マーダーミステリー『アストリアの表徴』外伝第1章レビュー。まだらの紐じゃなくて、まだらの網!?
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- びえ
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アナログゲームブランド“カドアナ”発のマーダーミステリーゲーム『アストリアの表徴 ─名探偵アルフィー最後の事件─』の外伝ノベルが、カクヨムにて短期集中連載されています。
この記事では、マーダーミステリー『アストリアの表徴』外伝『推理しない三流探偵アルフィー、ヴィクトリア朝時代を闊歩する』の第一章“まだらの網”のレビューをお届けします。
“まだらの紐”じゃなくて“まだらの網”!? ミステリーファンが楽しめる仕掛けがたっぷり
“まだらの網”と聞くと、ミステリーファン、特にシャーロック・ホームズのファンの方であれば、ある小説がぱっと思い浮かぶのではないでしょうか。
アーサー・コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』の中には、“まだらの紐”という短編が収録されています。シャーロック・ホームズの関わった事件の中でもかなり有名なものですから、ご存じの方も多いかもしれません。
本作“まだらの網”は、この“まだらの紐”をかなり意識して書かれている印象でした。もちろん、“まだらの紐”をまったく読んだことがなくても問題はありませんが、知っているとより楽しく感じる部分も多くなっていますので、ぜひこちらも読んでみるのをオススメします。
さて、本作の舞台設定は1894年のロンドンになっています。時代も舞台も、シャーロック・ホームズが活躍していた時期と近く、なんと作中でもホームズやワトソンの名前が出てきます。
しかし、本作の主人公は探偵ではありません。むしろその逆、事件の犯人であることを自ら告白するところから物語が始まります。
主人公の名前は、モリス・マッケンジー。ロンドン中央郵便局で働いています。当時の時代背景として、まだ電話の普及していない頃ですから、連絡手段は主に手紙や電報です。
モリスは、その手紙や電報を扱う郵便局で仕事をし、気送管(エア・シューター)を操作する権限を持っています。気送管(エア・シューター)というのは、ロンドン地下に張り巡らされた金属製のパイプの中に手紙などを入れ、空気圧を使って相手まで送り届ける仕組みのことです。
そして、この気送管こそが、彼の殺人の手段であったことを明かします。
一人称で語られる物語ですから、他に判断材料もないため、まず読者は主人公の告白を信じることになるでしょう。モリスは最後まで読者に対してウソをつくようなことはありません。
しかし、ウソをつく気がなくても思い違いや勘違いをすることはあるもので、これが本作のカギとなってきます。
モリスが気送管を使って殺人を計画したところまでは分かりました。では、その動機は? これももちろんモリス本人によって語られ、彼は“ヘレナ”という女性と付き合っていたことを明かします。
それも、一度も会ったことのないまま、手紙や電報だけのやり取りを行う“通信上の恋”なのだと。
ミステリー好きの方は、ここにかなり強い謎や秘密の匂いを感じ取ったのではないでしょうか。顔も声も分からない相手との、それも恋愛です。恋愛が原因で起こる事件の多さは、ミステリー好きでなくとも知っていることです。
筆者はここでグッと物語に引き込まれました。すでにモリスが告白してしまっていますが、この設定で事件が起こらないわけがない! と強く思わせてくれるような舞台が用意されていることに、ここで気がついたからです。
主人公であるモリスと、その恋人であるヘレナの関係が、どのようにこじれて事件にまで発展してしまったのか。ここも動機として重要な部分のため、詳しく語られます。
モリスは仕事中に暇つぶしとして、他の局の局員たちと気送管を使ったやり取りをしていました。ある日それをうっかり誤った住所に送り付けてしまい、それがたまたまヘレナの住所だった、というのが知り合ったきっかけです。
二人は相性が良かったのか、やり取りは盛り上がったようです。ヘレナは自分の仕事のこと、夫と上手くいっていないことなどを包み隠さず告白し、そうなるとますますモリスは彼女に入れ込んでいきました。
第三者から見ると、かなり舞い上がってしまっているように見えます。このあたりも、起こるべくして起こった事件という気がして、どんどん舞台が整えられていく感じがたまりませんでした。
あるとき、モリスは気送管を使ってヘレナにエメラルドのイヤリングを送ることを思いつきます。しかし、気送管の空気圧は細かい調整ができず、到着時に強い衝撃を受けてしまうため、場合によってはイヤリングが破損してしまう恐れがありました。梱包を工夫してなんとか送り届け、ヘレナからは無事に届いたという返事が。
この“手紙以外のものを気送管を通して送り届けられた”という成功体験が、モリスの今後の運命を左右してしまうのでした。
ある日、偶然ヘレナの暮らす家を訪れることになったモリスは、そこで彼女が自分の想像していたとおりの女性ではなかったことを知ってしまい、ショックを受けます。不特定多数の男性と関係を持っている彼女の実態を知ったモリスは、とうとう殺害を決心することに。
ここで登場するのが気送管です。モリスは気送管を通して毒蛇をヘレナに送り付け、殺害することを計画します。
エメラルドのイヤリングを送ったときのことを思い出し、あれが成功したのだから今回も成功するだろうと思い込んでしまうのです。それは読者も同じで、モリスの計画は上手くいったのだろうと無意識に信じ込んでしまいます。
ここが本作の上手いところで、気がつくとモリスと同じ目線で物事を見てしまっているのです。実はここに大きな勘違いがあった……と気がつくのはもう少し先になるのですが。
モリスは計画通り毒蛇を送りつけるのですが、機会が来るまでは家でその蛇を飼っていました。そのときに与えていたエサはなんと、ミルクです。
おや? と思った方もいるかもしれませんが、この毒蛇にミルクをやるというのは、ホームズの事件である“まだらの紐”でも同じことが行われています。
モリスは、まさにその“まだらの紐”の事件らしきものを探偵小説の中で読んだ、という告白までしています。毒蛇を送り付けて殺害するという手口もそっくりで、“まだらの紐”を知っている方はより楽しめるシーンではないでしょうか。
探偵“アルフィー”登場! 諮問探偵ではなく、訪問探偵?
さて、殺害計画を実行した翌日に、早くもモリスの自宅へ探偵のアルフィーとその助手のエリザベスがやって来ます。あまりの早さに動揺するモリス。
まだ証拠もしっかり残ってしまっているような状態で、その隠滅方法もはっきり言ってお粗末なのですが、このあたりはコメディとして面白く読むことができました。
しかし、探偵の目を欺くことはできず、モリスは捕まってしまいます。そこで普通のミステリーであれば、探偵の推理がはじまるのですが、探偵アルフィーは“推理”はしません。ただ“解説”をはじめます。
ヘレナはモリスが送った毒蛇で死んだのではなかった。なぜなら、気送管で送った蛇は衝撃で死んでしまったからです。それを確認するため、アルフィーは数え切れないほどの蛇を気送管で送り続け、そのすべてを到着時の衝撃で殺してしまいました。
だからこそ推測や“推理”ではなく、実践による“解説”なのだと明かされます。
気づいてしまえば単純な事実なのですが、以前にエメラルドのイヤリングを送り届けられたという成功体験があったせいで、モリスは毒蛇も無事に送れたと思い込んでしまったのです。
さらに、イヤリングも実はまったくの無事ではなく、ひび割れた状態であったことが明かされています。それをあえてヘレナがモリスに伝えなかったのは、彼女の優しいウソであったと。
ではなぜヘレナは死んでしまったのか。それは夫のウィリアムが、死んでしまった毒蛇の牙をヘレナに突き刺し、殺害したからです。
これだけを聞くと、ただの夫婦の問題で終わってしまいそうですが、その後にさらに新たな真相を示してくれるのが、本作の面白いところ。
エピローグで、探偵のアルフィーではなく助手のエリザベスから“推理”を聞くことができます。
彼女が示したのは、モリスがヘレナと思い込んで熱心にやり取りをしていたのは、実は夫の方のウィリアムだったのではないか、という可能性です。
相手の顔も見えず、声も聞こえない、だからこそ純粋なやり取りが出来ていたのではないか、という彼女の推理に筆者は少し感動してしまいました。
とはいえ、モリスはそんな相手を殺害しようと毒蛇を送り付けてしまったわけですから、台無しです。その時のウィリアムの気持ちを考えると、なんだか切なくなってしまいます。
モリスは毒蛇を飼っているあいだ、ミルクを与えていたわけですが、そんなもので飼えるわけがないこともエリザベスに指摘され、大笑いされるのでした。そして「小説なんかを、真に受けるんじゃありませんわよ」という台詞で、本作は幕を閉じます。
ミルクに関する話は“まだらの紐”が発表されたときにも指摘されたことではありますが、それを上手く作品に取り込んだ“オチ”として、筆者はとても気に入っています。
もし本作をきっかけに興味をもった方は、『シャーロック・ホームズの冒険』の方も読んでもらい、比べてみるのも楽しいかと思います。知っていなくても面白いけど、知っているとより面白い、という本作の良さを、ぜひ味わっていただきたいです。
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