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2013年10月31日(木)

三河ごーすと先生が描く『コード・オブ・ジョーカー』特別掌編の第3話! 光平のとる奇妙な行動の真相とは!?

文:電撃オンライン

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『コード・オブ・ジョーカー』

 そうして現在に至り、仁と綾花は一日限りの尾行という条件でしぶしぶ、まりねについてきたのである。

 一定の距離を保ちつつ後をつけていると、やがて光平は大通りからはずれて路地に入った。入り組んだ細い道の左右には煌びやかな店舗の数々。透明のショーウインドウの中では細身のマネキンが流行の服を着て、気取ったふうに立っていたり、大きな宝石をあしらったアクセサリが飾られていたりと、なかなか目を飽きさせない。

 お洒落というものにそれほどこだわらない仁でさえ、ハイセンスな品々が売られているのだと直感できた。

 道行く人も、店の雰囲気に霞んでしまわないほどに洒落た男女が多い。そんな中でも光平はあくまで自然体で、風景の中に完全に溶け込んでいるように見えた。

 上機嫌な様子で街中を歩いて、ときどき思いついたように店に入る。そして女物の服を目の前に広げてみたり、アクセサリを手に取って、鑑定士よろしくじーっと眺めてみたり。店員と会話をして、からっと陽気な笑みを振りまいたり。

 ひきつりそうなほど足をつっぱって、まりねが物陰から首をのばした。

「うーん。店員さんとの会話、聞こえないなー……あっ、そうだ仁くん。読唇術とかって使えないの? ほら、テレビとかで凄腕の探偵がやってるの。口の動きで会話を読み取るって」

「そんな特殊技能はねえよ」

「物は試しだよ! 仁くんの観察力なら行ける!」

「やるだけならやってもいいが……期待するなよ?」

「なんだか盗み聞きみたいで気が引けるわね」

「もう後には引けないのだよ綾花ちゃん!」

「それじゃ、いくぞ」

 仁は目を細めて光平の口の動きに注視する。口の形から母音を推定し、前後の文脈と合わせて子音を導き出すことができれば、不可能ではないはずだ。たどたどしくてもいい、一文、一文、着実に読み取ればいい。

「いや……くて……も……との……日プレゼントで……――ってわかるか!」

 一文ともたずに仁はさじを投げた。

「待って。断片的な単語だけど推測することはできるわ」

 意外にもそう言ったのは乗り気でなかったはずの綾花だ。唇に指を添えながら、綾花はわずかに面を伏せる。

「後半のプレゼントにかかる単語はたぶん“誕生日”よ。あとはパズルのように、カードのコンボのように順序立てて穴を埋めてあげれば……『“いや”、そんな大層な物じゃな“くて”、お“も”いび“との”誕生日プレゼントで』――きっとこれよ!」

「おーっ、それっぽい。さっすが綾花ちゃんだーっ」

 綾花がびしぃっと指をさして、まりねがぱちぱちと拍手した。

 仁はすこし眉をひそめる。

「星の野郎が想い人なんて言葉を使うか?」

「ミュージシャンだし、詩的な表現もきっとありえるわ」

 自信満々に胸を張る綾花。なにかひっかかりを感じながらも仁は、そういうものかとあっさり納得した。そもそも、仁は今回の件をそこまで重要事だと考えていないのだ。

 正直、どうでもいい。

「あっ、なんか買うよっ」

 ふいにまりねが声をあげて、仁と綾花も視線を戻す。

「えっ」

 そして、三人は同時に声をもらす。

 光平は綺麗に切り揃えられた爪が特徴的な太い指に、きらきらと輝く指輪をつまんでいた。



「まさか結婚を前提に付き合ってるとはねー。さすがのまりねちゃんもそこまでは予想できなかったよーっ」

 なみなみと注がれたオレンジジュースを飲みながら、まりねは言った。

「本気のお付き合いなら、なおさら放っておいてあげたほうがいいんじゃない?」

 とがめるようにまりねを一瞥して、綾花はホットミルクをちびっと舐める。

「……」

 そんな二人の少女を横目に、仁は無言でウォッカを呷った。喉奥から胃の底まで下りてくる、焼けるような刺激に身をゆだねる。

 時刻は夜の八時。場所は郊外にある中規模のライブハウスの中。仁と綾花とまりねは、盛り上がりの中心からすこし離れたカウンター席から光平のライブを見ていた。

 結局、光平は買い物を済ませると適当に街を歩き回ったすえに、ここにきた。今はステージの上でバンド仲間とともに激しい曲を演奏している。薄暗い店内は強いライトに照らされて、武骨なSRスピーカーからは重低音。ぎゅうぎゅうに詰まった客たちは、飛び跳ね、歓声をあげ、男らしい歌声を披露する光平へと熱い視線を送っていた。

 一曲が終わりに差しかかると、光平はギターをひときわ強くかき鳴らして、ピックを持った手を高々と天井に突き上げた。

「盛り上げてくれてサンキュー! 今日はみんなのために新曲を作ってきたぜ!」

 おおっ、と会場がどよめく。

「オレの熱い気持ちを全部ぶつけた最ッ高の曲だからさ! みんな、聴いてくれよな!」

 客からの凄まじい反応に、満足げにうなずくと光平はふたたび演奏を再開した。

 ギターの弦を弾いて上体を揺らしながら、スタンドマイクに向けて声を張り上げる。染まった髪の先からは汗の雫が散る。そんな光平の本気の姿は、仁の目にも、ただのチャラチャラした男とは一線を画した存在として映った。

 光平の熱気にあてられたのか、会場内はどんどんヒートアップしていく。

「うーむ」

「どうしたの、まりねちゃん? そんなに身を乗り出したら危ないわよ」

「お客さんの中に噂のカノジョさんがいるんじゃないかなーって。光平くんの視線を追えば、見つかるかも――ってひゃわっ!?」

 素っ頓狂な悲鳴があがった。熱狂した客に腕をつかまれて、まりねは人の壁の中に取り込まれそうになっている。

「危ない!」

 仁はとっさに腕をつかんで、思いきり引き寄せた。ひっぺがすことに成功し、まりねは勢いのまま床にしりもちをつく。

「なあっ!?」

 しかし、今度は体を入れ替える形になった仁が腕をつかまれてしまった。いくつもの腕が仁をもみくちゃにし、それだけでなく、数人がかりで頭上に担ぎ上げる。そしてそのまま客の密集する上を波にでもさらわれているかのように転がされ、前へ前へと送られてゆく。

 いわゆる〝ダイブ〟と呼ばれる行為である。

 仁の体はそのままステージのほうへと運ばれて、最前列まで至ると、ひょいと投げられてしまった。

「いってぇ!」

 背中から脳天にかけて衝撃が襲い、仁は思わず声をあげた。鈍く痛む頭を押さえながら薄く目を開くと、一曲を終えてギターの手を止めていた光平の、心底驚いたような顔がそこにあった。

「緋神じゃん。なんだよ、見に来てくれるなら言っといてくれよなー」

 と、人懐こい笑みを浮かべる光平に、仁はひきつった苦笑を返すしかなかった。



「あはははっ!」

 楽屋裏に光平の笑い声がこだました。

 尾行がバレてしまってから、仁と綾花とまりねはライブハウスの裏に通された。光平の演奏が終わり、バンドメンバーが帰宅してから、仁たちはここまで来た理由を白状した。すると、光平は怒るどころかむしろ楽しげに笑って、ギターケースの表面を軽く撫でた。

「心配しなくても、オレの恋人はこのギターだけだぜ」

「でもさーでもさー。アタシたち、指輪買ってるところ見ちゃったよー? しかもかなり高そうなの。大きさもちっちゃくて、女の子にしか入らないと思うんだけどなー」

 まりねが唇をとがらせて上目遣いになった。

「あっ」

 そのとき、声をあげたのは綾花だった。

「思い出した! 光平にはたしか――」

 と、綾花がつぶやくのと、光平がまりねの言葉を笑い飛ばしたのはほぼ同時だった。

「あははっ。あれは妹の誕生日プレゼントだよ」

「いもうと?」

 怪訝そうに繰り返す仁に、光平はああとうなずいた。

「ちょっと事情があって、今、妹と二人で暮らしててさ。家のこととか任せっきりにしちゃってるし、あんまり贅沢させてやれてないんだよな。音楽とバイトの稼ぎじゃちょっとねー」

 太くて節くれだった指で頬を掻き、

「で、この前エージェントの仕事で臨時収入が入ったからさ、せっかくの誕生日だし、日頃の感謝をこめて女の子らしいモンを買ってやりたかったんだ。それでまりねちゃんとかにも意見を聞いたりして……こーいうのって全然わかんなくてさ」

 と、照れ臭そうに笑った。

 なんだ、そうだったのかと、仁と綾花とまりねの間に拍子抜けしたような空気が流れる。

「ん? でもさ、どうして指輪なの?」

 ふと、まりねが何かに気づいたように顔をあげる。

「あれ結婚指輪だよ? 家族に贈るにしては重すぎるよー」

 すると、光平はきょとんとした。

「え? 一番大切な人に贈る物と言えば何ですか、って店員さんに聞いたら、指輪を持ってきてくれたんだけど……なんかおかしい?」

 まるで意味がわからないとでも言いたげに首をかしげる光平。

 仁は綾花と、次いでまりねと視線を交わして、強くうなずき合う。そして、

「「「おかしい」」」

 と、三人は同時につっこみをいれた。

Illustration:Production I.G
(C)SEGA

データ

▼『CODE OF JOKER(コード・オブ・ジョーカー)』
■メーカー:セガ
■対応機種:AC
■ジャンル:ETC
■稼働開始日:2013年7月11日

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