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『どうする家康』20話感想。長く苦しい戦いから開放されたい…悲しすぎるクーデターが勃発

びえ
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 毎週日曜20時からNHKで放送の大河ドラマ『どうする家康』。第20回“岡崎クーデター”のレビューをお届けします。

信玄亡き後も武田の勢いは衰えず。受け継がれる信玄の知略

 前回は、武田信玄との激しい戦いやその犠牲により、心に傷を負った家康と、それを広い心で支えようとする瀬名との絆を見ることができました。

 今回は、信玄の死によって、国内の勢力図が大きく塗り替わっていく様子が描かれます。

 カリスマ的な信玄が亡くなった後も、武田軍の強さは衰えていません。信玄が最期に遺した言葉通り、跡を引き継いだ武田勝頼もまた優れた武将だったからです。

 徳川の領土は次々と奪われ、焦る家康たち。そして次の武田軍の標的は、家康の家族がいる岡崎に。さまざまな心労が祟り、家康は高熱を出して倒れてしまいます。

 見ている側としては、それも当然と思ってしまいました。あまりにも辛い出来事が続いていましたから。しかし、そんな状況でも敵は待ってくれません。

 岡崎に敵の手が迫る中、瀬名たちも必死で自分たちに出来ることを見つけ、行動していきます。不安がる家族を、毅然とした態度で励まそうとする瀬名の強さに、思わず感心してしまいました。

 危機的状況であっても揺らがない態度は、本人だけでなく周りの人も元気づけてくれたり、安心させてくれたりするのだなと、筆者も見習いたい気持ちでいっぱいになりました。

 信康たちの作戦は上手くいかず、岡崎の軍勢は籠城戦の構えを取ります。籠城戦をする上で特に恐ろしいことは、味方に裏切り者が出ることや、味方同士が疑心暗鬼に陥ることです。

 それを分かっているのか、武田は戦略の一つとして岡崎の城下に配下の者を送り込み、裏切り者を取り込んでクーデターを起こそうとします。

 瀬名たちの寝込みを襲おうとするクーデターの一軍。しかし、それを予期していた本田忠勝たちによって陰謀は失敗。

 正直、どうなってしまうのかドキドキハラハラしましたが、暗がりの中で颯爽と反撃する井伊虎松や忠勝の格好良さには、別の意味でドキドキしました。

長引く戦に苦しむ民の姿…寄り添う者、切り捨てる者、対照的なシーンに注目

 さて、どうしてこのクーデターに信康たちが対応できたのか、ということについてもここで明かされます。その理由は、裏切りに加担していた八蔵が良心の呵責に耐えきれず、白状したから。

 正直に言って、この不安定な世の中では誰もが自分の身を守るために必死ですし、あまり責めることも出来ないなと筆者は感じました。

 クーデターに参加した者たちが、長引く戦いに疲れ、その苦しみややり切れなさを訴える場面では、思わず同情してしまいました。もうこんな戦いは終わりにしたいという切実な思いに、胸が苦しくなるほどです。

 弱い立場の人たちだからこそ、自分たちを守ってくれる存在を慎重に見極めようとします。その中で、強力な力を持ち続けている武田軍に惹かれてしまう気持ちは、理解できますから。

 そして、クーデターをやるべきかやらざるべきか、迷ってしまう気持ちも同じくらい分かります。

 最後まで裏切り者に徹することのできない弱さや人間臭さのようなものが、なんだか悲しくも身近に感じられて、印象に残るシーンとなりました。

 場面が変わって、なんとか元気を取り戻した家康は、虎松になぜ自分の配下になるのかと尋ねます。自分が城下で馬鹿にされていることを、すでに知っていたからです。

 それに対して、虎松は馬鹿にされているからこそと答えます。戦いに苦しみ、悲しんでばかりいた城下の民たちが、家康の話をする時は愉快そうに笑っていたからだと。

 戦いで傷ついた兵士たちに冷たい態度を取ったり、苦しみを理由にクーデターに参加した者たちへ寄り添おうとせず、酷い制裁を求める五徳と、民衆の苦しみに寄り添おうとする虎松の考え方の違いが、対照的で印象深いシーンでした。

 最後の場面では、瀬名と、武田の使いをしていた千代が対峙します。なんだか新たな戦いの予感がしますが、一体どうなってしまうのか!? 次回も楽しみに待ちましょう。

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