アーケードに新たな風を吹かせた『WCCF』シリーズの思い出を電撃メンバーが振り返る

西岡美道むらたっちレトロ
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 3月31日をもって、セガのアーケードゲーム『WCCF FOOTISTA 2021バージョン』の稼働が終了となりました。

 『WORLD CLUB Champion Football(WCCF)』シリーズは、2002年6月という、Jリーグや海外サッカー、ワールドカップなどでサッカー界が大いに盛り上がっている時に、アーケード用タイトルとして登場。実際のトレーディングカードを使ったゲーム性や、臨場感のある動きや実況などで大ヒットを記録しました。稼働当時は整理券を配るほどの人気を博していました。


 シリーズはバージョンアップにより、選手や新機能を追加。筐体デザインなどを変えつつ、進化を続けていきます。

 2019年3月には筐体を一新し、『WCCF FOOTISTA 2019』が稼働開始に。パラメータの変更やストーリーモードの追加などが見られたタイトルでした。


 2021年9月29日に、2021年ver.でのサービス終了がアナウンスされるとタイトルを懐かしんだり、終了を惜しんだりする大きな反響がありました。2022年3月6日には、すべてのプレイヤーに感謝を込めた全国大会が行われています。

 今回、『WCCF』シリーズ好きの電撃スタッフがタイトルの魅力や当時の思い出について語りました。後半にはスクリーンショットなどもあるため、あわせてチェックしてください。

 なお、掲載は編集者、ライターの五十音順。

自分のゲーム人生において“青春”でした 文:西岡美道(電撃ゲームメディア総編集長)

 人生でゲームに使った時間とお金の4分の1とか5分の1ぐらいは『WCCF』に捧げた気がする。10年以上はプレイしたし、ベンツが買えるぐらいのお金は間違いなくプレイにつぎ込んだ。当時は1プレイ300円、2プレイ500円が相場。全盛期だったころは、無制限プレイができる台を朝一にとって、500円玉を山積みにして一日プレイした。

 排出されるカードは50枚で1パック。1パックで1~3枚のキラカード(レアカード以上のカードのこと)が入っているので、キラが出た時が止めどきだけど、その後にも期待して継続するのが常。時には、50プレイでキラなしなんてことも。50プレイでだいたい8時間強はプレイするし、金額的にも12,500円とかかかっているので、50プレイしてキラが出なかった時の絶望感はすごかった。

 仕事の徹夜明けにそのままゲーセンに直行して1日プレイしたこともあった。そんな時はプレイしながらウトウトしていたっけ。腹が減っても長時間は席を立てないからゲーセン内で売っているアイスを何本も買って食べたり、クレーンゲームでお菓子をゲットして食べたり……。

 ひと言で言うと『WCCF』に夢中だった。そんな奴が電撃の編集部には何人もいた。

 そんだけすごいんなら本を作ろうよってことでできたのが『電撃アーケードカードゲーム』という雑誌で、『WCCF』をメインとして、中身はほぼほぼアーケードカードゲームの情報だった。自分は副編集長としてやらせてもらったけれど『WCCF』しかやらないような担当。趣味と実益を兼ねているような人間ばっかりで作っていたので、ノリは同人に近かった。

 自分だったらこういう情報が欲しい、自分だったらこういう付録が欲しい……そんな観点で記事を作っていたから、読んでくれる人のニーズにもうまく応えられていたように思う。読者アンケートのコメントで感想や要望を読むのが楽しみだった。『電撃アーケードカードゲーム』は10年ちょっとで終わってしまったけれど、自分が携わった雑誌の中ではいちばん自由に作った雑誌だった。


 思い起こせば『WCCF 2001-2002』を初めてプレイした時にBE(ベストイレブン)ダーヴィッツが出て運命が決まったように思う。趣味でプレイしていたことが、ガッツリと仕事にもなった。こうして思い出を語ることもできる。家庭を持った今ではあんな遊びはもうできないなとも思う。そういう意味では、自分にとっての“青春”は当時のゲーセンにあった。

 自分の人生を楽しくしてくれてありがとう『WCCF』。今でもカードは段ボール数箱に残っている。なんだか……捨てられないのよね。

いつかまた『WCCF』と出会えることを信じて 文:HIRO

 実在のサッカー選手のカードがゲーム内で再現して自分の采配で活躍させられるという“最先端のゲーム体験”、そしてゲームセンターで広がるコミュニティによる“人付き合いの広がり”。『WCCF』は大きくこの2つを自分に経験させてくれました。

 その始まりは『WCCF 2001-2002』のロケテスト。ひとめぼれってやつですね。気づいたら正式サービス後もどっぷりとはまり、当時は深夜営業もしているゲームセンターに入り浸り、大学生活そっちのけで『WCCF』をひたすらプレイしていました。ちなみに、自分はカードの引きが非常に悪く、まわりの人のチームがレアだらけになっていくのに、なぜか自分はヒュブナー、フェラーラ、パリューカといった低レアリティの選手を長く使っていたのもいい思い出です。

 当時はゲームセンターで“怪物”と“ウクライナの矢”の特殊実況が絶えず流れていたほど、ロナウドとシェフチェンコが大人気。その中で最後まで自分が使い続けたバティストゥータの特殊実況“バティゴール”を響かせるのは何よりの快感だったなあ。

 あと『WCCF』体験で心に残っているのが大会ですね。これだけプレイし続けているからこそ、自分の腕を試してみたくなり……。まあ、その多くはよくて店舗予選突破といったぐらいだったのですが、とあるタイミングでエリア優勝という結果を残すことができ、その縁で全国各地のプレイヤーが主催している大会を取材させていただく機会が増えました。

 取材先では、多くのプレイヤーが全国各地のゲームセンターでコミュニティを作り、『WCCF』を盛り上げているのが実感できましたね。強さを求めるプレイヤー以外にも、特殊なこだわりを持って楽しんでいる方々など、みなさんそれぞれの『WCCF』を楽しみ、そのおもしろさをまわりと共有したいという気持ちが伝わりました。取材させていただいた方には本当にお世話になりました。改めてですが、心よりありがとうございます!

 そんな『WCCF』ですが『FOOTISTA』となり、ついにサービス終了を迎えることに。率直に寂しいですね……。

 昨今はゲームセンターの数も減っていき、対面で人とゲームをプレイする機会が減っています。ただ、やっぱり人と直接会ってゲームするのは楽しいですよ! だからこそ、いつか形を変えてでも『WCCF』が復活することを夢見ています。年齢を問わずに楽しめるゲームなので、自分が初老に差し掛かったタイミングでもいいので(笑)。

まさかの展開に大爆笑! 文:むらたっち

 昨今の情勢もあってゲームセンターにはあまり行かなくなってしまいが、いざこの時が来るとなると寂しいものですね。特に『WCCF』は、プレイしていない期間がありつつも、稼働当初から付き合いのあった思い出深いゲームですし。

 もともと収集癖があり、サッカーが好きだったことも重なって、トレーディングカード+サッカーというこのスタイルにバッチリハマりました。当時、中田英寿選手がセリエAにいたことでテレビ放送をそこそこやっていて、知っている選手が多かったですし。

 個人的に一番の思い出は、間違いなく特殊実況探しですね。『2001-2002』当時のプレイヤーは、“ウクライナの矢”アンドリー・シェフチェンコや、“怪物”ロナウドなどは、“耳にタコ”レベルで聞いていたと思います(笑)。

 ある時プレイしていると、メインモニターから「エリア内の海賊ぅ~」という実況が。「え!? そんな実況あるの? 誰?」となったところから、いろいろな選手を入れて特殊実況を探しものです。

 さすがに自分だけでは無理があったので、某掲示板やユーザーのブログをあさりしつつ、特殊実況持ちだという噂のある選手をどんどん試していきました。今ほどしっかりとしたサイトなどはなかったですし、間違った情報もそこそこありましたが、それもいい思い出です(笑)。

 その中でも一番印象というか、思い出に残っているのは、間違いなくアルツゥロ・ディ・ナポリです。この選手、FWなのにとにかくシュートが入らない。そもそもパワーがない、スタミナもないという厳しい選手で、ゴール前までいくことすらままなりません。

 あまりのつらさに、一緒にプレイしていたHIROにフレンドリーマッチをやってもらい、「DF置かないで、キーパーは思いっきり飛び出して! ディ・ナポリにゴールを決めさせて!!」と八百長までお願いしてしまいました。

 HIROは快く引き受けてくれて、無事キーパーも抜き去り、あとは無人のゴールに流し込むだけだったはずなんですが、ディ・ナポリのシュートはコロコロと転がり枠の外へ……。2人で大爆笑しつつ、「どうやったら点が取れるんだよ」と絶望したものです(笑)。

 ちなみに、彼の特殊実況はちゃんと存在していて、ゴールを決めた際にはとてもかっこよく“スーパーソニック”と言われていました。結局ゴールをできたのは、バージョンが変わってからだったかと思います。そんな『2001-2002』の作りの粗さも楽しかったですね。

 GKについてだったり、ベルカンプの話だったり、特殊実況だけでも言いたいことはまだまだ尽きないです。ホントに楽しかったんだよなぁ~と、シミジミしちゃいますね。

ゲーム性に加えてユーザーとの交流が思い出 文:レトロ

 シリーズが世に誕生したのは2002年。もう20年も前なんですね。正直、そんなに過去のこととは思えないほど、いろいろな思い出がよみがえります。今回はその思い出をいくつか語らせていただければと思います。

  • ▲『2001-2002』。フォーメーションは配置したカードのとおりになるのが斬新で、無限の可能性を生み出していました。

その1:ゲーセンでの遊び方の変化

 もともと格闘ゲーム好きだったので、ゲームセンターに行くことは多かったのですが、『WCCF』のプレイを始めて遊び方が一変しました。いや、遊ぶお金が桁違いに多い(笑)。当時、格闘ゲームは1プレイ50円で遊べるところもあったくらいですが、『WCCF』は4プレイ1000円でした。格闘ゲームの5倍です。今となってはそのくらいは普通ですし、なんならアプリゲームのガチャを引こうと思ったらもっと必要ですけどね。でも、当時は「高いなー」と思いながらも遊んでいました。

 普通のゲームと違ったのは、1プレイするとカードが1枚排出されることです。このカードを自分のチームに組み込んで使えるため、強力なレアカードがとにかく欲しかった! 空いているゲーセンでレアが出るまでプレイし続けたことは一度や二度じゃありません。出社前に5クレでMVPトレゼゲが引けた時は本当に心が踊りました!

 『WCCF』は対戦要素もありますが、1人で楽しむ育成ゲームの側面も大きかったです。そのため、自分の好きな時間に楽しめるのもいいところでした。よく、深夜(というか朝方)まで営業していた上野の西郷会館に行ったなぁ。終わった後にみんなでファストフードで引き報告をして……若かったからこそできたことですが、今となってはいい思い出です。

 ちなみに、僕は海外サッカーの知識がそこまでありませんでしたが、『WCCF』プレイ中はW杯はもちろん、チャンピオンズリーグなんかも見るように。カードとして排出された選手が、実際のフィールドで躍動している姿は、やっぱりカッコいいですよね!

  • ▲『2010-2011』。エトーはゲーム内でも特殊なゴールパフォーマンスで楽しませてくれました。

その2:明確な答えがないゲーム性

 『WCCF』はあまり情報が開示されていないゲームでした。そのため、どんな選手がどんな動きをするのかなど、ぜんぜん情報が得られない状況でした。ですが、それゆえに自分でいろいろ試したくなるし、周りと情報共有をしたくなります。このゲームの稼働から数年はインターネットでの情報交換もそこまで活発ではなく、土地土地で流行カードが異なる現象もあったように記憶しています。

  • ▲『2008-2009』。

 そのため、全国大会が開催されると、勝ち進んできたプレイヤーのメンバー構成が違うなんてことがよくありました。もちろん、プレイヤーが増え、シリーズとしても成熟してくると、流行の構成はどうしても生まれるのですが、それがなかった初期の混沌とした感じは好きでしたね。ちなみに、情報の共有はネットワーク対戦ができるようになるあたりから、一気に進んだと思います。

 『2006-2007』の稼働あたりから、『電撃アーケードゲーム』という雑誌で、毎号50ページで特集記事を掲載していました。これは、答えが明確にない『WCCF』シリーズだからこそできた記事だったと思います。編集スタッフみんなでいろいろな選手を試したり、コンセプト別のチームでの大会を開いたりと、好き勝手に楽しんでいたなぁ。そんな雑誌を買って読んでくれた方々にも、感謝しかありませんね!

その3:プレイヤーの皆さんとの交流

 ゲームの記事を書くだけでなく、プレイヤーの皆さんとの交流もたくさんしてきました。大会の取材をして優勝者へインタビューを実施した他、プレイヤーの方が主催する大会の取材や参加をすることもありました。

 優勝者の方には後日記事用の選手インプレッションをお願いすることもあり、長くお付き合いさせていただいた方も多かったです。そのなかでも、レオーネ監督やカタマリ監督、ボージャン監督、スコ監督には特にお世話になりました。

 そういえば、今では当たり前の配信ですが、『WCCF』での配信番組なんかもやらせてもらったっけなぁ。

▲写真はエリア大会の優勝者を集めて。電撃20周年祭の会場で行われた“WCCF10-11 チャンピオンズカップ”。優勝者予想企画を実施していて、競馬新聞風の用紙を作成しました。

 正直、熱中してプレイしていたのはだいぶ前で、今となってはいい思い出しか思い出せないのですが、僕の編集者人生を変えてくれたタイトルだったことは間違いありません。シリーズの最後を現役プレイヤーとして見届けられなかったことは少し残念ですが、本作に出会えて本当によかったです。ありがとうございました!

数知れずの思い出があるタイトル……20年間ありがとう! 文:リュウノスケ

 約20年。こんなに長い期間にわたって遊び続けていたゲームがその稼働を終了してしまうという経験、なかなかできません。正直、いま、なかなかにシミジミしています。

 自分が初めて『WCCF』を遊んだのは、2000年代初頭、当時道玄坂にあった渋谷GIGOでのロケテストでした。キン消し、ビックリマン、プロ野球カード、カードダスと、流行のたびに飛びつき、執着して集めてきた重度の収集癖をもともと持ちつつ、さらには父親が静岡出身ということでサッカーは国内外問わず観戦・情報収集していた自分がこのゲームに飛びつかないわけはありませんでした。

 記憶にあるのは店舗2階の窓際に設置された8人用筐体にむらがる、超満員の順番待ち&見学の人だかり。2002年の日韓ワールドカップを目前に控え、日本のサッカー熱が最高潮の時期の稼働ということで、注目度は半端なかったんだと思います。

 スターターを購入し、盤面に11人の選手カードを並べただけでも楽しいのに、それらがゲーム内で操作できることにさらにテンションが上がった瞬間を今もハッキリ覚えています。

 ただ、実際にゲームにハマったのは、その後電撃の編集部に入ってからでした。確か、『2002-2003』のVer2.0くらいのころだったかと。『WCCF』にハマっているスタッフが編集部には何人もいて、いつでもゲームの攻略情報や選手カードを交換できるという状況は今思えばすごく幸せな環境でした。そんな仲間たちと『電撃アーケードカードゲーム』を作り、取材で全国各地のゲームセンターを訪ねたり、電撃冠の大会を開催したりと、思い出は数知れずです。ほら、だいぶシミジミしてますよね、自分。

 そんなわけで、途中でお休みしている時期もありましたが、結局『FOOTISTA 2021』までプレイし続けた自分なりに若干の思い出補正も感じつつ、ちょっと気分を変えて、思い出のカード、特にデザインが素晴らしかったなあというカードを振り返ってみましょう。

LE ジネディーヌ・ジダン(2002-2003)

 LEカテゴリーの枠そのものが好きというのが最大の理由。このヨーロッパ的な格調高い雰囲気のデザイン、素晴らしい。そしてジダン。当時世界最高峰の選手だったこの名手が『WCCF』シリーズに登場したのは、後にも先にもこの1枚のみ。たまに実物を手に取って眺めて、いまだにほれぼれしています。

MVP パヴェル・ネドヴェド(2002-2003 Ver.2.0)

 「古いカードばっかりだな!」と言われそうですが、自分が初めて引くことができたMVPカードということで一番思い出に残っているカードです。“疾風怒濤”というスキル名のカッコよさとあいまって、これもいまだに手に取って眺めるカードです。

 当時、カード開封の時にスキルが記載されている側から開けて、ドキドキを味わっていたのを思い出します……。

LEOC ティエリ・アンリ(2016-2017)

 実はこのカード持っていないんですけど、今回、あらためて歴代のカードデザインを眺めていて、「あー、やっぱりこれほしいな!」と。アーセナルカラーの枠とイキイキとしたアンリのゴールパフォーマンス。絶対欲しい!

★7 フィルジル・ファン・ダイク(FOOTISTA 2020)

 SPESIAL STARのランクアップ後のデザインです。記憶が新しいという理由もあるかもしれませんが、このカードデザインが歴代で一番好きです。左右の枠が取り払われて、バックの地紋と選手名の書体とリバプールカラーが完璧にマッチ。

 個人的に『FOOTISTA 2020』は特にカードデザインが素晴らしいバージョンだったと感じていて、収集欲が刺激された記憶があります。

★7 セルヒオ・ラモス(FOOTISTA 2021)

 最終バージョンから1枚チョイスするなら、この1枚です。ヤン・オブラクとも迷いましたが、選手の咆哮の迫力もあいまって。

 以上です。そういえば、今回改めて振り返っている時に思い起こしたのがイタリアのゴールキーパーのブッフォン選手。『01-02』から登場して、途中何バージョンか欠席しつつも最後の『FOOTISTA 2021』まで“LE”ではなく現役選手として登場し続けたのは、おそらく彼が唯一でしょう。

 個人的にはトッティ選手がLEで登場したのもうれしかった! 改めてリアルの活躍に感服します……。

 公式サイトの“稼働終了に関するQ&A”には、「次回作は予定しておりません」とありますが、それでもやはりついつい次を期待して待ち続けてしまいそうです。集めたカードは絶対に捨てません。

 というわけで、『英傑大戦』始めました。

筐体画像、スクリーンショットなど

『2001-2002』





『2002-2003』





『2004-2005』





『2006-2007』







『2008-2009』

『2009-2010』

『2010-2011』


『2019』




シリーズ 周年ページ

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