『とらドラ!』竹宮ゆゆこ先生の新作『いいからしばらく黙ってろ!』感想文

そみん
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 『とらドラ!』『ゴールデンタイム』(ともに電撃文庫)などで知られる竹宮ゆゆこ先生の新作『いいからしばらく黙ってろ!』が、KADOKAWAから2月14日に発売されました!

 物語の主人公は、大学を卒業した直後に愛(婚約者)も仕事(就職先)も家(住む場所)さえも失ってしまう三重苦に見舞われた女性・富士。そんな不幸のどん底の中、社会のはみ出し者が集う小さな劇団“バーバリアン・スキル”と出会った富士は、そのカオスな状況の中で生きていく実感を味わうことに!?

 個人的には『とらドラ!』のドタバタ感も好きでしたが、大学生活を舞台とした『ゴールデンタイム』のややシリアスでオトナな作品性も好きでした。

 で、今回の『いいからしばらく黙ってろ!』ですが、主人公が大学を卒業して社会人(になりそこねた)女性、しかも不幸のどん底からの物語ということで……これは気になる!

●あらすじ:人生は、ままならない。だからこそここで、踊るしかない。

 大学の卒業を迎えた富士は、絶望の渦中にいた。北関東のオーナー企業の社長の娘、五人兄弟の真ん中として育ち、金銭的には何不自由なく育ってきた富士。卒業後は、親の企業に就職し、そこの社員と結婚して静かな暮らしをするはずだったのに――。

 許婚には婚約を破棄され、地元に戻ることも恥ずかしく、就職先もないまま東京に残らざるを得なくなった彼女は、ひょんなことから弱小の劇団運営にかかわることになる。そこは社会から「はみだした」者たちが集うところ。劇団員になれば、ボロアパートの家賃は無料でいいとの甘言にひかれた富士だが、そこで自分が「真ん中っ子」としてつちかってきた、「カオスを整理する能力」を発揮することになる――。

 なんかもう、あらすじからして気になるワードが満載ですが、実際に小説を読んだ感想をお届けします!

ポイント1:シリアスだけど、重すぎない。登場人物たちのクセが強すぎ!

 さて、主人公の女性が“どん底”なシチュエーションから始まるだけに、人によってはシリアスで重苦しい、難しい小説だと考えてしまうかもしれません。でも大丈夫! 基本的には笑いながら読んでスカッと楽しめる、痛快なコメディ寄りの作品です。

 なにせもう、主要登場人物となるバリスキこと劇団“バーバリアン・スキル”のメンバーたちのクセが強い! 詳しく解説すると先入観を与えてしまうので、あえて人名や役柄、性格は伏せますが、まあ、問題児ばかりです(苦笑)。

 「俺たちはバーバリアン・スキル! 舞台に上がれば最強だ!」なんて自信に満ちた愛すべき演劇バカたちがそろったバリスキは、逆に言うと舞台から下りた社会では“はみだし者”なわけでして。

 スケジュールもお金周りも一部メンバーをのぞいてグダグダで、当然ながら劇団解散の危機を迎えるなかで、富士さんがバリスキを立て直すべく、活躍をするわけですねー。

 地の文がしっかりとした小説ですけど、登場人物たちの軽妙な掛け合いの楽しさは、さすがは『とらドラ!』などのライトノベルを手掛けてきた竹宮先生! 人名を伏せて、ちょっとだけ引用すると……。

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「かわいいっていうか、かっこいいよね」
「えっ!?」
 続けられた××の言葉は不意打ちだった。
「△△さんの話だよ!?」
「△△さんの話だよ」
 富士は思わず立ち止まり、××を見つめて首を捻る。△△が、かっこいいだと?
 △△の姿を思い浮かべてみる。シルエットはとりあえず、記憶のサムネイルのサイズからはみ出すぐらいに馬鹿でかい。そして、なんらかのこだわりがありそうなヒゲ。眉は濃くてしっかりしていて、その下の目鼻立ちも彫り深くくっきり。腹筋は小太刀で筋目を刻んでつけた岩盤のよう。まあ、言われてみれば確かにかっ――いや、でも、かっ――まあまあ、とはいえ、かっ――いや、まあ。
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 こういうテンポの会話や文章が多いので、『いいからしばらく黙ってろ!』は小気味よく読み進められちゃうんですよね。

 ちなみにここで話題となった△△さんですが、「笑止! なにを隠そうこの俺様は、生まれてこの方一度も蚊に喰われたことのない特殊体質でな」とか「究極にして至高のハレルヤ――俺ルヤ!」とかのたまう怪人物だったりします(苦笑)。

ポイント2:演劇の闇も光も描いているから、劇場に足を運びたくなる!

 取り返しのつかない生ものの一瞬を掴む。目で、耳で、肌で掴む。感じて心を震わせる。心の在り処を、内側に感じる。ここにいなければ出会えなかった瞬間たちが、目の前で生まれ、そして、目の前で死んでゆく。

 ……これは作中でとある演劇を見た富士さんの心の言葉です。そう、演劇って、本当に生ものなんですよね。

 自分も大学時代は大小さまざまな演劇を見ましたが、映画のように何回見ても同じものが流れる映像と違って、演劇は同じ人が演じても毎回同じ演技にはならないので、毎回異なる表情を見せてくれるんです。

 同じ劇場内に役者さんがいる空気感も特別ですし、観客自身がどこ&誰に注目するのかも自由なので、人それぞれでも異なる体験ができます。演劇には、まさに生もの的な魅力があると思います。

 『いいからしばらく黙ってろ!』では、舞台上の役者たちの演技に関する物語描写はもちろん、ライティングや音出し、紙吹雪の演出といった、劇場空間の描写がうまい! だからこそ、劇場の空気感を知っている自分のような読者はもちろん、生で演劇を見たことがない読者にも劇場観劇ならではの楽しさを伝えてくれます。

 そしてもう1つ『いいからしばらく黙ってろ!』のシビレるところは、劇場という演劇のハレの部分だけでなく、公演にいたるまでのケ、いわゆる日常部分もしっかりと描いているところ。

 劇団員同士の人間関係のトラブル、脚本執筆から調整・完成にいたる葛藤、公演を行うためのハコ(劇場)予約、演出やスタッフなどに関する資金繰り……。

 特にお金に関する問題は、とにかく生々しく描かれます。あとン十万円が足りない……なんてとき、劇団員の個々人での借金なんてとっくの昔に終わっていて、親にお金を借りてもまだ足りない……なんて部分まで、ある意味では非常にエグく描きます。
(ネタバレになるので伏せますが、いつも能天気で何も考えていなさそうな劇団員が、その裏では自分の未来も含めてあらゆるものを犠牲にして劇団運営に資金を注ぎ込んでいたエピソードなどは、富士さんならずとも絶句してしまいました……)

 いやもう、いっそ誰かが横領をして借金があるならまだ救いもあると思うんですけど、シンプルに“いい演劇を見せるための演出にお金をかけたい”だけなんですよね、こいつら。

 なんでこいつら、こんなに演劇が好きなの!? と驚かされますが、作中で劇団員の熱意がしっかりと描かれているからこそ、驚きながらも納得せざるを得ないんですよね。

 魂が舞台にあるバリスキのメンバーたち。まあ、これはもう業としか言えませんなあ。

 余談ですが、ライター業をしている自分としては、お金稼ぎのためにゴーストライターとして小説を書きまくる“打鍵奴隷のダケンドくん”こと脚本担当の人物に共感を覚えました。

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「僕は二十万円ぐらいは出せるって言ったけど、その額を増やせそうなんだ。ノベルスの仕事で前借させてもらえることになって」
「……そうなんですか?」
「うん。さっき編プロの先輩にかけあってみたら、OKが出たんだよ。来月と来々月に四冊分仕上げられるなら二十万円前貸する、って」
「それってつまり……今ある仕事を急げ、っていう?」
「いや、今ある仕事、プラス四冊っていう」
「でも今すでに一か月に一冊以上のペースでやってて、プラス四冊……? それって、可能なんですか?」
「正直、我ながら未知の領域」
「これから(ネタバレ)もあるんですよ」
「ンフ、誰かさんのおかげでそうなったよね。ただやっぱり僕の本分は演劇で、脚本だから。バリスキの芝居を書いて、舞台を作るのが唯一無二の生きる意味だから。その領域で生きていくためになら、多分、結構無茶できると思う。スピード命のダケンド根性で乗り切ってみせるよ」
 そう言って●●は笑う。
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 学生ではなく社会人となった劇団メンバーですが、なんとも青臭い! でも、「ただやっぱり僕の本分は演劇で、脚本だから。バリスキの芝居を書いて、舞台を作るのが唯一無二の生きる意味だから。その領域で生きていくためになら、多分、結構無茶できると思う」という言葉は、心に染みるなあ……。

 生きる意味のためなら、多分、結構無茶できる。これもまたある意味で演劇に生きる人の闇のような気がしますが、好きなもののためなら地獄だって楽しくなるのは、クリエイティブな業界で生きる人間のサガなんでしょうね。

ポイント3:続編不要!? 伏線回収&起承転結が完璧な読後感!

 さて、最後に声を大にして言いたいのは、『いいからしばらく黙ってろ!』という小説が一冊で完璧に完結していること。

 最近はマンガも小説もスマホゲームも、なかなかエンディングにたどり着きません。大長編も面白いとは思いますが、やっぱり“エンディング”というか、小説を読み終える読後感って大事だと思うんですよね。

 「人生どん底。みんなが眩しいよ」という言葉から、さらなるどん底人生を歩むことになった富士さんが、迷子犬みたいな眉毛でうるうるしていた富士さんが、バリスキの演劇と出会ったことで、どう変わっていくのか。なぜ変わっていけたのか。

 月並みですが、涙あり笑いあり、成功あり失敗ありで、丁寧に富士さんの成長と心の変化が描かれていくわけで。もう、起承転結が完璧です。

 ラストのオチも含めて、大小すべての伏線がきれいに回収されすぎて、個人的には続編がなくてもいい作品だと感じてしまいました。まあ、そう言いつつも、富士さんの今後が描かれたら、また喜んで読んじゃうと思いますけど(笑)。

 そんなこんなで、一言でいうと“どん底人生”を描きながらも、読み終えると“生きてることが楽しく感じられる”小説です。

 学生の方でも文句なしに楽しめると思いますが、できれば社会人になった後にも読み直すと、なお面白いかと。

 学生というだけで学生という場所や役割がもらえていたことに対して、社会人として“自分の存在意義”や“生きる場所”を探すことの難しさなど、学生時代とはまた違った見どころを楽しめる作品だと思いますよ!

おまけ:自分が一番笑った場面(ネタバレあり)

 本当は一番感動したところをネタバレしたいけど、それはまあ人道的にもアレなので、自分が夜中に読んでいて笑ったシーンをちょっとだけ。

 ちなみに、本当はこのへんで寝ようと思っていたのに、このシーンで笑い過ぎて、バリスキのメンバーやボロアパート生活が好きになりすぎて、深夜に一気に読破してしまいました(苦笑)。

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 △△からLINEが来たのは、震える両手でスキンケアを終え、髪を乾かしていた時のことだ。
『テレビ見るか?』
 まさかテレビを貸してくれるのだろうか。そう思って、見たいです、と返事をした。すると、『窓を開けろ』と返信があった。
 疑問に思いながらも窓を開けると、すぐ向かいに建つ△△家母屋のリビングの窓も開くのが見えた。上半身裸の△△が立っていて、親指で自分の背後を指している。そこには、大画面のテレビがある。スポーツニュースをやっている。南野は二本指をチャッとこめかみあたりに立ててみせ、
「これは俺様からの施しだ。――楽しめ!」
 肉声でそう言って引っ込んだ。
「…………」
 ぼうっと佇む富士の耳に、「△△ー、テレ東にして」●●の声が聞こえてくる。窓から首を出して並びの窓の方を見ると、●●も窓から顔を出した体勢で「やっぱニュースに戻して」結構なわがままを言っている。富士に気付くと、「あ、こんばんは」嬉しげににこっと笑う。
「テレビっていいよね。音が聞こえなくてもなんとなく内容がわかるし。△△はネトフリもアマプラも入ってるから、なにか見たいのあったらリモコン使えばいいよ」
 リモコン、とは……テレビの方を見ると、ソファに股を広げて座っている半裸の△△がばっちり視界に入る。その手にはリモコン。つまり、あの露出度高めの巨人が、自分と●●のリモコン……。
 どっと疲れて、なにを言う気力も出ずに窓を閉めた。
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 いやあ、こんなボロアパートには住みたくないけど、住みたくないけど……楽しそうなんだよなあ。

 あと何気に、劇団員による「テレビっていいよね。音が聞こえなくてもなんとなく内容がわかるし」という言葉は、それだけテレビのカメラワークが便利であることを意味していて、逆に舞台演劇は遠目に見る観客もいるから音楽やセリフによる演出が必要だという言外の意味もあるのかなあとか、深読みするのも楽しかったです。