『ゴブリンスレイヤー』に続くか。スレ発ラノベ4を生み出した“やる夫スレ”とは?
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- 電撃オンライン 坂上秋成
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2019年5月、“WEB上で大人気の4つの傑作”が書籍化され、MF文庫JとカドカワBOOKSより刊行されることが発表された。
『朝比奈若葉と〇〇な彼氏』(著:間孝史、イラスト:桃餅)、『君は死ねない灰かぶりの魔女』(著:ハイヌミ、イラスト:武田ほたる)、『クレイジー・キッチン』(著:荻原数馬、イラスト:ジョンディー)、『アキトはカードを引くようです』(著:川田両悟、イラスト:よう太)の4作がそれにあたる。
この4作はもともと、通称“やる夫スレ”において、別名義で連載されていた作品であり、“やる夫スレ”界隈に詳しい人間にとってはどれも傑作として名高いものだ。
端的に述べれば、“やる夫スレ”とはその名の通り、“やる夫というキャラクターを使用して、掲示板上で物語を展開する”ものだ。ただ、やる夫の場合、その成り立ちや使用のされ方が普通の意味でのキャラクターとは大きく異なっており、だからこそ“やる夫スレ”は独特の盛り上がりを見せてきたのである。
“スレ発ラノベ4”が生み出された“やる夫スレ”とは
簡単にやる夫の歴史を振り返っておこう。
やる夫が誕生したのは2006年7月8日のことだ。この日に2ちゃんねるのニュース速報板に立てられた“だからニュー速でやるお!のガイドライン”の1レス目で、“本当はニュース速報VIPにスレッドを立てたいけど、そこでは相手をしてもらえないため、通常のニュース速報板でスレッド立てを行うキャラクター”としてやる夫が使用された。
この時点ではやる夫という名前はつけられておらず、また、スレッドに書きこんでいる人々の反応も「ウザい」というものがほとんどだった。しかし程なくして、同スレ内で“ニューソクデヤル夫”と命名され(当時の表記には多少のゆれがあった)、「ウザさ」も相まった強烈な個性によって、次第に2ちゃんねるやインターネット上で使用されることになっていく。
重要だったのは、やる夫がアスキーアート(通称、AA)で作られたキャラクターであり、誰でも容易にビジュアルを改変することが可能だったという点だ。アスキーアートとは簡単に言えば、“文字や記号を繋ぎ合わせて、ひとつのビジュアルを作り出す”技法のことである。
それこそ、多くの人が日常的に使用している顔文字なども、アスキーアートのひとつとみなすことができるだろう。そもそも2ちゃんねるでは、90年代末に掲示板が開設された頃から、簡易なアスキーアートを用いたコミュニケーションやコンテンツ制作が盛んであり、やる夫の存在もまたその流れの延長線上にあるものと言える。
ただ、やる夫がキャラクターとして認識されるようになったにせよ、それを用いて物語を作るという文化が初めから定着していたわけではなかった。その点に関する大きな転機としては、2007年12月に投下された“やる夫が小説家になるようです”(以下、“小説家スレ”)というスレッドの存在を挙げることができる。
それ以前にも2007年7月に立てられた“刺身の上にタンポポをのせる仕事の採用試験に受かったお!!!!!”のように、やる夫のアスキーアートを使ってストーリーを展開するものは見られたが、ひとつの完成された短編小説のように質が高く一定の分量もあるという意味で、“小説家スレ”のインパクトは大きいものだった。
“小説家スレ”は、小説家として大金持ちになることを目論むやる夫が、派生キャラクターであるやらない夫のもとへ小説の書き方を教わりに行くシーンから始まる。すでに作家として活躍しているやらない夫は、彼が面白いと考えている小説を読ませ、小説の書き方を指導し、やる夫もそれに応えるように書き手としての力をつけていく。
そこで語られる小説のノウハウは、実際の創作にも活用できるものであり、後に“やる夫スレ”で大流行する“学ぶ系”としての要素も多分に含んでいる。
その後、ラブコメ展開を挟みながら、やる夫は作品を完成させ新人賞に応募する。最終候補まで残ったものの落選してしまうが、“何のために小説を書くのか”を理解した点も含め、そこにははっきりとした精神的な成長が見て取れる。“学ぶ系”、ラブコメ、やる夫の成長といったさまざまな要素を取り入れ、ひとつの物語として完成されているが故に、本スレは“やる夫スレ”の歴史において重要な役割を担ったと言えるだろう。
それ以降、“やる夫スレ”は大きな盛り上がりを見せていく。ファンタジー作品である『やる夫は騎士として生きるようです』、シュールギャグを追求した『私のやる夫劇場』、重厚かつシリアスなスポーツものとしての『やる夫はプロ野球選手になるようです』、日常ギャグの傑作である『入速出邸の住人はフリーダムなようです。』、ラブコメをベースとしながら主要キャラクターの人間的成長を真っ向から描いた『やる夫とピエロと魔法使い』など、ありとあらゆるジャンルにおいて、物語性の高い名作が生まれていった。
それが可能になったのは、アスキーアートの進化に依る部分も大きい。先述した“小説家スレ”などでは、ほとんど背景は描かれず、やる夫を含む主要キャラクターたちの表情が変化する程度だった。しかし“やる夫スレ”界隈がにぎわうに連れて、キャラクターたちの動作や感情を表すためのアスキーアートの種類は増大し、教室や森といったさまざまな場所の背景もしっかりと描きこまれるようになった。
そのおかげで“やる夫スレ”はキャラクター同士の掛け合いを楽しむだけではなく、アスキーアートを使った演出すら物語に組みこむ視覚的な文化としての側面も強めていったのである。
このようにしてクオリティの高い多彩な物語が生み出され、アスキーアートが進化していく中で、やる夫やその派生キャラクターたちの内面もまた読者たちに認識されるようになっていった。もちろん、作品ごとにさまざまなパターンがあるものの、「~~だお」という口調や、やる夫がボケ役でやらない夫がツッコミ役であるといった一種の“お約束”のようなものが広く共有されるようになった。
やる夫というキャラクターの特異性はここにある。
匿名かつ大量の人々が創作活動に関わり、読者の要望までもそこに反映されることによって、やる夫という空っぽの容器にさまざまな属性・内面・物語が付与され、キャラクター性が作られたわけだ。言い換えれば、やる夫とは特定の個人が生み出したものではなく、インターネット上の集合知によって自然発生的に誕生したキャラクターなのである。
共通認識化した“お約束”をベースとして多彩な物語が作られ、読み手もそこへ合いの手を入れたりアスキーアートを作って支援する。そのようなかたちで“やる夫スレ”というのは、作り手と受け手の距離がきわめて近い特殊なコミュニティとして発展し、数多くの傑作を生み出してきた。
『へぼ侍』(文藝春秋)で第26回松本清張賞を受賞した坂上泉氏が“やる夫スレ”出身作家だったことを考えても、このコミュニティが幅広いジャンルで通用する物語を数多く生み出していると言える。
今回MF文庫JとカドカワBOOKSで書籍化されることになった4作品は、まぎれもなく名作と呼んで差し支えないものだ。もともと“やる夫スレ”を読んでいる人たちには広く認知されていたため、書籍化が発表された際にはツイッターなどでちょっとした騒ぎにもなった。
“やる夫スレ”という、一般層からの認知が高いとは言えないものの、十年以上の時間をかけてコミュニティを成熟させてきた文化を商業の舞台で広く知らしめることには大きな意義がある。
すでに『ゴブリンスレイヤー』(著:蝸牛くも、イラスト:神奈月昇、GA文庫)のような“やる夫スレ”で連載していたものを書籍化し成功した例はあるが、今回のように4つの作品をまとめてパッケージングして売り出そうとする試みはライトノベル史上初めてのものだ。
“やる夫スレ”での連載と異なり、小説の場合はアスキーアートを使っての視覚的演出が使えないため、そこでは元の物語を小説のかたちへと“翻訳”する作業が求められることになる。それは決して簡単なものではないだろうが、イラストや挿絵による補強、小説だからこそできる精緻な描写などを考慮すれば十分に可能であるはずだ。
すでに9月25日に『朝比奈若葉と〇〇な彼氏』がMF文庫Jから刊行されており、10月10日には『君は死ねない灰かぶりの魔女』と『クレイジー・キッチン』がカドカワBOOKSから発売され、さらに10月25日には『アキトはカードを引くようです』がMF文庫Jから刊行される。
これら4作が、もともとの“やる夫スレ”としての魅力をどのようにして小説に“翻訳”し、新たな傑作として広く認識されていくのか。その過程と挑戦とを見守っていくのは、読者としてなかなかに刺激的な行為だと言えるはずだ。
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