『Ghost of Tsushima』は過去に例を見ない仕事に!? SIEローカライズインタビュー後編

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 6月に発売された『The Last of Us Part II』に続き、7月もSIEから注目のゲームソフトが2本発売されました。

 まず1本目は、PS VR専用ソフト『マーベルアイアンマン VR』。本作はコミックや映画で人気のアイアンマンになりきって遊べるアクションアドベンチャーです。プレイヤーは両手に持った2本のPS Moveコントローラーでリパルサー・ジェットを操作し、大空を自由に飛びながらの戦闘が楽しめます。

 もう1本がPS4ソフト『Ghost of Tsushima』。本作は鎌倉時代の日本を舞台に、元寇によって占領された対馬で敵軍と戦う武士、境井仁(さかい じん)の戦いを描くアクションアドベンチャーです。プレイヤーは、オープンワールドで美しく描かれた対馬の地を探索、時代劇ばりの剣劇アクションで元軍を切り伏せます。

 今回は、日本での2本のローカライズを担当したSIEの石立大介氏と坂井大剛氏、関根麗子氏へのインタビューを敢行。発売後もユーザーから圧倒的な支持を得ている各作品についてお話をうかがいました。

 前編の『The Last of Us Part II』ローカライズインタビューはこちら。
『The Last of Us Part II』序盤にやめてしまった人ほど最後は泣ける!? SIEローカライズインタビュー前編

『マーベルアイアンマン VR』はおなじみのトニー・スタークになりきれる!

 まず『マーベルアイアンマン VR』を担当した関根麗子にインタビュー。マーベル作品でもある本作のローカライズや、日本語音声の収録についてうかがいました。

制作期間は伸びたものの、ボリューム抜群の内容

――コロナウィルスの世界的流行により、春先ごろからテレワークへの移行などオフィス環境の変化などがあったかと思います。『マーベルアイアンマン VR』の発売までの作業について、昨今の社会的状況の影響はありましたか?

関根麗子氏(以下、敬称略):『マーベルアイアンマン VR 』については、4月7日の緊急事態宣言前に収録を終えていたので、ローカライズ作業への大きな影響はとくになかったです。

――本作は発売前に体験版を配信していたころから、ユーザーの好評を博しているとうかがいました。実際に発売されてからの反応はいかがでしたか?

関根:ユーザーさんからは「アイアンマンになりきれた!」とか、「本当に飛んでいるみたい!」といったコメントをいただいていて非常にうれしいですね。もともと開発が目指していたところをちゃんと感じ取っていただいているので。なかには近くに扇風機をおいて体に風を感じつつ遊んでいる方もいるみたいです。自分も試してみたいなと思っちゃいました(笑)。

――タイトルが発表されてから発売までやや間が空いた印象ですが、制作で苦労されたことはありましたか?

関根:制作期間については、当初の予定よりもボリュームが大きくなったのが一番の原因ですね。しっかりとしたストーリーと、たっぷりの内容を実現するために制作期間は長くなったのですが、VR作品としてしっかり遊べる規模になりましたし、開発が目指していたクオリティに仕上がっています。

シナリオはマーベルライターとのコラボレーション

――日本でのマーベルヒーローはコミックより映画が人気で、本作も映画のアイアンマンと比較されることが多いかと思います。その状況を踏まえたうえで、ローカライズで気を使った部分はありますか?

関根:たしかにアイアンマンはよく知られているキャラクターなので、過去の映像作品などを参考にしながらローカライズを進めるなど、ファンの方々の期待を裏切らないような内容を目指しました。また、本作はVRゲームなのでそれらの要素をそのまま落とし込むのではなく、没入感の邪魔にならないように組み込んであります。原語ではマーベルのライターとコラボレーションしていて、ファンが抱くキャラクター像を裏切らないよう仕上がっています。

――本作の立ち位置としては、映画よりもコミックのほうが近い感じでしょうか?

関根:ストーリーは過去のコミック作品から影響を受けていますが、内容はオリジナルです。おもにキャラクターの統一性をとるためにマーベルからの協力を得ている感じですね。

おなじみのトニー・スタークになりきれる作品に

――主人公のトニー・スタークは、映画で吹き替えを担当していた故・藤原啓治さんの印象が強いと思います。今回の収録については代役を立てた部分もあると聞きましたが、そのあたりについて教えていただけますか。

関根:アイアンマンと言えばやはり藤原さんなので、タイトルが決まってから絶対にお願いしたいと思っていました。とはいえ、入院されてなかなか収録をお願いできない期間がどうしても発生したため、藤原さんの了承を得てごくわずかではありますがセリフを中野泰佑さんに代演をお願いしています。

――収録自体はいがかでしたか?

関根:今回、はじめていっしょにお仕事させていただいたのですが、最初から聞くだけで「アイアンマンだ!」とわかる演技でとてもすばらしかったですね。このアイアンマンをユーザーのみなさんに楽しんでもらえてうれしいです。

――本作はゲームオリジナルのストーリーですが、ゲームならではの要素について収録で特別にディレクションを行う場面はありましたか?

関根:私もそうですが、収録時に演出をされた方は過去に『Marvel's Spider-Man』も担当しているので、経験を生かして過去作品を参考にしたり、プレイヤーを誘導するセリフを入れる際に説明的になりすぎないよう気をつけたりして収録を行いました。ストーリーはゲームオリジナルですが、だからといってなにか演技をほかの映像作品と大きく変えるということはありませんでした。

――セリフはすべてフルボイスだと思うのですが、やはり収録量が多かったのは藤原さんですか?

関根:はい、プレイヤーがトニー・スタークとアイアンマンになりきるゲームですので、一番多かったのはやはり藤原さんですね。

――アイアンマンになりきって遊べるタイトルということで、購入に至らなくても気になるユーザーは多いと思います。彼らに対して最後にコメントをお願いします。

関根:VRに興味はあるけど、今まで躊躇されていた方もいるかと思います。自身が飛んでいる感覚を体験できる作品ですし、ゲームそのものとしてもおもしろいのでPS VRを購入するきっかけになるタイトルになってくれるとうれしいです。

時代劇のローカライズという前例のない作業だった『Ghost of Tsushima』

『Ghost of Tsushima』のインタビューには、石立大介氏と坂井大剛氏、関根麗子氏の3人が出席。発売から3日間で全世界累計実売が240万を突破するヒットを記録した本作を振り返りました。

最終段階でパンデミックに見舞われるものの無事発売へ

――コロナウィルスの世界的流行により、春先ごろからテレワークへの移行などオフィス環境の変化などがあったかと思います。『Ghost of Tsushima』の発売までの作業について、昨今の社会的状況の影響はありましたか?

関根:『Ghost of Tsushima』については4月7日の緊急事態宣言後、収録が思うようにできなかった時期があったほか、チームがテレワークに移行するなどの影響はありましたが、会社からのしっかりとしたサポートが受けられたのでスムーズに進行できました。

 今回の社会的状況においてもユーザーさんにベストな作品を届けたい、というゴールは開発チームも私たちローカライズチームも変わらなかったので、ゴールへのたどり着き方を工夫したという感じです。

石立大介氏(以下、敬称略):『Ghost of Tsushima』は、収録の一番最後の段階とQA(品質管理)チームが作業する時期とが、ちょうど海外で都市封鎖が行われ、日本での緊急事態宣言が出された時期と重なりました。このため、本当はQA部門に任せられるところを我々が自宅作業でカバーしなくてはならない時期がありました。たぶん、台本を書いて収録をして、さらにQAまで……ということでこのあたりは坂井が一番苦労したのでは、と思います。

 ヨーロッパなど、日本以外の言語についてはパッチで音声を追加することになった地域もあります。あちらは都市が完全に封鎖されてしまって、収録さえままならないところもありましたから。

 日本では、発売に間に合うよう日本語音声を収録できましたが、徹底した予防を行ったとはいえ、感染リスクを考えてお呼びできない時期もあり、本当は行いたかった音声の録り直しができないこともありました。ただし、自分たちが自信をもって送り出せるクオリティは発売時に実現できたと思います。

――本作は、わりとギリギリのところで発売できたということですか。

石立:本当にそうですね。開発の方針として、日本語はすべての地域のバージョンのディスクに収録するということになっていたので、こちらはギリギリまで作業して、さらに発売前のアップデートでも可能な修正を入れるという状態でした。

アメリカの開発会社が手がける“侍らしさ”

――発売当初から非常に高い評価を受けていると思います。日本も含め世界中のユーザーからの反応を受けての感想をお願いします。

石立:我々も発売後に開発チームと話をしましたし、北米のプロデューサーチームには以前日本のSIEに在籍していた者もいるので、日本からの反応については開発チームにも伝わっています。世界のどのユーザーよりも日本のユーザーによろこんでもらえたことが感動する、とめちゃくちゃよろこんでいましたね。

 時代考証などについてはともかく、本作の雰囲気を“時代劇っぽい”とか“侍らしい”と言ってもらえたことが、特に苦労のかいがあったと思っているようです。まさに“時代劇”や“侍らしさ”を目指して本作を開発していたため、こういった日本からの声を聞いて発売記念のオンラインパーティーで思わず涙ぐんだ開発者もいました。

 metacritic(映画やゲームなどのレビュー収集サイト)のユーザースコアも高いですし、SNSでもたくさんの方がスクリーンショットを投稿しているので、それを見ながらよろこんでいると思います。

――まさか、これまでの海外スタジオが制作した日本のゲームがここまでのクオリティで出てくるとは、本当に驚きました。ローカライズチームとしては、開発のどの段階で従来のゲームとはことなるものを感じましたか?

石立:最初は、私たちの上司が開発チームのトップの取材ツアーに同行するなどの形で開発に協力していました。私はそのあと実施されたE3のミーティングに呼ばれ、本作について説明を受けて正直なフィードバックが欲しいと言われたのが最初でしたね。

 やはり、海外で作られた日本のゲームと言うことで、警戒する感じはありましたし、「うちは批判を歓迎する文化だから正直に言ってほしい」ということで、「よーし、じゃあ言ってやるか」という感じでした。

 そのときに見せられたのが対馬の風景だったんです。それがもう、むちゃくちゃキレイで。“見たことがないのにかつて見たことがあるような気持ちになる日本の景色”だったんですよね。いくつか文化面のフィードバックはしたと思うのですが、その時点で「このままで製品になるならすごいな」と思いましたね。

坂井大剛氏(以下、敬称略):私が担当になったのは2年前のE3で公開された仁と政子のトレーラー用に吹き替え作業を行ったのが最初でした。

 そのときもすごいと思いましたが、本格的に感じたのは実際のローカライズ作業が始まって、開発から台本を受け取るようになってからですね。仁と百合のサイドストーリーの1つを見て「これをアメリカの人が書いたのか。すごいな」と思いました。

 心の機微であるとか百合のセリフ、仁の百合に対する言葉とかはアメリカでは見ないし、最近の日本でもなかなかない内容でしたね。

関根:私がチームに入ったのは実際に製品版のローカライズ作業が始まるころでした。

 私の役割は海外のチームと連絡をとることだったのですが、彼らと話していて時代劇や日本の文化に対して本当によく勉強していると感じました。彼らから来る質問も中身を掘り下げていく感じでしたし、何かを指摘した時も素直に受け止めて直してくれました。チームの体制もオープンなやり方だったので「これはもしかしたらすごいものができるかもしれない」と思いました。

――改めて聞きますが、本当に海外のスタジオが作ったんですよね?

石立:それは間違いありません(笑)。むしろ、海外の開発だからこそ“ザ・日本”という感じの要素をてらいなく入れられたのだと思いますね。

 先ほど関根が言った通り、彼らは意見に対して非常にオープンなんです。我々もそうですが、向こうの日本人スタッフのフィードバックもしっかり採り入れているようです。今のPS4を遊んでくれている20~30代の人は、それほど時代劇を見ているわけではないと思うんですが、アメリカのアート系の学校に行った人は、映画の歴史をたどっていくうちに時代劇にたどり着くので見ている人が結構いるんですね。

 たぶん、日本の若い人よりも時代劇の知識量がある開発チームだと思います。歴史についても多くのコンサルタントを雇用していました。

 そういえば、クリエイティブ・ディレクターのネイト・フォックスが初めて日本に来た時に、ミーティングで「日本は神仏習合と聞いていたけど、実際は分かれているんだね」と言っていたのを思い出しました。明治からは政府が神仏分離を進めたので現在は分かれているのですが、彼は中世から近世までのイメージが強く残っていたみたいです。

 また、狐が稲荷の祠に導いてくれるゲームの要素も海外の開発チームのアイデアで、「日本的にはおかしくない?」という確認の問い合わせをもらいましたね。

――それはどう返答したのですか?

石立:もちろん現実にそんなことは起こりませんが、稲荷社と狐を結びつける考えは日本にもあるから問題はないしすばらしいアイデアだと思います、とフィードバックした記憶があります。

――言われなければ海外スタジオの作品とは思えない本作ですが、逆に言えば桜の花びらと紅葉の葉が混在するように、とにかく美しい情景を生み出そうとしているあたりが日本の開発チームでは作られないものであるとも思います。開発チームとの問い合わせとフィードバックはかなりの分量があったのでしょうか?

石立:開発初期の僕たちのフィードバックはわりと否定的なものが多かったように思います。「紅葉といっしょに桜の花は咲かないね」みたいな(笑)。

 ただし、開発チームが一貫していたのは“我々は史実を作りたいわけじゃない”という点ですね。あくまで時代劇として楽しいもの、歴史の授業ではなくてゲームとして面白いもの、そして日本人だけではなくて世界の人たちが楽しめるものを作りたいと。しかし、日本人に“自分たちの文化が侮辱された”と思われるようなものは作りたくない、という方針だったんです。

 彼らの方針を受けて、開発後半では、開発チームのアイデアをできるだけ否定せずにつじつまを合わせる感じでフィードバックしていました。たとえば、紅葉のなかに桜が咲いているとすれば、それはきっと狂い咲きしているんだろう、といった感じですね。

 あとは主人公の仁の名前を“じん”と音読みすることは諱(いみな)としては行わないはずですが、それもきっと通称で本名は“ひとし”なんだろうと。ローカライズチーム内での考察や、監修いただいた歴史学の先生に問い合わせた結果をもとに開発チームへフィードバックしていきました。

坂井:私のほうには漢字や表記についての問い合わせが多く来ました。たとえば“仁之道(Jin’s Journey)”とか“浮世草(Tales of Tsushima)”、“傳承(Mythic Tales)”のように「英語でこう表記したいけれども日本語ではどうしたらいい?」といった問い合わせに対していくつかオプションを用意してリクエストに応えていく感じでしたね。

石立:最初に出てくる“對馬國”(つしまのくに)という表記もそうですね。グラフィックとして表示されるものは、基本的には旧字の表記にしてあります。

――漢字は向こうで用意しているのですか?

石立:そうですね。開発会社が書家に依頼しているそうです。

関根:言葉自体は台本を踏まえ日本の世界観に合わせて坂井が作っています。それを向こうに送ってゲーム上のグラフィックにしていく感じですね。

――そこから考えてもかなり本格的にやってるんですね。

石立:あとは、ハリウッドで活躍している日本人の俳優と契約して所作を日本人らしくするなどもやっていたようです。

――本作のタッチパッドのスワイプでできる仕草(おじぎ、尺八、納刀)はどれもすばらしいですね。

石立:開発チームの目標は“侍になってもらうこと”でした。尺八を吹いて天候を変えたり、道行く人にお辞儀をしたりしてもシステム上でのメリットがあるわけではないのですが、日本の歴史に興味のない人がプレイしても、日本らしい文化や現代日本とは違うということを感じてもらえるのではないかと思います。

 また、開発スタジオのサッカーパンチ自体がDUALSHOCK 4をフルに活用するスタジオということもあると思います。『inFAMOUS Second Son』のグラフィティアートを描くシーンでも、コントローラーをスプレー缶に見立てて、振ると内蔵スピーカーから“カラカラ”と音がする、というところまで再現していましたね。

 さらに、同作でネオンの能力を使ったときにあった光る演出のようにパーティクルへのこだわりが強くて、それが本作でも落ち葉が舞う演出などにつながっていると思います。

 世界的には、『Marvel's Spider-Man』のインソムニアックや『The Last of Us Part II』のノーティードッグと肩を並べるほど有名な開発スタジオであるサッカーパンチなのですが、『Ghost of Tsushima』を機に、より日本のプレイヤーにももっと名前を知っていただくようになったらうれしいですね。

日本のローカライズチームもフィードバックに協力

――海外スタジオの作品としては、日本側がサポートする機会が多かったと言えるのではないでしょうか。

石立:先ほど触れた日本への取材も複数回行っていますし、坂井に送られた問い合わせもそうですね。

 さらにいわゆる“ガヤ音声”と呼ばれる雑踏の音声を日本で収録していたり、森の音や鳥の声といった環境音のなかにはJAPANスタジオのサウンドチームが担当したものが結構あったりします。取材旅行も2回目以降は、落ち葉や土、岩などをカラーパレットと並べて写真撮影するなど素材を本格的に収集していました。

坂井:「当時の一般の男女の名前を知りたい」という問い合わせもありました。

石立:しかもそのあとで「僧侶の名前を知りたい」、「侍の名前を知りたい」と追加で出てきましたね(笑)。難しいのは、武士と僧侶は当時の名前が比較的残っているのですが、庶民の名前はそれほど記録に残っていなくて、とくに女性の名前はほぼないため、日本中世史を専門になさっている先生にお願いして“当時ありえたであろう名前”を創案していただきました。

 そういう意味では人の名前はかなり史実性を重視しているといえますね。ゲーム中で「えっ?」となるような名前があるかもしれませんが、モブの名前は少なくとも記録に残っているものが多いです。

関根:「手紙や掛け軸に使われる文字はどのようなものなのか?」という問い合わせがあって、こちらから提案したこともありました。最初は小学生の書初めのような感じの文字だったのをこちらからフォーマットを教えていくような感じでしたね。

――たとえば江戸時代あたりまでなら記録も残っていますが、さすがに鎌倉時代となると日本側でも調べるのに限界があるのではないでしょうか。

石立:そうですね。ただ開発チームには“鎌倉時代の再現についてはするところとしないところがある”という明確な方針がありました。

 たとえば、鎌倉時代の男性は基本的に烏帽子をかぶっているんですよね。これはどのような身分の人もそうで“ふんどしは取られても烏帽子は取られない”というのが当時の人の価値観なんです。実際に、ばくちですっからかんになった男性が烏帽子を残して丸裸にされる記録が残っています。

 しかし、烏帽子をかぶっている人物を世界中の人々が侍と認識できるか? となると難しいと思うんです。さらに鎌倉時代の服装は、江戸時代が舞台の時代劇に出てくるような侍のイメージとは異なるものがあります。

 こういった服装や城のような建造物は、史実よりも時代劇のイメージをもとに作っているところがありますね。また、市場のような場所についても当時は特定の日に開催されるフリーマーケット的な集まりだったりするのですが、それをそのまま再現してもゲーム的にあまり面白くななかったりします。 そこで、自分たちが作りたいのは鎌倉時代そのものではなく、“鎌倉時代をモデルにした時代劇”なんだ、という考え方で彼らは開発を行っています。

 そういえば、ゲーム中で拾える手紙についても、日本側としてはすべて旧字にしてしまってポップアップ表示される文章を現代表記にすればいい、という考え方でしたが、開発チームとしては「いや、時代劇ではもうちょっとやさしい表記になっているから」「日本のプレイヤーには読めるようにしたい」ということで、今のような形になった経緯がありました。

“鎌倉時代”と“時代劇”のさじ加減に苦心

――登場人物のセリフをどこまで時代劇風にするかのさじ加減についてはいかがでしたか?

坂井:今まで時代劇のローカライズという前例がなかったので、本作のローカライズにおいて指標となるものがなかったんです。

 まずは、ローカライズが始まる前に時代劇の大河ドラマやマンガ、小説に片っ端から手を付けて、“だいだいこの辺かな?”というアタリをつけましたが、あまりに昔の言葉づかいを強くしてゲームをしながら耳に入った言葉が理解できないのは困りますし、かといって現代語に寄りすぎると時代劇らしさが失われてしまいます。

 そこで、石立と相談しながら、言葉づかいの年代を調べられる辞典をもとに、なるべく中世に使われていた言葉をピックアップして文章を作っていきました。

石立:また最初の段階では、坂井と、プロジェクト当初に関わっていた谷口と私の3人で劇画原作者の小池一夫先生が開いていた時代劇のレクチャーに通わせていただいたこともありました。小池先生ご本人はもちろん、講義を担当された歴史小説家や時代考証家の方の話も面白かったことを覚えています。

坂井:私自身、時代劇はあまり見たことがなくて……。小池先生の時代劇レクチャーで時代劇をつくるにあたっての心構えを、そして小池先生の漫画から武士同士の会話をイチから学ぶ感じでした。

――たしかに、実際ゲームを見ると小池先生や平田弘史先生の作品が頭によぎることがあったのでなるほど、と思いました。

石立:サッカーパンチの開発チームが『子連れ狼』の大ファンであることも影響していると思います。

坂井:彼らが『子連れ狼』が好きだと聞いたので自分も作品を読み込んで、これはと思う用語やセリフをメモしたこともありました。

石立:メインのディレクターの2人うち、ネイト・フォックスは『七人の侍』や『子連れ狼』、『椿三十郎』や『用心棒』が好きですね。もう1人のジェイソン・コーネルは、『七人の侍』とかももちろん好きなのですが、さらに『乱』や『影武者』といった後期の黒澤明監督作品も好きだと言っていました。ゲーム中でも画面の色づかいなどを参考にしていたそうです。

 また、トレーラーを出すごとにユーザーさんの反応については常に注意していました。最初のトレーラーが一番時代劇的な言葉づかいが強い感じでしたが、ストーリートレーラーのころは実際のローカライズ作業が進んでいたこともあり、かなりコツがつかめてきていましたね。

 ただ、いわゆる時代劇風の言葉づかいがすぎると、今度は鎌倉時代の雰囲気というか江戸時代とは違うという印象がなくなるので、さきほど坂井が言ったように江戸時代に生まれた言葉づかいをなるべく使わず、遅くとも室町時代ごろまでに生まれていた言葉で現代でも使われているものをピックアップしました。そのうえで言い回しを時代劇風にすることで、江戸時代を舞台にした作品とはちょっと異なる感じにすることを目指しています。

――江戸時代だと町人がいわゆるべらんめえ口調になったりしますよね。

石立:侍だと“拙者”“それがし”“~でござる”みたいな(笑)。とはいえ、それが間違いだということではなくて、ひょっとしたらそういう言葉づかいでも成立したかもしれない、とは思います。作業についてもほかのローカライズ作品よりもセリフを書くための時間は長くかかりましたね。

坂井:めちゃくちゃかかりましたね(笑)。

 そういえば、関係ないのですが、ひとこと言わせてください。典雄(のりお)というキャラクターがいるのですが、僧兵である彼の名前音読みで“てんゆう”と呼ばれないことを不思議に思われた方もいると思います。彼はまだ僧になっていない見習の身であるため、名前が音読みではなく訓読みになっています。

石立:典雄については開発にも“僧侶の名前は音読みである”ということを伝えたのですが、さまざまな事情があって“のりお”以外の名前にできなかったんです。実は日本版では彼の物語を進めることで最後に「これで立派な住職だな、典雄(てんゆう)どの」というセリフを仁が言うようにするつもりだったのですが、セリフのカットなどがあった結果、彼は“のりお”のまま終わってしまうことになりました。

――英語圏など、他の地域の言語では、そういった古い時代を表現する言い回しを使っていたりするのでしょうか。

坂井:英語は現代語に近いですね。ただし、演技のほうはオーバーアクションのない、かなり抑えた感じをだしています。

石立:とくに武士の登場人物はそういう演技ですね。

坂井:そこにアジア風のアクセントを入れることで時代劇感を出しているようです。

 ローカライズ側としては正直やりづらいところもありました。たとえば原語で“城のメインゲートを開けろ”というセリフがあるのですが、こちらでは門の呼び方は1つだけではないので。門のことを当時はどういう風に呼んでいたんだろう、という歴史好きな方々が気にされるであろう点についても、日本中世史を専攻されている教授にご教示いただきました。

石立:ちなみに“メインゲート”については、“大手門(おおてもん)”や“大門(だいもん)”、“大門(おおもん)”という呼び名があるけど、“大門(おおもん)”は吉原っぽいからやめた方がいい、というアドバイスをいただきました。

 また、英語と日本語との違いということでいえば、ゲーム中に出てくる“和歌”は日本だけの翻訳で、その他の海外地域では“Haiku(俳句)”なんです。ここも開発チームとやり取りしたのですが、“俳句でさえかなりマイナーで知っている人の少ない日本文化なのに、さらに和歌と言われても理解してもらえないよ”となってこうなりました。

 ただし、英語でもちゃんと音節が五七五になるよう詠んでいます。鎌倉時代に五七五で歌を詠むことがなかったとは言い切れませんが、少なくとも一般的ではないでしょうし、時代的にはこちらが正しいということで日本語版のみ和歌となりました。まあ、そもそも鎌倉時代の武士が漢字を読解したり和歌を詠んだりするところがフィクションではあるのですが。

吹き替えではなくイチから時代劇を作る

――日本語版は役者さんの演技もすばらしかったのですが、収録時になにか特別なディレクションを行うことはありましたか。また、本作の役を演じることについての役者さんの反応についても教えてください。

坂井:本作を担当いただいていた収録ディレクターの方と最初にミーティングをした時に、まず“時代劇を作りましょう”という話になりました。原語の押さえた演技をそのまま吹き替えるとやはり違う感じになってしまうので、それをあえて無視する形でイチから時代劇を作りましょうと。

 キャスティングについてもいろいろな方をお呼びしましたが、その際も演技力だけではなくそれぞれが担当するキャラクターの雰囲気、人物の一面を出せる方を読んでいただきましたね。収録現場でのディレクションについても、通常の吹き替えと異なり時代劇に登場する日本人の自然なしゃべり方を意識していただく感じでお願いしました。それから仁であれば、彼が接する相手に応じてキャラクターがもつ雰囲気を変えてもらうようにディレクションする、という感じですね。

 また、物語が進むにつれて仁が冥人に落ちていく際も、収録ディレクターが「今は〇割くらい冥人に落ちている感じです」という感じで状態を伝えてから演じてもらっています。演じる中井和哉さんもそれにあわせて沈んでいく仁を見事に演じてくださいました。

石立:先ほどのディレクションについて補足すると、志村と接するときと、ゆなや堅二と話しているときでは、声というか演技そのものが変わる感じですね。志村に対しては重々しく話すのですが、ゆなや堅二たちには比較的礼儀正しさを気にしたり感情を抑えたりすることなく話しています。

 仁は、石川先生にずけずけものを言ったり、かつて竜三との勝負に勝った時のことを無邪気に自慢したりとあまり空気の読めないところもあるのですが、それでも嫌な奴にならないようなセリフを坂井が書いてくれていますし、さらに中井さんがそのセリフに含まれているものを完全にくみ取って演じてくださいました。

坂井:キャスティングも、時代劇を演じてもらえる方という前提でキャスティングしていただいたので、これまでSIE作品のローカライズでご一緒していなかった方も収録しています。ゲーマーに受けるかどうかよりも、マニアックではあっても深さを追求した、“わかる人にはわかる”キャスティングにしています。出番は少なくとも、重要な役には実力のある方をかなり贅沢に起用させていただきました。演技が良すぎて、“これで終わり? もったいない”という方もたくさんいらっしゃいましたね。結果として、その味わいを多くの方にご理解いただけたのかもしれません。

石立:キャストの方々も、非常に熱を入れて演じてくださって。たとえば、志村を演じてくださった大塚明夫さんはオーディションに来ていただいたときから、本作が海外開発作品であるにも関わらず非常に好意的にとらえてくださって、志村という役についても簡単な説明で役を理解して“これぞ志村”という演技をしていただけました。ゆな役の水野ゆふさんも天才的な演技でしたし……。本作のローカライズでは、役者さんの実力や熱意に本当に多くを負っています。

――キャスティングで言うと、琵琶法師役の羽佐間道夫さんには驚かされました。

石立:伝承を語る際の琵琶法師のセリフは英語でも独特の発声なんです。もともとは伝統芸能をたしなむ方に演じてもらおうかと考えていたのですが、ご自分の間ではなく原語の間に合わせて演じていただく必要があるため難しい。いろいろ検討した結果、収録ディレクターが推薦してくださったのが羽佐間さんでした。以前に役者修行の一環として、伝統芸能の経験があるそうです。

坂井:あの伝承の台本は石立さんの作業でしたね。

石立:実際に書いたのは私ですが、最初のものはプレイヤーの方はほぼ理解できそうにない難解なものでした。それを坂井と収録ディレクターに読んでもらって、特に理解できなそうなところを指摘してもらって書き直したので合作という感じですね。それでも羽佐間さんに読んでいただいたものを聞くと、見事な演技に、意味はあまり分からなくても良かったんじゃないかって気になりますね(笑)。

――今まさに本作をプレイしている人、購入にはいたらないけど気になっている人へのメッセージをお願いします。

石立:過去にないローカライズ作品となった本作が日本のプレイヤーにも楽しんでいただけて正直ほっとしています。坂井が先に言った通り、マニアックな方向性に進んだローカライズだったので。また、日本を舞台にした物語に6年もの期間と異常なまでの情熱をかけた、開発会社サッカーパンチの努力が報われて本当によかったと思います。

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