2013年12月26日(木)
セガが放つ話題のアーケードゲーム『CODE OF JOKER(コード・オブ・ジョーカー)』。本作の特別掌編の第7話を掲載する。
『コード・オブ・ジョーカー』は、ゲームで使用するカードがすべてデジタル化された思考型デジタルトレーディングカードゲーム。プレイヤーは自分の戦術に合わせてデッキを組み、1VS1で交互に攻守交代をするターン制バトルを繰り広げていく。相手のライフをゼロにするか、もしくはライフが多く残っていれば勝利となる。
『コード・オブ・ジョーカー』の小説を執筆しているのは、『ウィザード&ウォーリアー・ウィズ・マネー』で第18回電撃小説大賞銀賞を受賞した、三河ごーすと先生。小説は全7話の構成で、電撃オンライン内特集ページにて順次掲載されていく。
特別掌編の第7話“銀の猟犬とレトリバー”では、私立探偵・緋神仁が御巫綾花の豪邸にて普段とは異なる表情を見せる。一体、何があったのだろうか? 以下でお届けするので、ゲームファンや三河ごーすと先生のファンはチェックしてほしい。
普段はクールで寡黙だが、有事の際には情熱的な一面も見せる。とある事件を追っている時に、綾花に命を救われ、エージェントとなった。天性の直感と強運で、どんな状況でも切り抜けていく。
天真爛漫で運動好きな女子大生。規律を重んじるマジメな性格だが、肝心な場面で失敗することも。国家情報防衛局の官僚を父に持ち、彼女もそれに属する組織のエージェントとして活動している。
鼻腔をくすぐる花の香りの中に安心するような落ち着いた匂いが混ざり、深い微睡みの中にいた御巫綾花は潮が引くような感覚とともにまぶたを開いていった。寝ぼけてぼんやりした目に映りこんできたのは、見慣れた一面のラベンダー。どうやら庭園のベンチに座ったまま、丸テーブルに突っ伏して眠ってしまっていたらしい。不覚にもよだれもたれていた。
危ない危ない、と思う。このようなはしたないことをしてしまうなんて。ここ一カ月あまりエージェントとしての活動やスカウトの仕事で奔走していたため、疲労が溜まっていたのかもしれない。だとしても、こんな体たらくではだめだ。お母様の反対を押し切ってまで正義のもと危険な仕事に身を投じると決めたんだから。
頬をぺちりとたたいて気合いを入れ直し、んーっと大きく背筋を伸ばす。そのとき、生け垣の向こうから「きゃいん」と愛らしい犬の鳴き声が聞こえてきた。御巫家の飼い犬、ゴールデンレトリバーのキンスケの声だ。
綾花は立ち上がり声につられるように生け垣の向こう側を覗き込んだ。
「あ……」
思わず声が漏れる。
庭園の大きな植木の下にはキンスケと、もうひとつ。長身の青年の姿があった。ワインレッドのシャツの上に黒いジャケットを合わせた暗銀色の髪の青年――緋神仁が、いつもと変わらない冷めた目でキンスケを見下ろしている。
どうして仁がここに? と疑問を浮かべかけて、思い出した。もともと今日は仁が御巫家を訪れる予定だったことを。
父は国家情報防衛局の幹部でありASTにおいて重要な立場でもある。そのため綾花の家にも電脳空間ARCANAにダイブするための端末が置かれていた。今日の任務は電脳空間内のパトロールであり、急を要するわけではないが、巡回予定地点から一番近いためにここをダイブポイントに選んだのだった。
どうやら自分は庭園で仁の到着を待っているうちに眠ってしまっていたらしい。
(うう。待ち合わせ時間に居眠りなんて不覚だわ……でも、仁、何をやってるのかしら)
仁と犬。両者の間に漂う不穏な気配に綾花はごくりと喉を鳴らした。綾花にはその光景が、まさに一触即発の空気に見えて、どきどきと胸が騒いだ。「ちょっとやめて。二人とも仲良く」と声をかけたほうがいいだろうか。そう思いながら身を乗り出しかけた、そのときだった。
「えっ?」
あまりにも意外な光景に綾花は目をぱちぱちと瞬かせた。
仁の表情が今まで見たこともないような優しいものに変わり、中腰になってキンスケの前に片手を差し出している! 人見知りで来客には懐かないキンスケも、仁の手に頬をこすりつけながらしっぽを嬉しそうにぶんぶん振っている。
綾花はしばし呆然としながら、犬とじゃれ合う仁の姿を見つめていた。綾花にとって、それはかなり高い次元で「ありえない」こと。なにせ彼と出会ってからこの方、あのような素直な笑顔など、向けられたことがない。いつも怒ったように唇を横一文字に結んでいるし、たまに笑ったと呼べる表情になっても、苦笑とか曖昧な微笑とか、そういう類の笑みだった。
仁がASTのエージェントになってから、いくつかの仕事で一緒に任務をこなし、プライベートでもそこそこに交流を重ねてきた。そういった自負のある身としては、犬に負けたような気がして、いまいち納得がいかないのである。
――いえ。くじけてはダメよ御巫綾花! これは反撃のチャンスと見るべきよ! 犬が好きという共通点があるなら、そこからさりげなく仁の内側に切り込んで……
「なにそんなところで突っ立ってるんだ、綾花?」
「はわっ!?」
唐突に声をかけられて、綾花は珍妙な声をあげて飛び上がった。いつの間にか仁がこちらを見ている。表情も犬に見せていた柔和なものではなく、いつもの仏頂面だ。
「なんだよ。起きてたなら声をかけてくれればよかったのに」
「い、犬が好きなんて意外だなって思って……それで、つい」
綾花は赤くなって早口で言い訳した。そして、そこではっと気づく。
「私が寝てたって知ってたの?」
「三十分前には着いてたからな。気持ちよさそうに寝てたぜ」
「お、起こしてくれればよかったのに」
「よだれたらして幸せそうだったもんで起こしたらかわいそうかと思ってな」
「な――ッ」
愕然として口元を押さえた。ただでさえ熱かった体の芯がさらに熱くなる。そんな綾花の変化に気づいたふうでもなく、仁は犬とたわむれながら庭園を見回した。
「せっかくだからこの国宝級の庭園を散歩させてもらってた。お嬢様だとは思ってたが、本当に凄い場所に住んでるんだな」
「え、ええ。これもお父様とお母様の努力の賜物よ」
「富も名誉もあり、娘もまっすぐないい子に育った……か。綾花の家族は幸せ者だな」
遠い目をしてつぶやく仁を見て、綾花は微妙な顔になる。褒められた嬉しさよりも仁の反応に込められた意味が気になった。
「ねえ。聞いていいのかわからないんだけど。あなたの家族って、もしかして……」
「どうだかな」
仁ははぐらかすように綾花から目を逸らして、キンスケの顎の下を優しくさする。こうなると綾花には踏み込めない。言葉で強く拒絶されたわけではないけれども、高い壁を作られてしまった気がして、そして、その壁を壊してまで踏み入ることを綾花自身の心が許さない。
だから綾花は先ほど自分の中に浮かんだ妙案を、そのまま実行することにした。
「犬、好きなの? うちのキンスケが初対面の人に懐くのって珍しいのよ」
当て馬みたいにしちゃってごめんね、と心の中で飼い犬に謝りながら、綾花は仁を見つめた。仁は表情を変えないままただ不思議そうに見つめ返してくる。視線を犬と綾花の間で移動させ、あごに手をあてて「ふむ」などと声を漏らす。
「意識したことはなかったが、たしかに犬を世話するのは、好きかもしれないな。でも、そんなに意外か?」
「それはもう。あんなに自然体で笑ってる仁を見たのは初めてだもの」
「自然体、か」
ぼそりとつぶやいて、しばらく何事かを考えていた仁は、すこしして顔をあげた。
「安心できるのかもな」
「安心?」
「ああ。犬ってのは人間に対して従順な生き物だろ。人よりもずっと純粋で表裏がない」
「噛まれる可能性もあるわよ」
「そういうときは『噛むぞ』ってわかりやすく牙を剥いてくるだろ。あたかも味方のような顔をしておいて、裏切る……なんてことはしない」
「それはそうだけど」
綾花はきつく唇を噛んでうつむいた。
「それってすごく悲しいことだと思うわ」
「悲しい?」
「だってそれは人が裏切ることを前提にしてるんだもの。すごく後ろ向きな発想だと思うの」
「否定はしないさ。ただ、それこそ生きてきた環境と経験の違いだろうな。俺は探偵業やギャンブルでの勝負を通して、人の汚い部分ばっかり見てきた。本当にタチの悪い巨悪ってものは俺も許せないし、ぶっつぶしてやりたいと思う。だが――そうじゃなくて、もっと小さい部分で多くの人に悪いところがある。狡猾で、卑怯なところがな」
「でも」
「ひとつ、勝負しようぜ」
唐突に仁はそんな提案をしてきた。キンスケから体を離してジャケットの内ポケットに手を入れる。そこから取り出したのはコインだった。
Illustration:Production I.G
(C)SEGA
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