人間は1日に200個のウソをつく。議事録は実況中継風に。独自の着眼点から生まれる芝村裕吏氏の仕事術に迫る

まさん
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 『高機動幻想ガンパレード・マーチ』や『刀剣乱舞』などのゲームから、オリジナル小説『マージナル・オペレーション』など、マルチな才能で世に名を馳せているクリエイター・芝村裕吏氏。

 同氏が手掛ける初の少年ライトノベルレーベル向けヒロイック・ファンタジー小説『やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい』が、2019年9月25日にMF文庫Jから発売された。その発売を記念して行ったクリエイターインタビューの最終回をお届けしよう。

 前々回は、プロデビューしてから、さまざまな場所で活躍していたゲームクリエイターとしての芝村氏についてのインタビューを掲載。前回は小説家としてデビューした経緯から本作の見どころまで、小説家としての芝村氏の活動を中心にいろいろと語っていただいた。

 ラストとなる今回はお仕事に関する現状や仕事術など、マルチクリエイターとしての芝村氏をフォーカス。芝村氏の活動について、いろいろと話をうかがってみた。

  • ▲マルチな才能で活躍を続ける芝村裕吏氏(文中は敬称略)。最新作『やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい』は、芝村氏が得意とする蘊蓄も楽しめる小説となっている。

人と人とのつながりが新たな仕事を生み出す

──最近の芝村さんはゲームクリエイターだけではなく、漫画原作者や小説などの個人活動に軸足を移している感じも受けますが、いかがですか?

芝村:ぶっちゃけたトークをすると軸足を移したというよりも、小説と漫画は仕事が早いんですよ。お金の話で行くとわかりやすいのですが、この2つは事業規模が滅茶苦茶小さい。だから、PDCAサイクルがメチャクチャ早く回るんです。

 たとえば、雑誌は3年かけて1冊しか作らないなんてことはないですよね。月刊でも年間12冊出るので、スタッフリストに名前が12回載ることになります。

 ゲームだと3年に1本出るか出ないかで、場合によっては1年半の時点で企画が潰れてしまうときだってあります。だから、同じくらい時間を使っていても、個人で作った物ばかりがたくさん世に出るんです。

 私の場合は、それが目立ちやすいのですが、ほかの人たちも同じ傾向があるのではないかと思っています。もともとゲームを作っていた人や、ゲームから制作を始めた人でも、そちらのほうが目立ってしまう。世にいうマルチクリエイターの法則です。

 でも、じつは今の私の売り上げ構成比から行くと、1回も作家業で5割を超えたことがないんですよ。

──ええっ、そうなんですか!? それは意外でした。

芝村:なるべく多角化したほうが経営が安定するというのもあるのですが、それにしてもコンピューターゲームの仕事が5割以上を占めています。

──それは、お金だけではなく作業の時間的な配分もそうなのでしょうか?

芝村:基本的にお金と時間はイコールになっていないと事業としては正確ではないのですが、お金ですね。漫画と小説で25%と25%。それ以外がゲーム関係の仕事になります。

 とくに、ゲームの中でも版権関係のチェックがありますね。「舞台のチェックをお願いします」とか、「アニメのチェックをお願いします」という仕事まで含めてなのですが、やはりゲーム関係だけで5割くらいの売り上げ構成比になっています。

 完全な意味でフリーになったのが2011年の末くらいからなのですが、そこからどんどん作家業を増やして、今やっと5割くらいまで来ましたというのが正確な所です。事業の多角化自体も上手くいっています。とはいえ、軸足を移せたかというと……移せていないです。すみません、というところですね。

 ゲーム作りをやめるつもりは全然ないんですよ。自分は何かと聞かれたら「ゲーム作りが好きです。ゲーム作りしか脳がありません」という部分がかなりあるので、そういう意味でもゲーム業界を辞めます、というのもできないですね。

 仕事のオファーでも、ゲームの案件が途切れたことは一度もないです。もっと具体的に言えば、私がなぜマルチクリエイターにならざるを得なかったということと密接に関係するのですが、仕事って結局人と人の間で発生しちゃうんですよね。

 たとえば、私と仕事をしていた電撃のゲーム関係の人が漫画部門に異動したとします。その人が新しい部署でゲーム系のクリエイターに声をかけようとなると、自分に声がかかるわけです。

 だから、仕事をする相手が変わったわけじゃないんです。一緒に組んでいる人の仕事が変わったから、自分の仕事も変わるという俗人的な理由があるんですよ。あくまでも人に属しています。

 つまり、角川で騒動があって誰かが移籍すると、そのたびに自分の新しい仕事が増えると(笑)。

絆の鎖と芝村氏の才覚が生み出す新たな仕事

──そういうことを言ってると怒られますよ(笑)。冗談はともかく、人と人の繋がりが今の芝村さんの仕事に繋がっているということですね。

芝村:会社を変えることはできても、人間関係はなかなか変えられないですね。とくにゲーム業界長く続けていると、いろいろなところに不義理を与えてしまうので、がんじがらめになります。

 あの雑誌でいっぱいページを取ってもらったのに、実際に発売されたゲームは大爆死してしまったとか、無理を言って掲載してもらったのに発売日がずれてしまったとか、もう頭を丸刈りにして全力で謝らないと……みたいな苦労話があったうえで仕事に繋がっているという話なので、逃げられない“絆という名の人間の鎖”が、どんどん首にかけられていくんです。

 ゲーム業界で20年以上も仕事をしていると、もう1歩も前に進めないくらい鎖だらけになっていくんですよね。その鎖であっちに引っ張られ、こっちに引っ張られ……というのが本当のところです(笑)。

 ファンからすると「芝村さんは、なぜこんなところで仕事をしているんだろう?」と思うような場合もあると思いますが、じつは人間関係から見るとスッキリしているんです。

──芝村さんがいる理由が気になるときは、裏方のほうを見てみればわかると。

芝村:すごくわかりやすいです。「昔、芝村が若い時に世話をしてやったんだぞ」という人や「芝村とよく飲んでました」という人がいて、その人たちへあの時の借りと負債を返すために仕事をしています。

──とはいえ、そういった業界のコネクションも重要だと思いますが、芝村さん自体の適正もあると思います。人間の繋がりがあっても、やっぱり実力がないと続かないのではないでしょうか。

芝村:私は妙にリピート率が高いんですよ。高いというほどでもなくて、リピート率がいつも110%くらいの人なのですが、だいたい1人頭平均1.5倍ずつ仕事が増えていく感じです。5年後くらいには仕事量が2倍になるペースで受けていることのほうが多いのですが、こればかりは景気が直接影響してくることでもあるんですよ。

 不景気になると、メジャーで名前が売れている人の人気が高くなります。それは外したくないから、企画書が確実に通るからなのですが、逆に景気が良くなるとチャレンジタイトルが増えるんです。

 私がどうなのかと言えば、不況に強いほうですね。一定以上の規模のタイトルになると私をはずせなくなる、いろいろな事情が出始めるんですよ。「若手だと実績が足りないから景気がよくなるまで我慢しよう」という企画があっても、ゲーム会社はゲームを作り続けないと死んでしまいます。そういう時に芝村の名前で、芝村を盾にして部隊を前進させよう、というところが出るのでしょう。

──現在も、そうした形で一定以上の規模のタイトルに関わられているのでしょうか?

芝村:どことは言えませんが、大型案件の仕込みに入っているのは確かです。ただ、それがPS4になるのか、次のハードになるのか、と聞かれると確約はできません。

笑いも取れて実益もある芝村氏の仕事術

──話は変わりますが、芝村さんは以前ポメラ(デジタルメモ)を使った仕事術に関するツイートをしていましたね。

芝村:あのツイートをキングジム(ポメラの開発元)の人が見ていて、すごく喜んでくれたんですよ。ぜひ芝村さんにインタビューさせてくれと言われて、その後にASCIIで掲載されました。
(関連記事:「ポメラ」で5000万円稼いだ! 作家・芝村裕吏氏が明かす「ポメラ」 DM200の魅力

 誰でもそうなのですが私も仕事人なので、仕事をやっている以上仕事道具に無関心ではいられません。いかに楽をして良い仕事をするか、効率を上げるのかがテーマですね。

──ポメラを使って会話形式でアイデアメモを残す、というやり方も新鮮で参考になりました。

芝村:あと、議事録もやり方を変えたほうがいいんですよ。議事録は、実況中継風にすると圧倒的に効果が高いんです。

 「おーっと、ここで●●部長がブレーンバスターならぬ、こんなちゃぶ台返しを始めたぞー!」といった感じで、実況中継風に書くといいんですよ。

 実際、日本の議事録って全然読まれないんですよ。読まないからみんな記憶喪失になっていて、1か月後に会議をするとまったく同じ議題が挙がっちゃうんです。「大丈夫かコレ!? 前にも話したよね?」となるのですが、実況中継風にするとそれが起きなくなりました。

 笑いもとれますし、実害もなくなるので非常に良かったのですが「また、芝村さんは冗談みたいなことを言ってる」と言われてしまうんですよね。本当に、真剣で役に立つ豆知識としてやったんだけどなあ……(笑)。

──議事録を実況中継風に……今度、参考にしてみます。さておき芝村さんは、ご自身が使っている仕事道具や仕事の効率化を積極的に公開している印象があります。

芝村:仕事道具や仕事の効率性アップは、現代人のサガになっているところがありますよね。でも、産業革命で蒸気機関が開発された時から今に至るまで人類の労働時間は伸び続けているんですよ。

 減ってない! 1秒たりとも減ってない!

 仕事が増えることはあっても減らないんです。仕事の量や複雑さに関することは過去300年で1回も下がったことがない。30年前の仕事はもっと楽だったのではないか。なぜ、給料は変わらないのに今は多種多様な仕事をしているのか、という状況になってしまっているんです。

 それを可能にしたのが仕事道具なんですよ。たとえば、昔はフォード型生産方式の流れ作業で単調労働だった工場も、今の日本の工場はオリンピックみたいに忙しくなっています。十種競技のようにいろいろなチャートをやらないといけなくなっていて、その効率化が凄いんです。

 道具の棚や運び方も全然変わってしまっていますし、そういう意味では仕事の効率化は私だけの話ではないと思いますよ。ただ単に、私の効率化の話が世に出るのは、そういったことを隠してないだけですね。

 ゲームデザイナーの仕事は特殊な業態なのであまり人の役には立たないのですが、仕事道具は誰にとっても役に立ちますからね。だから、そういう話は人気が出ちゃう。今で言うと、バズりやすいんです。

 全体で言えば、私のツイートの大部分はくだらないことしか言っていないはずなのですが、ポメラについてのレビューなどを書いているとメチャクチャバズるんですよ(笑)。

──それもありますが、やっぱり芝村さんのファンにとっては仕事術自体に興味があると思います。私自身もかなり気になっているのですが……。

芝村:仕事術で言うならば、私は自分の仕事や年収を毎年少しずつ上げよう。マイナスにはしないようにしようと考えています。30年間ずっとプラス成長なので、そろそろ厳しくなってきたかな。空き時間はあと何秒あるかな、という厳しい世界にはなってきたのですが、それでもなんとか道具の力で30年やってこられました。

 そろそろ『チャンピオンシップロードランナー』の48面や49面くらいの難しさになってきていて、これはどうやればいいんだ。これ以上効率を上げられるのか、という状況になってはいるんですけど……(笑)。

 最初はなんとなく自分に枷をはめるつもりでやっていたのですが、30年続くと逆に記録が壊れるのは惜しい気がしてくるんですよね。

アドベンチャーゲームの文法で作られている芝村氏の小説

──ゲームクリエイターとしての芝村さんはワールドシミュレータや世界観を作るのが好きな方だという印象があったのですが、小説家としての芝村さんは物語を掘り下げていますよね。芝村さんとしては、世界を作って委ねる形のほうが好みなのでしょうか。それとも、自分が作った物語を人に見せるほうが好きなのでしょうか?

芝村:私は普段ゲームを作るつもりで小説を書いていて、分岐がないアドベンチャーゲームとして書いているんですよ。

 小説の作法はまったく知りませんが、アドベンチャーゲームとして書くならほかの人よりも早く書けます。これまでに培った経験や知識を生かすという意味でもゲームの文法で書いていますし、小説の設定をどこでどう明かすのかに関しても、ゲームの知識が血肉になって出ていると思います。

 ゲームは遊ぶ人が前提ですが、ワールドシミュレータやサンドボックスや好き勝手に遊ぶのも1つのゲームではありますし、それが苦手な人もたくさんいらっしゃると思います。

 私はどちらが楽しいのかと言われると、人に好き勝手遊んでもらうのが楽しい派閥ですね。もちろん、小説を書いていろいろな人が感想を言ったり、いろいろな解釈があったりするのも好きなので、どちらも楽しくはあります。

 ただ、純粋なワールドシミュレータのようなゲームは作ると楽しいのですが、予算がかかるんですよ。それと、デバッグが大変で……。どこでやめるのかというのもありますね。やめ時がないもので、作り込もうと思えばいくらでも作り込めちゃう世界ですから。

ユーザーにすべてを委ねるスタイルの始まりだった『高機動幻想ガンパレード・マーチ』

──芝村さんのワールドシミュレータといえば、『高機動幻想ガンパレード・マーチ(以下、ガンパレ)』は当時でもかなり特殊な作品だったと思います。やり方しだいで、こんなこともできるのかという驚きがありました。

芝村:『ガンパレ』の時は、まだ当時のデザインフィロソフィーというかゲームデザインの哲学としてハッキリとはわかっていなかったのですが、『絢爛舞踏祭』のころには「ゲームのルールを入れないでおこう」とか「目標はユーザーが見つければいいじゃない」という方向にシフトしているんですよね。

 デザイン的にも10年経って、ほかのゲームもだいたいそんな感じになっていました。でも、早かったから良かったというわけではないんですよ。早すぎた天才と同じで、時流に乗ってないと恥ずかしいだけですからね。そういう意味だと、私が時流に乗れたのかは怪しいところなのですが……(笑)。

 デザイン哲学としてみると、我々はどんなゲームを提供しようかとなったときに「自分で編集できて、目的も自分のキャラクターも出てくる登場人物も編集して遊べます。だから、ユーザーが好きに遊んでください。そのなかで生まれてくるストーリーを楽しんでください」という形で作っています。

 ただ『ガンパレ』のころは、それがわかっていなかったんですよ。結果として、作った物はいろいろな遊び方ができるゲームになっていたのですが、まだそのころはユーザーにすべてを任せようというほどの気合が足りていなかった。というよりも、踏ん切りがついていませんでした。

──『絢爛舞踏祭』の自由度に比べると、自由な分岐がたくさんあるくらいのイメージでしたね。

芝村:アドベンチャーゲームでも何でもそうなのですが、分岐点をたくさん作ると使わない枝が無駄になるという問題があります。開発費用的に言えば、アドベンチャーゲームで通らなかったルートやプレイヤーが見なかった展開は、予算的に無駄になってしまうわけですよね。それはゲームの作り方としてどうなのかという考え方があるんです。

 『ガンパレ』の時は、逆にデザインフィロソフィーとしてそれをなくそう。基本的に分岐で見なかったものをなくしてしまおう。そこから、イベントの順番なども基本的に考えないでいこう。途中の取り逃しがないようにしよう。好きなときに好きな順番で物を見ても、破綻しないようなストーリーテリングにしよう。そんな話をしていましたね。

 そのころは予算上の無駄やマンパワー上の無駄を減らしつつ、それらを一気に凝縮して楽しめるゲームができるのではないかという考え方で作っていました。

あえて全体像を出さずに想像させることでゲームが完成する

──芝村さんはコンピュータゲームだけではなく、クトゥルフ神話のテーブルトークRPG(TRPG)で脚本などを手掛けられていますよね。

芝村:TRPGは下手な時期があって、下手な時期はなんでも説明しようとしていました。ゲームを作るのが下手な人は、最初に長文のスクロールで壮大なストーリーを語って俺の考えた最強の世界観を出してくるのですが、そういうことをされても辛いですよね。

 TRPGでもゲーム作りでも基本的には同じことだと思うのですが、上手くなると何を言わなくてもいいかがわかってきます。その場で明かさなくてもよいことをどんどん削っていく引き算の作り方になっていくんですよ。洗練とは引き算である、という考え方ですね。

  • ▲芝村裕吏さんが脚本を手掛ける“クトゥルフ朗読劇 華蝕の匣 ~書生の夢現~”のキービジュアル。10月5・6日に開催されます。

 ちなみにクトゥルフ神話のTRPGの場合は、気持ち悪さや真相がわからないモヤモヤ感をちゃんと出さないとホラーっぽくならないんですよ。個人的なコツとしては、モンスターの名前は絶対に言わないことですね。たとえば、クトゥルフと言う名前を出した瞬間に「タコの化け物だな」とわかってしまいます。

 あとは、全体像を出さないことです。名前というのは、ある意味で全体像なんですよ。名前を出した瞬間に大量の情報が入ってきて、Wikiなどを調べるとわかってしまいます。ですが、触手しか出てこなかったらそれが何なのかはわかりません。

 ほんの少しの情報を断片的に出していくことで想像させるんです。人間は想像の生き物なので、想像の中で恐怖を作ってしまうんですよ。だから情報をコントロールして与えてあげることで、その人の頭のなかでゲームが完成するんです。……ということに気が付くまで時間がかかりました。

自らのゲーム体験の失敗が後の成功に繋がっていた

──芝村さんはデジタルゲームだけではなくアナログゲームにも触れているので、そちらの影響を受けている部分もありそうですね。

芝村:影響がないかと言えばそんなことはなく、アナログゲームの影響をメチャクチャ受けていると思いますが、デジタルゲームの影響もメチャクチャ受けていますね。なんて意志の弱いゲーマーなんだ(笑)。

 時代としてアレもおもしろい、コレもおもしろい、という空気の中で生きていたので、アナログゲームからデジタルゲームに移ったというよりも、強いて言えば人生の無駄がありません。デジタルもアナログの経験も生かしています、というような生き方ですね。

──具体的には、原体験としてどのようなゲームが印象に残っていますか?

芝村:アナログゲームで言えば、当然ながら周囲が『ダンジョンズ&ドラゴンズ』をやっていたので自分も遊んでいます。ほかに選択肢がなかったというくらいの圧倒的シェア率でした。そこから『アドバンスト・ダンジョンズ&ドラゴンズ』に行って、私はSF物でもあったので『トラベラー』というゲームも遊びました。

 ちなみに現代になってようやくわかったのですが、ゲーム体験って失敗談が楽しいところがあるんですよね。少なくとも他人が聞いたときに、成功談より失敗談のほうがはるかにおもしろい。

 TRPG用語で“事故る”というのですが、ゲーム体験は事故ったほうが面白いんです。頭を抱えた話のほうが、周囲が聞いて絶対にすべらない話になります。私は人とおしゃべりするのも大好きだったので、失敗談を集めていたところも結構ありますね。大量の失敗経験は、後の成功に繋がっているんですよ。「そうか、まったく逆を行けばよかったのか!」という学習の仕方ですね。

 “失敗は成功の母”という通りで、大量の失敗から学ぶことがあった気がします。

 それから、私はボードゲームも遊んでいたので、鈴木銀一郎さんのデザインのゲームもかなり遊びました。日本のゲームデザイナーで、この方の影響を受けていない人はいないんじゃないかな。少なくともそれを原典にした別のゲームがあってユーザーがいるという意味だと、たぶん孫世代まで鈴木銀一郎さんの影響を受けてない人はいないですね。

 ボードゲームでは『スコードリーダー』もかなり遊びました。これもシミュレーションゲームの傑作だったのですが、マニアックなゲームを死ぬほど遊んでいます。

 死ぬほど遊んだといえば、トランプも死ぬほど遊びました。トランプはどんな所でも遊べますし、言葉が通じなくても遊べるんですよ。あとは、アフリカで覚えた『マンカラ』というゲームも海外でよく遊びました。木の棒と石さえあればできるゲームなので、ヒマラヤで遊んだり、チベットで遊んだりしていました(笑)。

 コンピューターゲームだと、昔はコンピューターゲーム=シューティングといっても過言ではない時代があって『スペースインベーダー』『ギャラクシアン』『ギャラガ』と遊んでますね。ただ、そのあとに『ギャプラス』を遊んだら、これはおもしろいのかと悩んでしまいました。

 『ゼビウス』は素直におもしろいと思えるのに、なぜ俺は『ギャプラス』で1回止まるんだろうと、その時に『ギャプラス』をおもしろいと言い切れなかったことが、ゲームについて考えるきっかけになった原体験です。

 そもそも、おもしろいゲームは勉強になったかどうか怪しいんですよ。『ドラゴンクエスト』はおもしろいのでかなり遊びましたが、じゃあ『ドラゴンクエスト』からどれくらい学んだかといえば、あまり学んでいないんです。「なぜ、このゲームがこうなったのか」というところまでは考えなくて、おもしろいという記憶で占有されてしまっているんですよ。

 どうしてもプロが作品を見ると批評してしまうのですが、まだプロになっていなかったので批評をするモードになるためには、おもしろくないゲームをつかむしかなかったんです。なぜ、このゲームはこんなにおもしろくないのかという悩みが、自分がゲームを作る時の土壌となっています。

 私はファミ通レビューを盲信していなかったので、ビビっときたら2点のゲームだろうが3点のゲームだろうが買って爆発していました(笑)。

──そういったゲーム体験の失敗や「なぜ、こうなったのか」という思っている物には、たとえばどのような物がありますか?

芝村:ゲームデザイナーが100%入れたがるシチュエーションとしては“残弾数”がありますね。誰でも入れたがるのですが、ゲームに残弾数があると気持ち良くなくなってしまうんですよ。逆に、どうやったら“弾切れのシチュエーションがおもしろいゲーム”ができるのかと考えています。

 近年出ているゲームでは、たとえば『Dead or school』は、そこがよくデザインされているんですよ。あれは最初からマップが公開されていて、ある程度長さがわかります。つまり、必要な残弾数が読めるので「あっ、ここは残弾数が少なくてもいいから威力優先で行こう」とか、「ここは長丁場だから残弾数優先で行こう」と言った戦略を立てられる。そのために、マップが公開されているんです。

 あえてマップ探索の楽しさを捨てて、残弾数の戦略性を取るデザインフィロソフィーが素晴らしいと思います。

●動画:【木星在住】三人で作ったゲームSTEAMで発売!!【dead or school】

 シューティングゲームは頭を使う競技でもあるので、いかにスペースというリソースを空けるかやパターン化学習をしていくかを考えるゲームなんですよ。自分は昔、PCエンジン版の『イメージファイト』というゲームで、シューティングゲームの勉強をしました。

 その前に出た『R-TYPE』のほうが世間的な評価は高いのですが、私としては『イメージファイト』を勉強したおかげでゲームデザイナーになれたというくらいの作品ですね。

 やっぱり、ただ、おもしろいだけのゲームでは、そこまで勉強にはならなかったですね。ひとクセあったり、突っかかる何かがあったりしたほうが良かったです。

──最近遊んでいるゲームや、芝村さんが気になっているゲームを聞いてもいいですか?

芝村:『My Friend Pedro』(Switch/PC)ですね。

 アレはバナナが友だちだと言って、突然話しかけてきたうえに「あいつ、悪いやつだからやっちゃおうぜ」と言われてガンアクションをするというストーリーのゲームなのですが、これはおもしろいなと。脳天に突き抜けるような頭の悪さがいいんですよ。

●動画:My Friend Pedro - Full Throttle Trailer

 それから、めんどくさいオタクだなと自分でも思う時がある話なのですが、私は『マインクラフト』を遊んでいて、そこで“自動焼き鳥機”を作ったんですよ。

 養鶏場を作って鶏が卵を産み、生まれた鶏がローストされて焼き鳥になって出てくる部分と、羽だけが集まって別の出口から出てくる部分がある完全自動システムを作りました。それを姪に見せたのですが、その時に「どうよ、俺の天才ぶりは」と言ったら、感想が「おじさん、気持ち悪い」でした。

 「こいつー! 俺の血筋なのに、なぜこの価値がわからぬ!」と思って姪を立派なゲームオタクにしようと思っているのですが、まったくうまくいかなくて、もうあかんですわ~(笑)。

 別に姪にはゲーム作りの方向に行って欲しいわけではないのですが、こういう経験は無駄ではないと思うんですよね。人生、あらゆるところで役に立つんじゃないかなと思っています。

 逆に言うと私はゲームの知識で就職しましたし、自分が試験官をやっているときも「こいつはクラスとしてはウォーリアーだな」とか、「レベルは1だけど初期パラメータは高いので意外といけます」なんて所感を書いて偉い人に送っていたりしたので、そういう意味だと徹頭徹尾ゲーム脳ですね。だからこそのおもしろさはあると思います。

今だから話せる『エンブレム オブ ガンダム』が出来るまで

──そういった芝村さんの考え方や書き方には、すごく感銘を受けています。自分は、昔ゲームで『エンブレム オブ ガンダム』を遊んだのですが、アレもいわゆるガンダムのTVストーリーではなく、歴史家から見た視点という書き方に驚きました。

芝村:『エンブレム オブ ガンダム』は、いろいろともめた経緯からあの形になりました。

 もめたといっても大人の事情や会社的な意味ではなく、ファン的な意味ですね。ガンダムのゲームを作るときに重要なのは、原典となる資料をどこに持っていくかなんですよ。ガンダムは何年もやっているコンテンツなので、今でもアップデートが続いています。最新のガンダムもあれば、当然最新じゃないガンダムもあるので資料によって解釈が違うんです。

 たとえば、1年戦争でも1980年くらいに出た最初期のムック本や資料は、現代だと全否定されていたりします。一番わかりやすい話で言うとザクの量産数。ザクの数は、あとになればなるほどケタハズレに多くなるんですよ。今の最新資料では3,000機でも足りません。

──初期のころは3ケタくらいで収まっていたと思うのですが、ずいぶん増えましたね。

芝村:星一号作戦の時はジムが100機ぐらいで「連邦はなんて数を用意してきたんだ!」という感じだったのですが、今ではそれくらいだとおかしくなってしまいます。

 ドズルが言っていた「ビグザムを送るくらいだったらドムを何機くれ」という話も、今だと「え、ビグザムのほうが圧倒的に良いのでは?」と思っちゃいますよね。もともとはスケール感が100機くらいの単位だったので、あの言葉にも等価の価値があったはずなんですよ。量産数が多くなった結果として、そうした意図が歪められてしまったんです。

 だから、できれば今の設定とは違っても原典に近いところを使いたかったので「昔の設定でゲームを作ってもよろしいですか」とお伺いを立てたところ、周囲から「いや、お前何を言ってるんだ。マニアが一生懸命勉強してついてきたのに、それを無駄にするようなことはよせ」と言われて社内でもめました。

 それでも原典の意図を正確に測りたいという意図があったので、いろいろと話し合った結果「歴史家の解釈という形で古い設定を拾ってくるならいいよ」という形になりました。

 あのゲームを作った意図を言えば、設定をアップデートするだけじゃなくて、昔の設定を面白がっているところをポジティブに捕らえてみようと。今は1年戦争だけでもガンダムが何機あるのかわかりませんし、インフレしていって特別感がなくなってしまったんですよ。なので、あのような話にしたという経緯があります。

──独自の解釈ではなく、むしろ原典に寄せてみようとした結果だったんですね。

芝村:ユーザーにはあまり伝わりませんでしたが……(笑)。「芝村の独自解釈だろう」「芝村が適当な解釈した」など、いろいろ言われたのですが、ごめんなさい! じつは、私が思いついた独自解釈ではなくて受け売りの設定なんです。

 悪口を言う人が私を攻めるのは全然問題ないのですが、このゲームを褒めている人もいらっしゃったので、その人たちには「嘘の設定じゃないんですよ」ということを伝えたかったんですよ。

──あのゲームは当時のガンダムゲームとしても見せ方が独特だったので、いろいろな意見が生まれたのだと思います。

芝村:なにぶん、昔の資料だったので全然わからないミッシングもありました。たとえば、ホワイトベースの中でみんなが捕まって移動しているやつがあるじゃないですか。アレの名前をサンライズ資料室の人まで総動員して聞きました。

 そうすると、どんどん偉い人が出て来るんですよ。「オンエアの時に付き合っていた俺ならわかる」という腕に覚えアリな人まで出てくるのですが、話を聞いても本当にそうなのかわからないんです。

 紙の資料が残らなくてオーラルヒストリーになっているので、上司の決済を取って裏取りをしたりしました。ちなみに、この時の正解はリフトだったのですが、そうした経緯で生まれたのが『エンブレム オブ ガンダム』です。

 ガンダムに歴史アリなんですよね。どちらが正しいではなくて、そのときに必要なものが順次拡張されて、今の形になった。設定が怪しいところをどうするのか、という部分での苦心惨憺の歴史でもあるのですね。

──アニメでは、そこまで深く設定を作っていないこともありますよね。アニメをゲーム化すると、作られてない設定があって苦労するという話もよく聞きます。

芝村:『新世紀エヴァンゲリオン2』の時は庵野監督に1日付き合っていただいて、わからないことを埋めた記憶がありました。庵野監督以外にも、いろいろな人の話を聞いたのですが「覚えていない」とか「そんなこと言ってない」と言われてしまって……。

 いざ聞いてみると面倒くさくて、そうおっしゃっている方も結構いたんですよ。あとになって資料を確認すると「やっぱり、書いてあるじゃん!」みたいなことが往々にしてありました。おもしろい方向に話を盛っている人も多くて「あそこは、飲み会で決めたんだよ」みたいなことを言うんですけど「嘘つけ、議事録に残ってるぞ!」とか(笑)。

 人間は、その仕様的にウソをつく生き物なんですよ。人は、日常的に1日で200個くらいウソをついていると言われるのですが、逆に言うとウソをつくのが人間の仕様上の特徴。ほかの動物には見られないものではないかという話もあります。

──言われてみると、普段なにげなく話しているようなことでも、ちょっと盛って話すことはあると思います。

芝村:逆に、ウソをのせないと人間らしくないというのも1つの答ですね。ただ、人間はウソを盛っていくと言いましたが、それは別に悪気があるわけじゃありません。多少誇張して伝えようとするのは、会社内の組織でも日常的にある話ですね。

 まあ、ウソと言ったら私が書いた『やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい』もファンタジーという時点でウソですから。

 1日に200個もウソをつかないだろうと思っていたのですが、いざ自分が書いた原稿を見ると愕然とするんですよ。「うおお、俺いっぱいウソついてるじゃん!」と(笑)。

──いろいろと興味深いお話が聞けて楽しかったですが、そろそろこの辺で締めたいと思います。9月25日に発売された『やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい』は、芝村さん初の少年ライトノベルレーベル向け作品ということですが、この本を読んで欲しい読者層に向けたアピールをお願いしてもよろしいでしょうか?

芝村:少年ライトノベルレーベルと言っても文体がライトノベル文体ではないですし、1人称の小説でもないので、そういう部分でビックリするかもしれません。ですが、読んでみたらおもしろいと思いますので、ぜひ読んでいただけたらと思います。

 とはいえ、私のファン層は幅が広いので、少年向けと言っておきながら女性もたくさんいるんですよ。『刀剣乱舞』の芝村で知っている人もいれば、『ガンパレ』以来の普代のファンもいますので、そこを意識していないかといえば、かなり意識しています。

 だから、レーベルは少年ライトノベルですが、いろいろな人が読んでも大丈夫なように作りました。そのように調整を重ねたので、ぜひ読んでいただければと思います。

──本日は、どうもありがとうございました。