12月12日、東京大学本郷キャンパスにて、東京大学大学院情報学環歴史情報論研究室とIGDA東京が運営する「東京大学ゲーム研究プロジェクト」の、第1回公開講座が開催された。
今回の講義のテーマは「テレビゲームと子どもたち」。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科複合領域科学専攻助教授であり、社会心理学の専門家である坂元章氏を講師に招き、ゲームがどのように子どもたちの暴力行動などに影響しているのかなど、約2時間にわたる講義が行われた。
本日の講義は、テレビゲームが人間、特に子どもたちにどのような影響を与えるのか、実験と観察に基づいた解説と、その影響はテレビゲームのどのような要素によるものなのか、という2点について掘り下げる形で進められた。
■3つの実証研究方法
これまでゲームの分野はあまり研究が行われてこなかったこともあり、科学的な実証ではなく直観によって影響が語られることが多かった。しかし、客観性を高めるためには実証研究を行い、実際に何が正しいのかを調べる必要がある。
坂元氏の専門分野である社会心理学においては、主に3つの方法によって実証研究が行われるという。この3つとは「調査研究」「パネル研究」「実験室実験」だ。
「調査研究」とは、簡単にいえばアンケートなどを取って調査を行うというもの。ただし、この方法は因果関係の立証に向いていない。例えば、ゲームのプレイ時間についてのアンケートと、暴力的な性格かどうかというテストを行い集計する。この結果、ゲームを長時間プレイしている人ほど暴力的な傾向が見られるという関係が出てきた場合に、ゲームをするから暴力的になるのか、逆に暴力的だからゲームをプレイするのかが区別できないのだ。
そこで、因果関係を見るために同じ対象に対して、同じ調査を長期的に複数回行う「パネル研究」が行われる。坂元氏によれば、この結果を分析するとある程度の因果関係を立証することができるとのこと。
最後の「実験室研究」は、文字通り実験室で被験者を対象にして実験を行うもの。この手法では因果関係の特定が容易というメリットがある。また、ゲームのどういった要素が人に影響を及ぼすのかを調べることにも向いている。一方で短期的な影響しか明らかにできないため、パネル研究と併用することで議論をすることが望ましいと坂元氏は説明した。
また、テレビゲームの研究の現状については、テレビやインターネットなどを対象にした研究に比べると少ない。これは、比較的新しいメディアであることと、研究者にとって日常的に触れる機会が少ないため、興味を持たれにくいといった理由があるという。
■ゲームは暴力性を高めるか?
続いて、ゲームによって暴力的な傾向が強まるかについて。これは結論から言ってしまえば、暴力的なゲームをプレイした場合に、子どもが暴力的な傾向を持つことが認められる方向の研究結果がある。ちなみにこれは、テレビ映像についても同様とのこと。暴力シーンによって欲求不満が解消されるという説もあったが、現在はこの説は否定されているという。
この理由について坂元氏は「ゲームが暴力を学習させる」ことが大きな理由であると説明。暴力を学習するというのは、暴力によってヒーローが問題を解決したりすることで、暴力がよい解決手段だと認められてしまうことが挙げられる。特にゲームにおいては自分自身を反映したキャラクターが相手を倒すことで、ストーリー展開や未知の映像などを含めた報奨を得る構造になっているため、テレビよりも影響力が強いのではないか、という説もある。
また、ゲームの中で暴力を振るうことで、実際に暴力を振るうことにも慣れてしまう。例えば現実に怒りを感じた場合、我慢する、逃避するなどさまざまな選択肢があるが、暴力への回路が開かれやすい状態になるというのだ。
その他、技術が進歩することによって、ゲームがより現実に近づいている点が触れられた。そのため、学習された暴力が現実世界でも出てしまう傾向が強まっているという。
ただし、ゲームのどういった要素が暴力性を引き出すか、という部分まではあまり研究が進んでいない。格闘ゲームで相手を倒すことと、RPGでモンスターを倒すことは同じ「暴力」であっても表現方法や質が異なるわけで、テレビゲームでも要素によって暴力性の傾向が異なる可能性は高い。
■ゲームの良い面
では、逆にゲームの影響によって現実世界で人助けをするなど、社会に役立つ傾向(向社会的傾向)が強まることはないのか。この点については、ゲームの分野ではほとんど研究されていないが、テレビに関しては影響力があることが認められている。暴力シーンが暴力的傾向を強めるのと同様に、向社会的なシーンによって現実でも向社会的行動を行う傾向も強まるのだ。ゲームにおいての研究はまだ少ないが、テレビと同様の結果が得られるのではないかという話であった。
しかし、ゲームでは暴力的なシーンが多いという現状がある。坂元氏はゲーム内容についての研究も行ってきているが、約9割のゲームに暴力シーンが含まれており、向社会的なシーンが含まれるゲームは約30%~40%と、両者の間にはかなりの開きがあるという。そのため、ゲームの暴力的な側面が目立って取り上げられるのだろうとのことだった。
■ゲーマーは人間関係構築が苦手か?
続いては、ゲームが人間関係に及ぼす影響について。マスコミなどでは、ゲームによって不登校や引きこもりが助長されているのではないか、という懸念がよく言われるが、研究結果ではこういった意見は否定される方向にあるとのこと。むしろ、ゲームが人間関係を阻害するのではなく、もともと人間関係構築が得意でない人が、ゲームをするようになる関係が検出された研究結果があるという。
ゲームは人間関係を阻害するといわれるが、高校生以下の年齢層ではソフトの貸し借りや情報交換などによって人間関係が円滑に進む場面もあるため、相殺されているのではないかと坂元氏は説明する。しかし、大学生以上の年齢になると、ゲームが上手という理由で尊敬されたりする機会がなくなってくるため、人間関係を阻害する方向に働くという説もあるとのこと。
また、インターネットによって人間関係の阻害が引き起こされているという説があるが、これはアルコール中毒と同じく一部の人間に発生する限定的なもので、ネットユーザー誰もが人間関係不全に陥るわけではないという研究結果がある。最近ネットゲームが普及してきているが、ネットとゲームが組み合わさった際にどういった影響を及ぼすかについては、今後の研究課題としている。
■ゲームと学力低下の関係は不明。「ゲーム脳」は研究方法に問題が。
ゲームによって学力低下が引き起こされるかという点については、明確な関係は今のところはっきりしていない。研究も少なく、悪影響の可能性があるのではないか、というレベルなのだそうだ。ただし、ゲームが図形把握能力など視覚的能力を向上させるということは明らかにされており、先日米サイエンス誌でもこの点に関する研究結果が掲載されたという。
その他、教育機能を持ったゲームは学業不振児に高い効果が見られるとのこと。ただ、このジャンルはマーケットサイズも小さく、エンターテインメントと学習の両面のクオリティが問われるため開発コストもかかるため、現時点では展開が難しいと予測される。これに関して坂元氏は、「学校がゲームに理解を示せば、マーケットとして成立する可能性がある」と述べた。
また、日本大学の森教授の著書「ゲーム脳の恐怖」が、発表当時に一大センセーションを巻き起こしたことは記憶に新しい。これは、ゲームプレイによって繰り返し前頭前野の活動が低下することで、ゲームから離れても前頭前野が機能しなくなってしまうという説を述べた本だ。
この「ゲーム脳の恐怖」の調査内容に関しては、Webサイトや書評によって調査方法の不備などが指摘されている。また、ゲーム中に前頭前野の活動が低下することは10年以上前から研究結果として報告されていることでもある。
ただし、脳医学の領域において発達に対する影響がどうなのか、という調査結果は今のところない。ゲームによって前頭前野の活動が低下するという経験を繰り返すことで、ゲームから離れても前頭前野が活動しなくなるかどうかということは明らかにされていないのだ。
これは心理学の分野に置き換えれば、「ゲームプレイ中は現実の人間との接触がない」という事実が明らかになっているだけといえる。心理学者はその先の部分、ゲームをやっていないときに現実の人間と付き合えなくなるのか、という発達への影響について議論が行っているとのこと。脳医学の面でも長期的に、発達における客観的な研究を行う必要があるだろうと坂元氏は言う。
■そのほか、視力や体力について
ここまで、主に坂元氏の専門である心理学の領域での影響が語られたが、ゲームは、視力や体力に対しても影響している。これらについては、一部のゲーム、例えば『Dance Dance Revolution』など体を使うゲームを除けば、悪影響があるという認識がなされているのが現実だ。実はこれらの面について、研究結果による実証はほとんどないとのことだが、常識的に考えてもゲームによって体力がつき、視力が向上することはまずないだろう。
■ゲームが抱える今後の課題
では、ゲームが持つこれらの影響に対して、業界やユーザーはどのように対処していくべきなのか。
テレビゲームは優れた技術であり、進歩によって今後さらに人間に対する影響力は強くなっていくとみられている。そこで、有効利用できるゲームの開発を進めることで、良い面の影響を及ぼすゲームを作ることが望ましいと説明。悪影響に関してはゲーム業界で取り組み、対処していくのが無難だとした。
仮に暴力的な表現に対して法的規制がされれば、そういったゲームを作ることは犯罪となってしまうし、憲法で保障された表現の自由の問題もある。また、一度法規制が入ってしまうと思考停止の状態に陥ってしまい、悪影響が認められるたびに法で対応しようとしてしまう可能性もあることが説明された。
一方家庭や学校などでも、メディアリテラシー教育の充実や家庭に対する社会教育の振興が必要であると坂元氏は言う。現在子どもが一体どのようなゲームをプレイしているのか、ゲームがどのように子どもに影響を及ぼすのかを、こういった社会活動を通じて啓蒙していかなくてはならないとした。
冒頭でも述べられているように、ゲームの影響、特に悪影響については直観で語られがちなだけに、坂本氏のように客観的な研究データをもとに、ゲームと人間の関係を明らかする取り組みは大きな意義がある。また、今回の講義では暴力的シーンの割合や法規制の回避などいくつかの課題が提示されたが、ゲーム業界はこれらの問題を真摯に受け止め、対処していく必要があるといえるだろう。
「東京大学ゲーム研究プロジェクト」では、これからも公開講座を行い複合的な視点からテレビゲームを研究していくとのこと。電撃オンラインでは、第2回以降の公開講座もレポートをお届けしていく予定だ。
会場となった東大生のほか、学校の先生、新聞やゲーム関係のマスコミなど100名を超える参加者で教室は満席に。
坂元氏は長年ゲームやメディアの研究を続けてきた社会心理学者。最近では「メディアと人間の発達-テレビ、テレビゲーム、インターネット、ロボットの心理的影響-」(学文社)を執筆している。
米国の「実験室実験」の様子。1人には暴力的な要素の入った主観視点アクションシューティング、もう1人には暴力的要素が少ないアドベンチャーゲームをプレイしてもらい、その後の暴力傾向を見る。
■関連サイト
・東京大学ゲーム研究プロジェクト
・IGDA東京