2014年9月4日(木)
9月2日~4日、パシフィコ横浜にてゲーム開発者向けイベントの“CEDEC 2014”が開催されている。ここではCEDEC2014にて開催されたSCEワールドワイド・スタジオ吉田修平氏による講演“VR ~Project Morpheusで体感する未来~”の模様をお届けする。
▲SCEの吉田修平氏。会場には多くの聴講者が詰めかけていた。 |
CEDECの講演には毎年、業界のトレンドが反映されるわけだが、今年は『Oculus Rift』を利用したバーチャルリアリティ(VR)関連の出展が目立った。その中で、実りが多かったのが、この講演といえる。
SCEは、今年3月、米国のゲーム開発者会議“Game Developers Conference 2014”(GDC)にて、VRヘッドマウントディスプレー『Project Morpheus』(プロジェクト・モーフィアス)の開発を明らかにしている(関連記事)。今月1日の“SCEJA Press Conference 2014”でも、バンダイナムコゲームスの『鉄拳』チームが開発した制服美少女とコミュニケーションできるデモコンテンツ“SUMMER LESSON(サマーレッスン)”を発表。一般ユーザーが体験できる“東京ゲームショウ2014”でのデモに注目が集まっている。
今回のCEDECでは、本講演でVRの歴史や魅力などに触れたほか、国内初となるモーフィアスの展示も実施していた。
▲実は9月2日限定で、東京ゲームショウに先駆けてモーフィアスのデモを実施。午前から配布された整理券には、長蛇の列ができていた。 |
▲カゴに入って深海に沈んでいく“THE DEEP”、中世の城でトレーニングする“The Castle”という2種類が体験できた。THE DEEPでは海の美しさと、サメが襲いかかってくる恐ろしさを実感。The Castleでは、PlayStation Move(PS Move)で操作してVR空間でダミー人形を攻撃し、ボコボコにする快感が味わえる。 |
講演で繰り返し強調していたのが、VRは体験してみないとその魅力がわらかないということ。「(VRコンテンツに触れたことがある人は)自分たちが想像していた以上の体験が可能になるということを実感しているはず。この体験を周りの人や同僚、家族にぜひ伝えたいという気持ちになると思います。私もそうです」と吉田氏。最後には「百見は一体験に如かず」という名言を残していた。
その講演から本記事では、モーフィアスはどうやって良質なVR環境を提供しようとしているか、そもそも良質なVRコンテンツはどう作ればいいのかといった2点について掘り下げていこう。
Oculus Riftやモーフィアスでは、かぶると視界がすべて覆われて、頭を動かすことで周囲にある360×180度の全周パノラマ映像を見られる。コントローラーやマウスなどを使うことなく、リアルと同じやり方で興味のある方向を見られるので、まるでその世界に入ったように錯覚してしまうのが新しい。
吉田氏は、その体験について“プレセンス”(Sense of Presence)という言葉で表現していた。このプレセンスは没入感とは異なり、「没入感を超えた、別の世界に自分が存在するということを体が信じてしまう状態」を指す。
続けて、「没入感は、例えば面白い本を読むと得られるし、ゲーム開発でも昔から常に気にしてきた。一方、プレセンスは、頭では自分がVRのヘッドセットをかぶっているのがわかっていても、VRの世界で崖の上から下を見たら膝が震えたりとか、サメが近寄ってきたときに後ずさりしてしまうという、頭で制御できない状態のこと。これはバーチャルリアリティでのみ実現可能」と、そのユニークさを解説する。
▲ビデオで紹介したモーフィアスのデモを遊ぶ人たち。驚きの声を上げたり、ゲーム内のアバターになりきって動いたりと、みんな周囲を気にせずに世界に入り込んでいた。 |
しかし、このプレセンスを維持するのは大変で、ユーザーが少しでも違和感を感じてしまうと壊れてしまう。そうした違和感を感じさせないために、モーフィアスでは6つの要素に取り組んでいるそうだ。
▲プレセンスを維持するための6つの要素。 |
1つ目はディスプレー。VRでは高解像度で速い応答速度を実現するパネルと、広視野角を実現するレンズが必要。ソニーグループは以前よりさまざまなディスプレー研究に取り組んでいて、モーフィアスはデジタルカメラやカムコーダーのチームが協力して開発している。
2つ目はサウンド。ゲームにとって、効果音や音楽は雰囲気を高める重要な要素だが、VRでは3Dサウンドが非常に有効。例えば、キャラクターがいる場所から声が出たり、頭上から回転音がして上を見上げるとヘリコプターがいるような使い方をすれば、プレゼンスを損なわない。モーフィアスでは、自社開発の3DサウンドライブラリをSDKとして提供している。
3つ目はトラッキング。正確で高速なヘッドトラッキングはVRに欠かせない。SCEでは、PS Moveを通じて三次元空間の認識技術を長く研究してきていて、そのチームもモーフィアスの開発に参加している。
モーフィアスでは、ヘッドセットのLEDをPlayStation Cameraが認識し、さらにヘッドセット内部センサーと組み合わせて、プレイヤーの正確な位置を検出する。プロトタイプのヘッドセットは、前面だけでなく後ろのバンドにもつけているので、反対方向を見てもトラッキングが途切れることはない。
4つ目はコントロール。VRの世界にはいると、プレイヤーは必ずその世界のオブジェクトに触れたくなる。PS Moveは正確な三次元入力を可能にするデバイスでVRに最適。
その技術をDUALSHOCK 4にも取り入れて、ひとつのPS Cameraでモーフィアス、PS Move、コントローラーを同時にトラッキングできる。このおかげでハードウェアの処理負荷を減らして、ゲームから見たときのインテグレーション(操作の統合)を容易にしている。
5つ目は使いやすさ。PS4では使いやすさを重要な開発テーマのつとして据えていて、モーフィアスも誰でもつなげば使えるような手軽さを目指している。HMDを顔に押し付けるのではなく、頭で支えるバイザータイプなので、長時間使っても疲れない。HMD部分は前後できるため、眼鏡をかけていても問題なく使えるのがいい。
最後はコンテンツ。モーフィアス用にも使いやすくて、パフォーマンスの高いSDKを提供する予定で、ミドルウェアを手掛ける企業からのサポートも数多く表明してもらっている。
GDCで発表されたプロトタイプは、PS4デベロッパーに提供を始めているので、興味のある方は、ぜひSCEジャパンアジアの開発サポートグループにコンタクトをとってほしいとのこと。
SCEでは、2010年頃からVRの研究をいろいろな部署で進めていたとのこと。初期はPS moveといろいろなメーカーのHMDを組み合わせて、PS3上で実験をしていた。
2011年から正式なプロジェクトとして決まり、日本のハードウェアチーム、アメリカのRDのチーム、世界各地にあるワールドワイドスタジオのゲーム開発者が一緒になってPS4をターゲットに開発してきたという。
プレセンスを維持するためには、ハード側からのアプローチだけでなく、ソフト側も注意が必要。体験したことがない人に説明すると、VRコンテンツは作り方を間違えると、おもしろい以前に酔って気持ち悪くなってしまう。そうならないために、開発前に念頭においていきたいノウハウと注意点が以下の9項目になる。
まず重要なのが、VR独自のゲームデザインが必要ということ。既存のゲームとVRコンテンツではアプローチを変えなければならず、どちらかというとテーマパークのアトラクションを作るようなもの。ゲームのアセット(資産)は流用可能だが、ゲームデザインは一から考え直す必要がある。ベストなのは、最初からVR専用にデザインすること。
フレームレートで60fpsを保つのも大切。吉田氏は「60フレームが出なければ、発売すべきではないと思っている。それぐらい重要」と語った。普通のゲームは30フレームに落として、映像をリッチにしたり、オブジェクトの数を増やしたりするが、VRの場合は60フレームを死守するのが必須だという。シミュレーター酔いと呼ばれる気持ち悪くなるのを避けるために大事なことである。
ユーザーが空間のどこにいるのか認識する“ポジショントラッキング”もポイントだ。例えば、ポーズ画面でUIを出すときもできればゲームの中にバーチャルスクリーンを出して、頭の動きに追従させる。常にポジショントラッキングを続けることで、その世界から覚めさせない。
あとは現実世界でも気持ち悪くなることは、VRでも気持ち悪くなる。特に急加速が厄介なので、動き出すときも止まるときもゆっくりするのがいいという。モーフィアスの『ストリート リュージュ』というデモでも、最初は相手のそりにぶつかると止まるようにしていたが、気持ち悪くなったので、速度を落とすペナルティーをつけてコリジョン抜け(オブジェクトを抜ける)させるようにした。
カメラと頭の動きを同期すること。カットシーンやイベントシーンでは客観カメラになることがあるが、そうではなく『ハーフライフ2』のように、ゲーム内イベントがプレイヤーが目の前で起こるようにするといいという。あとはプレイヤーが感じる重力と、VR空間の地平線が正しくマッチしているのも大事。
リアルとVRの姿勢をあわせるのも、プレセンスを維持するのに有効だ。「VRで手や腕の一部を見せて動かせるのが非常に重要。フライトシムならスティックを用意して、ゲーム内アバターもスティックを持ってるようにする。自分の動きとゲーム内の動きが完全にシンクロしていると完全に世界に浸れる。さらにVR内にコックピットやフレームがあるとプレイヤーが安心して体験ができる。
大きさや音もリアルに合わせること。VRの世界に入ったら、ドアがものすごく小さくて中に入れなかったという話がある。普通のゲームではおかしく感じないものもVRでは違和感になる。3Dオーディオも効果的で、左にいるキャラが左側から話しかけるとか、ゲームのキャラクターがプレイヤーを認識して話しかけたり見つめたりするといい。
物理現象やPhysics、パーティクルなどを活用するべきだという。お金をかけて作った背景CGをプレイヤーが数秒で駆け抜けてしまうみたいな話があるが、VRではプレイヤーがゆっくりとその世界を楽しんでくれる。
観光スポットに来たように見回したり、オブジェクトやキャラクターをじっくり見たりする。特に物理現象やPhysicsをつかったインタラクションを用意すると、狭い空間でも長く楽しんでもらえる。だから歩く速度も2倍、3倍と速くするのではなく、現実と合わせるのがいい。
基本は座ってのプレーだが、ほかの姿勢もあり。ケーブルがあったり、HMDで見えなくて周囲にぶつかる危険があるので、座っての体験は非常に安全。でも必ずしも座ったままでなくてもいいという。例えば、『THE DEEP』では、立っていた方が沈んでいくときの不安感を感じる。「モーフィアスでは3mの立方体まで検知できるように設計しているので、立ったり寝そべったりと、いろいろな姿勢での体験を研究してほしい」と吉田氏。
一人称ではなく、三人称視点でも意外とOKなのだとか。「VRの一人称視点はゆっくりと進むホラーゲームやアドベンチャーゲームと相性がいいが、必ずしもそうじゃなくてもいい」と吉田氏は語る。
『ポピュラス』や『シムシティ』のようなゴッドゲームと呼ばれるジャンルを例に、プレイヤーが神となって動いてる世界を見下ろすタイプのゲームだが、登場キャラがプレイヤーを認識してインタラクションできるのは、おもしろい体験になるはずだ。ストーリーを展開する際、プレイヤーが目撃者のようなポジションでそこにいられるというのも楽しい。
大きく2点において、VRコンテンツ制作のポイントをまとめてきたわけだが、現状、モーフィアスもハードウェアの性能向上やパートナーとの連携など、まだまだ多くの課題をかかえている。ただ、やっぱり一番大切にしたいのは「品質の高いVRコンテンツ」だと吉田氏は語っていた。
「VRは体験してみないとそのよさがわからないので、できるだけ多くの機会をもうけていきたい」とも触れていたので、東京ゲームショウ以降もデモ展示があるかもしれない。まだ経験したことのない人は、ぜひどこかでかぶってみて、そのスゴさを実感してほしい。