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2013年9月12日(木)

『F1 2013』の新モード“F1 CLASSICS”には往年の名車やドライバーが登場! モンツァ・サーキットの映像も公開

文:チョロ松

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■当時の雰囲気がたっぷり楽しめる!

 F1 CLASSICSでは、当時のレースの雰囲気を再現するために、あらゆる工夫が盛り込まれている。当時のテレビ放送の色味を再現するカラーフィルター、各マシンの計器類やドライバー視点のコックピット、各マシンの挙動や操作感、ガレージの様子やピットクルーの服装など、すべてが当時の雰囲気のまま表現されるのだ。

 また、2013年シーズンのマシンと乗り比べることで、操作時の感触や、ドライバー視点からの視野の違いなどを実感することができるだろう。

■F1 CLASSICSで登場するマシン・ドライバー・サーキット

●マシン

・1980 Williams FW07B)(1980年式)
 1979年シーズン後半に登場し、6戦中5勝という圧倒的な強さを誇ったFW07の改良版。アラン・ジョーンズ5勝、カルロス・ロイテマン1勝の計6勝を挙げ、チームに初のコンストラクターズタイトルをもたらした。さらに、ジョーンズ自身もチャンピオンに輝いた。フォード・コスワースDFVエンジン搭載。

・1988 Williams FW12(1988年式)
 ホンダエンジンとのコンビで、前年までに2連覇を達成していたウィリアムズだったが、ホンダをマクラーレンに奪われる形で失い、この年はジャッドV8エンジンを搭載。しかし、その戦闘力は低く、ランキング最高位は4位であった。イタリア・グランプリでセナのマシンと接触し、マクラーレンの全勝を阻止したのもこのマシン。

・1986 Lotus 98T(1986年式)
 ホンダやTAGポルシェより性能面で劣るルノーV6ターボエンジンを搭載していたが、当時伸び盛りだったアイルトン・セナの手により16戦中2勝、8回のポールポジションを獲得。ポールポジション獲得数が伸びたのは、セッティングなどが異なる予選専用車が用意されていたため。

・1988 Lotus 100T(1988年式)
 この年に圧倒的な強さでチャンピオンとなったマクラーレンと同じ、ホンダV6ターボエンジンを搭載。しかしオーソドックスな設計であったため、前年王者のネルソン・ピケを擁しても、3位入賞3回という結果に終わった。チームメイトの中嶋悟も奮闘したが、入賞1回にとどまっている。

・1988 Ferrari F1-87/88C(1988年式)
 正式名称は1988 Ferrari F187/88Cで、ゲルハルト・ベルガーとミケーレ・アルボレートがドライブ。この年はマクラーレン・ホンダが圧倒的な強さを誇り、全16戦中15戦で勝利を収めたが、母国イタリア・グランプリではベルガーがこのマシンで勝利し、マクラーレンの全勝を阻止した。フェラーリV6ターボエンジン搭載。

●サーキット

・ブランズハッチ
 1964年の初開催以降、14回のグランプリを開催しているイギリスのサーキット。うち12回はイギリス・グランプリとして、残りの2回はヨーロッパ・グランプリとして開催されている。1周約4.2km。現在F1は行われていないが、英国国内シリーズを中心にレースを開催している。

・ヘレス
 1986年よりスペイン・グランプリを開催し、カタロニア・サーキットが完成した1991年まで、スペイン・グランプリの舞台となった。その後、1994年にヨーロッパ・グランプリの戦いの場として復活し、1997年にもヨーロッパ・グランプリを開催している。現在は、オフシーズンにF1テストが行われるサーキットとして有名。

●オリジナル・ドライバー

・アラン・ジョーンズ
 1975年にF1デビューして通算12勝を挙げた、オーストラリア出身のドライバー。マーク・ウェバーが登場するまで、オーストラリア人最後のF1ウイナーだった。1980年にウィリアムズのマシンを駆ってチャンピオンに輝き、ウィリアムズ最初の栄光を担った。1986年を最後にF1を引退。

・ナイジェル・マンセル
 1980年にロータスよりデビュー。ウィリアムズに移籍後の1985年に初優勝し、トップドライバーの仲間入りを果たす。1992年に当時最強マシンのFW14Bを手に入れ、圧倒的強さでシーズンを制圧。翌年はアメリカでCARTチャンピオンに。セナの死後、ウィリアムズで代役を務め、勝利を収めた。

『F1 2013』
▲ナイジェル・マンセル(左)とミハエル・シューマッハ(右)。

・マリオ・アンドレッティ
 アメリカの伝説的ドライバー。1968年のロータスよりF1デビュー。1971年に初優勝を遂げ、1978年にはF1王座獲得。インディ王者でもある。息子マイケル(CART王者。1993年F1参戦。現インディカーチームオーナー)、孫マルコ(現役インディカードライバー)とともに、レース一家として知られる。

・中嶋悟
 日本人初のF1フル参戦ドライバー。全日本F2や国際F3000 などで活躍した後、1987年にロータス・ホンダよりデビュー。1991年に引退した。1989年、雨のオーストラリア・グランプリで日本人初のファステストラップを記録。息子の一貴と大祐の兄弟もレーシングドライバー。

・ゲルハルト・ベルガー
 1984年デビューのオーストリア出身のF1ドライバー。ベネトン、フェラーリ、マクラーレンで計10勝を収める。1987年に鈴鹿で初開催の日本グランプリ、1988年にマクラーレン全勝を阻止したイタリア、アイルトン・セナに最終周でトップを譲られた1991年の鈴鹿、ホンダ第2期最終レースのオーストラリアなど、印象的な勝利が多い。

●チームレジェンド(チームにゆかりのある伝説のドライバー)

・アラン・プロスト
 “教授”の愛称でおなじみのフランス人ドライバー。日本人には、アイルトン・セナの“敵役”としてのイメージが強い。1985年を皮切りに、1986年、1989年、1993年と合計4回のチャンピオンを獲得。歴代2位となる通算51勝を挙げた。シューマッハに抜かれるまで、最多勝利数記録を持っていた人物。

・デイモン・ヒル
 1996年のF1チャンピオンに輝いた英国出身のF1ドライバー。父親グラハムもF1チャンピオンであり、そろってF1の頂点を極めた唯一の親子である。王座獲得の翌年に弱小アロウズ・ヤマハに移籍し、ハンガリー・グランプリであわや優勝という活躍を見せた。また1998年には、ジョーダンにチーム初優勝をもたらした。

・エマーソン・フィッティパルディ
 ブラジル人初のF1チャンピオン。1972年と1974年の2回にわたり、王座を獲得。1976年からは兄のウィルソンが運営するフィッティパルディに移籍するが、以降は1勝もできなかった。F1引退後はCARTに挑戦し、チャンピオンに。兄ウィルソン、甥のクリスチャンもF1参戦経験を持つ。

・ミカ・ハッキネン
 1991年F1デビュー。1993年にマクラーレン入りするも、チーム離脱を撤回したアイルトン・セナにシートを奪われ出場機会を失う。しかし、マイケル・アンドレッティの離脱とともにシート確保。才能は有望視されるも、初勝利は1997年最終戦。以降、引退までに20勝を挙げる。1998、1999年のチャンピオン。

・ミハエル・シューマッハ
 ドイツ出身で、史上最高のF1ドライバー。1991年のベルギー・グランプリでジョーダンよりデビュー。次戦からベネトンに移籍し、翌年ベルギーで初優勝。1994年には初のチャンピオンを獲得。翌年も連覇すると、フェラーリ移籍後の2000~2004年まで5年連続王者。歴代1位の通算91勝を挙げる。2006年に引退した後、2010年に復帰するも、優勝には及ばず。2012年に完全引退を表明。

『F1 2013』

※画像は開発中のもの
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