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「……それが、だめなんだ。毎日、ののみちゃんを連れ帰っているらしいんだよ」
グラウンド土手で厚志は滝川と弁当を食べながら、ほっと息を吐いた。あの温厚なヨーコさんも、こうも毎日、東原の「お泊まり」が続くとさすがに不快感を露わにするようになった。「教育上、よくありませんネ」と、厚志に断ってから、舞のもとへ赴こうとした。ヨーコは普段は穏やかだが、恐れることを知らず、やるときには徹底してやるタイプだ。僕から説得するから、と厚志は辛うじて押しとどめた。
「まじであの話、こわがっているんかな?」と滝川。
「うん。戦闘時にはかえって生き生きとなる。あの話を忘れられて嬉しいらしいよ」
「だったらいいんじゃね? けどパシリは辛いよな」滝川は、サンドイッチを口一杯に頬張りながら言った。
「……いいわけないだろ! 君にだって僕にだってこわいものはある。相手の気持ちになって考えてあげてよ」
厚志の剣幕に、滝川ははじめぽかんとした顔をし、次いでグラウンドに視線を落とした。
「悪ィ」
「これから舞に言いに行くつもり。けど、幽霊なんかいないって僕が言っても説得力がないんだよ。どうしようかと思ってさ」
「……待てよ、頭電球! 石津に相談したらどう?」
滝川の提案に、厚志ははたと膝を打った。
「そうだ! オカルトに詳しい石津さんの言葉なら説得力があるね。君はイイセンついてる」
整備員休憩室兼衛生室のドアを開けると、石津はひとりで申請書類を書いていた。
「石津さん、お願いがあるんだけど……」
厚志は詳しく事情を語った。このままでは隊内に亀裂を生じかねない、と。石津はおもむろに道具を取り出すと、占星術をはじめた。三十分ほどして、傍らに辛抱強くたたずんでいる厚志と滝川を無表情な目で見上げた。
「わかった……わ」
舞は例によって三番機のパラメータ調整をしていた。どこからか中村と岩田が騒々しく仕事をする声が聞こえ、茜と田代の十三回目の口喧嘩がはじまっていた。厚志の顔を見ると、舞は険しい表情になって、「遅いっ!」と責めた。
「あ、ごめん」反射的に謝ってしまう厚志であった。
「……ええとね、まずののみちゃんの件についてなんだけど。こうも外泊が続くと教育上よくないってヨーコさんが言ってきたんだ」
厚志は東原の件から切り出した。舞は滝川と石津を怪訝な目で見つめながら、
「ふむ。ならばいっそヨーコもわたしの家に引っ越せばよい。わたしはひと部屋しか使っておらぬが、部屋数はけっこうあるぞ」
とこともなげに言った。
そう来たか。厚志は滝川と顔を見合わせた。
「そういう問題じゃないだろ! ののみちゃんの世話はヨーコさんが見るって善行司令が決めたんじゃないか。それに僕と舞は……」
厚志は言葉を切って、憂鬱な面もちになった。
「戦闘機械に成りきると誓ったじゃない? どうしても戦争のにおいが染みついてしまっているんだ。ののみちゃんとはほどほどにつき合うようにしないとね」
「厚志……」
舞ははじめて後悔の表情を浮かべた。そうだった……。前に見た厚志の狂気。そして幻獣を殺戮する戦闘機械に成りきると誓った自分の言葉を思い出した。舞は唇を噛みしめた。
「ヨーコにはわたしから謝罪しよう。心配をかけたな……ところで、そなたらは?」
舞は滝川と石津を交互に見やった。滝川は気まずげに視線をそらし、石津は無表情な目で舞を見つめ返した。
「あー、なんというか、その……」厚志は言葉を探した。
「この間の原さんの幽霊話について、滝川と考えてみたんだ。あんなの嘘だよねって。それでそこら辺のことに詳しい石津さんを呼んだってわけ」
「ふむ」舞は不機嫌な表情になった。
「石津さん、本当のところどうなの? 長岡友子の幽霊なんて嘘だよね?」
厚志に言葉をかけられて、石津は顔を伏せた。そう言えば石津さんと打ち合わせしなかったな、と厚志は多少悔やんだ。
「友子……ちゃん……は」
舞が苦虫を噛みつぶしたような、不安な顔になった。厚志と滝川も石津の言葉を待った。
「近づいて……きている……わ」
ウヒィと悲鳴が上がった。滝川の声だった。舞は二歩、三歩と後ずさり、震える足を計器類にもたれることで辛うじて支えた。厚志は茫然として石津を見つめた。
「わわわわ、わたしに……か? わたしに、友達になってくれと迫ってくるのか……だめだ! わたしは幽霊なんて嫌いだ!」
舞の動揺した言葉が、テント内にこだました。
「舞、落ち着いて。ねえ、石津さん。これ以上、舞をこわがらせないで」気がつくと厚志はふらつく舞を支えていた。
「誰のところに……来るのかは……わから……ない……わ。だけど……わたし……話せるから……大丈夫……よ」
そう言うと、石津は真っ青になっている舞に元気づけるように微笑みかけた。しかし石津の微笑は、舞には逆効果だったようだ。不気味ですらあった。
石津が去り、滝川が「俺、二番機に相談してくる」と言って去ると、厚志と舞だけが取り残された。
「厚志よ、こ、今夜、わたしの部屋に泊まらぬか?」舞が震える声で口を開いた。
「そんなことできないよ」厚志は顔を赤らめた。
「な、ならばわたしが厚志の部屋に……」
「しっかりしてよ。同じことじゃない」厚志がげんなりして言うと、舞は考え込んだ。
「どうすればよいのだ? ああ、認めよう。わたしは幽霊がこわいとも! 原の話を聞いてから、戦闘時以外、片時たりとも忘れたことはない」
舞は不機嫌を二乗したような険しい顔で厚志をにらみつけた。僕をにらんだって、と厚志は理不尽なものを覚えたが、床に視線を落として「ごめん」と再び謝った。
石津さんのお墨付きになってしまった。本当にどうしよう?
その時、ほほほ、と高笑いがこだまして、ふたりの前に原素子が立った。
「事情はわかったわ。誰にでも弱点はあるものよね。ふふ、芝村さんが幽霊がこわいなんてね。とってもプリティ♪」
「む、むむむ……」よりによって一番聞かれたくない人間に話を聞かれてしまった。舞は悔しげにうなるしかなかった。
「そこで提案があるんだけど。しばらくわたしの部屋に来ない?」
「な、なんだと……?」
原の提案に舞は茫然として尋ね返した。原は、ほほほ、とまたしても高笑いをあげる。
「この件はわたしにも責任があるしね。……それと、あなた、これ解いたことある?」
原は一冊の分厚い高等数学の本を示してみせた。超がつくほど難解な、数学関係者の間では知る人ぞ知る知的遊戯マニアを満足させる設問集だった。
「それは伝説の……! 実は先日、東京の書店に注文したところだ。確か全世界で五百部ほどしか出版されなかったと聞くが、そなたがどうして?」
「整備学校の図書館から借りていて、返すの忘れていたの」原は済ました顔で言った。
「どちらがよりエレガントに問題を解決するか、一度あなたと勝負をしてみたかったの。夜を過ごすにはこれしかないわ」
「む。同意する」舞は羨ましそうに、本に目をやっている。
「ねえ、芝村さん。数学に関して言えばね、わたしは今でもいくつかの大学から教授待遇で誘われているの。頼むから、どんくさい回答でわたしを失望させないでね」
「ふむ。それはこちらのセリフだ。高等数学は子供の頃からわたしのおやつ代わりであった」
舞の目が挑戦的に光った。原素子が去った後、舞は厚志に向き直った。
「そういうわけだ。遅くなったら、わたしを原の家に送り届けるがよい」
「わ、わかった……」
なんだか変な展開になってきたなと思いながらも、厚志は責任を免れたことにほっとした。
(C)Ryosuke Sakaki(C)2005 Sony Computer Entertainment Inc.
『ガンパレード・マーチ』は株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントの登録商標です。