2015年5月29日(金)
日本マイクロソフトは、5月26~27日にかけてIT技術者向けのカンファレンス“de:code 2015”を開催しました。
Windows 10をはじめ、最先端のテクノロジーが集結した本カンファレンス。ここでは出展社の1つ、スクウェア・エニックスの発表内容を中心にお届けしていきます。
5月26日、本カンファレンスのスタートプログラムとして実施された“Keynote”セッション。ここでは『ファイナルファンタジーXV』のディレクターであり、新世代技術研究プロジェクトの責任者でもある田畑端さんが、彼のチームである“Business Division 2(BD2)”のメンバーを率いて登壇しました。
▲左から田畑端さんと岩田亮さん。岩田さんは、後に紹介する技術デモ“WITCH CHAPTER 0[cry]”のディレクターです。 |
BD2では“ワクワクしないものは作らない”をメンバーポリシーとして掲げているとのことです。ワクワクできるような未来にしたいからこそ、自分たちがワクワクしないことはしないと語りました。
また、彼らが行っているワクワクする取り組みの中から、Windows 10に関するものを発表しました。
取り組みの1つめは、iOS/Android用RPG『ファイナルファンタジー アギト』のWindows 10版の開発です。
本作はマウスでプレイしておもしろい作品を目指しているとのこと。また、自分の好きなタイミングで遊びと仕事を切り替えられるように、とPCでプレイできるようにしたそうです。さらに、10億人のユーザーに対してアピールしていくと力強くコメントしていました。
もう1つの取り組みは、スクウェア・エニックスが誇るアートの技術と最先端のテクノロジーを融合させるというものについてです。
この取り組みを象徴する作品として、4月30日に米マイクロソフトが開催した開発者向けイベント“Microsoft Build Developer Conference”にて発表された、Windows 10ベースの次世代API“DirectX 12”を使用した技術デモ『WITCH CHAPTER 0[cry]』の紹介が行われました。
▲涙を流し続ける美しい魔女の姿が描かれた『WITCH CHAPTER 0[cry]』。 |
▲このデモはリアルタイムで描画が行われており、操作によって絵そのものが変わっていきます。髪の毛の本数にいたるまで現実の人間を忠実に再現しているとのことでした。 |
このデモで用いられたリアルタイムの描画技術は、有機物だけでなく、自動車をはじめとする身の回りのあらゆるものに反映できるそうです。田畑さんは「このデモはゴールではなくスタートである」として、発表を締めくくりました。
なお、de:code 2015の展示エリアには、スクウェア・エニックスブースの出展も行われていました。ブースでは実際に『WITCH CHAPTER 0[cry]』を動かすことができました。筆者もカメラを操作してみましたが、魔女の表情や髪の毛の質感はもちろんのこと、彼女を取り巻く空気を感じられるほどのリアリティを備えていました。
▲写真では伝えきれないのが残念ですが、髪の毛の生え際が見えるほどに細部にわたり描き込まれていました。 |
田畑さんは、27日に行われたセッション“Hello DirectX 12 -Road to //build/ WITCH CHAPTER 0[cry]”にも登壇しました。このセッションでは、なぜ“Microsoft Build Developer Conference(//build/)”で技術デモを発表することになったのかを中心に講演が行われました。
講演で語られた内容は大きくわけて3つです。ゲーム会社がなぜ“//build/”を目指したのかということ、DirectX 12を動かしてみてわかったこと、参加して予想以上にすごかった“//build/”、この3点についてです。
セッションの冒頭では“//build/”の参加に向けて取り組んできた内容をストーリー仕立てで紹介しました。ゲーム会社が技術者向けのカンファレンスである“//build/”をなぜ目指したのかについてですが、これは田畑さんの「ゲーム業界の外で勝負をしたい」という一言からスタートしたとのことです。
ゲーム業界は、ハードウェアが発売され、その普及にともないマーケットが構築されたのち、再び新たなハードが出てくる、そういったサイクルで進歩してきました。メーカーはその周期にあわせてアップデートするように技術を習得してゲームを作り、新たなハードが登場したら出た後に対応する、という流れで開発を行ってきました。
しかし、こうしたやり方で戦っていく場合、新たな技術にアプローチしえないタイミングが来る危険性があると、感じていたといいます。こういった危険を回避するために、ゲーム業界とは異なる分野の、最先端のITコンピュータテクノロジーにアプローチしようと考えたとのことです。
「自社の取り組みでは最大化しえないところまで技術を引き上げるために、IT業界の最先端をいっている企業とコラボし、1つの到達点を突き詰めるのが目的だった」と、田畑さんはコメントしていました。
また、“BD2”が掲げる“ワクワクしないものは作らない”というポリシーについても言及されました。BD2らしさを打ちだしたこのポリシーは「先端技術を踏まえたうえで、スクウェア・エニックスが得意とするアートをしっかりと導入する。それによって得られる新しい体験を形にする」というものだそうです。
このポリシーをもとにしたプロジェクトでは、自社だけでは確立しえない、本当の最先端の技術を使ったアートを“//build/”で発表し、今現在のスクウェア。エニックスが選択できない領域まで活動範囲を広げることを目標に掲げられました。
その最先端のソフトウェア、最新のハードを使ってのプロジェクトを進めるために、マイクロソフトとNVIDIAとタッグを組もうと考えたとのことです。
目標を定め、マイクロソフト、NVIDIAとタッグを組んでプロジェクトを進めようとなった段階で、仕様書の作成が行われました。しかし田畑さんは、その仕様書を見るなり「No!」と答えたといいます。
マイクロソフトに向けて当初作成された仕様書は「DirectX 12のどの機能を使うかを明確にしてプレゼンを行い、1月中に動いているものを見せる」といった、伺いをたてるような進め方が書いてあったとのこと。しかしこのやり方だと“自社で確立しえない成果を達成する”という目標に届きません。田畑さんはその仕様書を見た瞬間に「ワクワクしないものは作らない」という考えが頭をよぎったといいます。
田畑さんは「僕がワクワクできないものは、僕のスタジオにいるアーティストやエンジニアたちもワクワクしない」と考えたとのこと。
その結果、先の仕様書のような進め方ではなく「われわれがこれまで作ってきたもの、作ろうとしているものをマイクロソフトに見てもらって、そのうえでタッグを組む価値があるかどうかを判断してもらおう」と考えたようです。価値がないと判断されたらそこまで、という覚悟まで持ってのぞんでいたとのこと。
そういった状況でマイクロソフトとやり取りを進めていたなか“//build/”の53日前に行ったミーティングで「この短期間で“//build/”で紹介されるものを作るのは難しい」という話をされたそうです。しかし田畑さんは「可能性がある限りやりたい」と返答。この“ラブレター”で日本マイクロソフトに想いが届き、タッグ実現にいたったとのことでした。
ソフトウェアの分野では強力なサポートを得ることができたものの、最新のハードはいまだない状態。このプロジェクトの目標は最先端のソフトウェアに最新のハード、そこに自社のリアルタイムCGを、というものでした。
そこでハードウェアのパートナーとして、NVIDIAとコンタクトをとったといいます。そのメールのやり取りを以下に掲載します。
▲これはメールの文面そのままだそうです。田畑さんたちが実現を願うプロジェクトのスケールの大きさが伝わってきます。 |
強力なパートナーが決まり、デモの制作がスタートしたのが“//build/”の45日前。ここで『WITCH CHAPTER 0[cry]』のディレクター・岩田亮さんが登場し、本作がどのように作られたかの説明を行いました。岩田さんは「ワクワクするような取り組みではあるものの、45日間という短期間でどうやってデータを作り、最先端のハードで走らせるか」という点には頭を悩ませたといいます。
その答えとして、DirectX 12とDirectX 11を同時に走らせて制作を進める、ということを考えたといいます。
▲DirectX 11のノウハウはあったので、できるだけ長くエンジニアがDirectX 12に触れるような方法を採用したとのこと。アセットはDirectX 11で制作し、DirectX 12の機能が判明したら移行させようと考えたのだそうです。 |
▲制作期間中は、Windows10の自動更新を待つべきかどうかなどの判断も難しかったとのこと。 |
また『WITCH CHAPTER 0[cry]』のリードエンジニア・Ivan GavrenkovさんとNVIDIAのテクノロジーエンジニア・竹重雅也さんも登壇しDirectX 12とDirectX 11の違いを説明する一幕も。技術者にとって気になるところでもある「DirectX 12とDirectX 11のどちらが優れているか」という質問に対しては2人とも「まだ判断は難しい」と口をそろえます。
▲左がIvan Gavrenkovさん、右が竹重さん。 |
竹重さんは、両者の最も大きな違いはリソース管理の精度である、と述べていました。DirectX 12の方がより精密にコントロールできるとのことです。それについて、竹重さんはDirectX 12とDirectX 11を車でたとえています。
同じ馬力、同じ速さの車があったとして、オートマチックかチューニングされたマニュアルのスポーツカーか、くらいの違いがあるようです。DirectX 12の方がマニュアルのスポーツカーとのこと。
「直線は同じスピードですが、コーナーやシケインなどを含めてサーキットを1周回ったときに差がでる」とコメントしていました。絶対的な性能は変わらないものの、リソースのコントロールなどをタイトに引き出せればDirectX 12のほうが速いとのことです。
▲DirectX 12は、エンジニアのドライビングテクニックの見せどころだと語る竹重さん。 |
▲開発環境についての発表も。かなりの量のキャッシュをアニメーションのために使用しているとのことでした。 |
『WITCH CHAPTER 0[cry]』も完成したということで、話は再び“//build/”に。1日前になっても参加できるかわからなかったため、出展が決まっていない状態でアメリカに向かったというエピソードが披露されました。出れるかどうかわからない状態の中“//build/”がスタートし、2日目にようやく出演が決定したという驚きの事実も。
このように、苦労を重ねながらも“//build/”への出展という目標を達成したBD2。セッションの最後には、田畑さんが登壇してセッションの参加者にメッセージを贈りました。その言葉で、本記事を締めさせていただきたいと思います。
「目標としていた“//build/”の舞台に立って、多くの変化が起こりました。日本にいると“//build/”というイベントの大きさや影響力、波及効果を実感できませんが、そこには本当に多くのIT業界の人間がいまして、彼らは発表される技術によって世界に変化を起こそうとしています。
ここは、チャンスを作ろうとしている技術者が数多く存在する、大きなフィールドであるということを実感できました。また“//build/”のKeynoteに取り上げてもらった直後から、メディアの方々から違った角度でのオファーをいただけるようになりました。
これまでゲーム業界のみで活動していたわれわれのフィールドは、ITの最先端のテクノロジーにまで、広がったということを実感しています。
私たちは、IT業界で研鑽した技術を、ビデオゲームの世界に持ち帰りたいと考えています。実際のところ、コンピュータ業界におけるスクウェア・エニックスの認知度はまだまだ高くない。われわれが技術的に長けていると思い込んでいた分野においても、届いていなかったなという反省もありました。
このセッションにITエンジニアの方をお招きできていないというのがわれわれの現状です。それを意識しつつ、今後ものづくりを進めていきたいと考えています。
本日お越しいただいたエンジニア様には、僕らがやっているように、ワクワクする未来のため、自分のもっている力を全力で出して現実を変えながら仕事してくださいと、メッセージを送りたいです」
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