妖怪に苦しめられた魏延を救ったのは…!?【三国志 英傑群像出張版#4-3】

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 三国志に造詣の深い“KOBE鉄人三国志ギャラリー”館長・岡本伸也氏による、三国志コラム。数多くの書籍が存在するなか、“民間伝承”にスポットを当てて紹介しています。



魏延(ぎえん)伝説

 魏延は終始、劉備の蜀漢の為に大活躍するものの、演義では“反骨の相”を理由に諸葛孔明に嫌われ、孔明死後は楊儀と対立して孔明の策で馬岱に背後から斬られて処分される運なき人。

 以前、魏延ゆかりの石像があるというので漢中博物館(黄忠が夏侯淵を斬った定軍山のあるあの漢中です)へ見に向かったことがあります。ところが行ってみると今は展示してないというので見れませんでした。

 最初はその石像に関する話をご紹介しましょう。

石になった魏延の部下と愛馬

 魏延が馬岱(ばたい)斬られて後、彼の黒毛馬は悔しがった。主人が何をしたというのだ。その時、魏延の腹心だった2人が「冤罪だ」と言っている。二人は魏延の墓守りをすることを決めたらしい。

 黒毛馬もそれに従うことにし、二人と一頭は来る日も来る日も魏延の墓の前にいたことでなんと石になってしまった。

 孔明の後継者となった蔣琬がその石像の話を聞いて調べさせたところ、魏延は無罪で楊儀が讒言していたことがわかり処分された。

 演義も正史三国志も、政敵・魏延を倒した楊儀は諸葛亮の後継者に選ばれなかったことに不満を語り、費禕(ひい)に知られて平民に落とされた上で流罪となるも、それを恥じて自殺します。

 魏延側からしたら無実の罪が晴れたとおもったことでしょうね。こういう話があるということは部下に愛されていたんだろうな魏延と思いました。

魏延vs妖怪

 三国時代、荊州から四川に入った劉備は涪城に駐屯したが、別の陣地を築くために魏延に調査をさせた。人家がない大きな中洲が水陸交通の要所であり戦略的計画のためにどうしても必要だと魏延は劉備に報告した。

 しかし、魏延が工事を始めようとしたその時、兵士が「ここに陣地を作ることは絶対に無理です。ここには妖怪がいて、人の血を吸い、風雨を呼んだりして、商人や近くの人々に害を与えています」と言う。魏延は納得がいかず、そのまま陣地を構える工事をした。あっという間に新しい陣地が作られた。

 軍隊も近隣の人々も、みんな喜んだが、楽しい時間は長くは続かない。ある日、空から雲がやってきて、どんどん大きくなり、広がっていった。嵐の中、中洲の南東に稲妻が現れ、次いで雷鳴がとどろき、川から巨大な形をしたものが這い上がってきた。

 鎧に覆われた巨人の形をした妖怪が登ってきて、何度か体を揺すると、豚の頭と人間の体を持ち、足と手に爪のある怪物に変身した。それを見た魏延は剣を抜き突進したが、その妖怪は消えてしまった。

 それ以来、痛ましい事件が相次ぎ、人々は不安がった。ある夜、魏延が眠りについていると、大きな音がして扉が開いた。そして、外から妖怪がやってきた。妖怪は「早く立ち去れ! さもなくば、お前の兵士を全員食べてやる!」といって姿を消した。

 魏延は、魔物を退治する方法が思いつかず、悩んでいた。そんなある日、彼の前に“太白金星”(道教の神)が現れた。そこで魏延は、「どうしたらこの妖怪を倒すことができるのでしょうか?」と尋ねると“太白金星”は、「この妖怪を倒すには、龍が描かれた石柱が必要だ」といって消えた。魏延は目を覚ました。夢だったのか?

 魏延は石柱を建てるため、遠く離れた所に石を取りに行くよう命じ用意させた。石柱を立てたが、すぐに石柱が倒れた。さらに天地が突然揺れ柱が建てられないばかりか、新しい陣地まで倒壊した。

 そこに銀色の髭を生やし酒を飲む老人があらわれ魏延に「私がやろう」と微笑んだ。魏延は、その老人を以前どこかで会ったことがあるような気がした。しばらく思い出せなかったが、夢でみた“太白金星”であった。

 妖怪は怒り、風を起こし空を暗くして、天地がひっくり返るかと思うほどであった。しかし“太白金星”が手に持つ棒をさすと天地の揺れが止み、再び差すと、石が一つ一つ、空に舞い上がり重なり柱となり9匹の龍が現れ、それぞれ目から光を放った。

 18本の光線は、強力な光の柱に収束し、妖怪にあたった。妖怪は水面で死んで動かなくなった。こうして以後、魏延は劉備の四川統一に活躍した。石柱龍がある通りは“石柱通り”と名付けられた。

 “太白金星”は魔法使いの如くの大活躍。それにたいして今回、魏延はあまり活躍していません。しいて言えば“神を素直に信じて石を用意させた”ことでしょうか?

 演義では『反骨の相(はんこつのそう)』の持ち主の魏延は関羽と同じ赤い顔。もしかしたら、神に愛された存在なのかもしれませんね。

 次回も劉備軍の他の人物に注目していきたいと思います!

5月7日(土)第一回三国志交流会「桃園の智会(ちかい)」実施

 むかしむかし山口県の「三国志城博物館」という場所がありました。

 そこで10年以上実施した三国志イベント「三顧会」。超田舎にGWとお盆にファンが50人~100人程度集まって交流しておりました。

「三顧会」
「三顧会」紹介ページ

 原点に返り、三国志交流する場をつくるべくこのGWに第一回「桃園の智会(ちかい)」を実施します!

 最初なので「三顧会」の最初と同じようにまずは凝ったことはせず、三国志のテーマなどを設けていろいろ参加者さんとディスカッションしたいとおもっております。

 コロナ禍ですので有料オンラインZOOM参加も認めます。

※現地会場と中継のため見辛い可能性はあります。

 先着20名まで(多すぎると皆が話せない為)。よろしければご参加ください。

場所KOBE鉄人三国志ギャラリー
時間:17時~19時
料金:500円、お茶付
予約予約、お問い合わせはこちらのページから

春の三国志会 第9回 神戸3/27(日)に実施しました!

 コロナ禍で延期続きでしたが、ようやく3年ぶりの春の三国志イベントを開催できました。

 講座、講談、朗読、紙芝居、演劇、謎解き、テスト、占い、造形会などなど行いました。

 たくさんご来館頂きありがとうございました! 県外からも来ていただき感謝します。

 当日、私は孔明の格好してたのでお声がけ頂いて嬉しかったです! 次は11月の三国志祭を乞うご期待!


岡本伸也:英傑群像代表。「KOBE鉄人三国志ギャラリー」館長。元「KOBE三国志ガーデン」館長。三国志や古代中華系のお仕事で20年以上活動中。三国志雑誌・コラム等執筆。三国志エンタメサイトや三国志グッズを取り扱うサイトを運営。「三国志祭」などイベント企画。漫画家「横山光輝」氏の故郷&関帝廟(関羽を祀る)のある神戸で町おこし活動中!



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