レトロゲーム談義 千夜一夜 第1夜:『夢幻戦士ヴァリス』
- 文
- 池田英世
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不惑(40歳にして迷いがなくなること)に至ってまだ悩んだり、知命(50歳にして天命を知ること)を過ぎてもなお明日が見えず、ふと枕を濡らす夜がある。そんな時は、気の合う仲間と昔(のゲームの)話に花を咲かせたっていいじゃない。
本コーナーでは、いわゆるレトロゲームをちょっと変わった切り口で紹介しています。ベースにはもちろん、筆者の記憶と思いこみ、それと業界で身に付いた多少の知識や考察などがありますが、基本的にはゆるく曖昧なフィクションの形式を取っています。だって思い出話をする時って、記憶があやふやだからこそ楽しいってこと、ないですか?
10%のアクションと、20%のサウンド。そして30%のビジュアルシーン…残りの40%は、ビキニアーマー、だった? のかも?
晩夏の東京都下、午後7時。駅からほど近い小さな中華料理屋の小さなテーブル席に、私服姿の中年1人とスーツ姿の男女が座っている。スーツ姿の方は男女といっても親と子ほど年が離れているように見えるので、おそらく職場の上司と部下といったところだろう。
コロナ禍である。テーブル上には透明なアクリルのパーテーションが置かれ、微力ながら飛沫飛散防止に努めている。
村井:そういえばあの記事見た?
私服姿の中年、村井が尋ねた。私服と言っても日焼けした肌に品の良さそうな明るい色のシャツをさりげなく着こなしており、決してこれから近所のコンビニへ行くといった風ではない。
岸田:あの記事って?
対面に座ったスーツ姿の男、岸田が答える。スーツといってもネクタイはゆるめ、上着は椅子にかけていて正確にはベスト姿だが、素人目にも上等とわかる揃いのストライプ生地が、どこか知的な雰囲気を漂わせている。
村井:“ヴァリス”が復活するっていう。
岸田:“ヴァリス”って確か…『夢幻戦士ヴァリス』だっけ?
村井:そうそう、良く憶えてるねぇ。
岸田:そんなにハッキリではないけど。確か横スクで、JKで、剣で戦って、異世界行くやつだよな?
村井:そそ、それ。まさにそれ。
●村井正道(むらいまさみち)と岸田実(みのる)
本編の牽引役。2人とも昭和46年生まれで、今年50歳を迎えたザ・団塊ジュニア世代だ。子供の頃はよく互いの家でゲームに興じていたが、現在はある意味真逆の人生を送っており、岸田は文具メーカーのマーケティング部長。一人息子は成人し、近く結婚を控えている。
一方村井は出版社勤務で未婚、もちろん子供もいない。2人とも生涯現役ゲーマーを公言しており、それゆえ今でも交流が続いているわけだが、やはり得意分野や好きなジャンルなどは、幼少期とは異なるらしい。
由芽:それ、レトロゲームのお話ですよね。興味あります。
横から女性の方のスーツ姿が口を挟む。こちらは岸田と異なり、まだそれほどスーツを着慣れていないのだろう。これから就職の面接だと言われても容易に信じられるほどのリクルートっぽさだ。
村井:お、さすが舘原ちゃん食いつくね。
由芽:恐れ入ります!
●舘原由芽(たてはらゆめ)
舘原由芽は岸田の部下であり、また岸田の息子・翔(しょう)の許嫁でもある。1996年生まれで今年25歳になり、職務経験は約2年と少し。仕事の上ではまだまだ新米だがゲーマーとしては年季が入っていて、かつて学生の時分には格闘ゲームの全国大会で決勝リーグに残ったこともあるらしい。上司であり近く義父にもなる岸田も一目置くところだ。
最初に自費で購入したゲームは2009年12月発売、PlayStation3 版の『FINAL FANTASY XIII』。PS3本体は中学校への進学祝いに祖父から買ってもらった。スマホのソシャゲ黎明期は2012年頃からなので、ギリギリ刷り込みはコンソールゲームによって行われた世代といえる。
岸田:興味っていってもおまえ、30年以上前のPCゲームだぞ?
由芽:基本、ゲームに好き嫌い食わず嫌いありませんから。
●30年以上前のゲーム
正確に記すなら『夢幻戦士ヴァリス』の最初のリリースは1986年12月で、最初はPC-8801mkIISR以降、X1、そしてMSX向けに展開された。2021年から遡るとするなら35年前ということになる。
余談だが1986年といえばファミコンのディスクシステムが発売された年であり、そういう意味では最初の『ゼルダの伝説』が生まれた年でもある。
村井:見たかったら見てみる?
由芽:え?
村井:ボクもその記事読んでたらちょっと懐かしくなってね。Project EGGでダウンロードしてみたんよ。
岸田:ほぉ?
●Project EGG
Project EGGはD4エンタープライズが提供するレトロゲームの配信サイトだ。日本ファルコムに工画堂スタジオ、日本テレネットやT&E SOFTなど、特に80~90年代にPCやゲーム機で人気を博したメーカーのタイトルがまさに夢のようなラインナップで揃っており、復刻パッケージやゲーム音楽などの販売も手がけている。
由芽:良いんですか? 見てみたいです、というか遊んでみたいです、ぜひ!
岸田:おまえも相当だな。
村井:ほいほい。待ってな、今渡すから。
村井が待ってました、用意してましたと言わんばかりに自前のノートPCを操作すると、雰囲気のあるサウンドと共に日本テレネットのロゴが現れ、やがてPC-8801版『夢幻戦士ヴァリス』が起動した。
由芽:わぁ、いかにもレトロって感じでイイですね!
岸田:そうそう、このオープニングな。当時このアニメチックな表現は新しかったよ。
由芽:……。
由芽はもう画面に夢中だ。レトロというにも程がある35年前の作品に、いったい何をどれだけ期待しているのだろうか。まさしく食い入るようにノートPCの液晶を凝視している。
●オープニング
『夢幻戦士ヴァリス』では冒頭とラスト、そしてステージ途中でいくつかの“ビジュアルシーン”が再生される。それらは厳密にいえば“映像っぽいもの”に過ぎないのだが、当時のパソコンゲーマーたちにとっては非常に画期的であり、とてもとても強く惹きつけられた。
そも、今日では当たり前だが、プレイヤーをゲームの世界により没入させるために映像という手法を用い、特に冒頭で世界観の説明を行なうことは非常に合理的である。だがこの『夢幻戦士ヴァリス』以前に、それをここまでしっかりと作ったケースはほぼなかったと筆者は記憶している。
おそらく単に技術的な問題であり、1988年上半期には日本ファルコムから『イースII』などが発売されていることから、いずれは各社この場所にたどり着いていたことはまず間違いないだろうが、それでも『夢幻戦士ヴァリス』の“ビジュアルシーン”が当時、そして後の世に与えた影響は極めて大きかったといえる。
やがてビジュアルシーンが終了し、主人公である優子が制服のまま1人フィールドに放り出される。右手には剣。上下左右からは無限に敵が押し寄せてくる。画面右下に矢印が表示されていて、目的地のおおよその方向を示してくれている。
村井:カーソルキーで移動、スペースキーで攻撃ね。
『ヴァリス』含め当時のゲームの難易度が高かったのか、あるいは現在のゲームの難易度が低いのか。それについての言及はここでは避けるが、腕に覚えのあるゲーマー・由芽をもってしても、『ヴァリス』の攻略はそれなりに困難であるらしい。何度かゲームオーバーを繰り返し、悪戦苦闘しながら少しずつステージを進めている。
由芽:これって何ステージまであるんですかね?
画面から目をそらさぬまま、誰にともなく由芽が尋ねる。独り言のようにも聞こえたが、村井が親切に答えた。
村井:確か10面だったかな?
由芽:なるほど…。
自分の倍近い年齢を相手にひとことの礼もなく、そのまま無心でゲームを続ける由芽。
だが岸田も村井も、それにはもう慣れたものなのだろう。むしろ笑顔でグラスを傾けている。但し重ねて言うがコロナ禍である。都内は緊急事態宣言下である。当然グラスの中身はウーロン茶だ。
村井:そういえば『ヴァリス』ってなんであんなに人気あったんだと思う?
岸田:実際どれだけ人気だったのかは分からないけどな。今みたいにSNSがあったわけでもないし。
村井:まぁね。でもあれだけ移植版や続編が出たってことは、相当売れたんじゃないか?
岸田:多分な。実際面白かったし。今だって隣で音を聞いてるだけで、懐かしさだけじゃない、ゲーマー心を刺激する何かに触発されてウズウズする。多分俺にとって『ヴァリス』、っていうか日本テレネットのゲームは音楽だったんだろうな。
由芽:ふぅ。
キーボードから手を離す由芽。どうやら壁に行き当たったのか、「一時休戦!」とグラスに残ったウーロン茶をぐいっと飲み干した。
岸田:どうだ? 30年前のゲームの感想は?
由芽:だいたい特徴はつかめました…かね? 多分?
岸田:どんな風に?
由芽:どんな風…えぇ!? …そうですね、基本はオーソドックスなシューティングアクションゲームですよね。主人公ちゃんは剣を装備してますけど、結局は弾を飛ばして攻撃するのがメインの攻撃手段なので。スクロールは横にも縦にもします。そしてどこかにいるボスを探して倒せばステージクリア。特に謎解き要素もないみたいだし、敵の攻撃も突進か弾をまっすぐ撃ってくるか。ゲーム性としてはそこまで珍しさを感じなかったので、雰囲気というか世界観で惹きつけるタイプのゲームですよね。合ってます?
村井:いやいや、スゴいよ舘原ちゃん。驚いた。これも岸田の教育の成果?
岸田:なるほどな…。相手がゲームとなると普段以上の実力を発揮するってことか?
意地悪そうな笑顔で岸田が答える。
由芽:えっと…。これって私、褒められてます?
村井:さぁ、どうだろうね?
面白そうに村井も煽ってくる…が、特にオカマイナシの由芽であった。
由芽:まぁいいか。褒められたと思っておこう。ありがとうございます! で、ゲームの話に戻りますが、とはいえなかなか斬新なところもありましたよ?
村井:斬新? へぇ、たとえば?
由芽:画面下に体力ゲージがあって。
由芽、餃子モグモグ。そしてウーロン茶おかわり。村井と岸田の前には食事の類は何も置かれていない。おそらく遅れて来る最後の1人を待っているのだろう。若い由芽だけは空腹に耐えかねたと見える。
由芽:これ、普通に敵の攻撃を受ければ減るし、回復アイテムを取れば増えるんですけど、それだけじゃないんです。このゲージって武器や防具ともリンクしてて、要は武器とか防具を拾うと、その強さに応じた分のゲージっていうかレベルが消費されちゃうんですよ。それで意地悪なことに、けっこう強い武器がスタート地点近くに落ちてて、お!? と思って拾うじゃないですか。そしたら「お前にはまだ早い!」みたいな煽りメッセージが出て、いきなり袋叩きでゲームオーバーっていう。
村井:そんな理不尽なシステムだったっけ?
由芽:だったんです。ちょっと面白かったですけど。あと理不尽といえば、やっぱりノックバックですね。最初から最後までノックバックとの戦いなんですよ、このゲームって。
村井:そうだっけ?
由芽:はい。だいたいゲームオーバーになる原因はノックバックですよ。特に一番キツいのは、ジャンプで上の段に上がろうとしたとき、ノックバック喰らって逆に下に落とされるやつ。
村井:ああ、あったあった。確かそれって、シリーズ通しての特徴だった気がするなぁ。
●シリーズ通しての特徴
村井の記憶は半分正しいが、半分間違っている。確かに『ヴァリス II』でも『ヴァリス III』でも敵の攻撃を喰らうとノックバックが生じる。だが初代『夢幻戦士ヴァリス』のノックバックが凶悪に見えるのは、そこにもう一つの要素“敵が無限に湧き続ける”が重なっているからだ。
要は、ジャンプで飛び移らなくてはならない床があり、その上では敵が待ち構えている。普通なら、あらかじめ敵を処理してしまえばあとは落ち着いてジャンプに集中するだけでいい。だが初代『夢幻戦士ヴァリス』の場合、敵が無尽蔵に現れ続けるのでそうもいかない。よきタイミングで、敵を倒しながら、ジャンプ移動に成功しなければならないわけだ。
と、ここで、若いスーツ姿の男が静かに来店してきた。
イラッシャーイ!
村井:おっと、ここで満を持して主役がご登場のようだ。
振り返る岸田と由芽。
由芽:あ、翔クン!
まるで玄関で主人を出迎える子犬のように、満面の笑顔で手を振る由芽。それに気付いた翔と呼ばれた若い男が、軽く会釈して近寄り、村井の隣、由芽の正面の席に着いた。
岸田:コイツが主役? いつからだ?
村井:そういうこと言わない。少なくとも由芽ちゃんにとっては間違いなくそうなんだから。
由芽:ええそうですよ。翔クンは私の物語の主人公です!
岸田:何言ってるんだ、お前の物語の主人公はお前だろ?
村井:ハハハ、まぁまぁ。翔君久しぶりだね。さ、ごはん注文しよか。
翔:ども。先に食べてもらっててよかったんですけどね。
●岸田 翔(きしだしょう)
翔は岸田の息子であり、舘原由芽の婚約者だ。1994年生まれの27歳。年齢の上では由芽より少し先輩であるものの、幼い顔立ちとその小柄な体格も相まって、傍目には残念ながら2人の関係は姉と弟としか映らない。
職業は地方公務員ということになる。いわゆる役所勤めだ。父の影響もあって子供のころからゲームは相当遊んできたが、どうやら今はそれほどでもないらしい。目下の趣味は読書でミステリーを特に好むが、実はそれは幼少期に父と一緒に遊んだセガサターンの『クロス探偵物語』の影響だったりする。
由芽:私はお腹すいたから先に餃子だけもらってたよ。
翔:別にいいけど。で、中華屋でPC開いて何の話をしてたんですか?
岸田:いつも通りだよ。
村井:そ、いつもの通り。ゲームのオハナシ。
食事の準備のため、由芽が少しだけ名残惜しそうにPCを村井に返却する。アプリケーションが開いたままなのは、食後に再チャレンジする気、というかそのための無言のアピールなのだろうか。
翔:レトロゲーム、いやレトロPCゲームか。もしかして『夢幻戦士ヴァリス』ですか?
岸田:…。
それをのぞき込んだ翔が一言つぶやくと、岸田が心底驚いた風に自分の息子の顔をまじまじと眺めた。
村井:…いやいや驚いた。翔君まだ生まれてないよね? この頃。
岸田:あたりまえだ。
翔:いや、今日たまたまニュースサイトで見たんですよ、復刻するって話を。
村井:なるほど、ボクと同じだったわけだ。そうそう、ヴァリスが復活するんだ。Nintendo Switch 用ソフトとしてね。で、中身はどうやらPCエンジン版の『夢幻戦士ヴァリス』『ヴァリス II』『ヴァリス III』をパッケージにしたものっぽい。
村井がWebサイトを開いて見せると、確かにそこにはNintendo Switch用ソフトとの記述がある。ビキニアーマーを身にまとった主人公・優子をあしらったキービジュアルが一瞬、なぜか岸田の郷愁を誘った。
岸田:『ヴァリス』って三部作だったか? もっといろいろあったと思ったが。
村井:いや、もっと出てたと思うよ。でもスピンオフとかバリエーションまで合わせると相当な数になるから、あえて『III』までで留めたんじゃないか? それこそ優子が主人公の物語は、確か『III』までだったからね。『IV』からは世代が変わるはず。
岸田:あるいはまぁ、複雑な大人の事情があったのかもしれないがな。
村井が無言で肩をすくる。
翔:『夢幻戦士ヴァリス』。ビキニアーマーの先駆けですよね、確か。
由芽:ビキニアーマー!? なんかすごくインパクトのある響き!
岸田:ビキニアーマー? ビキニアーマー…ああ、そうだ。そういえば『幻夢戦記レダ』ってなかったか? ビキニアーマーといえば?
由芽:なんです? それもゲームですか?
翔:いや、違う。アニメだよ。
由芽:えー、ゲームじゃないんだ。ビキニアーマーのアニメ…なんかいやらしいやつ?
岸田、翔:違う(わ)よ!
岸田親子の声が奇しくも重なった瞬間だった。
●幻夢戦記レダとビキニアーマー
『幻夢戦記レダ』は1985年に発売されたOVA作品で、同年『吸血鬼ハンターD』の併映として劇場公開もされた。いのまたむつみデザインによる魅力的なキャラクター、スピード感のあるアクションシーンと重厚な音楽。当時数あったオリジナルアニメ作品の中でも傑作のひとつとして数えられ、ビキニアーマー黎明期に大きくその布教に貢献した偉大な作品のひとつでもある。
1985年のアニメ『幻夢戦記レダ』と1986年のゲーム『夢幻戦士ヴァリス』。JK、異世界転移、ヒロイニック・ファンタジー、戦士としての目覚め。そしてビキニアーマー…。うん、きっと筆者の邪推であろう。
はーい、ご注文は? と、ここでデウス・エクス・マキナ的まさしく神タイミングで店員が現れ、注文を聞きに来た。
由芽:まぁいいか。私餃子定食で!
岸田、村井、翔:まだ餃子食うのかよ!?
“ヴァリス復活応援プロジェクト”としてクラウドファンディングから始動し、正式に特典や発売日が決まったNintendo Switch版『夢幻戦士ヴァリス COLLECTION』は2021年12月9日発売予定です。詳しくは公式サイトまで。
著者プロフィール
池田英世
シバルリージャパン代表。1990年代初頭から文筆業を開始し、その後雑誌の編集、ゲームやアニメの脚本、楽曲の作詞やゲームの開発、プロデュースなどを経験しながら前職では某外資系オンラインゲーム会社にHead of Marketingとして勤務。現在は主に海外のゲーム会社向けにマーケティングコンサル、PR、ASO、QA等のサービスを提供している。
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