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【ウマ娘が1.8倍楽しくなるお話 35】2周年を迎えた『ウマ娘』に現実の競馬へのアプローチを見たかもしれないお話

柿ヶ瀬
公開日時

【注意】この記事にはツインターボの育成シナリオのエンディングに関して言及している部分があります。純粋にシナリオを楽しみたい方は、まずゲームをプレイすることをオススメいたします。

 少し遅くなりましたが『ウマ娘』2周年おめでとうございます、柿ヶ瀬です。

 さて2周年、さまざまな発表がありましたし、いろいろなアップデートもありました。正直今回のコラムではどの話をしようか迷っていたのですが……。迷ってるうちに現実世界の競馬では“サウジカップデー”という海外の競馬の祭典が行われました。

 その名の通りサウジアラビアで行われる、1日でGIを含めた国際重賞を何レースも行う競馬開催です。サウジアラビアでは元々それなりに競馬が盛んでしたが、国際的な交流はありませんでした。しかし近年方針が転換され、世界に開かれた競馬が2020年から行われるように。それがサウジカップデーです。日本馬もたくさん遠征しに行きました。

 『ウマ娘』から競馬を始めた筆者の知り合いが、競馬を始めてすぐ一口馬主になり、その最初の出資馬が勝ち進みサウジ遠征馬のうちの一頭になり、その晴れ舞台を見るためにサウジアラビア現地勢になりました。そんなことあります? あったんですよね。『ウマ娘』の影響ってすごいなって思いました。いや、知り合いも大概すごいのですが。

 ちょっと脱線しましたが、サウジカップデーの注目は何よりも世界の競馬でトップと言っていい高額賞金です。特にメインレースになるGIサウジカップは1着賞金が1千万ドル。日本円で13億円を超える賞金となっています。日本でもっとも賞金の高いレースはジャパンカップと有馬記念の4億円ですから、その3倍以上。

 そんなとんでもないレースに日本で初めて(と言ってもレース自体が4回目ではありますが)勝った馬が現れました。

 その時筆者は、いや、筆者だけではないでしょう。サウジカップを見ていた『ウマ娘』プレイヤーの結構な数が思ったはずです。

 あまりにも『ウマ娘』に都合がよすぎる展開だろ――と。

2022年10月30日からわずか118日

 サウジカップから遡ること38時間半ほど前。2月24日の正午、ガチャ切り替わりのタイミングで、☆1ツインターボが育成に実装されました。筆者も無事にツインターボを引き、早速新シナリオグランドマスターズで育成を開始。そしてグッドエンディングに衝撃を受けました。

 グッドエンディングのイベントタイトルはズバリ“○○のツインターボ”。レースは天皇賞(秋)。ツインターボを受け継いだかのような逃げ。実況アナのツインターボを思い起こさせるという言葉、そして途中からなぜか出てくるキタサンブラック……。『ウマ娘』から競馬を見るようになった人たちもほとんどが気付いたことでしょう。俺たちはこのレースを知っている……! と。

 それは恐らく、いや間違いなく。実装からわずか4カ月前に行われたばかりの天皇賞秋。歴史に残る名レースと言う声も大きいこのレースで勝利したのはキタサンブラック産駒のイクイノックスでしたが、しかし主役はこの馬だったと思う人も多かったはず。この天皇賞秋を名レースにした馬、その名はパンサラッサ。○○のツインターボ――そう、令和のツインターボと“呼ばれた”馬です。

 パンサラッサは現在6歳。三冠馬コントレイル、そしてウマ娘にもなっている三冠牝馬デアリングタクトと同い年です。初重賞は4歳秋、福島記念でした。そこで1000m57秒3というハイペースの逃げを打ち、ついてきた他馬をすべて潰して圧勝しました。

 福島ですごい逃げ馬が出た。たったそれだけで、多くの競馬ファンは1頭の名前を思い浮かべたのです。そう、伝説の七夕賞勝ち馬ツインターボです。

 その後有馬記念の逃げ潰れの負けっぷりや、翌年の中山記念逃げ切り勝ちを経て、ますますパンサラッサは“令和のツインターボ”のイメージを浸透させて行きましたが、5歳となった2022年春、とんでもない事件が起こります。海外遠征ドバイで、GIドバイターフを逃げ切り勝ち(1着同着)してしまうのです。“令和のツインターボ”は世界へ羽ばたいたのです。

 同じ頃、パンサラッサ以外にも逃げ馬が台頭します。特に1勝クラスから連勝で金鯱賞まで勝ち上がったジャックドール。パンサラッサとどちらが令和のツインターボなんだ? いやもしかしたらジャックドールは金鯱賞も逃げ切り勝ちしているし令和のサイレンススズカなのでは? などとかつての名逃げ馬になぞらえる動きを加速させました。

 この2頭の他にも、菊花賞の勝ち方がセイウンスカイを彷彿とさせると言われたタイトルホルダーも含めて、2022年春頃は魅力的な逃げ馬がたくさん活躍したのです。

 ドバイ勝利のあと、パンサラッサは宝塚記念でタイトルホルダー、札幌記念ではジャックドールに敗れました。しかしどちらのレースでも、逃げたのはパンサラッサでした。パンサラッサの担当・池田厩務員が札幌記念前のインタビューでジャックドールとの逃げ争いを聞かれ「先頭の景色は譲らない」と答えたのは、はたして知ってて言ったのかどうか、筆者はわかりません。

 と、ここまで書いててホントに今の今気付いたんですが、グッドエンディングのワンシーン、逃げウマ娘を集めたレースでツインターボとともにサイレンススズカとセイウンスカイが登場するのですが、もしかしてこの2頭をイメージさせてるようなことってあります? さすがに妄想の行き過ぎですか?

 ともあれ、いよいよパンサラッサは天皇賞(秋)を迎えます。7番人気という低評価だったパンサラッサはやはり逃げました。メチャクチャ逃げました。どんどん後続を突き放し、1000m57秒4の大逃げ。これはサイレンススズカの天皇賞秋と同じ通過タイム。そうでなくても大きく後続を離す姿にサイレンススズカを見た人も多かったはずですが、4コーナーの入り口、フジテレビの立本アナは叫びます。

 「令和のツインターボが逃げに逃げまくっている」

 結果は最後の最後でイクイノックスが差し切って勝利。パンサラッサは2着。先述の通り、長く語り継がれるであろう名レースになりました。『ウマ娘』から競馬を見るようになった人たちは、これまででもっとも熱くなったレースだったと言う人もたくさんいました。

 筆者のような競馬好きの中には、ツインターボを頭によぎらせた人も、あるいは、サイレンススズカのあの日の続きを見た人もいたでしょう。パンサラッサそのものの魅力にメロメロになった人もいます。もちろん勝ったイクイノックスの強さに新時代を見た人もたくさんいました。

 実はドバイに勝った頃、もうちょっと前だったかもしれませんが、パンサラッサを“令和のツインターボ”と呼ぶのは、失礼じゃないか? ツインターボはGIを勝てていないし、そもそも他の馬と比較することはよくないのではないか? パンサラッサはパンサラッサじゃないか! という意見をよく目にするようになりました。ここで筆者はその是非を問うことはしません。

 『ウマ娘』はツインターボのグッドエンディングをこう描きました。

 ターボに運命を感じた数少ない教え子は、ターボの教えについていけず学園をみんな去った。“運命”を引き継ぐことはできずとも、もうひとつの因子がある。“感動”を受け継ぐ者が必ず現れるのだと。

 それはパンサラッサが“令和のツインターボ”と呼ばれた“事実”を基にして、表現した大いなるフィクションの物語です。

 ツインターボは種牡馬になったものの、その血統は数少なく、活躍することなく未来へ繋ぐことはできなかった。しかし、見るものにツインターボを想起させる逃げを打つ馬が出て、ツインターボの継承者と呼ばれることになったという事実を。

ミスターシービーだけが語れる競馬の本質

 もう1つ。同じ日に実装されたミスターシービーのイベントを紹介させてください。

 シービーのシナリオにはあるサブキャラが登場します。茶髪の青年というキャラ名がつけられた彼は、競馬ファンになって数年。過去のレースやウマ娘をたくさん調べていくうちに、ついにリアルタイムに惚れ込めるウマ娘、ミスターシービーに出会います。シービーを追いかけ、その走りに大きな期待を寄せていきます。

 しかしかつての三冠ウマ娘や、1つ下の世代に再び現れた三冠ウマ娘、シンボリルドルフ。過去と現在の名馬との比較、そしてシービーのもどかしい現状に、彼はトラブルを呼び込んでしまいます。

 彼を助けたシービーは、自分の夢や期待を、シービーに乗せているのだと聞かされます。そんな青年に対してシービーは。

 夢を乗せてもいいし、こきおろしてもいいと。そしてこう続けます。

 「キミたちは好きに見るべきだ。アタシが好きに走っているように。違う?」

 自由人のシービーだからこそ言える言葉のようではありますが、実際のところこの言葉は競馬そのものなのかもしれません。

 競走馬は人間の言葉を、少なくとも我々ファンの言葉を理解できません。同じ人間であるプロスポーツ選手などと違って、馬は評価に気に病むことはないでしょう。もちろんだからと言って何を言ってもいいわけではない、という前提は人間として当たり前のことですが、ともあれ我々が予想の◎○▲などを始めとして競走馬をどう評価しようが、競走馬はまったくわからないのです。

 しかし『ウマ娘』ではそんなわけにはいきません。他人の評価に思い悩むウマ娘のストーリーもたくさんあり、「好きに見ればいい」とは軽々に言えることではありません。だからこそ、ウマ娘の中でミスターシービーだけがこの本質を語ることができたのかもしれないと筆者は思ってしまいます。

 先程のツインターボのグッドエンディングと、このミスターシービーの問いかけ。

 いつもの妄想だと受け取ってもらっても構わないですが、筆者は、この2周年に実装されたウマ娘2人から『ウマ娘』というコンテンツの現実競馬へのアプローチ、もしくはスタンスのようなものの一端を垣間見たような気がしました。

『ウマ娘』から語り継いでいこう。今の競馬を。今の名馬を。

 競馬が好きであった作家、古井由吉のエッセイ『書く、読む、生きる』の中にこんな一節があるので引用します。

 「馬に乗る、馬とともに働く、馬を養い育てるといういとなみのほかに、馬を眺める、そして馬について語るという歓びもある。これも馬事文化のひとつである。」

 思えばウマ娘のモデルになった馬たちは、ほとんどすべてと言っていいですが、語られるような馬ばかりです。現役時代を見てきた競馬好きならば、いずれの馬にも語りたいことがいろいろあるはずです。

 確かにツインターボは『ウマ娘』に登場するモデル競走馬の中で、実績のない馬のうちの一頭だったと言えるでしょう。ではどうしてツインターボはウマ娘になったのか? それはきっと、ツインターボより実績のある馬に負けないくらい、ツインターボが人々からたくさん語られてきたところと無関係ではないでしょう。

 パンサラッサが“令和のツインターボ”と呼ばれたのも、多くのファンにツインターボの走りが語られてきたからではないでしょうか。

 ツインターボのようだと言われたパンサラッサは、『ウマ娘』のツインターボが育成実装された翌日、サウジカップを勝利し、ツインターボと比較どころか、歴代獲得賞金額3位というとんでもないところへ飛んでいってしまいました。

 それでも。あの福島競馬場でツインターボの再来を見た人たちの心も。あの東京競馬場の大ケヤキの先でサイレンススズカの続きを見た人たちの心も。きっとなくなったわけではないのです。競馬を見て自分が何を思ったか。自分は何をそこに乗せたのか。ミスターシービーの言う通り「キミたちは好きに見るべきだ」が答えなのではないか。自分で見て感じたものを大事にしたい、してほしいと筆者も思っています。

 競馬は思った通りには決していかないものです。ここで勝てたらいいのにと思っても、勝てるわけではありません。決して我々の思うようにはいかないのです。パンサラッサは逆に思っていた以上に強かったというレアケースでしたが、“令和のツインターボ”と呼ばれた事実は否定したって覆ることはありません。

 ですが『ウマ娘』から競馬を始めた人たちは、いずれシービーシナリオに登場した茶髪の青年のようにパンサラッサが“最初のパンサラッサ”になるでしょう。時が経ち“○○のパンサラッサ”が現れる未来もいずれ来ることでしょう。その時には「パンサラッサも令和のツインターボなんて呼ばれてね」なんて昔話をして、過去の名馬を語り継いでいく。これが2周年で『ウマ娘』から提示された、元ネタである競馬へのアプローチなのではないか、なんて。

 筆者は『ウマ娘』はもちろん、現実の競馬も好きになって欲しいと思いながらこのコラムを書き続けました、『ウマ娘』2周年、ツインターボとミスターシービーの育成シナリオによって、ある意味でこの思いは結実したのかもしれないと感じます。

 ツインターボのエンディングの意味を理解し感動するということは、即ち現実の競馬も好きになっている証拠。そして実装したのは、『ウマ娘』から競馬を好きになった人がたくさんいるはずだと『ウマ娘』運営が確信を持っているから。もしも今そうでなくても、『ウマ娘』を続けるうちに、競馬を好きにならずにはいられないと信じているから。きっと、そうなんじゃないかと見ています。『ウマ娘』を信じ続け、追い続けてよかった。このコラムを書き続けてよかった。心よりそう思います。

 というわけで、2021年4月から約2年続けてきました当コラムですが、定期的な更新は今回をもって終了したいと思います。今後も不定期に登場することはあると思いますが、一旦こちらでお別れとさせていただきたいと思います。

 長らくのご愛顧、ありがとうございました。

柿ヶ瀬

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