2013年11月14日(木)
その後。警備員との熾烈な戦闘のすえに命からがら女子大を脱出した俺は、路地裏の壁に背中を預けて荒い息を整えていた。熱い戦いだった。あの警備員とはまたいずれ拳を交わしたいものだ――って。
「ちげえよ! 女子大まで出向いてなんで男と友情を芽生えさせなきゃなんねーんだ!」
どうしてこうなった。口から深いため息をもらして俺は赤く染まりかけた空を見上げる。戦場の夕焼けがふいに重なって、血と硝煙の香りを思い出す。
「長らく男まみれの人生だったからなぁ……女に愛される方法ってやつを忘れちまったのかもしれねえな……ったく、ままならねーなーおい」
それから街中でのナンパも試みたが、ホテルどころかレストランにも連れこむことはできなかった。途中でまたもや見知った顔――エージェントの鈴森まりねを見かけたので、挨拶がてらに尻を触ろうとした。が、まりねはあっさりと躱すと、手に持っていたケロールキッドのぬいぐるみで後頭部をたたき「あははっ。ざーんねーん♪」とはしゃぎながら脱兎のごとく逃げてしまった。
今日はさんざんだ。
このまま一日が終わるのは癪なので、夜になると、俺は行きつけのバーに立ち寄った。あわよくばここで新しい出会いでもあればと思ったのだが、薄暗い店内に人の姿はほとんどなく、マスターの他には先客が一人いるだけだった。
ワインレッドのシャツと黒のジャケットを着た青年――緋神仁は、こちらに気づくと、クールな顔をわずかに綻ばせた。
「よう、軍司のおっさん。珍しくしけたツラしてんな」
「……っはああ~」
「人の顔を見るなりため息かよ」
仁は顔をしかめた。
「仁の兄ちゃんは何も悪くねーんだがよ。どーしてこう、男にばっか縁があるのかと思ったらなぁ。カーッ、やってらんねぇ。マスター、いつものやつを頼む」
やけくそのように言って、仁の隣にどっかりと腰をおろす。
マスターから受け取ったグラスで仁と乾杯すると、俺は、ぐいと酒を飲みほした。
「あんたほどの男がヤケになるなんて、何があったんだ? 俺でよければ聞くぜ」
「聞くも涙。語るも涙よ。実はなぁ」
と、俺は、今日一日の出来事を仁に話した。最初は親身に聞いていた仁だったが、その顔には次第に苦笑の色が混ざっていき、やがて呆れたようなため息まで漏れ出した。
「やれやれ。また女の尻を追いかけてたのか? そういうところがなければ、あんたは最高のエージェントなんだけどな」
「なんとでも言え。男からいくら褒められたって綺麗な姉ちゃんとメシには行けねーのよ」
「女遊びもいいが、あんまり失望させるなよ? 腑抜けたあんたを越えたって面白くもなんともないからな」
挑発的な笑みを浮かべて仁が言う。
はん、と俺も鼻で笑い返してやる。
「ずいぶんと吹くじゃねえか。まだまだ若造に負けやしないぜ?」
「たしかにエージェントの経験も実力も俺より数段上だ。が、それは今だけの話だ」
「クールに見えて意外と熱いよなぁ兄ちゃん。いいねえ。嫌いじゃないぜ」
俺は新たに注がれた酒に口をつける。そして、自嘲気味に笑った。
暑苦しい野郎ばかりに好かれるのも、なかなかどうして悪くない。
「――まあ。それはそれとして、だ」
仁はふいにプラスチックの輪のようなものを取り出した。
「ん? どうした兄ちゃん。それは?」
「防犯用のプラスチックカフだ」
「どうしてまたそんなモンを……」
「俺の本業は探偵なんだよ。悪く思うな、おっさん」
ハッとしたときには眼前に仁の姿はなかった。腕を背中の方向にねじられて、手首をきつく縛られる。足首も同じ道具で拘束され、椅子から引きずりおろされ、芋虫のような格好で転がされた。
仁はため息をひとつつき、PDAのホログラム画面を展開する。画面に映し出されたのは、一人の少女の顔だ。
「綾花。依頼どおり、軍司のおっさんは確保した」
「おいおいこれはいったいどういうことだ?」
必死で叫ぶ俺の前に仁は画面を向けた。画面の中で、眉をつりあげた綾花が、びしっと指を突きつけてくる。
『あのときは勢いで流されましたけど、女子大への不法侵入はアウトです! 同じエージェントと言えども見過ごすわけにはいきません。正義の名のもと罰を受けてもらいますから、覚悟してくださいね!』
「なっ……勘弁してくれよ、綾花ちゃ~~~~ん!」
静かな店内に俺の悲鳴が響き渡る――。
その後。
綾花主導の制裁を受けた俺は、女の怖さというものをまざまざと見せつけられるのだった。
Illustration:Production I.G
(C)SEGA
データ