2014年4月27日(日)
![]() |
---|
青蘭学園。
2010年代より運用が開始された、青の世界《地球》に設立されたプログレス育成機関。
黒、赤、白――他の3つの世界の接触点である太平洋上の孤島、青蘭島を拠点としており、住人の殆どは、プログレスとその家族、教員を兼ねる研究者によって占められている。
プログレス育成カリキュラムの主軸は『ブルーミングバトル』。
プログレスの持つ異能『エクシード』を共鳴させ合うことで、プログレス本人をより高みに引き上げる模擬戦。
「大丈夫。基本的な情報のインプットは終わってる。私なら、できる」
深く深く深呼吸。
アンドロイドであるユーフィリアには不要な行為。
けれどこれは昔からの癖みたいなものなのだ。
「四六式時空渡航機関、封印解放」
自分の中に秘められた、世界でたった一つのエクシードが、音を立てて駆動する。
ユーフィリアの任務は、この力を使ってあるプログレスと接触し、その未来を変えること。
そのために造られ、そのために今日までのユーフィリアの日々はあった。
――座標走査開始……確認
――座標固定楔射出……定着確認
――機関出力上昇……顕現域到達
――時空境界面……接触完了
――時空渡航……開始
『いってらっしゃい。みんなを、よろしく』
そこにいないはずの「彼女」の声は、果たして夢か幻だったのか。
ユーフィリアがゆっくりと目を開けると、そこには知らない風景が広がっていた。
正確には、「知らない」わけではない。
「彼女」から見せてもらった資料で、ユーフィリアはこの場所のことを知っていた。
「ここが……青蘭島。すべてのはじまりの、場所」
指定した場所は、青蘭学園の屋上。
青蘭島が一望できる、青蘭島でも指折りの絶景スポット――だそうだ。
感じるのは、島全体からあふれる生命と可能性の息吹。
電子データで「知った」知識と、自らの五感で「感じた」印象は大きく異なる。
初めて感じる太陽の眩しさ、頬を撫でる磯の香りを帯びた微風。
太平洋上、日本の中でも南に位置するにも関わらず気候は穏やかなように思える。
ユーフィリアのいた世界では、考えられないこと。
彼女が知る大地とは、土でなく金属で作られたものであり、自然とは環境調整モジュールによって創りだされた幻影であり、全てがシステムによって管理されたものだった。そこに暮らす人々も皆、システムによって最適化された生活を効率的に送っているだけだ。
何より圧倒されるのは、眼下の建物を行き交う少女たちから放たれる活気。
世界の異変に立ち向かう、異能を持つ少女たち、プログレス。
その育成機関と聞いていたので、こんな――まるで、普通の青春を謳歌しているなんて。
――もっと世界のことを知って、多くを学ぶこと。『変える』前に、まずはそこから始めて――
ユーフィリアを送り出した「彼女」の言葉の意味を噛みしめる。
彼女が守りたかったのはこんな穏やかな世界であり、世界の崩壊という危機にあってなお、しなやかに生きる仲間たちだったのかもしれない。
「そういうことなんでしょうか、ママ」
つぶやくと同時に、周囲に響くチャイムの鐘。
と。それが鳴り終わるか否か、というタイミングで、ユーフィリアの立つ建物の屋上の扉が音高く開かれた。
「いっちばんのりー! もーソフィーナちゃん遅いよー、運動不足じゃない?」
「あのね、貴方はいつもいつも唐突すぎるのよ! 今日はカフェテリアでランチじゃなかったの!?」
「え~、だってこんなに天気が良いんだよ。ひなたぼっこしながらお弁当食べるほうが気持ちいいよ!」
姿を表したのは二人の少女。
一人は、深い栗色の髪を左右で結んだ、天真爛漫ながらも利発そうな瞳が印象的な、生命力に満ちた少女。
もう一人は、地球ではあり得ない紫の髪と豪奢な黒のドレスが目を引く、深い知性を感じさせる雰囲気の少女。
ユーフィリアは、彼女たちのことを知っていた。
――進化する可能性、日向美海。
――理深き黒魔女、ソフィーナ。
自分のデータベースの奥深くに刻まれた最重要人物の情報と、相違ないかを確認する。
いずれも、ユーフィリアの任務において、必要不可欠なプログレス。
近い将来に、本当の意味で「世界を救う鍵」となる少女たち。
「それに残念。一番じゃなかったわね、先客がいるみたいよ」
「う~、チャイム鳴ってすぐダッシュしたのに~!」
「そもそもひなたぼっこに一番も二番も関係ないでしょ……」
感情豊かに声を上げる日向美海と、それを嘆息しながらたしなめるソフィーナ。
言葉こそ強いものの、二人の間にはそれをものともしない信頼関係が見て取れた。
「彼女」も、きっとこんな日常をいつも目にしていたのだろう。
そんなことを思っていると、ソフィーナの形の良い薄紅色の目がつい、と滑りユーフィリアの方を向く。
「あなたも。騒がしくして悪かったわね」
「私より早いなんてビックリだよ~! ……ひょっとして、サボりさん?」
いたずらっぽく微笑む美海を見て、ユーフィリアは温かい気持ちになる。
初対面なのに、全く嫌味なところがなく、親しみだけが残る笑顔。
だから、ユーフィリアも素直に答えることにした。
「いいえ。私は――」
そこまで口にして、一度言葉を切る。
なんと言えばいいのだろう。
ユーフィリアの任務は、おいそれと口外していいものではない。
「彼女」からも、露骨な誘導や介入は避けるように、と言われている。
それでも。
きっと、本当のことは分かってもらえないと思うけれど。
「私は、あなたたちに会いに、ここに来たんです」
そう、口にした。
踏み出さなければ、未来は変えられない、と信じて。
(C)SEGA / (C)SEGA Networks / (C) Ange Project
データ