電撃ドットコム > 電撃オンライン > 『ガンパレード・マーチ』ノベライズ最新刊発売記念スペシャル!


 2000年9月に発売され、根強い人気で今なおロングセールスを記録している傑作ゲーム『ガンパレード・マーチ』。そのノベライズは、これまでに10作品が刊行され、累計で65万部というメガヒットを記録しています。その最新作『5121小隊の日常II』の刊行が決定! シリーズの熱はさらに高まりまくりです!!
 そこで最新作発売のスペシャル企画として、DOL独占で榊氏に書き下ろしてもらった短編2本を連載!! どちらも、学兵たちの日常をときには切なく、ときにはコミカルに描いた作品ですのでぜひ読んでみてください!

 榊氏が初めて『ガンパレ』のノベライズを書いた『5121小隊の日常』。その続編が、シリーズ最新作として登場しました!
 おなじみ5121小隊の濃~い面々が繰り広げるドラマを、9本の短編にギュッと凝縮してお届け! ファン感涙の短編集であること間違いなしなので、こうご期待!!
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 「展開終了。これより攻撃に移る!」
 塹壕の奥に潜んでいる島村和美の耳に、三木十翼長のきびきびした声が聞こえた。
 第2023迫撃砲小隊――。それが彼女の「職場」だった。事務官兼雑用係として、主に県立高校の学兵で構成された小隊に配属されて一ヶ月が経っていた。島村自身は女子校の出身で、元は生徒会長まで務めていた。もっとも成績が優秀だから生徒会長になったわけではない。要は面倒な事を押しつけられやすい性格だっただけだ。揉め事をひとつひとつ、ゆっくりだが確実に処理するのが島村の個性だった。
 そのために、学兵動員法案可決後の学内の混乱の中、無理がたたって島村は十二指腸潰瘍を患って、二週間入院した。その間、同級生は学兵として編成され、戦場へと散っていった。途方にくれ、教室でひとり「自習」をする彼女に下されたのがこの小隊への配属命令だった。
 先生たちも努力して探してくれたのだろう。早期に編成された部隊だけあって、男女混成の隊員は礼儀正しく、戦闘にも強かった。島村は事務官として、六基から成る軽迫撃砲小隊の生活面の面倒を見ることとなった。
「てっ!」
 小隊長の号令の下、ぽんぽん、と軽快な音をたてて八十一ミリ破片榴弾が一斉に発射される。榴散弾は大きな放物線を描き、尾根を超えて着弾した。
「命中。しかし敵は続々と自衛軍の陣地に押し寄せています。仰角十度上げ。後続のゴブリンを狙います」尾根に陣取る観測手の下村、通称シモやんから通信が送られてきた。
「了解」小隊長の長尾百翼長は通信を切ると、塹壕を出て「おおい三木!」と呼びかけた。ふたりとも県立の同級生だ。
「仰角十度上げ、な」
「らじゃ」
学兵としては優遇されている隊と言えた。迫撃砲小隊は敵と白兵戦を演じる必要はないし、砲弾が弧を描くことから、尾根や丘などの高度さえ計算すれば、その地形越しに敵に見えない地点から攻撃を加えることができる。
現に自衛軍は迫撃砲を愛用し、小隊機銃の大量使用とあいまって、弾幕を超え陣地に侵入してきた敵を白兵戦に長じた戦車随伴歩兵が料理するという戦法を採っている。とはいえ、多くの学兵にはそんなシステマティックな作戦を採る余裕はなかった。迫撃砲小隊と呼べる隊は指折り数えるほどで、多くは一、二丁の小隊機銃とアサルトライフルで、押し寄せる小型幻獣とがちんこ勝負をするしかなかった。
はじめ、軍中央は学兵を自衛軍と同じ編成にするつもりらしかったが、いざ最新の兵器を支給してみると、すぐに在庫がなくなってしまったというのが真相らしい。島村の隊は、軍の計算勘違いから生まれた幸運な隊だった。
「当たってまーす! 自衛軍の皆さんは相変わらず弾を贅沢に使うし……楽勝ね。敵ゴブリン、退却して行きます。追い打ちかけらるけど。どうする、長尾君?」シモやんが再び通信を送ってきた。
「まあ、やめとこうや。弾も残り少ないし」
長尾は穏やかな声で言った。そして、塹壕から少し離れたところに掘り抜いてある「小隊事務室」で耳を塞いで震えている島村のところへ歩み寄った。
「終わったよ、島村ちゃん」
 島村はおそるおそる耳から手を放した。美人、というほどでもないが、やさしげな目鼻立ちと穏やかな性格から、島村は隊員たちの間で人気があった。「戦争アレルギー」で、戦闘中はモグラのように塹壕に潜んで震えているが、戦闘が終わると、別人のようにきびきびとした事務官に変身する。彼女がやりくりをして砲弾を調達してくれるからこそ、隊は戦闘を続けていられた。護衛役の三木を連れて、トラックで物資集積所に乗り込み、おそらくは自衛軍向けの砲弾をかっさらってくることなどしばしばだった。
それと食料の調達も彼女の重要な仕事だ。これも三木十翼長とのコンビで、島村は「一日最低二千キロカロリーは保証しますから」と請け合ったあげく、物資集積所に眠っていたレーションの類を嗅覚鋭く見つけだしては隊員に配っていた。
そんなわけで誰も島村の「戦争アレルギー」を気にもとめなかった。
 この隊は島村小隊だよなぁ、と長尾は考えていた。
 長尾とて戦争アレルギーは変わらないが、まあ、普通の人間の平均値と言おうか、なんとか体は動かしていられる。単に自律神経の問題に過ぎない、と医学部志望の長尾は思っていた。

「長尾さん……お茶、煎れましょうか?」
まだ顔色は青いが、島村は立ち直ったようだ。長尾は苦笑した。そういや、女子専用の仮設トイレを調達したのも島村だったな。
「そんな気を遣わんで」
「わたし、お茶煎れるの好きなんです」
島村はようやく笑顔になった。うん、可愛いじゃないか……と思わず頬をゆるめる長尾の背は思いっきりどやしつけられた。長尾は前のめりになって、塹壕の壁に頭を打ちつけた。
「こらこら、抜け駆けは御法度だぜ」三木がにやりと笑った。
「御法度って……おまえ、時代劇の見過ぎ」がっしりした三木にはたかれて、長尾はさすがに憮然として言った。
「島村ちゃんをデートに誘おうと思ってな」三木はしれっとした顔で言った。
「そういえば砲弾がそろそろ足りなくなってきましたね」三木の冗談を軽くスルーして、島村は備え付けの端末に向かった。長尾も画面をのぞきこむ。
「一戦闘分もないな」
「ええ。これから物資集積所へ行こうと思っていました。三木さん、運転、お願いできますか?」
 島村が生まじめに頼むと、三木の顔がゆるんだ。
「俺も行くよ。島村ちゃんがどうやって物資を調達しているか、見てみたいし」
「ふふふ。それを見たらおまえは二度と立ち直れなくなる」
「……ど、どういう意味だ? 最近、おまえの冗談、つまんねえぞ!」
 長尾は、同級生言葉に戻って言った。
「隊はどうするんだよ? おまえ、一応、隊長だろ?」
三木の言葉に反発するように、長尾は端末の画面に戦域図を映し出した。
「今日一日は安心だ。敵の主力は菊鹿方面に集中している」
「ちっくしょう。敵も馬鹿じゃねえなー。オール学兵の戦線を一点突破かよ」
 三木が不機嫌につぶやいた。学兵の戦車随伴歩兵小隊は二十数名の小隊に機銃が一、二、後はアサルトライフルだけといった貧弱な装備が一般的だ。生き残るために、どれだけ武器を自前で調達するかが彼らの死活問題となっていた。
「突破はないだろう。5121がこの付近に展開しているらしいから」
「……なら大丈夫かなぁ」三木は不機嫌な顔を崩さず、言った。
「あの、5121ってなんですか?」
 島村はふたりの前に紙コップに煎れた茶を置くと、小首を傾げて尋ねた。
「ロボットで戦ってるアニメの中から抜け出てきたようなやつらさ。俺は見たことはねえんだが、けっこうやるらしいぜ」と三木。
「調べたら、九州総軍の芝村準竜師の直轄だった。ロボットが強いか弱いかはわからないけど、芝村の広告塔のような隊だから、よい装備をしているんだろうな」
 長尾が隊長らしく、冷静な口調で言った。
 だったら物資の取り合いにはならないわね、と島村は安堵した。
 芝村の広告塔なら、食料は兵垂涎の旧フランス軍の将校用レーションだったりして。島村はあの味を思い出して微笑を浮かべた。余っているレーション探してみますと言って、一度、島村は三木と一緒にフランスのレーションを大量に運び込んだことがある。
 ただし、やりすぎたらしく、それ以来、レーションはどこかへ隠されてしまった。
「なあ、提案があるんだが。今の迫撃砲、信和重工のやつに換えねえか? この間、物資集積所でカタログ見せてもらって欲しくなった」
「イカヅチ?」長尾が迫撃砲の愛称を言うと、三木はうなずいた。
「口径は同じ八十一ミリだけどよ、最大射程は五百メートル上がっている。重さも二十八キロだから、移動がすげー楽になるぜ」三木は自他共に認める迫撃砲マニアである。車で牽引する重迫撃砲を未だにあきらめられぬらしい。
「七キロ軽くなっても、砲弾の重さは変わらないって。それにそんな新兵器、とっくに自衛軍に売り切れているよ」長尾が現実的なことを言う。
「ちっくしょう! 俺に五百万あればな」
「ええと……とにかく物資集積所へ行きませんか?」島村が遠慮がちに提案をした。

 物資集積所は熊本駅に隣接してつくられた広大な施設だった。
 周囲をフェンスに覆われ、学兵中心の鉄道警備小隊が警備を受け持っていた。目的のものを必ず手に入れる「島村マジック」の秘密はそこにあった。親友だった子が千翼長に出世していた。島村の母校は元々、進学校で頭のよい女子が多かったから、前線よりスタッフ部門にまわされる者が多い。
 迫撃砲小隊の事務官として、申請書類を手にはじめて訪れた時は、順番待ちの車両の列に驚いたものだが、何気なく窓から顔を出したところ、「生徒会長」と声をかけられた。
 千翼長の階級章をつけた女子が、島村に手を振っていた。
「川村ちゃん……?」島村のクラスメートで、生徒会の書記を務めていた。活発な性格で、皆の意見をまとめるのに四苦八苦する島村に代わって、勝手なことばかり言う連中を一喝する「悪役」を演じてくれた。
 川村が短期間に千翼長に昇進したとしても不思議ではなかった。
 川村は、車両を列から誘導すると、同乗して裏門へと案内してくれた。「学兵は書類審査で散々イジメられるからね」と、一部の精鋭部隊にしか渡されないフリーパスを渡してくれた。以来、島村は自由に、しかし控えめに、物資を調達できるようになった。
「すげー渋滞だな。あんなのにいつも並んでいるのか?」
 長尾が隣の客席に座っている島村に尋ねた。観光バスの座席をはずし、巨大なハッチを取り付けた改造車両だった。三木の知り合いが金属加工の工場をやっているとかで、置き捨てられたバスを整備、改造してくれたのだ。
「いえ、これから左折します」
「これから裏門へ行くんだ。へっへっへ、驚くな」三木がハンドルを握りながら笑って言った。
 裏門まで徐行して、十分。通用門の渋滞の喧噪は消え、数人の兵で守られているだけの裏門へ出た。先客は自衛軍の制式車両一台だけだった。
 島村が窓を開けて、パスを見せると、兵は黙って遮断機を上げた。集積所は膨大な木箱とコンテナの迷路だった。そこかしこにフォークリフトと台車を押している兵がうろつき、どこからか言い争う声が聞こえてきた。
「こぎゃんモン、どこの部隊も使わんじゃろが。冷凍も完璧じゃなかし、このたんぱく燃料供給臓器が腐ったら、ぬしゃ切腹モンぞ!」
「俺たちは言われたことだけをやってるだけだよ。だから、上に掛け合って」
 警備兵の冷静な対応に、声の主は「ぬぬぬぬ」と吠えるようにうなった。そして「覚えとれ!」と捨てゼリフを吐くと、足音も荒く遠ざかっていった。
「な、なんだかすげーな」
 長尾がささやくと、島村はにこっと笑った。
「おとなしい方ですよ、あれでも。あそこら辺は特殊装備が集まっているから静かな方です」
 島村の言葉に、長尾は「そうなんか」と目を見張った。
「ああ、迫撃砲弾のところはもっとすげえぞ。おい、おまえも手伝えよ」
 いつのまに用意したのか、三木は巨大な台車を押してふたりの後に続いている。
 島村の先導で、迷路をすいすいとすり抜け、三人は物資調達の兵でごった返す一画に出た。 コンテナの扉が開けられ、中に詰まった木箱が次から次へと消えて行く。順番待ちも何もあったものではなかった。自衛軍の兵と学兵が互いに胸ぐらを掴み合ってにらみあっているかと思うと、欲張りすぎて木箱を積み過ぎたフォークリフトが思いっきり木箱をぶちまける。その木箱を、横取りしようと兵がわっと集まる。まるで肉片に群がる野良犬の群のようだった。
「すげー!」長尾が目を見張ると、島村は、ふふふと口に手をあてて笑った。
「どうすんだよ、俺、喧嘩は苦手だぞ」
「うんにゃ、あいつら、馬鹿なだけだ。ありゃ♂専用のコンテナ順番待ち」
 三木はそう言うと、別のコンテナへ突進した。島村も三木に続いてペンギン走りだ。十メートル先のコンテナは整然として、調達役の女子学兵が順番待ちをしていた。警備の兵も全員女子だ。川村千翼長のはからいだろうか、女子学兵に限っては、受領場所を別にするしきたりが定着していたのだ。
「こんにちは」
 島村が挨拶をすると、女子の警備兵は微笑んで敬礼をした。そして近づくと小声で言った。
「島村さんの分、取ってあります。川村隊長が、そろそろなくなる頃だからって」
「ありがと。けど、いいのかしら……」
「待ち時間と積み卸しの時間が楽になるだけですよ」
 島村はうなずくと、三木に合図をした。三木は慣れない長尾をせきたてると、指定された場所へ台車を横付けにした。木箱には81Mと焼き印が押されていた。
 何往復かして、必要量をバスに積むと、「今日はこれで終わりです」と島村は言った。
「食料は?」
「まだ十分。一週間後になります」
「弾は……使わないから余ってるな」長尾は自ら納得すると、バスに乗り込んだ。
「イカヅチ……」三木が未練げに言った。
「戦争が終わったら、五百万とか出して買えよ。立派な銃刀法違反になるけどな」
 長尾が笑って言った。


 帰途につく頃には夕暮れが近づいていた。陣地に近づくに従って、妙なにおいが車内に流れ込んできた。煤と煙、硝煙のにおいだった。三人は首を傾げたが、近くで戦闘が行われている様子はない。彼らの陣地は山陰に隠れ、敵に発見されにくいはずだ。
「何があったんだ?」
 冷静な長尾と、迫撃砲マニアの三木が考えに考えて設営した陣地だった。
 近づくに従って、県道沿いに自衛軍の兵の遺体と、見たこともない軍用車両が燃えている光景が至るところで見られた。
「ばっかやろう。あんなところに露出しやがって……!」
 三木が吐き捨てるように言った。
「四台……あれ、なんだ?」長尾が尋ねると、三木は破壊された車両の横にバスを止め、しばらく考えた末に言った。
「こりゃあ、新型の多連装ロケット砲みたいだな。うん、36連なんて見たこともねえ。しかも口径が大きくなっている」
「あの……どういうことですか?」
 島村の問いに、三木は険しい表情を向けた。
「あ、ごめんなさい」
「島村ちゃんに怒ってんじゃねえよ。こいつら、ここでロケット砲の実験をしていたみたいだ……くそっ、俺たちの位置をつきとめて、まねしやがったんだよ。迫撃砲ならまだいいんだが、こいつは、敵にとっちゃ厄介な兵器なんだ!」
 三木はそう言うと、歯を噛み鳴らした。
 長尾が、はっとして叫んだ。
「待てよ、じゃあ……!」
「ちっくしょう! そういうことだ。隊は巻き添えくらったろう」
 三木は厳しい顔でうなずくと、アクセルを踏み込んで陣地へと急いだ。陣地には黒煙がそこかしこにあがり、隊員が点々と倒れていた。長尾と三木はバスを停めると、塹壕へと走った。
「ゴブめっ……!」
 長尾はうめくと、走り寄ろうとする島村に「来るなっ!」と険しい形相で叫んだ。
 押し寄せるゴブリンの大群を相手に、迫撃砲は役にたたず、隊員たちは塹壕に籠もってライフルを手に必死の抵抗をしたのだろう。折り重なる遺体は、ゴブリンによって原型をとどめぬまでに破壊されていた。
「生き残りは……」三木は絞り出すような声で言った。
 バスと塹壕の間に、フリーズしたように立ち尽くす島村のところへ観測手を務めていた女子学兵がふらふらと歩み寄ってきた。目の焦点が合っていない。
 女子学兵は、無事な島村の頬を触ると、彼女の腕の中に倒れ込んだ。嗚咽する声が聞こえた。
「敵の攻撃があって、見たこともないロケット弾が尾根を超えていったの。そうしたらゴブリンが陣地前に次から次へとわき出して……」
 女子学兵は尾根から、一部始終を見ていたという。嗚咽しながらも、観測手を務めるだけあって要領よく話してくれた。
「ごめん、わたしちょっと……」
 島村は女子学兵の手をふりほどくと、塹壕から離れた場所にある小隊事務室へと走った。書類! 島村は静かに錯乱していた。全滅した隊の書類が何ものにも増して大切なものに思えたのだ。
 几帳面に整理したファイル棚から、血走った目で一冊一冊、抜き出していった。すべてが持ちきれぬとわかると、へたりと地面に座り込んでしまった。
 ざわ――。肌が粟立つような音が聞こえた。陣地前面、枯れ田のかなたに広がる藪がしきりに鳴っている。風に吹かれた木立のざわめきではなかった。
 ざわざわと音はしだいに量感をもって島村の耳を圧した。島村はファイルを抱えたまま、動けずに震えるばかりだった。
「島村ちゃん」
 事務室をのぞきこむふたつの顔があった。長尾と三木だ。何故か、ふたりとも目にやさしげな光を灯している。長尾の長い腕が伸びて、頑なにファイルを抱え込んで座り込む島村を立ち上がらせた。
 三木の腕が、ウォードレス越しに島村の肩に触れた。
「シモやん、立ち直った」三木が口を開いた。
「よく聞いて。これから敵が攻めてくる。君はシモやんにくっついて逃げろ。シモやんはあれでもけっこうやり手だから……きっと生き残れるさ」
 長尾は静かな声で言った。「うむ」と三木もうなずいた。
「長尾さんと三木さんは……?」島村は震える声で尋ねた。
「後から追いつく。とにかく、今は逃げることだけ考えて」
「バスで……バスで逃げられるじゃないですか!」島村が抗議すると、長尾はかぶりを振った。
「弾薬を目一杯積んでいる。すぐに追いつかれる」
「おおーい、シモやん……!」三木が怒鳴るように声を張り上げると、下村……通称をシモやんと呼ばれる女子学兵が近づいてきた。
「時間がない。島村ちゃんを連れて逃げろ」
「……わかった」シモやんはふたりを押しのけると、鋭く光る目で島村をにらみつけた。そして水筒の水を島村の顔にぶちまけた。島村は驚いて、目をぱちくりさせた。
「わたしの後についてきて。これから、足を止めたら、本気で殴るから!」
 島村の前で子供のように泣き崩れたシモやんとは別人のようだった。長尾と三木の覚悟が彼女の心に喝を入れたのだろう。
 島村は振り返ろうとしたが、シモやんは背中に目がついているように、「振り返るな!」と叫んだ。島村はファイルを抱えたまま、必死にシモやんの後についていった。
 尾根の先端がしだいに近づき、ふたりの姿は緑の中へと消えていった。

「仰角いいか?」
 長尾の声が静かに響いた。長尾はバスの運転席に座り、ハンドルを握っている。
「任せておけ」三木はにやりと笑った。
「三木、撃ったらすぐに逃げろ。責任とるのは俺だけでいいよ」
「ばっきゃろ。気取るんじゃねえ」
 ふたりの目前に数千単位のゴブリンの大群が迫りつつあった。ふたりの姿が消えたことを確認してから、長尾はアクセルを踏み込んだ。
 バスはゴブリンを蹴散らしながら、大群の真ん中で停車。次の瞬間、仰角を水平に設定した迫撃砲弾がバスに命中、誘爆が起こり、バスは大爆発を起こした。

 行く手を遮る枝をかき分けながら、島村は斜面を登っていた。ファイルを片手に、後生大事に抱えながらシモやんの背中を見失うまいと必死だった。
 不意に下界で大爆発が起こった。島村は立ち止まった。
「あれは……」
「立ち止まるなって言ったろう!」シモやんは涙声になりながらも、島村を怒鳴りつけた。
 その声に島村は、はっとなって事情を悟った。
「どうして? どうしてなの?」
 島村も涙声になって、尋ねると、シモやんは背中を向けたまま、
「……とうとう長尾君に告白できなかった。わたし、長尾君、大好きだった」と身を震わせた。
 島村は口をつぐんで、再び斜面を登りはじめたシモやんの後を追った。
 今は涙を流しちゃだめだ、と思った。涙を流すのは、涙を流してよい時は……。島村の目に光がともった。わたしは意地でも生き延びて、死んでいった者たちに祈りを捧げよう。
 それがわたしにただひとつできることだから。わたしは、生きる。
 ……島村の中で、何かが終わり、はじまろうとしていた。

(C)Ryosuke Sakaki(C)2005 Sony Computer Entertainment Inc.
『ガンパレード・マーチ』は株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントの登録商標です。