2015年3月6日(金)
2016年は“VR元年”と呼べる年になる―― SCE吉田修平氏にモーフィアスの展望を訊く!【GDC 2015】
アメリカ・サンフランシスコで開催中の“Game Developers Conference 2015”。現地時間3月3日に行われたSCEAのセッションで、ちょうど1年前に発表されたPS4専用バーチャルリアリティシステム『Project Morpheus(プロジェクト モーフィアス)』の最新試作機と発売時期を発表し、大きな注目を集めている。(関連記事)
今回、最新試作機と発売までのビジョンについて、SCEワールドワイドスタジオのプレジデント・吉田修平氏にインタビューを行うことができた。その内容をお届けしよう。
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■インパクトのあるアイデアが多数提案されてきている
――『Project Morpheus』の発表から1年経ちました、この1年でVRがかなり身近になったと感じますが、印象はいかがですか?
加速した感じがありますね。技術の成熟度やデバイスのコスト、性能で考えると、時期的にVRを投入するのは今だ、ということで我々も準備をしてきたわけですけど、それが同時多発的に、ここまでの速度でたくさんの会社さんが動くということは想像を超えています。
システムを開発する会社さんもそうですし、自動車会社さんが新しい自動車を宣伝するのに、パノラマビデオで示そうとか、いろんな会社さんが興味を持ってきている。これは我々にとってはもちろん、VRに興味はあるけどこれって仕事になるの? と考えているゲームデベロッパーさんたちには、ものすごく励みになります。
――デベロッパーさんのVRに対する声はどのようなものですか?
たとえ少人数でも、ちょっとやれば「こんなおもしろいものができた」という発見の連続ですね。それは、普通のゲームをつくるうえではものすごく時間がかかったり、コストがかかったりするものなんです。VRは非常に新しいので、とにかくまず動くものを作って、おもしろいものができたら、そこからゲームのアイデアにつなげることもできます。開発者さんはそこをものすごく楽しんで取り組んでくれています。
――今のゲームは複雑で、違いを生み出すことはなかなか難しい印象です。
そうですね。アイデアを積み上げて積み上げて、ようやく差が出せるという感じですよね。でもVRなら、何気ない1つのアイデアでも「こんなおもしろいことができるの!?」というブレイクスルーが起こりえます。
――クリエイターの方々は、「これをやればおもしろいんじゃないか?」というフラッシュアイデアを1つ1つ形にしているところなんですね。
変な例ですけど、PlayStationのローンチタイトルの1つに『麻雀ステーション MAZIN ~麻神~』というタイトルがあったんですが、ポリゴンのキャラクターが麻雀牌をパシンと打つカットインが入って(笑)。ああいうインパクトが今のVR開発にはありますね。
――ありましたね(笑)。単純に麻雀を打つだけなら、あまり関係ない部分です。
そうそう(笑)。「なんで?」と思うけど、でもおもしろい。あと『A列車で行こう4 EVOLUTION』では、従来のクォータービューから作り上げた街を3Dポリゴン表示で眺められる3Dビューモードが追加されて、非常にインパクトがありました。そんな1つのアイデアで、非常におもしろいものがいくつも提案されてきていますね。
――今回発表された試作機は市販型の最終形に近いというお話ですが、これから調整されるところなどはあるのでしょうか?
基本形はもうできています。ただ、エンジニアからしてみると機構的にも電子工学的にもまだまだブラッシュアップすべきところが残っています。今後の調整項目を想定してロードマップを描くと、2016年の前半にはリリースできるという計算です。実際に発売される製品と現在の試作機は、おそらく同じように見えると思います。
――昨年のプロトタイプから、ディスプレイが液晶から有機ELに変わって、スクリーンサイズも大きくなり、トラッキング用のLEDも3つ増えたりと、大幅に改良されていますね。
でも、モーフィアス本体は小さく、軽くなっているんですよ。そこはエンジニアががんばって、ギリギリまでシェイプアップした結果ですね。
――リフレッシュレートが120HZと、昨年の発表時(60HZ)の2倍になりました。Oculus Riftの次期開発版“Crescent Bay”の90Hzと比較してもかなり高い値ですね。
なめらかさに違いが出るので、リフレッシュレートが高いに越したことはないのですが、その分パフォーマンスも求められます。PS4は60fps、1080pでゲームを作るのに最適化されたシステムになっていますが、普段この環境でゲームを作っているデベロッパーさんも、リプロジェクション(再投影)の機能で120HZに変換してゲームを作ることができます。
ですので、PS4に最適化した、最高のVR体験を、このスペックなら作り出すことができると思っています。もちろんVR専門で最初から考えているデベロッパーさんは、120HZのネイティブも狙っていけます。
――市販価格の想定はいかがでしょうか?
そこはみなさん気にされるのですが、我々としては、価格ありきで開発に入るということはしなかったんです。VRは自分がほかの世界にいると信じ込んでしまうくらいインパクトのある体験ですから、しっかりとしたハードウェアを作らないと、健康に影響を与えるということが起こりえます。
でもそれは、スペックを上げてレイテンシー(入力遅延)を下げていくほど、危険性も下がります。我々もゲーム業界の一員として責任を持ち、VRの最初の製品から自信を持って送り出せるものを作ることを第一に考えて、スペックを決めていきました。あとは、ここからどれだけお安くできるかを詰めていくことになります。
――製品版の正式名称も気になります。
“Morpheus”はプロジェクト名なので、製品版では別の名前がつく予定です。まだ決まってないのですが、そこは今後のお楽しみということで。
■E3でゲームをちゃんと遊んでもらうことが目標
――モーフィアスがゲーム以外で使われる可能性にも期待されていると思いますが、どのような使われ方をイメージしていますか? またすでにどんな引き合いがありますか?
昨年モーフィアスを発表してから、多数のお問い合わせをいただいています。たとえば多額のお金をかけてシミュレーターを作られているところが、家庭用のゲーム機を使えばもっと安くできるという業務用のニーズであったり、新しい映画のプロモーション用にVRの世界で短い体験を作って、イベントなどで使いたいというニーズもあります。
日本でも、先日“進撃の巨人展”がありましたよね。あれも同様で、マンガの世界にVRで浸らせてあげたいということです。マンガやアニメの世界をVRで体験できるということは、ファンにとっては非常にうれしいことなので、ゲームではなくともエンターテイメントの1つとして、モーフィアスにコンテンツを持ってきていただけるようにサポートしていきたいですね。
あとはビデオですね。ゲーマーはゲームを買いますが、その家族はビデオを見るかもしれません。パノラマビデオやパノラマ写真などがモーフィアスで楽しめるようにしていきたいと思っています。
――発売時期も2016年上半期と発表されました。VRは盛り上がってきていますが、まだまだユーザーの認知が足りない部分もあるかと思います。発売までどのように訴えかけていくのでしょうか?
今はOculus Riftさんもしかり、サムスンさんもしかりですが、みんなで一斉に展開していくことで、メディアにも多く取り上げられて認知につながると思います。ゲームに普段あまり興味がない人でもVRに対して「あ、あれね」となる環境は非常にありがたいと思っています。
――発売時期をアナウンスしたことで、競合他社の動きやクリエイターの意識にどのような影響を与えるとお考えですか?
一番重要なのはゲームの開発者さんですね。これまでは製品化するといってもはっきりしていない部分が多く、インディーゲームのデベロッパーさんも「興味はあるけどビジネスとして食べていけるのか」という不安がありました。それを「2016年の前半に出します」とコミットすることで、デベロッパーさんに目標を提示できたと思っています。
――発売時期に関する問い合わせは、やはり多かったのでしょうか?
デベロッパーさんにとっては、食べていけるかどうかを左右する非常に大事な決断ですから。我々もできるだけ早くお伝えしたいと思っていました。しかし、この技術で動作することをしっかり自分たちの目で確認してからでないと、責任を持ってお伝えできませんので。今回の試作機がちゃんと動いていることを確認して、この段階で発売時期を発表することにしました。
――これを機に、ソフト開発が加速していきそうですね。
我々の目標としては、この春からモーフィアスの開発キットをデベロッパーさんに配布して、E3ではもうこの試作機でたくさんのゲームが動いているということが目標です。
――DMMさんやコロプラさんがVRに積極的だったり、日本でも研究開発以上のレベルでVRへの意識が高まっています。2015年、そして2016年はVRにとってどのような年になるとお考えですか?
今、我々が想定していたよりも動きが加速していますよね。台湾HTCさんとバルブさんが進めているVRヘッドセットは2015年中のコンシューマ版発売が発表されましたし、サムスンさんの「Gear VR」のコンシューマ版も今年中に出すという話です。
Oclusさんはまだ発表されていませんが、それでも思ったより早いタイミングでさまざまなVR体験が広がっていくと思います。VRの体験はなかなか伝えづらいですから、我々にとっては非常にありがたい話です。
――やってみないと、という面がありますね。
そうそう。そして、その「やってみないと」がいい体験であれば、どのVR製品から入ってもいいと思うんです。もちろん、製品ごとに違いというものはありますけど、まずはVRの世界を知ってもらうきっかけとして、たくさんの企業が切磋琢磨していくことは、お互いにとっていいことだと思います。
思ったよりも早いですが、その効果が来年に現れてくると思っています。2016年は、のちに振り返るとまさしく“VR元年”と呼べるような年になるのではないかと思います。
――つい先日、PS4が2020万台を突破したというニュースがありましたが、モーフィアスの普及はやはりPS4の普及にかかってくると思います。そちらに関してはいかがですか?
PS4とモーフィアスには相乗効果があると思っています。昨年モーフィアスを発表して1年かけてここまで来て、発売はさらに来年と時間はかかっていますが、そのぶんPS4の普及率がどんどん上がってきています。一から両方買うのはハードルが高くても、PS4はもう持っているからモーフィアスだけ買えばいいと、敷居が低くなりますよね。
逆にPS4の普及がまだまだこれからでも、VRへの関心が非常に高まっている日本では、最近『ドラクエ』も出たし、モーフィアスも来年発売されるから、これを機会にPS4を購入しようというように、モーフィアスがあることでPS4の普及を進めることができるという側面も期待しています。
――モーフィアスで提供されるタイトルの価格帯も気になるところです。
パブリッシャーさん次第という側面もありますが、私の予想ではインディーデベロッパーさんはインディー価格で勝負されるのではないかと思います。大手パブリッシャーさんが多額の開発費を投じて制作するコンテンツは、それなりの価格になると思います。
ただ、普及がまだまだの初期段階では、少人数で制作できる「これおもしろいんじゃないの」「こんなのなかったよね」というコンテンツを出して、世に問うてみることになるんじゃないかと思いますね。
――2016年の発売に向けて、今後のロードマップを教えてください。
1つの目標としては、まずは春に開発キットをたくさん提供して、E3でゲームをちゃんと遊んでもらう状況を作ること。その次はTGSだったり地域のイベントで、できるだけ多くの方に体験していただくことですね。発売までその活動をずっと続けていくことになります。
――日本で一番早く体験できるイベントはTGSになるのでしょうか?
そこはまだ決めていません。先ほどの“進撃の巨人”展もそうですが、いろんなイベントがありますよね。そういうイベントを我々がサポートすることがあるかもしれませんし、TGSにターゲットを定めていくということになるかもしれません。