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2015年7月23日(木)

“VR廃人”が今後生まれる可能性も? VRの安全面や収益性、危険性を知りたい人は必読!

文:イトヤン

 東京・お茶ノ水のデジタルハリウッド大学院 駿河台ホールで開催された“黒川塾 二十六”のレポートを掲載する。

“黒川塾”

 黒川塾は、ゲームやアニメなど、あらゆるエンタメコンテンツに精通したメディア研究家の黒川文雄氏が主催で行っている勉強会だ。

 第26回目となる今回は、7月17日に開催。“バーチャルリアリティの未来へ 2”と題して、昨年11月に開催された第21回に引き続き、バーチャルリアリティ(VR)デバイスの発展によるコンテンツの未来と可能性を、ゲストとともに語り合う会となった。

 本記事では、講演の内容の中から特に気になった部分を中心に紹介していこう。

【黒川塾(二十六)登壇メンバー】

・黒川文雄氏
“黒川塾”

 大手ゲームメーカーや映画配給会社などで、多くのコンテンツを成功に導いてきた実績を持つ。9月16日発売予定のDVD『アタリ ゲームオーバー』では、アタリ崩壊の都市伝説に迫る本ドキュメンタリー作品の、日本版における企画・監修を行っている。

・吉田修平氏
“黒川塾”

 株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント ワールドワイド・スタジオのプレジデント。PlayStationタイトルの開発を指揮するだけでなく、PS4専用のVRシステム“Project Morpheus(プロジェクト・モーフィアス)”の開発推進も積極的に行う。

・藤山晃太郎氏
“黒川塾”

 希少な江戸古典奇術“手妻(てづま)”の継承者として、舞台やTVなどで活躍している。近年は、Oculus Rift(オキュラス・リフト)を用いたVRアトラクションのプロデュースも手がけている。

・久保田瞬氏
“黒川塾”

 Webメディア“もぐらゲームス”の編集長として、インディーズゲームなどのレビューやインタビューを行っている。2015年2月より、VR専門のニュースサイト“MoguraVR”をスタートさせ、日本だけでなく全世界のVR情報を紹介している。

・下田純也氏
“黒川塾”

 エピック・ゲームズ・ジャパンのデベロッパー・サポート・マネージャー。超大作コンシューマゲームからモバイルゲームまで、全世界で広く利用されているゲームエンジン“アンリアル・エンジン”の普及とサポート活動を行っている。

ブランコや扇風機を駆使したVR体験の臨場感に衝撃!

 今回の黒川塾ではゲストによるトークだけでなく、会場に用意されたProject MorpheusやOculus Rift、Gear VRといったVRマシンを使い、実際にコンテンツを体験することが可能になっていた。

 これは、過去にも黒川氏やゲストの方々が繰り返し語っているように、“VRは体験しなければわからない”ものだからだ。そうした理由からトークの前後では、大勢の参加者が実際にVRを体験してみようと、長い行列を作っている光景が見られた。

 会場には、登壇者の1人である藤山晃太郎氏が参加する開発チーム“Team Hashilus”が手がけた『Urban Coaster HARD MODE(アーバン・コースター ハード・モード)』が出展されており、筆者も実際に体験することができた。

 この作品は、3DCGで描かれたビル街を背景に、吊り下げ型のジェットコースターに乗って駆け抜けるというもの。プレイヤーはコースターに乗るだけで操作はできないため、ゲーム的な要素はない。あくまでジェットコースターで移動する感覚を疑似体験するという内容だ。

 この作品がユニークなのは、体験中にプレイヤーが置かれる状況だ。体験前にロープでぶら下がったブランコに座らされ、地面に足がつかない状態となる。加えて、巨大な扇風機によって移動の際の風圧が再現されたり、滝のような場所を通り抜ける際には霧吹きで水滴が拭きかけられたりと、臨場感を高める工夫がなされている。

“黒川塾”

 正直なところ、他の人が体験している様子を横から見ている限りでは、思わず苦笑してしまうほどにアナログ感のある作りだと思っていた。だが、いざ自分がOculus Riftとヘッドホンを装着して体験してみると、その臨場感は圧倒的だ。

 地面からほんの数十センチ高い位置に座っているだけだとわかっていても、コースターが高速でカーブする瞬間は思わず身体が傾いて、ブランコのロープを強く握りしめてしまう。ちょっとした工夫でこれほどリアルな感覚が味わえるのかと、VRに対する認識が大きく変わる体験になっていた。

 黒川氏や吉田氏も、この『Urban Coaster』を高く評価しているようで、壇上のトークは本作の話題からスタートした。

 藤山氏によると、現状のVRコンテンツは文字どおり“仮想現実”として、“現実にどれだけ近づくか”というアプローチで取り組んでいる人が多いという。

 それに対して藤山氏は、手妻師としての経験から、人間が現実らしさを感じるポイントを見極め、それをデフォルメして提供するという“現実を超えたアプローチ”を強く意識しているのだそうだ。

 藤山氏はこれ以外にも、乗馬タイプの健康器具にまたがって乗馬レースを疑似体験できる『Hashilus(ハシラス)』といったコンテンツも提供している。海外のVR事情に詳しい久保田氏によると、こうした日常的な機器を駆使して臨場感を高めるという藤山氏のような手法は、海外にもほとんど例がないとのことだ。

“黒川塾”
▲『Hashilus』も登場初期の頃よりデザインも洗練され、これまで以上に臨場感あふれる乗馬体験を楽しめるように!

 この4月に日本で行われた“Unite 2015 Tokyo”というイベントで、Oculus RiftやGea VRを手がけるOculus VR社の創業者であるパルマー・ラッキーさんが来場した際、彼は『Hashilus』や『Urban Coaster』を大いに楽しんでいたという。久保田氏は、これも「藤山氏の作品がユニークだからこそ」だと賞賛していた。

日本のVRコンテンツは世界から期待を集めているが、資金面で海外との格差も

 パルマー・ラッキー氏の名前が出たところで、黒川氏はラッキー氏に関するエピソードを語った。ラッキー氏は今年のE3でSCEの展示ブースを訪れて、Project Morpheusの『サマーレッスン』と『SEGA feat. HATSUNE MIKU Project: VR Tech DEMO』を試遊した。

 そしてその感想を、Facebook上の日本のOculus Rift開発者コミュニティに向けて、自ら投稿しているとのこと。

 ラッキー氏の感想にはやや厳しいコメントも含まれていたようだが、久保田氏はそうした率直な意見も含めて、日本の開発者に対して大きな期待を寄せていることの表れだと語っていた。

 ちなみに吉田氏は、E3の会場でラッキー氏と直接話したそうだが、その際はバンダイナムコエンターテインメントの『サマーレッスン』について、「(E3会場に用意された)白人女性のキャラクターが登場するバージョンではなく、以前に公開された日本の女子高生が登場するバージョンを体験したかった」と語っていたという。

 そしてトークの中盤からは、“日本でのVRコンテンツ開発の現状”についてが議論された。下田氏によると、日本のゲームメーカーでは“アンリアル・エンジン 4(UE4)”を使用してVRコンテンツを制作することが増えているものの、インディーズや同人ゲームの開発者には、UE4はまだそれほど普及していないという。

 前バージョンのUE3では、開発キットが使いづらいとの意見もあったそうだが、UE4ではそういった点が改善されていると下田氏は説明していた。

 グラフィックの美しさに定評のあるゲームエンジンだけあって、「企業イベント用のコンテンツなど、クオリティが要求される事例での採用が増えている」とのことで、今後はシェアの拡大が期待できそうだ。

 ここで黒川氏から「2015年になって、日本のVRクリエイターと欧米のVRクリエイターとの格差が広がってしまったのではないか」という問題提起がなされた。

 この点について吉田氏は、「VR市場の立ち上がる時期が近づいたと判断したベンチャーキャピタルが、欧米のインディーズ開発者に対して積極的に投資を行っている。その結果、海外インディーズのVRコンテンツのクオリティが、この1年で目に見えて上がってきた」と、現状を分析した。

“黒川塾”
▲本イベントには、SCEのロンドンスタジオが開発した『The London Heist(ロンドンの強盗)』の出展も。多くの参加者が行列を作っていた。

 この問題については久保田氏も、日本のVRクリエイターも海外のベンチャーキャピタルから出資を受けた例はあるが、そうしたクリエイターも出資を受けやすくするため米国に法人を置いているといった具合に、日本のインディーズ開発者が資金を調達する困難さを語っていた。

 一方で下田氏は、UE4を使用するコンテンツの開発に対して、エピック・ゲームズが資金援助を行う“UNREAL DEV GRANTS”と呼ばれるファンドについて解説。

 今年の3月から開始して、すでに20タイトルほどの出資事例があるとのことで、「こうしたファンドを利用すれば、日本のインディーズクリエイターも、より規模の大きな開発態勢に移行できる」と語っていた。

より多くの人々がVRを体験できるために必要なノウハウや、安全面の配慮とは? 

 実際にVRコンテンツの開発を行っている藤山氏からは「日本で資金の援助を受けるのが難しいのであれば、自分なりにVRの収益化を考えたい」として、インディーズの開発者でもVRの商用化が実現可能になるよう、意識しておくべきポイントが語られた。

“黒川塾”

 ここで重要になるのは、“VRは個人が体験しないと価値がない”という点だ。現在の日本では、VRは試遊会や企業主催のイベントなどで、一定の時間内に可能な限り多くの人に体験してもらうことが求められている。そこで意識すべきなのは“回転率”だと、藤山氏は強調する。

 自分のコンテンツを体験してもらうのに何分必要か、そして体験する人が入れ替わるのに何分必要か。体験に3分間かかる内容を見直して、同様の満足度が得られる体験を1分間に凝縮すれば、より多くの人がそのコンテンツに接することができる。

 商用化を目指さない同人的な作品制作であっても、こうした点を意識して体験会に臨めばコンテンツの内容を洗練できると、藤山氏は語っていた。

 ただし、このように試遊会やイベントが中心になっている日本のVRの現状に対しては、下田氏はやや危機感を持っているという。下田氏によると海外では、個人がVRデバイスを所有することを前提として、RPGなどのように長時間の体験を要するコンテンツを制作するノウハウがたまってきているそうだ。

 日本のVRが体験会に特化した作品作りばかりを行うことで、海外とのノウハウの格差が開くのではという点を下田氏は危惧していた。

 こうした制作ノウハウの格差に対する懸念について、「あまり心配していない」と語ったのは吉田氏だ。たしかにVRならではのノウハウは、開発を続けることで身につくものであるが、一方で日本の大手ゲームメーカーには、VR以外のコンテンツ制作については豊富な経験を蓄積している人々が多い。

 今後、そうした人々がVRコンテンツの制作を始めれば、レベルの高いものが出てくるはずだという。吉田氏は、今年のE3でカプコンが発表したProject Morpheusのホラーゲーム『Kitchen』が、非常に高い評価を得ていた点を例に挙げながら、日本の開発者に対する期待を語っていた。

 ここで黒川氏から、「長時間のVR体験が味わえるコンテンツが登場することで、いわゆる“VR廃人”といったものが生まれる可能性はあるか?」という疑問が提示された。

 これに対し久保田氏は、自身がかつて“ネトゲ廃人”だった経験から、「“廃人”と呼ばれるほどにハマったのは、他者とのコミュニケーションの部分が秀逸だったから」だと指摘。もし今後、そうしたコミュニケーションの要素とVRの没入感が結びつくようになれば、“VR廃人”が誕生する可能性はあるかもしれないと語っていた。

 トークの最後に行われた質疑応答では、VRの安全面に関する質問が寄せられた。Oculus Riftについては発売元のOculus VR社からは、“13歳未満の児童は製品を使用できない”との警告が提示されている。

 「Project Morpheusについてもこうした年齢制限が設けられるのか?」という質問に対して吉田氏は、「成長過程のお子さんにVRを体験してもらった際にどのような影響があるのかについては、我々も多くの専門家と話をしている」と回答した。

 吉田氏は、Project Morpheusの発売までにこうした問題についてもしっかりと向きあっていきたいと語ったうえで、「VRは教育用途にも役立つと思うので、我々としては注意を呼びかけつつ、できるだけ多くの方に使っていただけるようにしたい」と述べていた。

“黒川塾”

 今回のトークでは、VRの技術に対してその将来性や可能性を単純に語り合うのではなく、効果的な演出や運用のスタイルについての提言、安全面についての懸念など、より具体的で現実的な意見が多く飛び交っていたのが、非常に印象的だった。

 Project MorpheusとOculus Riftの製品版は、どちらも2016年前半の発売が予定されており、一般の人々の手に届くまであと1年を切っている。VRは決して未来の技術ではなく“今、そこにある”デバイスであることを、強く意識させてくれた本イベント。今後もより一層、VRの動向から目が離せないことになりそうだ。

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