2015年7月29日(水)
どこか奇妙な世界観と、ぐいぐいと物語の世界に引き込まれるような展開で、多くのADVゲームファンを魅了してきたサンソフトの『ナイトメア・プロジェクト』シリーズ。
今回は、シリーズの魅力に迫るべく、シリーズを牽引(けんいん)するプロデューサーの清水薫樹さんと、『歪みの国のアリス』のディレクター兼シナリオ担当の山城悦子さんにメールインタビューを実施した。これを読んで、その世界観をより深く楽しんでいただけたら幸いだ。
【『ナイトメア・プロジェクト』とは?】
サンソフトが展開する、スマホアプリ向けADVゲームシリーズの総称。『不思議の国のアリス』をモチーフとしたシリーズ1作目である『歪みの国のアリス』をはじめ、現在5本を配信している。
▲魅力的な登場キャラが織り成す、不思議で不気味で少し愛しい『歪みの国のアリス』。 |
▲洋館に閉じ込められた主人公が吸血鬼から逃げ惑う様子を描く『7th Blood Vampire』。 |
▲名作『オズの国の魔法使い』がモチーフの不思議なADV『オズの国の歩き方』。 |
▲怖くてどこか切ないコマンド選択型のADV『一夜怪談』。 |
▲ドタバタな青春とホラーという異色の組み合わせの『迷ヒ家ノ鬼』。 |
――まずはじめに『ナイトメア・プロジェクト』が誕生したきっかけをお聞かせください。
山城:『ナイトメア・プロジェクト』は『歪みの国のアリス』をリリースするためのサイトとして立ち上げられました。企画・シナリオを担当していた私がホラー好きだったということもあり、当初はホラーADV専門サイトとして立ち上げましたが、現在では、ホラーのくくりをはずして運営しています。
――現在は、純粋なホラー専門サイトではないということなのですね。それでは、今の本プロジェクト全体のテーマはどういったものになるでしょうか?
山城:『ナイトメア・プロジェクト』のテーマは“優しい悪夢”です。ホラーではありますが、怖いだけで終わらず、感動や救いのある物語をお届けしたいと思っています。
▲パッと見は正統派のホラーADVだが、プレイすれば本作独特の不思議でやわらかい雰囲気を感じられるハズだ。 |
――たしかに、ただ恐怖を感じるだけの作品ではなく、どこかユーモラスな雰囲気も備えていますよね。では次に、シリーズの開発経緯をお聞かせいただけますか?
清水:過去にサン電子(サンソフト)では、PS2用のADVゲームの開発を行っていました。当時シナリオは、社外の著名なシナリオライターさんにお願いしていたのですが、そのやりとりのなかで、デザイナーでありながら、シナリオに対してよい意見を言うスタッフがいたんです。
それが現在、『ナイトメア・プロジェクト』のシナリオ・企画を担当している山城だった訳です。携帯向けのゲームサイトを作る事になった時に「彼女ならよりよいものを作れる可能性があるのではないか」ということで、企画兼シナリオライターを彼女に据え『ナイトメア・プロジェクト』を立ち上げることになったのです。
――当時、携帯向けタイトルで本格的なADVゲームを楽しめるというものは少なかったように思います。当初は、どういった層をターゲットに据えていたのでしょうか?
清水:ターゲットについてですが、シリーズ第1作の『歪みの国のアリス』は、ターゲット層などをきちんと明確にし、マーケティングをして開発したモノではありませんでした。この時は“少人数で社内だけで作れるもの”である必要があったのです。
また、売上ありきではなく自分たちが納得できるものを作ろうという開発スタンスでした。
携帯サイトとしてのマーケティングも行い、当時付き合いのあった大手メーカーさんなどにも伺いましたが、どこも「携帯ゲームは電車内や駅での暇つぶしなので、10分くらいで結果が出るようなカンタンなものでないと売れない。ADVはやめた方がいい」と真剣に忠告を受けたこともありました。
それでも、自分たちを信じ、納得できるものを突き詰めて開発したからこそ、お客様のニーズにマッチしたものを作れたのではないかと思います。
――独特の世界観を持つ本シリーズにおいて、特に注目してほしいポイントはどういったところでしょうか?
山城:先ほども触れましたが、テーマでもある“優しい悪夢”でしょうか。怖いというだけでは終わらないホラーADV、という部分を味わってもらえたらと思います。
――本シリーズは『歪みの国のアリス』や『7th Blood Vampire』など、5タイトルがリリースされていますが、1つの作品の開発にはどれくらいの人数のクリエイターが携わっているのでしょう?
清水:人数は、作品1つにつきだいたい10人以下ですね。山城が監督兼企画兼シナリオ、そしてプログラマーが1人から2人、あとは企画の進行にあわせて、3人から5人のデザイナーが絵を作っています。
なお、シナリオライティングは非常に緻密(ちみつ)な書き方をしていまして、一度きちんと書き上げてから、さらに何回も推敲(すいこう)します。読んだスタッフの反応なども参考にし、何度も何度も推敲を行います。
▲こうしたテキストひとつをとっても、何度も推敲が重ねられているという。 |
その課程で、おもしろかったのに削られてしまうシーンなどもあるのですが、それを繰り返すことで、感動できるシーンが生成されていく訳です。
書くこと自体は早くても、何度も修正するため、時間がかかってしまいます。しかし、修正するたびに、すごくよくなっていくのがわかる。納期ギリギリのタイミングにも関わらず山城が修正を行う時は、本当にいろいろな“何か”を削りながら、集中して書いているのが伝わってきますね。
この過程こそが『ナイトメア・プロジェクト』のシナリオを生み出す際に欠かせない作業なのだと思います。
――こだわり抜いているぶん、開発期間も大変なことになりそうですね。
清水:スタッフがつねに『ナイトメア・プロジェクト』に掛かりきりになっている訳ではないのですが、開発期間は短くて1年、長いものは3年くらいかかります。今ではファンの皆さんにも「開発期間が長くても待っています」と言ってもらえています。長らくお待たせしているファンの方には、本当に申し訳なく思いますが……。
――こだわりが強いぶん、開発中の苦労も多そうですね。
山城:毎回、シナリオの推敲に時間がかかってしまうことや、スケジュール管理などは大変ですね。
清水:実は『歪みの国のアリス』では、開発途中で山城から「今のバージョンで出すか、それとも開発期間は長くなるけれどやりきるまで書くか」と相談されとこともあります。その時は「よい作品が生まれつつあるのだから、きっちり最後までやろう」と開発期間を延長しました。
いろいろと大変でしたが、開発期間を伸ばしてよかったと、今では強く思います。
――お話を聞いていると、本当にこだわり抜いて作品を作っているのだなと感じますが、これだけやっても「次はもっとこうしたい」などと感じることはあるのでしょうか?
山城:長編の開発を終えるごとに「もう二度と長編はやらない!」と決意を固めています(笑)。ですが今のところ、それは達成されていないです(笑)。
――シリーズ作品の配信開始から現在にいたるまで、ユーザーからの反響はいかがでしたか?
山城:ありがたいことながら、おおむねご好評をいただいています。プレイ後すぐに、熱い想いをメールでぶつけてくださる方も多く、いつも楽しみに読ませていただいています。真夜中のメールは特にテンションが高くて、読んでいて楽しいです。
――ここからは『ナイトメア・プロジェクト』を象徴するホラーADVの名作『歪みの国のアリス』についていろいろと伺いたいと思います。本作では、世界的な文学作品『不思議の国のアリス』をモチーフに選ばれていますが、その理由をお聞かせいただけますか?
清水:『不思議の国のアリス』の不思議な世界観にかねてより魅力を感じていたのと、オリジナルゲームとしては初のタイトルになるため、タイトルからイメージがわきやすいものがいいだろうということで『不思議の国のアリス』を選びました。
▲『不思議の国のアリス』を象徴するキャラ、シロウサギももちろん登場。 |
もともと『不思議の国のアリス』は好きだったので、『歪みの国のアリス』のリリース後は個人旅行でイギリスに行き、オックスフォードのアリスショップに行ってきたくらいです。
山城:私は、原作としては特に強い思い入れがある訳ではないのですが、いろいろな出版社の『不思議の国のアリス』を読みましたね。その中でも特にフィーリングのあった、新潮文庫版をベースにシナリオを作っています。
――ちなみに『不思議の国のアリス』以外の作品で、着想を得たゲームや小説などはありますか?
山城:PCゲームの『アリス・イン・ナイトメア』には、たくさん刺激をもらいました。名作です!
――『歪みの国のアリス』では物語が進むにつれて、現実と空想の世界が交錯するというのがとても印象的でした。こういった物語の構造にした理由などはありますか?
山城:タイトルの通り、日常が歪んでいく雰囲気を出したかったので、このような形にしました。とはいえ最初から狙っていた訳ではなく、物語を書き進めていくうちに、次第にそちらの方向へと舵を取っていった形です。実際には、タイトルの方が後付けになります。
▲亜莉子も、次第にアリスと呼ばれることになれていく。 |
――物語が進行すると、主人公の名前の表記が“亜莉子”から“アリス”へと変わっていくのもユニークでした。
山城:物語の序盤では、亜莉子は自分がアリスであることを受け入れていないため、現実世界寄りの“亜莉子”表記になっています。ですが物語を進めることで空想世界と現実が混じりはじめ、アリス呼ばわりされることに抵抗を示さなくなったあたりから“アリス”の表記に変化します。
なお、エンディングでは“亜莉子”表記に戻っているのですが、これは物語のその地点で、現実世界寄りになっているからです。どちらの世界に強く所属しているかで、名前の表記を変えています。
――アリスを取り巻く本作の登場キャラクターは、不気味な雰囲気を醸しつつ、どことなくコミカルな印象も受けます。キャラクターを生み出す際に意識されたポイントなどはありますか?
山城:“意識して”という意味においては実はあまりありません。『歪みの国のアリス』では、物語を書きながらキャラができていったので、流れの中で自然に作中のような雰囲気になりました。ただ、ちょっとズレた常識にアリスが振り回される感じにしたかったので、その思惑もあって、コミカルになっていったのだと思います。
――チェシャ猫やシロウサギ、廃棄くんなどの魅力的なキャラクターたちは、流れの中で生まれたのですね。
山城:どのキャラも、シナリオを書いている段階からはっきりとしたイメージがあったため、言葉で表せるようなビジュアルコンセプトというものはありませんでした。
▲せつない運命を背負った廃棄くんなど、個性あふれるキャラも本作の魅力のひとつ。 |
ちなみに『歪みの国のアリス』では、シナリオ担当の私がキャラ絵のラフスケッチを描いたキャラカードを作り、それを3DCGデザイナーに渡して作ってもらう、という方式を採っていました。
――難産だったキャラクターはいますか? また、お気に入りのキャラクターなどは?
山城:生み出す時の苦労とは少し違うかもしれませんが、アリスの3Dモデルの服には手こずらされた記憶があります。お気に入りのキャラクターはビルです。
――ユーザーから大きなリアクションがあったキャラクターなどはいますか?
山城:それはチェシャ猫です。あんなに不気味なキャラが、まさか“かっこいい”と言われるとは思っていなかったのでとても驚きました。首も外れるのに(笑)。
▲山城さんもこんなに人気が出るとは予想していなかったチェシャ猫。ミステリアスな雰囲気が人気の秘密? |
――2014年8月20日に『歪みの国のアリス』の小説版を発売されましたが、ユーザーからの反響はいかがでしたか?
清水:最初は「ノベルゲームのノベライズというのはどうなんだろう?」と不安もありましたが、ユーザーさんからは「本屋で見つけてうれしかった」という声を多くいただきました。瞬間的にAmazonの書籍ランキングのベスト3に入ったことには、本当にビックリさせられましたね。
――今後、アニメや続編などの展開も予定されているのでしょうか?
清水:いろいろと展開できるといいのですが、こればかりは自分たちだけではどうにもならない所が多くありまして……。ただ、ゲームの『歪みの国のアリス』については、スマホで遊ぶのによりマッチした、HDバージョンを作ろうと考えています。
HDバージョンでは英語版も作りますので、初の海外進出ですね。あと、ファンガイドムックみたいなものも出したいですね。
――HDバージョンはこれからプレイしたいと考えているユーザーにもうれしいですね! 現状ですと、iOS/Androidで配信されている『ナイトメア・プロジェクト』シリーズですが、今後はPS Vitaや3DSなど、コンシューマでの配信も予定されているのでしょうか?
清水:現状ではコンシューマの予定はないです。でもスマホアプリですとどうしても手元に残りづらいので、携帯ゲーム機で出したいなとは思っています。今は人手も足りないので、進められていませんが……。いつか出せるといいな、と思います。
――そういった実現も楽しみにしています! それでは最後に、本シリーズのファンの皆さまへ向けてメッセージをお願いします!
清水:いろいろと波はあると思いますが、末永くファンの皆さまを大切にしてきたいと考えています。
規模を拡大するというのではなく、あくまでも山城の企画とシナリオをきちんとパッケージしてお届けできるように、『ナイトメア・プロジェクト』らしい作品の作り方で、チャレンジしつつも、手を抜かず丁寧に作っていきます。またお待たせするかと思いますが、よろしくお願いいたします。
山城:いつも応援ありがとうございます! 最新作でまた皆さんにお目にかかれるよう、頑張っているところです。毎度のことですみませんが、気長にお待ちいただければと思います!
G-section (C)SUNSOFT
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