2010年4月15日(木)
――答えにくいかもしれませんが、今までのキャラで気に入っているのは誰ですか?
秋山を気に入っているのは間違いないですね。後は……『龍が如く 見参!』の伊東一刀斎かな。ただ、書いて一番楽しかったのは間違いなく秋山です。
大げさなことを言うつもりはありませんが、個人的にはゲームのシナリオって、映像や小説を含めて、物語を描く中でどのジャンルよりも難しいと思います。常に一人称であるべきもの、でありながらさまざまなシチュエーションを描かないとならない。
簡単に例をあげると、主人公がとあるエピソードを追いかけた後に、「フフ、実は俺は知っていたんだよ」っていうのは基本NGです。「こうなると思っていた」というのは、ユーザーの方が遊びながら感じることであり、主人公が思っていいことではないんですね。つまりキャラクターとプレイヤーの知っている情報量が近い、というのがベストです。
たとえば、『龍が如く3』の幹部会のシーンですが、あれも主人公であるはずの桐生がいない場所での出来事を、プレイヤーの方は見ることになります。そのようなエピソードを描かないとならない場合は、基本的に桐生がゲームで実際に出会って話した第三者から「こんなことがあったんだ」と説明を受けた上で“回想シーン”として見せるよう構成しています。つまりこれは、プレイヤーの人たちだけがその情報を知っているということを防ぐための配慮です。
ゲームというメディア、特にRPG的な作りのものでは、これがすごく大事で、常にプレイヤーと主人公の情報量を近いものにすることで、プレイする方の感情が置いていかれないようにする効果があるんです。それがあるかないかで、主人公に成り代わっている意識が全然違うんですよ。これは『龍が如く』から意識していることです。
――そんな配慮があったとは、まったく気づきませんでした。
小説やマンガ、ドラマでは、客観視が前提だったりするので、主人公が「実はこうだった」というのがアリで、逆にそれ自体がトリックになっているものもある。ただ、ゲームでそれをやられると、今まで苦労して主人公と敵を倒したりしてきた過程がむなしくなってしまう。
『龍が如く』は、キャラを成長させていく側面があるので、感情移入しやすい。でもたとえば秋山のサブストーリーなどでは、金を貸した秋山しか知らない情報があってもおかしくないんです。それを避けるために、エピソードの途中途中で相方の花ちゃん(スカイファイナンス事務員の花)に細かく、「社長何考えているんですか?」などとツッコませて、情報を整理させたりしているんです。そういう意味で秋山くらい気を遣うキャラはなかったですね(笑)
――シナリオを書いている時にスランプはありますか?
『龍が如く』をやっている時から、ずっとスランプ知らずでしたが、今回生まれて初めて体験しました。桐生編が終わった後、まったく書けなくなってしまいました。普段はPCに向かうと悩むことなくキャラが勝手に動き出して、思っていない方向にストーリーが展開していくのですが、今回は12時間PCの前から1歩も動けず、完全にストップしました。
翌日の14時からシナリオチェックのミーティングが入っていたので、キャンセルの連絡を入れようと思いながら、朝方寝ようとしたんです。でも結局気になって起きてしまい、ベッドから立ち上がったらなぜか書けました。ホントに苦しかったです。そこから3時間で最終章を書き上げて、提出しました。それがシナリオの完成日です。
「これでいいのか?」と思いつつ、名越と菊池(プロデューサーの菊池正義さん)に見てもらったら「熱いし、走っている感じがいいんじゃない?」ということで、OKをもらいました。でも、その夜に白髪を5本くらい見つけましたね(苦笑)。
――それくらい大変だったと。
かなり追い詰められました。唯一のスランプで、いい経験をさせてもらいました。
――そんな横山さんが見てほしいポイントはどこですか?
全部見てほしいんですが……今回で僕の中で『龍が如く』への結論をつけたつもりなんです。僕は筆は早いんですが、ギリギリまでやらないんですよ。シナリオチェックのミーティングを2週間に1回くらい行っていたのですが、いつも締め切り前日まで書きません(苦笑)。僕は自分に正直になりすぎるところがあり、いつもそこを反省しています。シナリオには取りかかろうとするたびに「ダメだな~」って思いました。仕事しないでも食べていけるなら、なんにもしなくなってしまうかもしれません。
でも今回、改めてシナリオを書きながら思いましたね。僕にはこの仕事があるから、この仕事をしていない瞬間が楽しめるんだって。人間正直に生きられないから、勉強になる。正直に生きられないからこそ、人生に価値があると思います。
『龍が如く』に生きている人たちは、時に自分を抑制しながら、時に自分に正直に生きてしまう。だから抗争が起きるわけです。人間というのは「自分がどう生きたいかではない。どう運命に立ち向かうのかだ」というのが、今作の僕の中の1つのテーマ。それを散りばめられたと思います。
あともう1つの重要テーマは、今回初めて“極道”というものへの1つの回答ができたのではないかと思っています。それが表現できているのは、秋山が城戸に「どうして神室町には極道が必要か」を、ボス猿とサル山にたとえて語るシーンにあります。ヘンな話ですが、独裁政権が敷かれている世界って、幸せな人と不幸せな人がいるんですよ。外の世界を知っていると不幸せなんですが、中にいる人からしたら結構幸せだったりする。絶対的に強い人の下にある世界っていうのは、居心地がいいのかなって思います。
神室町もそう。あんな危険な街なのに、あの街に魅力があるのは、絶対的な王者がいるからこそ。だから皆が群がるんです。それを考えながら、あのシーンのシナリオを書きました。
――では、最後にメッセージをお願いします。
今回、新たな作品を作るつもりで臨んでいます。これまでのシリーズを遊んだけれど、途中でなんとなく投げ出してしまった人は、ぜひもう1度帰ってきてほしいです。『龍が如く』の将来への可能性を期待してもらえれば幸いです。逆に、これまでのシリーズを毎回やってくれている人は、どういう風に受け取られているかが気になるので、ぜひ感想をお願いします。
これまで寄せられた感想を見ていると「最初期待していなかったけど、やったら楽しかった」という声が多いと感じています。だから、ぜひやってほしいです。
――ちなみに、感想では他にどんな意見が印象的でしたか?
シリーズを通してのファンの方で、非常にシナリオに厳しいブロガーさんがいらっしゃって(笑)。ですが毎回ご指摘が的確なので、興味を持って定期的に記事を読ませてもらっていたんです。その方が、『龍が如く4』をプレイし終えた後、「ツッコミ所はあるものの、楽しかった」的な意見を書かれていて、それを読んだ瞬間「やった!」って思いました(笑)。
トータルの感想として、問題があろうがなかろうが、最終的にはおもしろいと言ってもらえるのが1番の喜びだったりします。『龍が如く4』は、発売されたらすぐにやらないといけないものではありません。この記事を読んで気になっている人がいたら、だまされたと思って買ってもらえませんか?(笑)。個人的にですが、僕の『龍が如く』の集大成だと思っています。ぜひよろしくお願いします。
(C)SEGA