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魔法がなくても無双は書ける。『公女殿下の家庭教師』七野りくが新作で中華ファンタジーを書いた理由とは?

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 11月18日にファンタジア文庫から『公女殿下の家庭教師』13巻、および『双星の天剣使い』1巻が発売されます。

 『双星の天剣使い』は、小説投稿サイト“カクヨム”で作品を投稿している七野りく先生の作品。1000年前に不敗の英雄として名を馳せた主人公が、転生して再び戦乱の世に身を投じる戦乱ソードファンタジーです。カクヨムでは既にWEB版が公開されています。

 この記事では、刊行中の『公女殿下の家庭教師』と『双星の天剣使い』の構想や物語に関するお話をお聞きしました。小説家デビューの裏側や執筆スタイルについてお聞きした前編も公開中ですので、お見逃しなく!

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物語は人を描けば面白くなる

――まずは刊行中の『公女殿下の家庭教師』についてお話をお聞きしたいです。

 『公女殿下の家庭教師』は第一印象となるcura先生の絵が素晴らしいので、「可愛い女の子がたくさん登場するハーレム系の話なんだ」と思って手に取る方が多いのではないかと思います。

 そういう側面もありますが、巻を進めていくと6巻辺りから物語が本題に入っていきます。元々、ある時代のある人物に焦点を合わせるという裏テーマがずっとありました。

 『公女殿下の家庭教師』はアレンの物語になっていますが、その世界に至るまでの過程は凄く複雑で血生臭いものです。とはいえ、そこは表向き書けない内容なので、作品は平和な時代の話にしようと思い執筆をしました。

――たしかに、ダークではないものの、巻を追うごとに物語のスケールやシリアス具合が高まっていく印象は受けました。書いている途中で路線変更をしていったのでしょうか?

 自分は歴史が好きなので、現実の歴史や戦争がどれだけ血生臭くて凄惨なものかは承知しています。でも、そこに読者のニーズがあるかというと、ちょっと違うかなと。

 少し計算的な部分もありますが、いきなり歴史物語を始めるよりも、導入としては「日常系に近いもののほう良い」と考えて連載をしていきました。

 なので、最初から歴史物語を書こうとは思っていて、その導入部分をよりしっかりと描いた形ですね。

――キャラクターのイメージはどのように考えていったのでしょうか?

 アレンは一部読者に「こんな奴、いないよ!」と言われていますね(笑)。基本的にはとても好青年です。

 リディヤは主要キャラクターでありながら、1巻では殆ど登場しない特殊な人物でした。彼女は、表面的には誰よりも強く凛々しく。だけど裏では精神的に誰よりも弱い子として描きました。

――ティナとリディヤと2人のメインヒロインが存在しますが、どちらを先に考えついたのでしょうか。

 ティナですね。先ほど話したように、そもそもの大きな話として大精霊を巡る戦争などを描くことを考えていたので、アレンとティナに関する物語が最初にありました。リディヤについては、その後に考えていったものです。

 ただ、あくまで設定が生まれた順番であって、優劣を示すものではありません。今やティナもリディヤも、どちらも非常に大事なキャラクターですので。

――『公女殿下の家庭教師』に限らず作品を書く際に意識していることはありますか?

 物語の全体の前提としてモブは登場させないようにしています。少なくとも名前がついているキャラクターは、全員何かしらのバックボーンを持っていて、未来でどうなるのかも決めています。

 登場人物全員に共通するテーマとして、1人1人が何かしらの過去を持っていて、それを絡ませていけば面白くなるだろうな……と思いながら物語を考えています。

 『公女殿下の家庭教師』は読者さんがキャラ数を数えてくださったのですが、12巻の段階で200人を超えているらしいです。なので、200人分のバックボーンと未来の姿を考えて作っている状態ですね。

――そこまでキャラクターのバックボーンにこだわる理由はどこにあるのでしょうか?

 「人に物語あり」というやつで、人間って、生きていく中でみんながみんな自分の人生の主役であり、何かしら面白いエピソードがある筈なんですよね。

 だから、人間を描くだけで物語になるわけで、面白くなると思っています。現実世界でもそうですが、どんな人間でもその人の生い立ちの話は面白いじゃないですか。

――他にもこだわりはあるのでしょうか?

 もう1つは、物語の中では殺伐した要素はそこまで書きたくないという想いですね。読書を始めた作品が歴史系からだったので、そういう物語には触れ続けていました。

 特に近代史になればなるほどその傾向が強くなるので、それを物語で読むくらいなら現実の歴史書を読んだ方が良いと思っています。せめて、物語の中では幸せで優しい気持ちになりたいし、なってほしいかなと。

 歴史書って基本的に文字の羅列で何の面白みもないのですが、その時代を生きた人の生き様を追いかけるのは面白いですよね。

リディヤの長セリフはドキドキしながら書いていた

――『公女殿下の家庭教師』は13巻まで刊行されていますが、印象的なエピソードはありますか?

 6巻ではリディヤの凄く長いセリフがあるのですが、それが読者に受け入れられるかどうかが全然わからなくて内心ドキドキしていました。

 そうしたら案外好評だったので「長いセリフを使っても良いんだ!」という認識になりましたね。そこまでは長いセリフを喋るキャラは殆ど出していなかったので、それをリディヤに言わせるのは挑戦でした。しかも、戦闘中に拘束されながら、ずっとですからね(笑)。

作中にはない裏設定も

――ほかのインタビューに書かれていましたが、キャラクターや技の命名にはしっかりした理由付けがあることが多いとのことでした。例えば、どういったところでしょうか?

 『公女殿下の家庭教師』だと、アレンは姓を持っていなくて、リディヤは名前と姓の頭文字が一致しています。ティナはハワードで姓名の頭文字が違う。実は全部理由があって、歴史的なバックボーンがあります。

 作中では一切語っていませんが、姓・名にも意味合いを込めて付けています。

――作中で語られていない裏設定のようなものということですね。

 裏設定は本当にたくさんあるので、物語が完結しても語られないものは出てくると思います。例えば、『公女殿下の家庭教師』はウェインライト王国の成立自体がとにかく特殊なんですよね。

 現実世界で考えてみると、東西南北の国境に自治権を持っている公爵を置いているのって、凄く不自然じゃないですか。力を持った部下を国境地帯に置くことって、反乱のリスクを高める危険な行為です。「なのに、何故?」という部分を考えていくのも面白いと思います。

 作中では、表向きの理由として四方に敵がいることとされていますが……本当にそれだけでしょうか? ウェインライトの初代国王の意図など、歴史的な背景なども想像してみると、色々と見えてくるかもしれません。

――そんなに深い設定が用意されているとは……。将来的に物語の伏線となってくるのでしょうか?

 今話した部分については、伏線というよりも裏設定ですね。そこまで深く考えずともメインストーリーは楽しめる構成にしてあります。その上で、深く読んでくれる方へのサービスのようなものだと思っていただければ。

――ストーリーが完結したら、ネタバラシのようなものがあっても面白そうです。

 そうですね。物語の完結・エンディングについては、既に構想は固まってきていますが、前述のように書籍版の際はカクヨム版からかなりリライトをしています。

 どちらか片方だけを読んできている方は、ぜひどこかでもう片方も読んで、読み比べてみて楽しんでもらえると嬉しいです。あとがきでも少しネタにしていますが、一部の人物の登場場面に差が出ている部分もありますし、違いがありますので。

『双星の天剣使い』は隻影による一騎当千の活躍や壮大な物語に注目を

――新作の『双星の天剣使い』ですが、一番の見どころはどこでしょう?

 やはり主人公・隻影による一騎当千の活躍ですよね。中国史にもそのような強い武将は多く記されていて、彼も1人で戦況を変えるような武将として登場させています。

 あとは、大陸を舞台にしたダイナミックな物語ですね。大陸の至るところからやってくる敵を倒していく壮大な物語になっています

――『双星の天剣使い』は読み進めていると転生ファンタジーというよりも、歴史物語を意識した部分も強くあるように感じられました。

 ファンタジーの要素を固めた上で、歴史を紐解いていく面白さを伝えたかったんです。俗物的な話かもしれませんが、歴史物って少し敷居が高く感じられる側面がありますよね。もちろん人気ジャンルではありますが、少し難しいと感じる方もいるように思っています。

 自分なりの分析ですけど、例えば、カクヨムなら異世界とラブコメが強い印象です。そういったジャンルと関係性が深い現代ファンタジーも、ファンが多い気がしています。ジャンルにSFと付くと、少し読者を選ぶ。

 そんな中で作者としては、いざ小説を発表してスタートダッシュで失敗してしまうのは、とても怖い。やっぱり、出したからには読んで欲しい……。

 という、ちょっと打算的な部分も見え隠れしつつ、読者を引き寄せる窓口となるキャラクターの可愛らしさを押さえた上で、リアルな歴史物語ではなく、ファンタジー要素を加えることにしました。

――あえて中華系の物語に挑戦した狙いはどういったものだったのでしょうか?

 長年ラノベを読んでいますが、中華系のファンタジーって意外と少ないと思うんですよね。とても面白い世界だと思うのに……。

 後宮物とか女性向けの小説はかなり人気となっていますが、男性向けの華系ソードファンタジーは……三国志など一部のモチーフは人気ですが、全般的には目立っていない印象です。

 中国史はとんでもない英傑、偉人、奇人も多くて、本当に面白いんですよ。その面白さを知っている身としては、そろそろ三国志以外の中国系の歴史物語を書いてもよいのでは、と思ったんです。漫画だと『キングダム』の例もあるように、ラノベ界でも受け入れられる余地はある筈だ、と。

――『双星の天剣使い』では中国系の歴史物語をどのように作品に取り入れているのでしょうか?

 『双星の天剣使い』はあくまで架空の世界が舞台ですが、南宋の時代をモチーフとしています。南宋の当時の敵はモンゴルという超大国になります。

 物語でもその勢力図を取り入れており、強大な敵と戦うので今後の戦いも盛り上がる展開になる予定です。『双星の天剣使い』を通して中国史のスケールの大きさや面白さが伝われば嬉しいですね。

――『双星の天剣使い』はファンタジー要素はありつつも、魔法が出てこないのも大きな特徴だと感じました。

 この作品で伝えたいことは、「魔法がなくても無双は書ける」ということですね。中国史の英雄って、歴史書に平然と恐ろしいことが書かれていたりするんですよ。「お伽話だろ!?」という話も、平気で公的な文書に書いてあります。

 そういう題材の物語は書いていて楽しいですね。今までさんざん魔法を書いてきた影響もありますが(笑)。

三国志以降の資料集めは大変

――物語の構成を考えていく際に大変なことはありましたか?

 物語の世界設定をある程度しっかりと考えるタイプなんですが……中国史はいい資料がないんですよね。中国語の文献はありますが、それが日本語訳されているものとなるとかなり少ないです。

 三国志関係は大量に文献が出てくるのですが、『双星の天剣使い』でモチーフにしている西暦1000年代あたりは翻訳されている文献が少なくて……。どれ位の技術が使われていたのか知りたいのですが、中々見つかりませんでした。

 感覚としては、あの頃の中華文明は進んでいるので、大体のものは出せると思っています。でも、それが存在していたとしても、それを量産できるかどうかはまた別問題で……ついつい細かいところまで気になってしまいます。

――そこまで世界設定を気にするこだわりがあって、ようやく物語が完成するわけですね。

 あくまで南宋はモチーフではありますが、その上でリアリティを出すために資料に基づいた設定にしたいという気持ちですね。そういうところばかりこだわるので、編集者さんには驚かれてしまうこともあります(笑)。

 例えば、西暦1000年の中国の都で庶民が住んでいる住居にガラス窓はあったのかどうか気になります。紀元前からガラスは作られていたようなので、宮殿などでは使われていると思いますが、量産はされていたのか、庶民は使えたのか……など、考えていくとドツボにハマってしまいますね。

――『公女殿下の家庭教師』と『双星の天剣使い』で、物語の描き方などに違いなどはありますか?

 『公女殿下の家庭教師』は前提条件として「かつて、こういう過去があった」という部分を1巻から披露していましたが、『双星の天剣使い』に関してはかなりぼかしています。

 北に敵がいて南に押し込まれているという状況だけを提示していますが、『公女殿下の家庭教師』よりも1巻段階での情報の提示が少ないですね。

 もちろん『公女殿下の家庭教師』と同じようにバックボーンは考えているので、その辺りは2巻以降のお楽しみというところです。

隻影は主人公らしく、白玲はシンプルに可愛いヒロインに

――隻影と白玲のキャラクター像についてお話いただけますか?

 隻影は、編集者さんから「もっと主人公らしくしましょう」と言われました。第一稿では前世の影響で大人すぎると言われたので、その後は喋り方などで年相応に見えるように描いています。それでも、前世の記憶に引っ張られて達観している部分のあるキャラクターです。

 白玲は真面目でいい子なのですが、不器用な女の子です。今までのヒロインに比べれば不器用なりに素直で、企画段階でもシンプルに可愛いヒロインを出していこうという話をしていました。

――キャラクターのデザインについてはいかがでしょうか?

 髪色などの案出しはしますが、それ以外はcura先生にお任せして「可愛く、カッコ良くしてください」とお願いしました。そうするとcura先生は「わかりました」と言って描き上げてくれます。

 原案の段階で編集部から調整案は出ていますが、自分については、今回に限らず『公女殿下の家庭教師』の際も「素晴らしいです……!」とお伝えしてばかりです(笑)。

――服装などは、ちょっとファンタジー色も盛り込まれていて、印象に残るデザインですよね

 細かい部分だと、現実では絶対ありえないようなタイツを片方だけ履いていて、もう片方は履いていないようなデザインになっています。ここは史実に寄りすぎないような形で、可愛らしくなるように見た目を重視した部分になります。

――最後にファンの方々へメッセージをお願いします。

 刊行中の『公女殿下の家庭教師』につきましては、ちゃんと完結まで書きますのでご安心ください。

 新たに始まる『双星の天剣使い』については、まずはcura先生のイラストが素晴らしいので、それに興味をひかれた方はぜひ手に取っていただければと。挿絵も本当に素晴らしいです。

 物語については、無敵の将軍だった過去を持って転生した主人公が無双する爽快感溢れる内容になっている一方で、敵もまた強大です。

 物語冒頭は主人公の将軍時代を描くという演出的な部分もあって少し難しそうに感じるかもしれませんが、本編は痛快な展開が多いです。『公女殿下の家庭教師』を楽しんでいただけている方には『双星の天剣使い』も好きになっていただけると思いますので、是非あわせてお楽しみください。

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