レトロゲーム談義 千夜一夜 第2夜:日本ファルコム 前編『SORCERIAN』(ソーサリアン)

池田英世
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 不惑(40歳にして迷いがなくなること)に至ってまだ悩んだり、知命(50歳にして天命を知ること)を過ぎてもなお明日が見えず、ふと枕を濡らす夜がある。そんな時は、気の合う仲間と昔(のゲームの)話に花を咲かせたっていいじゃない。


 本コーナーでは、いわゆるレトロゲームをちょっと変わった切り口で紹介しています。ベースにはもちろん、筆者の記憶と思いこみ、それと業界で身に付いた多少の知識や考察などがありますが、基本的にはゆるく曖昧なフィクションの形式を取っています。だって思い出話をする時って、記憶があやふやだからこそ楽しいってこと、ないですか?

言葉を選ばず、あらゆる誤解を恐れずに言うならば、それは「異世界人生ゲーム」だ!?

 通りを歩けば、鼻先を寒風が乱暴にかすめていく。街は既にクリスマスの化粧をすっかりと落とし、新たな年を迎える準備に忙しそうだ。

 2021年12月31日、午後6時。東京都下。駅からほど近い、しかし通りを一本入った路地にひっそりと建つ小さな中華料理店で、今日も4人はいつものようにテーブルを囲んでいた。

 とはいえ日付は大晦日。4人とも仕事終わりに寄り集まっているわけではないから格好も普段着だし、時間もいつもより少し早い。

由芽:で、やっぱり今年の覇権って『鬼滅』?

翔:商業的に見ればそうじゃない?

●舘原由芽(たてはらゆめ)と岸田 翔(きしだしょう)

 翔は1994年生まれの27歳。由芽は96年生まれの25歳で、二人は結婚を間近に控えたカップルだ。由芽の職場の上司が翔の父、岸田実だったことから二人は出会った。

 翔にとって由芽は体育系大学に推薦で入学し、武道で優秀な成績を修めながら、一方で対戦ゲームの全国大会にコスプレで参加してベスト8まで勝ち残るという驚きとギャップの塊であり、由芽にとって翔は落ち着いていて思慮深く、読書家で優しいという父性の代表のようなペルソナが心地よいのだった。

村井:『鬼滅』は分かるけど覇権っていうのは?

 村井が尋ねた。頬と鼻先のあたりにもう、ほのかな赤みがさして見える。

 緊急事態宣言も解除され、晴れてウーロン茶を大好きなハイボールに戻しての会合である。たとえグラスが空になるスピードが少しだけ早かったとしても、そこは文字通り酌量されるべきだろう。

翔:覇権を取った作品ってことで、要はその年を代表するような人気アニメってことです。昔はDVDの売り上げ枚数とかで決めてたと思うんですけど、いまは円盤が売れない時代だし、どうやって測ってるんでしょうね。

岸田:単純に視聴率とかじゃないのか?

村井:どうだろうね、東京でしか観られない番組も多そうだけど。

由芽:意外に関連同人誌の数だったりして?

翔:ソレはまずないと思うけど、指標としてはむしろ肌感に近いような感じもして面白いね。相変わらずの鋭い考察ありがとうございますパイセン。

由芽:パイセンは翔クンだけど、まぁ肯定的に受け取っておくネ。

●村井正道(むらいまさみち)と岸田 実(きしだ みのる)

 2人とも1971年、つまり昭和46年生まれのザ・団塊ジュニア世代。共に「生涯現役ゲーマー」を公言しており、それ故にこのささやかな会合は結成され、そして継続している。

 普段はスーツ姿で文具メーカーのマーケティング部長を勤める純サラリーマン風の岸田。一方で小麦色の肌に茶髪、腕にはゴツい腕時計と、出版社勤務というよりむしろホスト崩れという言葉がしっくりきそうな出で立ちの村井。そんな2人がゲームに対して本気で熱弁をふるいあっている姿は、普通であれば奇異な印象を与えかねない。

 しかし彼らの場合、不思議と周囲の興味を肯定的に誘う。なんだか微笑ましい、どこか羨ましい、ちょっと混ざりたいと思わせる。それを一番不思議に感じつつ、しかし憧れてもいるのが、隣に座っている由芽と翔だ。

由芽:そういえばこのあいだの『ヴァリス』ってゲームも、やっぱり覇権だったんですか? 確かファンクラブまであったんですよね?

村井:いや、あれはその覇権ていうのとは違ったと思うな。確かにゲームのキャラクターにファンクラブができるなんて、あの時代じゃなくてもなかなか凄いことだけど。

※『夢幻戦士ヴァリス』について詳しくは、第一夜をどうかご覧いただきたい。

岸田:そうだな。『ヴァリス』はもちろん良作だった。でも一世を風靡したかっていったら多分違う。80年代、PCって条件で考えるなら、俺としてはその覇権って言葉が一番しっくりくるのは…Falcomだな。

村井:間違いないね。あの頃のFalcomはどう考えても最強で無敵だったよ。

 嬉しそうに同調する村井の返答に、「だよな」と岸田の表情も満足げだ。

翔:Falcom? そういう名前のゲームじゃなく、あのゲーム会社の日本ファルコム?

岸田:そう。『ザナドゥ』『イース』に『ブランディッシュ』、そして『ソーサリアン』。今なら『軌跡』シリーズか。剣と魔法とドラゴン。ヒロイック・ファンタジーとその世界の楽しさを日本に広めた罪深き会社のひとつだよ。

由芽:つ、罪!? ぷぷっ

 何がツボったのか、由芽がくわえたばかりの好物の餃子を一瞬吹き出しそうになるが、持ち前の反射神経で器用にその落下を防いだと見せつつ、あちちっとなっている。

村井:罪ってのは面白いね。確かに罪作りだわ。

岸田:もちろんいわゆる「RPG」の源流としてはTRPGのD&Dが世界的にも有名だが、日本における「剣と魔法の」ファンタジーブームの火付け役といえば、間違いなく『ドラクエ』と『FF』、あとは『ロードス島戦記』あたりとFalcom 作品だよ。

村井:『ドラゴンクエスト』の1作品目が1986年。『ファイナルファンタジー』の1作目が1987年。『ロードス島戦記 灰色の魔女』の初刊行が1988年か。で、Falcomの『ドラゴンスイレヤー』が1984年、『ザナドゥ』が1985年、『ソーサリアン』と『イース』が1987年ね。こうやって並べてみると、まさしくここらで日本におけるファンタジーブームの産声が上がった観があるなぁ。

 村井がいつの間にか取り出していたノートPCで日本ファルコムの公式サイトを眺めながらしみじみと語った。

●TRPGのD&D

 テーブルトークRPG『Dungeons & Dragons』のこと。1974年にアメリカで誕生し、今日も世界中で販売され続けている、ありとあらゆる「剣と魔法のファンタジー世界を舞台とするRPG」の原典とも言える作品で、ボードゲームの一種。

 世界観や戦闘方法など、ゲームの基本が記されたルールブックを基に「ゲームマスター」と呼ばれる人物がゲームを進行し、残りの参加者が「プレイヤー」となって互いに会話しながら冒険を繰り広げる仕組みで、冒険(ゲーム)の楽しさはゲームマスターの力量、つまり会話能力やプレイヤーの質問、行動への対応力などに大きく依存した。

 よって人によってゲームに対する感じ方が大きく異なり、優秀なゲームマスターとのプレイ経験が多い者ほど、その世界に深く傾倒していくことになった。

村井:あ、っていうか、そうか、Falcom って2021年で創立40周年だったんだ。

岸田:え?

 ほれ、っと村井が差し出したノートPCを覗き込み、なるほど、と岸田がうなずく。

岸田:確かに。

●Falcom 40周年

 2021年は日本ファルコム株式会社にとって創業40周年の年であると同時に、20周年の年でもあった。

 1981年3月の創業以来成長を続けてきたFalcomは、かつてその歴史の中で一度、ゲーム部門だけを切り離して独立させ、生まれ変わりを経験しているからだ。それが2001年、つまり20年前である。

 原点回帰してゲーム事業に集中するためのひとつの決意だったとも取れるが、2003年にIPOをしていることを考えれば、それに向けた準備だったと考える方が妥当かもしれない。ちなみに今年2022年は『ソーサリアン』及び『イース』の生誕35周年にあたる年である。

 先日まで全国の実店舗などを巡る形で開催されていた「日本ファルコム創立40周年記念展」だが、この4月からも会場をVRに移して継続されるようだ。

村井:で、まぁ今日はこんな話になるんじゃないかと思ったんでね。いくつかFalcomのゲームをダウンロードしといたよ。Project EGG立ち上げてみて。

由芽:え、村井さんまさかの予知能力!?

村井:まさかまさか、たまたま先週あたりかな、個人的に遊んでただけだよ。

岸田:舘原も分かってて聞いてるんだよ。

由芽:てへっ

村井:まあProject EGGも実は2021年がサービス開始20周年でね。キャンペーンもやってて、色々覗いてるうちに、さ。

岸田:にしても『ザナドゥ』に『ソーサリアン』に『イースII』か。まさに鉄板中の鉄板だな。

村井:でしょ。じゃ、まずは『ソーサリアン』あたり触ってみる?

由芽:つまりわたしに遊ばせてくれるってことですね? わーい

岸田:好きにしろ、誰も取り上げたりしない

 そんなこんなで、長い前置きを終えてやっとのこと『ソーサリアン』が起動する。PC-9801シリーズ用だ。


村井:本当に最初の最初からってなるとキャラクター作成からになっちゃうから、キャラクターはボクのを使うといいよ。パーティを組んで「冒険に出発する」を選べばとりあえず始められるから。

岸田:いいのか? 年齢は?

村井:別にいいよ。そんなに真剣に攻略してるわけでもないし。

由芽:え? 年齢ってもしかしてR18的な? え、翔クンどうしよう?

翔:え、どうもしなくていいよ。早く画面見せて。

由芽:はい、ですよね…。

岸田:このゲームでのプレイヤーキャラクターは、冒険が開始されるたびに全員一律で1歳ずつ歳を取っていくんだ。つまり例えばキャラクターを6人作ったとする。パーティを組んで冒険に出られるのは最大4人だが、その場合、街に残されたキャラクター2人も同じように年を取るってことだ。

翔:へぇ。で、最後には老いて引退したり?

岸田:するぞ。引退というより寿命で永眠だがな。でもまあその場合、子孫に装備や資産や能力値を一応受け継がせることができる。

翔:でもせっかく育てたキャラクターが失なわれちゃうことに変わりはないわけだ。

由芽:微妙ですね。

村井:そうなんだよ。王様とか武器屋のおっちゃんとかのNPCは歳取らないわけだし、リアリティの追求っていうにも微妙だよね。でも作り手がそんなことに気付かないはずがないんだから、ああ、きっとこれはどうしてもやりたかったことなんだろうなって、逆に変な納得をしてた記憶があるな。手、止まってるよ?

由芽:あ、そだそだ。

村井:シナリオは一番上の「きえたおおさまのつえ (消えた王様の杖)」でいいと思う。


翔:それにしてもキャラメイクといい、シナリオ選択といい、そこかしこにTRPGっぽさを感じますね。

村井:そう、それ! ボクもそう思ってた。『ソーサリアン』はいわゆる『ドラゴンスレイヤー・シリーズ』の第5作目にあたるタイトルなんだけど、シリーズって言っても各作品にほとんど関連性は無いんだ。

翔:『ドラクエ』とか『FF』もそうだと思いますけど?

岸田:それ以上ってことだ。

村井:『ドラゴンスレイヤー・シリーズ』の『ドラゴンスレイヤー・シリーズ』たる所以は、シリーズ最初のタイトルが『ドラゴンスレイヤー』だったからなんだけど、そこからシリーズ最終作と言われている『風の伝説ザナドゥ』まで、踏襲しているって部分てほとんどないんだよ。それこそ見た目やゲーム性からして全然違ったりする。特に7作目の『ロードモナーク』なんて、RPGですらないからね。

岸田:強いて共通性を挙げるとすれば、どれも難易度が高いって事と、すべてひとりの伝説的クリエイターの主導で作られたってことだな。

●伝説的クリエイター

 ここでは『ドラゴンスレイヤー・シリーズ』の生みの親、ゲームデザイナーでありプログラマーの木屋善夫氏のこと。黎明期かつ黄金期のFalcomの発展に大きく寄与した人物であり、また間違いなくその時代を代表するクリエイターのひとりでもあった。

 ただ、この頃Falcomには、映画監督の新海誠氏をはじめ、コンポーザーの古代祐三氏、デザイナーの田中久仁彦氏などほかにも著名なクリエイターが多数正社員として在籍していた。

村井:で、その中でも『ソーサリアン』には、根っこというか芯というか柱の部分でTRPGへの礼賛みたいなのが感じられるんだよ。今風に言えばリスペクト?

岸田:なるほど言われてみれば確かにな。それは考えたことがなかった。

村井:でもさらに言えば、そのTRPGっぽさはあくまでベースのシステムの話であって、実際にこのゲームでFalcomが最も追求したかったのは「魔法」なんだと思うんだよね。

岸田:タイトル名からしてもそれは想像がつく。マニュアルも半分以上が魔法についてだったしな。

由芽:え、魔法?

 思わず率直な驚きと疑問の声が由芽の口をついて出た。

 プレイを開始して10分程度とはいえ、既に冒険を始めて何度も敵も倒しているのに、まだ魔法というものの片鱗にすら触れられていない、と思っているからだ。実際にはパーティ内にElfかWizardがいる時点で火の弾を打ち出す最初期の基本魔法「FLAME」が使えているはずなのだが、おそらく魔法系キャラの単なる基本攻撃としか思っていないのだろう。

村井:大丈夫。相当やりこまないと、「魔法」の「深淵」にはたどり着けないから。このゲーム。

 ということで村井が一応フォローを入れておく。

由芽:あ、そうなんですね。ていうことは相当に強い? ド派手でバリバリな? ちょっと見てみたいかも。

岸田:強い魔法も、あるにはあるな。

翔:なんか奥歯に物が挟まったような言い方だね?

村井:実際複雑なんだ。魔法使いが新しい魔法を覚える方法って、普通のRPGならレベルが上がって自然に使えるようになるか、あるいはスクロールを読んで覚えるか、ああ、スキルツリーで取っていくってのもあるけど、でも定番はそんなところだよね?

翔:そうですね。

村井:このゲームでの魔法はいわゆるエンチャント式でね。基本的にプレイヤーが魔法を使うには、魔法使いに頼んで任意の装備に魔法を付与してもらう必要があるんだ。で、その魔法の付与がまたクセものでさ。

 ただ単純に魔法使いの家に行って、お金を払って「魔法を付与してください!」ってわけにはいかないの。なぜなら魔法使いにできることは、直接的に魔法をエンチャントすることじゃなく、1度に1種、星神の力(太陽神に月神、火星神、水星神、木星神、金星神、土星神の7種)を装備に宿らせることだから。

 魔法はその宿った星の構成によって発動する結果なんだ。例えば「AIR SLASH」ていう魔法があって、それは[水星・木星・土星]が装備に宿れば発動させることができるんだけど、実現するにはいくつか問題があって。

 ここで一息つくように、ハイボールがクイッと村井の喉へ流し込まれる。

村井:ひとつはレシピ。要は魔法の発動に必要な星の組み合わせが、説明書に載っていなかったってこと。どんな魔法があるかっていうリストだけはあったんだけどね。

 次に宿らせる順番。さっきの「AIR SLASH」の例でいうと宿らせるべき星は3つだから、考えられる順番としては水木土、水土木、木水土、木土水、土水木、水木水の6パターンあるわけだけど、実際には「木星の直後に土星を宿らせようとすると、その両方が失われる」っていう感じの特殊ルールがいくつもあって、とても一筋縄ではいかない。

 この場合だと水木土と木土水の順番では結果的に[水星]だけが装備に残ることになって、魔法の発動に必要な[水星・木星・土星]にはならない。ただ単純に必要な星の力を適当な順番で依頼すればいいってわけではないんだ。

 それと最後に時間ね。星の力を宿らせるのに、必ず何年か経過してしまう。このゲーム、寿命がわりと重要なのはさっき聞いたよね?

 それでいて魔法の種類は100を超えるんだから、まあ当時は果てしない感があったね。

由芽:ひぇっ、なんか壮大っていうか壮絶…。

翔:そんな複雑難解な仕様、よくユーザっていうか市場に受け入れられましたね…。

岸田:今この時代なら難しいかもな。実際、ユーティリティディスクっていう追加コンテンツが後にリリースされてて、それを使えばこの魔法付与は簡単にできるようになっている。

翔:ふーん。あ、そういえばさっきタイトル名がどうとかって言ってたけど、『ソーサリアン』って造語? だよね?

岸田:そうだな。

村井:『SORCERIAN』。一番近いのはSorceryかな? で、Sorceryは魔術や魔法を示す名詞だから、それを行使する人って意味でianを加えて『SORCERIAN』にしたって感じだろうね。魔法の専門家的な雰囲気を出すならistを付けてSorceristとかにした方がむしろソレっぽいけど、何かのタイトルとしては語呂がイマイチだしね。それか、「その世界の人間は誰しも少なからず魔法の影響を受けている」みたいなことで、より普遍的なianにしたのかもしれない。

翔:でも魔法、あと魔法使いなら一般的なのはWizardとか、魔女ならWitchで、ほかにもMageやWarlock、EnchanterにSpell Caster、Magic Userとか思いつく言葉色々ありますよね。なんでSorceryなんですかね?

村井:それこそ詳しくは木屋さんに聞いてみないとわからないけど…。まあ、WizardはWiseに通じる言葉だから、基本的には本とかで一生懸命学んで、知識として魔法を扱う力を身に着けるイメージなのに対して、Sorceryは自然の力を借りて超常の力を行使するような存在っぽいから、そこから考えればSorceryがこの世界の「魔法」のイメージに近い気はするかな。

岸田:で、そこから『Wizardry』っぽい感じを避けるためにianにした、と。

翔:そういえばジェームズ・キャメロンの『エイリアン2』も86年公開だった気が。

村井:ははは、どうだろうね。ボクとしてはTRPGとのつながりから、ゲームブック『Sorcery!』シリーズへのオマージュとみたけど。確か日本で最初に出版されたのが85年だったから。

岸田:ふむ。

翔:で、どうだった? 感想は。

 珍しく、いつの間にかキーボードから手を放していた由芽に、翔が問う。普段ならゲーム中は何があっても決してコントローラーを手放そうとしない由芽である。しかもゲームに好き嫌いも食わず嫌いもないと豪語する彼女が、特に理由もなくゲームを中断するのはそう、それなりの珍事だ。

由芽:まあ、あれです…。

村井:あれ?

由芽:これは家で、じっくりひとりで楽しむゲームです。

岸田:まあ、そうだろうな。

 由芽の言葉に彼女を含む全員が納得し、そして岸田が代表で返答した。

由芽:アクションRPGって言っても、操作の上手い下手で結果が劇的に変わるようなものでもなさそうだし、そもそも戦闘よりも冒険とか謎解きが重要そうな感じだし。それよりなんていうか、「異世界人生ゲーム」? みたいな感じを受けました。

村井:「異世界人生ゲーム」か、またまた面白い解釈だね。

岸田:未だかつて『ソーサリアン』をそんなフレーズで言い表した奴はいないだろうな…

翔:でしょうね…。

由芽:もちろん「冒険」がゲームの基本軸ってことは理解できるんですけど、このゲームのプレイヤーキャラクターって、実はちゃんと正業?副業?どっちだろう?とにかく街では職を持ってて、普段冒険に出ていない間は一生懸命働いてる設定じゃないですか。チーズとかワイン作ったり、畑仕事したりね。びっくりしましたよ。で、お金がたまったら装備を整えて命を懸けた冒険に出るっていう。それで最後には寿命が来てぽっくりいくわけです。ぽっくりと。

翔:なるほどね。言われてみれば確かにそれは「異世界での冒険者人生を酸いも甘いも体験できるようなゲーム」っていう意味で「異世界人生ゲーム」って言ってもいいのかも。子孫が生まれるってことは家には伴侶もいるんだろうし。

由芽:ね?

●『ソーサリアン』で就ける職業一覧

 作成したばかりのキャラクターの場合初期の職業は農夫になっているが、60種類の中からいつでも変更可能。但し年齢やKRM(カルマ)といったステータスで就ける職と付けない職が出てくる。また高収入な職は経験値が溜まりにくい、力仕事はSTRが上がりやすいなど、細かくバランスが取られている。

村井:さてさて、おなかは膨れたし、『ソーサリアン』が「異世界人生ゲーム」だっていう2021年最後にして最高の発見もできたわけだけど、時間もまだ早いし、ちょっと話し足りない気がするね。どう? もう一軒くらい行く?

岸田:俺は構わないが…腕時計を見て岸田が答える。文字盤の表示は午後7時少し前。確かに切り上げるには少し早めな気もしないではないが、大晦日においてもその感覚が正しいのかは判断が難しいところだ。

岸田:お前たちはどうする?

由芽:私、行きたいです!

翔:今日は僕ももう少し飲みたいかな。

 ん? と一瞬ひっかかるものを感じた岸田だが、身支度をしているうちに頭から消えていた。

岸田:そうか、ならこの先に行きつけのバーがある。今日あたり客も少ないだろうし、多少話が盛り上がったとしても迷惑にはならないと思う。

村井:いいね、ソコ行こ! 行きまショ!

由芽:すみませ~ん! お会計お願いしま~す!

 就職と婚約を機に一人息子の翔が家を離れた今、岸田はマンションで一人暮しをしている。こんな日は、あるいはいつにも増して冷え込む夜になるのかもしれない。数十年来の親友、血を分けた家族、そして新たに家族へ加わろうという者。事前に示し合わせずとも、それぞれがそれぞれに何かを想ったのだろう。

 馴染みの中華料理屋を後にする4人の表情は、真冬の外気をも紛らわせるかのような不思議な温かみで満たされていた。

……後編に続く

『ソーサリアン』もプレイできる! プロジェクトEGGとは?

 懐かしのゲームをWindowsでプレイ! PC-9801、PC-8801、X68000、MSXなどで発売されたゲームソフトが、会員制で有料配信中。

『ソーサリアン』Project EGG内のページ。PC-9801版は『ソーサリアン』と『ユーティリティディスク』がセットになったお得版だ。

著者プロフィール

池田英世

 シバルリージャパン代表。1990年代初頭から文筆業を開始し、その後雑誌の編集、ゲームやアニメの脚本、楽曲の作詞やゲームの開発、プロデュースなどを経験しながら前職では某外資系オンラインゲーム会社にHead of Marketingとして勤務。現在は主に海外のゲーム会社向けにマーケティングコンサル、PR、ASO、QA等のサービスを提供している。

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