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2003年9月4日(木)

『パックマン』の生みの親、岩谷徹氏が語る、おもしろいゲームの開発手法

 本日9月4日より、明治大学で開催されているゲーム開発者セミナー「CEDEC 2003」にて、ナムコの岩谷徹氏によるセッション「面白いゲームと、売れるゲームの開発手法」が行われた。

 岩谷徹氏は、ナムコのアクションゲーム『パックマン』の生みの親として知られるゲームクリエイター。『パックマン』のほかにも、ナムコのビデオゲーム第1弾『ジービー』、『リブルラブル』『リッジレーサー』『アルペンレーサー』などを制作してきた。

 セッションでは最初に、簡単にゲームの歴史を説明。その後、『パックマン』がいかにして生まれたかの解説が行われた。

■『パックマン』のコンセプトは「女性にゲームセンターにきてもらう」だった。

 岩谷氏によれば、1980年頃は『スペースインベーダー』の流れを汲むSTGなどがほとんどで、ゲームセンターに女性やカップルが訪れることはほとんどなかったとのこと。そこで、まずはコンセプトとして「女性をターゲットにしたゲーム」を打ち出した。そして、「女性」の興味は「食べる」行為にあると考え、これをキーワードにしたゲームにしようと考えた。この時点では、パックマンのデザインなどはまったく思いついておらず、コンセプトとキーワードを元に考えていたところ、ピザを1ピース取ったときの形を見て、パックマンのデザインを思いついたという。この逸話は有名であるが、「食べる」ゲームを常に考えていたからこその発想だったと同氏は語る。

 また、グラフィック面もやはり「女性をターゲット」というコンセプトに合わせて、かわいいデザインで、4色のカラフルなモンスターを登場させることが決まったという。このとき、当時のナムコ社長から「カラフルでどれがモンスターなのかわからない。赤一色にしろ」という指示が出されたそうだが、開発陣にアンケートを取りカラフルが支持されていることを資料として提出、4色のモンスターという案を通したそうだ。この点について、「上司やクライアントがゲームに関して意見を出してきても、コンセプトを通すことが必要な場合もある」と、コンセプトの重要性を説明。また、「10個のことを言われたら、2つぐらいを受け入れれば、クライアントは納得することが多い」とのことだった。

 このほかにも、『パックマン』は制作中は製品版のスピードの1/2で動作していた。これを、あるとき調整でスピードをあげてみたら、その方がおもしろいということで、製品版では2倍のスピードになったという。開発中には、少し変わった実験や調整を行うことで、おもしろさが見つかる場合もあるので、いろいろ試してみるといいとのこと。

 この後は、ナムコの『ギャラクシアン』『ラリーX』『ゼビウス』などについて、それぞれの特徴をを説明。そして最後に非常に重要な点として、これらのゲームはいずれも間口が広く、何をすればいいのか一目でわかるように作られていると解説した。

 また、ゲームの中の要素が10あるとすれば、最初からそれをすべて出さずに、少しずつ先に進むと次の要素が見えるように作られているとのこと。現在のゲームは、要素が10個あれば、最初からそれをすべて見せてしまうものが多く、ユーザーにとって敷居が高いゲームになってしまう点を指摘した。「誰のためにゲームを作っているのか」を考えるようにと、ゲーム制作時のポイントを説いた。

■基本は「FUN FIRST」。人間は何を楽しむのかを分析

 続いて、岩谷氏にとってゲームは「FUN FIRST」、楽しいことが第一であるとのこと。そして、難しいことを歓迎しない、人間研究が大事だと説明した。難しさについては、例えば小学生に中学生向けの問題を出しても解けないように、ゲーマーはできても一般人にとってゲームは難しいものであることを理解する必要があるとのこと。また、人間研究については、人は何を楽しいと思うのかを知ることが、おもしろいゲームを作る上で大切であると述べた。

 そこで、まずは遊びとは何かという点について、歴史家のヨハン・ホイジンガの「人間は遊ぶ存在である」を引用。遊びの動機は「本能説」「気晴らし説」「学習説」があることを説明。

 そして、社会学者のロジェ・カイヨワの「遊びと人間」によれば、遊びは「競争」「偶然」「物まね」「眩暈(めまい)」の4要素で構成されていることを解説した。例えば、ロールプレイングゲームは「物まね」の要素が色濃く出ているし、カジノゲームであれば「競争」と「偶然」によって、遊びの要素が構成されているわけだ。また、ここで岩谷氏は、5つ目の要素として「律動(リズム)」があるのではないかと、持論を展開。例えば、単調な映画よりも、起承転結のリズムがある映画のほうがおもしろく感じると説明した。

 さらに、「裸のサル」で知られる動物行動学者のデズモンド・モリスによれば、「ゲームとは、人間の本能に根ざした遊びである」とされている点も解説。現状ではゲーム開発において、「ゲームの何がおもしろいのか」という議論が足らないとのことだ。

■おもしろいと感じるゲームの要素

 では、いったいプレイヤーはどんなゲームをおもしろいと感じるのか。これについて、岩谷氏は6つのポイントを挙げた。1つ目は「プロセスが変化に富んでいる」、2つ目は「作戦性がある」、3つ目は「自分がリーダーシップを取れる」、4つ目が「ミス設定に納得ができる、5つ目は「操作がスムーズである」、6つ目が「練習効果が高い」という点だ。これらの要素は、アーケード向けゲームをベースにしたポイントではあるが、十分家庭用向けゲームにも通用する話である。

■ゲームは観察から生まれる

 岩谷氏によれば、ゲーム開発のプロセスは「観察→分析→考察→仮説→創造→実行(開発)→評価」となるとのこと。ゲーム開発のスタートは、「観察」することから始まるわけだ。

 この「観察」という点について岩谷氏は、「例えば皆さん、日常は自宅と会社の往復になってしまいがちで、電車の中では人間観察をしたり、吊り広告を見たりするわけでもなく、メールを打っている人も多い。これでは、ぜんぜん情報が入ってこない。電車に乗ったら、そこにいる人の服や持っているものを見て、例えば多くの人が共通して持っているものがあれば、それはなぜなのかという観察が必要だろう。そうすることで、観察する力がついていく」と、開発のスタートである「観察」について解説した。また、実際にエスカレーターの映像を来場者に見せて、「ただのエスカレーターだが、これはすごいシステムだと私は思う。どんなところがすごいと思うか」と問いかけた。(ちなみにこの答えは、「電力供給が止まり、システムがダウンしても階段として機能する点とのこと。)

■岩谷流企画の格言

 続いては、企画を通すためのプレゼンなどをいかにうまく進めるか、という話が行われた。ある種処世術のようなものだが「あらかじめ、他のパートなどを担当するキーマンに話を通しておく」「打ち合わせの前に、結論までの道筋を考えておく」「"どんな"製品なのかではなく、"なぜ、なんのための"製品なのかを説明する」などなど。このあたりは、さまざまなソフトの企画を考え、製品にしてきた同氏ならではの話だろう。

■最後に

 岩谷氏はセミナーの最後に、ゲームについて3つのコメントを用意していた。1つ目は「ゲームはあらゆる題材に拡張する」、2つ目は「ゲームを知ることは、人間を知ること」、3つ目は「ゲームは作り手の人生観に支配される」とのこと。

 なかでもクリエイターにとって重要なのは、3つ目の「ゲームは作り手の人生観に支配される」という点。ゲームは、クリエイターの経験や人間性が現れるもので、クリエイター自身がさまざまな経験をつめば、それだけさまざまな発想も生まれるだろうということだ。よくゲーム開発者のインタビューで、「クリエイターを目指すのであれば、ゲーム以外のこともやって幅広い視野を身につけてほしい」という話がでるが、岩谷氏もこの点については同感であり、ゲームばかり遊ぶのはよくないと、会場のクリエイター、クリエイター志望の学生に釘を刺していた。

現在はナムコの新事業を企画する「インキュベーションセンター」に勤める岩谷氏。20年以上の経験を元に、クリエイター向けの話が展開された。

食べかけのピザをモチーフにして生み出されたパックマンのデザイン。モンスターのアルゴリズムについての解説では、「例えば1匹はパックマンを狙い、もう1匹はパックマンの24ドット先を目指すことで、あの動きができた」とノウハウが明かされた。

ゲームの基本は「FUN FIRST」。楽しさがゲームのもっとも重要な要素とのこと。

遊びの4つの要素を解説。日ごろプレイしているゲームが、どの要素で構成されているか考えると、なかなか興味深い。

エスカレーターの映像を見せて、来場者に質問するシーンも。

会場ではこの後質疑応答も行われた。このなかでも、もっとも企画を通すことが大変だったのは『リッジレーサー』だったというのは意外な話。通信対戦機能がない点を指摘されたという。4輪ドリフトを楽しむことがコンセプトであることを説明し、首をかけて企画を通したそうだ。


■関連サイト
CEDEC公式サイト
ナムコ