貂蝉と関羽、2人の縁はやはり深かった!? 【三国志 英傑群像出張版#12-2】

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 三国志に造詣の深い“KOBE鉄人三国志ギャラリー”館長・岡本伸也氏による、三国志コラム。数多くの書籍が存在するなか、“民間伝承”にスポットを当てて紹介しています。



 前回から貂蝉の民間伝承の紹介を行っています。

 三国志演義では、貂蝉の登場はいわゆる「美女連環の計」と「呂布の下邳城での敗北」に登場する程度です。しかし前回と今回の話をいれるとかなり貂蝉の物語が広がります。2時間ドラマぐらい作れそうです。

 そういえばドラマ「三国志 Secret of Three Kingdoms」では、呂布の死後、郭嘉に保護された貂蝉が活躍します。うれしい演出でした。

 今回は相反する2つのお話を紹介します。

貂蝉の逃亡

 曹操と劉備が、白門楼で呂布を処刑した後、曹操の陣営の一部の武将が貂蝉が美人であると聞き、彼女に会いたがったという。しかし、劉備は関羽に呂布の家の警備をさせ、誰も立ち入ることを許さなかった。これに怒った曹操陣営の諸将は、曹操の前で関羽の悪口を言った。

 程昱は曹操に劉備三兄弟に貂蝉を与えて仲間割れさせればいいと提案したが曹操はそんなことで3人の中を割くことはできないと却下した。

 ある夜、関羽が用を済ませた後、月明かりを見ながら中庭を散歩していた。突然、遠くで誰かの泣き声が聞こえたので行ってみると貂蝉だった。

 関羽は貂蝉を良く思ってなかったので冷たい対応をしたが、貂蝉は「国を守るため、私はあえて自分を犠牲にして董卓と呂布を争わして倒しました。私は罪人になろうとしています。こんな逆転現象が起きて、悲しくならないわけがないでしょう」と言いう。

 これを聞いた関羽はショックを受けた。理にかなっているので情が湧いた。「董卓と呂布のことを書物か芝居にして、後世への警告として世に伝えたらいいと思うのだがよろしいだろうか?」と関羽は貂蝉に聞き貂蝉も了承した。

 関羽はしばらく考えた後、馬を一頭命じて連れて来させ、二十人の兵を選んだ。貂蝉に兵士の服に着替えさせ、彼らに混じって行動させ脱出させることにした。

 関羽たちは、街から数キロ離れたところまで来たが、李典と楽進に率いられた兵士の一団が道を塞いだ。「曹操丞相が人を遣わして貂蝉を捕まえにいかせたが、まだ帰ってこないのだ」と言う。関羽は後方を指差し「すぐ後ろにいるぞ」そう言って、彼らは急いで立ち去った。

 夜が明けると、関羽は馬を止め貂蝉に言った。「ここから遠くないところに浄慈庵という寺があるから、私が頼んだと伝えれば、住職は助けてくれるだろう」と言って貂蝉と別れた。

 戻ってきた李典と楽進は、劉備・張飛を伴っていた。関羽に追いついたが貂蝉はおらず、仕方なく戻って曹操に報告することにした。曹操は貂蝉を関羽が逃がした事を悟りため息をつき「関羽は美女に出会っても欲張らず、力に出会っても恐れない。真の男だ。」とつぶやいた。

貂蝉の死

 曹操が劉備に敗れたとき、趙雲が曹操の陣営まで追いかけると、兵は皆逃げ出していた。しかし天幕の後ろから兵士が1人の男を連れてきた、

 趙雲はその男の澄ました顔を一目見て、学者であると感じた。その通り男は学者で、兵士が「学者は歩けない、足が悪いと言っている」と言う。

 趙雲は誰かに歩くのを手伝うよう指示したがどうしても1人で歩きたいと言っているらしい。趙雲は怒って彼の衣服を剥ぎ取ろうとした。学者はひざまずいて慈悲を叫んだ。趙雲はその声が若い女の声であることを悟り、男装した女であることを知った。

 その人物は趙雲の人となりをみて名を正直に名乗った。趙雲は貂蝉が普通の女性でないことを知っていたので、彼女を陣営に送り返し劉備と諸葛亮に彼女をどうするか尋ねた。

 諸葛亮は「関羽殿と張飛殿に意見を聞いてみてはどうか?」と言った。関羽と張飛が天幕に入ると、劉備は2人にそのことを告げた。そこでの会話がこうだ。

 関羽「彼女を殺すか逃がすか、どちらにしてもこの女を飼うことはできない。」

 張飛「彼女は弱い女だ。ただ董卓と呂布に一族の恨みがあるので、その恨みを晴らすために自分を犠牲にしたに過ぎない。この子を私の妻にください。」

 劉備「張飛、実現させたいが、関羽にも妻がいない。兄が先、弟が後だ」張飛は黙っているしかなかった。そして続けた「こう言っては何だが、まず貂蝉本人に尋ねて、どちらを取るか聞いてみようではないか」と。

 劉備は天幕に戻って妻と相談し、貂蝉(ちょうせん)を呼び寄せて聞いた。貂蝉は「ご親切にありがとうございます。関将軍でしたら光栄です」と言った。そして劉備は関羽を連れてきて貂蝉と結婚するよう求めたが、関羽はそれを拒否した。劉備、諸葛亮、張飛が説得ししぶしぶ承諾した。

 結婚式の夜、やはり納得のいかなかった関羽は貂蝉を殺そうと考えた。いざ貂蝉に会い美しさを目の当たりするとためらいが生まれたが、迷いを断ち切り夜中に貂蝉の隙に乗じて斬撃をいれた。

 しかし、貂蝉の頭が逸れて失敗してしまった。貂蝉は泣きながら「関将軍、私の罪は何ですか? なぜ私を殺そうとするのですか?」と問う。関羽は仕方なく刀を置き、夜明けまでそこに座っていた。こうして関羽は何日も同じことを続けて夜が明けた。

 貂蝉は観念して「関将軍、この体は殺されることはありません。私を殺したいなら、私の影を殺す事です!」と言う。

 関羽は信じなかったが、それが本当かどうか確かめてみた。貂蝉の影に剣を打ち込むとなんと彼女は死んでしまった。

 その後、関羽が麦城で敗れて死ぬと人々はこう言った。「愛と正義の貂蝉を関羽が殺してしまったから、彼は罰せられたのだ」と。

 いかがだったでしょうか?

 1つ目の話は、貂蝉を関羽が救い、2つ目は関羽が貂蝉を殺します。相反する話です。これ以外に関羽の青龍偃月刀が倒れて貂蝉を殺してしまうという民間伝承もあります。

 関羽と貂蝉は縁が深い気がしますね。呂布の死後、赤兎馬を引き継いだ関羽は。貂蝉も引き取ってもおかしくないからかもしれません。

 2つ目の話は、趙雲が貂蝉を連れてくるってところが、映画「新解釈三国志」と似てて脚本も書いた福田監督はこの話を知っていたのか? と勘ぐってしまいました。

 こちらの関羽は何故そんなに貂蝉を殺したかったのか? いろいろ想像してしまいます。関羽の正義感において男を手玉に取る女は許せなかったのかもしれません。

 貂蝉は架空人物だといいながらお墓も存在したりもします。いろいろと深堀すると面白い人物だとつくづく思いました。

第三回「桃園の智会」三国志の交流会開催

 小テーマを決めて一言ずつ話していくシステムで、無口な人、恥ずかしがり屋さんも平等に話せて全員ほぼ初対面ながら過去二回も非常に盛り上がりました!

 自分の好きな三国志を話すだけなので知識の有無は求めません。前回は演義(物語)派と正史派が混ざっていましたが楽しめました。これは画期的なこと!

 ぜひお気軽に三国志気分を楽しみましょう。

日時:2023年1月14日17-19時 
要予約:こちらの予約フォームよりお送りいただくか、直接お電話で(TEL:078-641-3594)
場所:KOBE鉄人三国志ギャラリー
参加費:500円 人数限定先着順
※Google meetで遠隔参加可能(クレジット先払い)


岡本伸也:英傑群像代表。「KOBE鉄人三国志ギャラリー」館長。元「KOBE三国志ガーデン」館長。三国志や古代中華系のお仕事で20年以上活動中。三国志雑誌・コラム等執筆。三国志エンタメサイトや三国志グッズを取り扱うサイトを運営。「三国志祭」などイベント企画。漫画家「横山光輝」氏の故郷&関帝廟(関羽を祀る)のある神戸で町おこし活動中!



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