2009年11月28日(土)
7
「――から、最近の流行は、これみたいに斬ることもできる両刃の直刀だよ。正規兵も買っていくからさ、常に在庫不足なんだ」
「なるほどねー」
武器屋のユナリから借りた剣のでき栄えを、日光にあてて確認する。素朴だけれど切れ味がよさそうだ。
このような剣に人気があるのか、なるほど。
ヘイムダルから崖を転げ落ちて無事脱出したわたしは(怪我をしているのも忘れてカイルを引っ叩いたけど、怖い思いをさせたんだから許されると思う)、ナッツベリーに戻った翌朝、剣の勉強のため知り合いの店を訪ねていた。実家を離れてから、こうして剣の納入以外で店を訪れるのは初めてだった。
だからだろう、他の人の剣を見せて欲しいと告げたときのユナリは失礼なくらい驚いていた。
「でも、どうしたの? アカノが、家から出てくるなんてよっぽどのことじゃない」
「ちょっとした心境の変化よ。それよりありがとうね、助かった」
「これくらいなんでもないけど……」
釈然としないという顔のユナリには小一時間ほど、店番を放って付き合ってもらっていた。
これ以上は営業妨害だ。先ほどから、看板娘のユナリと話したそうにしている兵士が、槍を置いた棚の陰からチラチラこちらを覗っている。
ユナリに別れを告げて、わたしは収穫祭の準備が進むナッツベリーの大通りに出た。
収穫祭のメイン会場となる大通りでは、祭りを三日後に控え、羊のモニュメントの製作や飾りつけが行われていた。
気の早い商人はすでに各地の珍しい特産品や食べ物を地面に並べて、行き交う人に売り込んでいる。
町全体が賑やかだった。こんな光景も、去年までは家に閉じこもっていたので見なかった。
こうしてゆっくり散歩して、祭りの空気を感じられるのも、わたしに付き合ってくれたカイルのお陰なのかな。
剣ができ上がったらカイルにも見てもらおうと思いついたところで、まさに思っていた赤茶の髪を人ごみの中に見つけた。
「カイ――」
わたしは声をかけようとした。かけようとしたけれど、彼――カイルの隣にいる人に気づいて、出かけた言葉が途中で止まってしまった。
露店の前に立つカイルのそばには、女の子がいた。メルファリアでは珍しい黒髪の、笑顔が魅力的な子だった。
カイルの傷を気遣っているようで、笑って誤魔化そうとしているカイルに心配そうに諭している。その顔も、幸せそうな笑顔も、見ているとわかる。
カイルがどうかはわからないけれど――。
「そう、だよね」
わからないけど。
彼女もカイルのこと、きっと――。
わたしは二人に気づかれないようにそっとその場を離れた。
ランプの火が消えようとしていた。わたしの家の周りには街灯がないので、夜になると明かりが窓から差す月明かりだけになってしまう。
消えないうちに油足さないとな。わたしはやる気がわかないけど身を起こした。
朝からずっと寝そべっていたので体の節々が痛んだ。そういえば、朝からなにも食べてなかったなと思い出した。
今朝見た光景――。カイルと女の子の親しそうな光景。それを思うとなにもする気がなくなっていた。
楽しそうだったなあ。
彼女は旅用の服を着ていたからパーティーの仲間だったのだろうか。知り合ってから長いのだろうか。
気になるといろいろな想いが頭の中でぐるぐる回ってしまう。剣一本造るのに四日はかかるからもう着手しないといけないのに、手が霊銀鉱になかなか伸びない。
油はその辺で摘んだ菜種の物が常備してあった。ランプに油をうつすと、火の揺らめきが戻った。
カイルはどうなのだろう? あのいつもふらふらしているカイルは、どう思っているのだろう?
「……バカ、だからなあ」
なんとなく、なにも考えていない気がした。
なにも考えずに、剣を振るって、誰かを護って、傷ついている。そんな気がする。
「……そうだよね」
それでこそ、カイルなんだろうな。
じゃあ、わたしは――。
「――よし」
気合を入れると、わたしは炉に火を入れた。小さな火は石炭の栄養を吸って、みるみる頬が痛くなるほど熱く燃え上がった。
造っていく物のイメージがやっと固まった。わたしとカイル、二人で採ってきた霊銀鉱を手に取る。
銀色の魔法の鉱石。霊銀鉱はあまりに小さくて、一回分の量しかない。失敗は許されない。
槌を手にすると、わたしはメルファリアの女神に願った。
――こうなったらメルファリアの女神だろうが霊銀鉱だろうが祈ってやる。
だから、お願い。
もう満足のいく物ができなくなってもいい。
「だから」
今回だけは最高の作品を造らせて――。
「はあ? 品評会に出展しなかったですって!」
わたしが品評会に出展していないことを知ったナノカが、家に怒鳴り込んできたのはすべてが終わったその翌朝だった。
とってもいい朝だった、空は青々と晴れ渡り、風に揺れる草原から牧草の匂いが届いた。
羊がンメーと鳴いた。
「うん、まあね」
「まあね……じゃないわよ! あんたねえ。なんのために品評会のこと教えてあげたと思ってるのよ!」
今から作品を持っていったとしても品評会への出品はもう締め切られているので手遅れだ。
わたしの品評会は終わったんだ。
それでもわたしは満足していた。椅子に座るナノカは自分のことのように呆れていたけど。
「信じられない……。品評会で入選すれば国に取り上げてもらえるのに……」
「勿体無いことしたなあとは思ってるけどね」
それは本心だ。
「勿体無い……どころじゃないわよ! あんた、ただでさえ売れないんだから、こんな機会にでもアピールしておかないと! だいたいね、霊銀鉱はどうしたのよ! ぼろぼろでもう着られないワンピース返しに来たときに、見つけたって言ってたじゃないの!」
「それは……別のことに使っちゃった」
「使っちゃった、じゃないわよ!」
ナノカがバン! と床を叩いた衝撃で、積み上げていた鍛冶道具が音をたてて崩れた。
怒ってるなあ。
目を吊り上げて髪をかきむしるナノカにわたしは苦笑した。どんなに怒鳴られても前のように反論する気が起きなかった。
わたしは、すこし変わった気がする。どういう風に? と言われると、わからないけれど。
でも、うん、いい気分だ。
手ごたえのないわたしに呆れたのだろう、ナノカはもう帰る! と腰をあげた。ドアに手をかけたナノカに、わたしは声をかけた。
「ねえ」
「なに?」
「ナノカ、ありがとうね」
ナノカが気味悪そうに振り向いた。
「……なにがよ」
「ナノカさ、こうやって来て、文句言って帰っていくのはわたしのためだったんでしょ? わたしが、やってやろう! って思うように、わざと言ってくれてたんでしょ? だから、ありがと」
「……そんなんじゃないわよ」
帰るからと家を出たナノカは不機嫌そうだった。でも、長い付き合いのわたしにはわかる。
あれは、図星をつかれてただ照れているだけだ。窓から見えるナノカの後姿にわたしはすこし笑ってしまった。
――霊銀鉱で、わたしは盾をつくった。空のような蒼色の盾だ。名前はメルファリアの女神が手にしていたという最強の盾にあやかってイージスと名づけた。
もちろん、カイル用の盾だ。
そもそも、皮の盾で金属の剣に立ち向かうのが無茶なんだ。
皮製の盾なんて、ちょっと優れた剣に切りつけられたら真っ二つだ。
このまま戦っていれば、いつか大怪我をするぞ?
カイルは周りのことだけではなくて、自分のことも気にかけたほうがいいと思う。
「ほんと、鈍感なんだから……」
カイルはこれからも、自分の身を盾にして、みんなを護っていくのだろう。
みんなの想いを護っていくのだろう。そんなカイルを、わたしの願いを詰めたイージスが護っていくのだ。
それは、とてもステキなことに思えた。
「さて、と……」
物思いをやめて、わたしは炉に向かった。
剣を打たないといけない。なにしろ一週間近く鍛冶から遠ざかっていたのだ。
このまま剣が売れないと、明日の黒パンも買えなくなってしまうかもしれない。
それもこれも、すべてカイルのせいだ。
「ふふふ」
これからのことを想像して、わたしは口元が緩むのを抑えられなかった。想いを乗せて槌を振るった。
カイルにはまた貸しができた。今度はどうやって返してもらおうかな――?
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よしだもろへ先生のコミックス『スターオーシャン2 |
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