
『FGO』の開発現場で大事にしていることの6つ目は“PM”、つまりプロジェクト・マネージャーと呼ばれる役職です。これはゲーム開発やIT業界で特徴的な役職で、タスクやスケジュールの進行を管理する役目を担っているそうです。PMがチーム内の各所の進行をきちんと管理することで、ゲームクリエイター側はクリエイティブに専念できるようになるとのこと。
ちなみに叶さんはディライトワークスに入社する際、「PMをやりたい」と自ら希望したのだとか。叶さんがこれまでゲームを作ってきたなかで、最も得意にしていたのが進行管理だったので、『FGO』という巨大なプロジェクトをどう動かしていくのか、ということに挑戦したかったそうです。
叶さんによると、PMはワークフローのなかでボトルネックになっている部分を探し出して、それを最適化して解決するかが重要になるとのこと。
一方、塩川さんは、なるべくその人が得意としていて、やりたがっていることを伸ばしてあげるのが大事だとまとめた上で、学生のうちからでもできることとして、自分がやることとやらないことを見極めて、やらないことに時間を使わないために「やらないことを見つけよう」と語っていました。
そして『FGO』の開発現場で大事にしていることの7つ目として、塩川さんが最後に挙げたのは“全社員”です。ゲームの開発を直接手がける人たちだけでなく、総務や経理や人事といった役職の人たちのがんばりがあるからこそ、クリエイターがクリエイティブに専念できるとのこと。
それだけでなく、塩川さんとしてはイベントやコラボ、グッズ、ニコ生といったスマホアプリ以外の要素もすべて『FGO』であると考えて、それらすべてに自分たちの信じるクオリティを担保し、コンセプトを守っていきたいと語っていました。
その意味でも、ゲーム開発者だけが『FGO』のクオリティに貢献するわけではなく、全員がクリエイターという意識で、パワーを集約することが大事になるのだそうです。
これを学生やクリエイターを目指す人に置き換えると、自分がやりたいことを味方としてサポートしてくれる人を1人でも2人でも増やすことで、やりたいことをより大きなものにできると説明していました。
『FGO』はおもしろさだけを追求して運営を続けている
ここまでに説明した7つの項目をまとめたうえで、塩川さんは「ゲームはいろんな技術の組み合わせだが、技術以外に大事なことも、ものすごくいっぱいある」と語った上で、それらすべてをまとめると「ただ純粋に、面白いゲームを創ろう」という言葉になると説明しました。
これはディライトワークスの開発理念として掲げている言葉だそうですが、ユーザーさんには当たり前に聞こえるかもしれないけれども、ゲーム業界における実際の開発現場ではなかなか当たり前にはならないとのこと。
「上司が言っているから」「前作がこうだったから」「予算が」「締切が」と、さまざまな理由によって、おもしろいということだけに専念できないのが、ゲーム業界の現状なのだそうです。
同様に、ソーシャルゲームの現場では「今月これだけの売り上げを立てるためにこれをしよう」といった具合に、数字が意志決定の基準になることが多いそうですが、塩川さんによると、『FGO』の開発現場では2015年のスタート時から、そうしたものを意志決定の基準には一切置いていないとのこと。
「『FGO』では“こうしたら面白い”、“こうしたらきっとユーザーに楽しんでもらえる”という、おもしろさだけを追求する運営を、ずっと貫いている」と塩川さん。それは「TYPE-MOONさんの思いと、我々のやりたい開発理念とが合致したから可能」だと、塩川さんは説明していました。
▲「今日をきっかけにゲーム業界を目指す人が出てきてもらえれば」と、最後に塩川さんは、ディライトワークスの求人募集を告知していました。 |
『FGO』という超人気タイトルの裏側で、クリエイターの皆さんがどんな思いで企画・開発・運営を進めているのか、非常によくわかるセミナーでした。その意味で、ゲームクリエイターを目指す人たちはもちろん、ファンの皆さんにとっても楽しめるイベントだったと言えるでしょう。
(C)TYPE-MOON / FGO PROJECT
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