2016年1月16日(土)

『LoVA』オリジナルノベル(後篇・その1)公開! 襲い来る別世界からの侵入者たちとの激闘の日々――

文:電撃オンライン

 スクウェア・エニックスがサービス中のPC用マルチ対戦アクション『LORD of VERMILION ARENA』(以下、LoVA)。本作のオリジナルノベル『ロスト・レゾナンス ~LORD of VERMILION ARENA~』の後篇を掲載。前篇をお読みでない方は、ぜひ前篇・その1からお読みください。

⇒『ロスト・レゾナンス ~LORD of VERMILION ARENA~ 前篇・その1』を読む

『LORD of VERMILION ARENA』

 本作のオリジナルノベル『ロスト・レゾナンス ~LORD of VERMILION ARENA~』を執筆するのは、ライトノベル作家の紫藤ケイさん、表紙や挿絵のイラストをイラストレーターのFBCさんが担当。小説は前篇と後篇の2部構成です。なお、前後篇ともに文字のボリュームが多いため、それぞれ3回(その1、その2、その3)にわけて公開中です。読み逃しがないよう、ご注意ください!

◆これまでのあらすじ◆

 この宇宙に存在する無数の並行世界は互いに滅ぼしあう定めにあり――。高校生のイザは、ドゥクス・イリスに刻印を与えられ、世界の守護者にして破壊者となる。日常生活を送る傍ら、別世界から侵入してくる刻印の戦士と、人知れず戦いを繰り広げていた。そんな最中、イザは同級生のスズリが刻印の戦士であることを知り、2人は力を合わせて戦うことになるが……。

◆キャラクター紹介◆

イザ

『LORD of VERMILION ARENA』
▲主人公。ドゥクス・イリスによって“刻印の者”となり、刻印戦争に参加している少年。他人とのコミュニケーションが苦手。

スズリ

『LORD of VERMILION ARENA』
▲美しい黒髪と清楚な雰囲気が男子学生に人気の女の子。イザのクラスメイトだが、ある秘密を抱えている。

ドゥクス・イリス

『LORD of VERMILION ARENA』
▲イザに付き添う従者。容姿は幼い少女だが、年齢は不明。性格はクールで、美しい銀髪が特徴。タブレットPCを使いこなして情報を収集する。

ケットシー

『LORD of VERMILION ARENA』
▲イザと契約した使い魔で、自称“大悪魔”。かつては魔王として君臨していたらしいが、いろいろあって現在は猫のぬいぐるみに憑依している。

■ロスト・レゾナンス ~LORD of VERMILION ARENA~ 後篇・その1

 黄昏トワイライトが終わり、夜が訪れてなお、イザはその場を動けずにいた。

 色のない世界だった。黒か灰。それしかなかった。イザは、そこが慣れ親しんだ街のなかであることを信じられず、ただ降りしきる雨に撃たれるしかなかった。

 何もかもが黒かった。

 見慣れた街並みは、もはや廃墟と呼ぶしかない。すべては瓦礫がれき残骸ヶ原ざんがいがはら。無残に砕かれ、黒く焼け焦げた瓦礫の群れが、蹂躙じゅりん爪痕つめあとさらして横たわる。ざあざあ注ぐ雨がその上を跳ね、いくつもの小さな滝となって、えぐられた地面に水たまりを作っていく。かつて街であった場所そのものが、しくしくと血を流しているようだった。そう思えるくらいには、その場所に愛着を抱いていたのだと、イザは今更気づかされていた。

 見知った人々は、もはや人とは呼べようもない。転がっている・・・・・・業火ごうか、爆風、猛煙、衝撃――1つずつでも地獄の名産たりえるような過酷のきばに為すすべもなく焼かれ、ねじられ、いぶされ、千切られ、泥に沈んでいる。ぞっとなった。もはや物でしかない・・・・・・・・・。かつてともに笑い合った相手だとは思えようもなく、イザはただ震えた。

 黒の大地に、雨が降る。空すら黒い。星もなく。見上げる限り、濁った雲のかたまりに覆い尽くされている。焼き尽くされた人と街――その灰と粉塵ふんじんが織りなす冥府めいふの雲。まない雨は、泣くひまもなく灰と散った人々が天に昇ってようやくこぼした悲嘆の嗚咽おえつなのかもしれない。

 色のない世界だった。黒か灰。それしかなかった。あるべき形を唯一ゆいいつ保っている自分の存在がひどく場違いなものに思えて、イザは込み上げる吐き気で窒息ちっそくしかけてすらいた。

 えずきながらしゃがみ込んだ時、誰かと目が合った。

 少女だ。

 かつて自分に笑顔を向けてくれていた少女。

 その、虚無の眼窩がんかに覗き込まれていた。

 色という色を失ったむくろ――命もたましいも灰散った果てに取り残されたうつろの形骸けいがい――もはや彼女の特徴などほとんどないと言っていい状態にあるのに、なぜか彼女とわかった。あるいは人違い・・・だったのかもしれないが。彼女としか思えなかった。

 彼女だけではない。イザに笑顔を向けてくれた人々の――イザを受け入れてくれた人々のすべてが、イザを受け入れてくれた街そのものが、色を抜かれていた。ただ果てしない黒に染め上げられて。転がっていた。物として。

「お、あ・あ……」

 不気味な声が吹き抜けた。死者たちの怨嗟えんさだろうかと思った。そうであってもおかしくはない。こうも無惨に焼き殺されて、納得なっとくして死んでいける者などいるはずもない。

 とむらわなければ。熱に浮かされたようなおぼろ脳裏のうりに強烈な意思が浮かび、イザは立った。

 弔わなければ。このままにはしておけない。末期まつご苦悶くもんを形にしたような姿のまま、彼らを野ざらしにしてはおけない。しておけるはずがない。

「お、あ・あ……」

 不気味な声に導かれるようにして、イザは進んだ。その手に、黄金色こがねいろの炎がともった。焼かれた彼らをさらに焼くのか――切り刻まれるような自問が一瞬浮かんだが、他に何も思いつかなかった。そもそも他にできることなどなかった。

「お、あ・あ……」

 イザは炎を解きはなった。輝く炎が黒を抱き、灰に変えていった。

 かつて彼らであった灰が、風に乗って高々と舞った。苦悶の骸から解放されたことを喜んでいるのかもしれないと――そんなはずはないと知りながら、思いたくて仕方なかった。

 熱いしずくほおを伝った。雨だろう、とイザは思った。炎に焼かれて灰となった人々の流す涙に撃たれている。流せなかった血の代わりに。だからこんなに熱いのだ。

「お、あ・あ……」

 不気味な声は、変わらず響く。雨のなか。弔いをき立てるように。

 それが自分自身の嗚咽であると気づくこともなく、イザは骸を焼き続けた。


1

 古来、魔性ましょう・霊力と密接に関連してきた星の光は、近代社会の絶えざる光に取って代わられ、すっかり塗りつぶされてしまっていた――神秘や魔法の存在が、文明の発達するにつれて失われていったように。

 星なき夜空に舞い上がる巨大な女神めがみの姿は、忘れ去られた神秘の反逆なのかもしれない。

 寝静まった高級住宅街――深く垂れ込めた夜において、その通りを歩く者の姿はない。経済的余裕の生み出した静寂せいじゃくとでも言うべきか。ここに住まう人々には、夜遅くに帰宅する必然性がないのだろう。

 おかげで、こうして全力で駆け抜けていても、見咎みとがめられることがない。

「くっ――」

 使い魔たる戦士レネゲイド、銃使いリエルタと並走しながら、イザは振り向きざまに剣を撃つ。背後の空から降り落ちた光のやりが、緋色ひいろの魔剣に切り払われて砕け散った。

 レネゲイドは魔性の左腕で、リエルタはがらくたを寄せ集めたような銃で、それぞれおのれに迫る槍を迎撃げいげきしている。いずれの顔にも余裕はない。本当なら、今ごろ“ゴール地点”に着いていなければならなかった。相手の追跡速度が想定以上だったために槍の射程に収められ、“逃げながらの防御”を強いられている――つまりは窮地ピンチだ。

「けっこうまずいんじゃないかい、雇い主リンガー!? このままじゃ――」

 銃に輝光石アーケイン・ストーン再装填リロードするリエルタのぼやきは、爆音じみた咆哮ほうこうにかき消された。

 空を舞う女神が、不思議な余韻よいんの声でいていた。

 全長は七、八メートルにも達するだろう。両腕で自らを抱くようにした肢体したいには、一糸とてまとうものがない。一見つややかなスカートを穿いているようにも見えるが、実際には下半身が金属質のスカート状となっている。

 女神は住宅街の一画に留まり、そこから動く様子を見せない。イザたちを追い立てているのは、長い尾を引きずる赤黒い魔竜だ。竜――なのだろうとは思われるが、その全身はいびつにねじくれ、直視さえためらわれる異様さを放っている。どこの世界の使い魔か知らないが、どう考えてもまっとうな代物しろものではない――姿かたちこそまるで異なるが、おぞましいほど異質なその存在感は、あのバルログを想起させる。

 肩には、絵本から出てきた魔法使いのような、杖にフードにローブという男の姿があり、高みから悠々と光の魔槍を放ち続けている。“刻印の者”だ。

 リエルタが銃を撃った。あかりなき地上、星なき夜空――その不利をものともせずに竜の眉間みけんを狙ったが、輝ける銃弾は赤黒いうろこに届く寸前で見えない何かに激突し、虚しく宙にはじけ散った。なんらかの防護障壁シールドが発動しているらしい。

「コアが見えてるってのに、逃げるしかないなんて!」リエルタは憤然と舌打ちした。

 そう――遠くに控える女神こそ、アルカナコア。“刻印の者”の出身世界のアルカナ、その一部が実体化した存在だ。

 “刻印の者”同士がドゥクスを伴った状態で戦意せんいをあらわに対峙すると、それぞれのアルカナコアが自動的に顕現けんげんする。その姿は戦場となる世界の様相に沿ったものであり、このトワイライト世界では、つねにあの女神の姿を取って現れることになる。

 通常、“刻印の者”同士の戦いの決着には刻印の破壊が不可避ふかひだが、アルカナコアの出現中は、たとえ刻印を破壊しようとも“刻印の者”は無限の再生が可能となる。それゆえ、最初にアルカナコアを破り、然るのちに刻印を破壊せねばならない。

 なお、一度アルカナコアが出現すると、両者のドゥクスは姿を隠す。“刻印戦争”の主体はあくまで“刻印の者”であり、ドゥクスが戦闘に関与することはないのだ。

 今夜の戦いにおいて、イザたちは敵のアルカナコアを発見、急襲をかけた。しかし、敵“刻印の者”が手持ちの使い魔を“生贄いけにえ”に捧げ――その肉体を魔力マナに強制還元し――もってあの魔竜を召喚しょうかんしたことで形成が逆転していた。膨大なマナによって喚起された魔竜はその巨体からくる膂力パワーでレネゲイドとリエルタを圧倒し、イザに一時撤退の決断を下させたのだ。

 魔竜の上に立つ“刻印の者”が杖を振るい、魔力マナの槍を高速で射出してくる。イザたちは逃走を続けながら、それぞれの得物で槍を防ぐ。

 相手はこちらを追い詰めているつもりだろう。事実、追い詰められている。だが、同時に勝利へと近づきつつもあった。

 駆け抜ける先――通りの突き当りのT字路。そこにさえ辿り着けば、活路が開ける。もう少し。あともう少しの辛抱だ。

 そう、そこには――

「おうおう、絶賛苦戦中じゃニェーか」

 小さな影が立っていた。

 ちんちくりんにデフォルメされた猫のぬいぐるみが、両腕を組んでいる。

「必死こいて走る前座ども! あとは俺っちに任せときニャ!」

 ニヤリと笑って、ぬいぐるみ――ケットシーが疾走しっそうを開始した。

 低い姿勢だが四足ではない。小さな足をすばやく動かし、二足でこちらに駆けてくる。

 そのままイザたちとすれ違い――

「ニャらぁっ!」

 ケットシーは高々と空中にジャンプし、身をひねりながら何かを投げ放った。

 水風船だ。

 魔竜めがけて放たれたそれは、直前で防護障壁シールドに激突、あっけなく破裂して、カッと光を撒き散らした。「ぬ――!?」“刻印の者”の動揺の声。リエルタから借りた輝光石アーケイン・ストーンにマナを練り込んで造り上げた、ちょっとした閃光弾せんこうだんだ。

「目くらましか!? しゃらくさいわ!」

「残念ニャがら」落下しながらケットシーは笑った。「それだけじゃニャくてニャあ」

 そう。目的は目くらましだけではない。

 魔竜が首を振って立ち直った直後――

 夜の空から、一筋の流れ星が垂直にこぼれ落ちた。

 後方にたたずむアルカナコアの、その頭へ。

 突き刺さり、激突する。

 爆ぜるような光輝が闇夜やみよを照らした。星が流れたというより、太陽が落ちてきたと言うべきか。女神の脳天を直撃した光の塊は、その勢いのままに地上へ向かった――女神の巨体を、かみなりに撃たれた大樹のごとく割り裂きながら。憐れましい悲鳴がとどろく。光が地上に達したときには、裂かれた女神は石のように色を失い、消滅を迎えていた。

 魔竜の身体が淡い燐光りんこうに包まれ、次いで、ざあっと無数の光の粒へと変わった。アルカナコアの消滅によって刻印の力が弱まり、使い魔を構成するマナの維持が不可能となって、霧散むさんしたのだ。

 足場を失った“刻印の者”が、絶叫を上げながら硬いコンクリートに落ちてゆく。

 肉の潰れる音を聞きながら、イザはようやく足を止め、遠くに視線を送った。

 地上に降りた小さな太陽が――翼ある魔人が、雄々しく親指を立てているのが見えた。

「よう」

 校庭の片隅に座り、次々と足蹴あしげにされる不憫ふびんなボールの行く末をぼーっと見守っていたイザの隣に、ダイキが腰を下ろした。

 体育の授業中である。クラスの男子が四つのチームに分かれて行うフットサル。二チームずつ交代で試合をする形式。ダイキとイザは休憩中きゅうけいちゅうだ。

昨日きのうは助かったよ」ダイキが莞爾かんじと笑いかけてくる。「敵を引きつけてくれて。おかげで、一撃で済んだ」

「一撃で済むのがおかしいんだけどな」イザは肩をすくめた。「あれなら、こっちの助けなんていらなかったんじゃないのか」

「先にコアにダメージを与えといてくれただろ。だからとどめを刺せたんだ。俺たちがはなっから全力でいどんじまうと、姫にかかる負担が大きすぎるからな。おまえがいてくれて、正直、かなり助かってるよ」

 ダイキはからからと笑った。うそや気遣いのたぐいとは思えない、純粋そのものの口調くちょうだ。

「なあ」イザは指で頬を撫でた。「なんか、多くないか?」

「“刻印の者”の出現が――か?」

「ああ。俺もそうくわしいわけじゃないけど、この頻度ひんどは異常だろ」

 スズリたちと知り合ってから一か月――その間に、イザは五回の共闘をていた。

 “刻印の者”にとって、戦いは日常茶飯事さはんじだ。“刻印の者”同士、お互いに次の敵を探し合っていれば遭遇そうぐうしやすくもなろうというものだが――イザやスズリは常に一ヶ所に留まっている身である。なのに、この頻度で戦うはめになるということは。

「何かがあるはずだろ。“刻印の者”がここに来る理由ってやつが」

「だろうな」ダイキはさらりと答えた。「俺たちも不思議に思っちゃいるんだ。それでまあ、調査もしてるんだが……まだ、何もつかめてない」

「調査って、どんな?」

「情報屋に依頼をしてる。前に、レベッカって“刻印の者”と知り合いになってさ。彼女、戦いにはてんで興味がなくて、いろんな世界を渡り歩くのが趣味なんだ」

「そりゃまた……変わりだねだな」

「だが、おかげでいろんな世界の情報を仕入れられる。なもんで、彼女に依頼してるんだ」

「ふぅん……」

 ホイッスルの音が鋭く響き、試合の終了を告げる。次はイザとダイキのチームの出番だ。2人は立ち上がり、体操着の尻についた校庭の土を払う。

 休憩に入るクラスメイトたちとすれ違いながら、「ん?」イザはふと気づいた。

「依頼、ってことは……見返りっていうか、報酬ほうしゅう? みたいなの、相手に払うわけ?」

「ああ……」隣を歩くダイキの肩が心なしか落ちた。「トワイライトでの活動支援として……現金とかケータイの契約料金の支払いとか、そういうのをな……」

「あー、なるほど」確かにそれは、異世界からの渡り人にとっては、うれしい報酬だろう。

「おかげで大変なんだよ……毎日毎日バイトしなくちゃかせげないからさ」

「ヒサに頼めば? 学費とか、謎の粒子でごまかしてるって聞いたぞ」

「やりすぎるのもまずいんだって。だから、普通に稼いでまかなえる分くらいはな……」

「そんなもんかね……ちなみになんのバイト?」

「バーガー屋。あーあ。ヴァーミリオンやブレイズあたりなら、傭兵ようへいか何かでサックリ稼げるんだろうけどなぁ」

 神と悪魔の力を宿した英雄に“ファストフード店でひたすらハンバーガーを作る”仕事を選ばしめるあたりが、このトワイライトという世界の真骨頂しんこっちょうなのかもしれない……などとイザは思った。


2

「レネゲイド、リエルタ!」激しい夜風を突き破り、ビルからビルへと飛び移りながら、イザは叫んだ。「下がれ! 誘い込まれてる――」

 警告虚しく、先行して隣のビルの屋上に跳び移った使い魔たちが瞬時に引き裂かれた。

 おびただしい量の血と肉と骨の断片が、地上へこぼれる間に消滅していく。彼らを引き裂いた敵使い魔――髪を振り乱す女――が絶叫した。「あいつはどこにいるのよ!」まるで意味不明だが、どうやらこちらの使い魔は八つ当たりで死滅させられたらしい。

「設置召喚――」イザの頭にしがみついたケットシーがつぶやく。「相手もさるもんニャ」

 イザたちに追われて逃げると見せかけ、こちらを特定の地点まで誘導して、伏兵による奇襲を敢行かんこうする――以前、イザが魔竜使いに用いたのと似た計略だ。

 ビルを跳び移って逃げていた敵が、何度目かの跳躍ちょうやくの果てに足を止めて振り向いた。和風のよろいをまとった、二足歩行の狐姿きつねすがたの戦士――ライズ世界出身の獣人だろう。戦国時代よろしく戦乱が打ち続くの地の出身なれば、三十六計お手のもの、というわけか。

 狐がカードを抜き放ち、さらなる手勢てぜいを召喚する。イザは1つ手前のビルの屋上で跳躍を止め、魔剣を構えた。使い魔はマナによって構成された存在であるため、死滅しても再召喚が可能だが、すぐにというわけにはいかない。相手はそのすきを突こうとしている。

 耳のとがったエルフの戦士と、全身を機械化された白装束しょうぞくのニンジャを引き連れて、狐姿の武人ぶじんがこちらのビルに跳び移ってくる。時刻は深夜――地上の繁華街には行き交う人々の姿が少なからずあったが、星のない夜空を見上げる者などそういるはずもなく、ビル群を足場にしての追走劇が気づかれる気配はない。

 イザは軽く舌打ちした。

「三対一はさすがに不利だな……」

「おうコラあるじてめえさらっと俺っちを数から除外してんじゃニェーゾ!」

 ケットシーにぐいぐいつかまれた髪が、突如、背後から吹きつけた旋風つむじかぜに揺れた。

 振り向くと、数メートル後ろの空中に、銀色のバイクに乗ったスズリがいる。風にもてあそばれそうな長い黒髪は、同じく銀色のヘルメットで押さえられていた。

『ヘイ、乗りな』

 バイクが言った。大方また変なアニメでも見たのだろう。

 さておき、従わない理由はない。イザはすぐさま転身し、ビルからバイクに跳び乗った。一瞬だけ迷ってから、ハンドルを握る少女の細い腰に左手を回す。その感触については意識しないよう努めた。全力で。

「いま、ダイキがあっちのアルカナコアを見つけたらしいから」敵とは逆方向に宙を滑り出すバイクのハンドルを、特に意味もなく動かしながら、スズリが言った。「気づかれないように、こっちで陽動してくれ、だって」

「それはいいけど。なんでバイク?」

『昨日わりと古めのバイクレースのゲームがダウンロードショップに並んでたからポチッてみたら、これが3D黎明期れいめいきの超カックカクなポリゴンのわりにマジ激アツでさー』

 そんなことだろうとは思った。

 ビルの連なりから離れ、何もない空中を飛ぶヒサバイク――後ろを振り向くと、ニンジャがたこに乗って滑空かっくうし、追いすがってきていた。狐姿の武人とエルフ戦士はその上だ。

『おおう! もしやあれは単分子凧モノフィラメントカイト!? このステルス性、まさに新時代の超忍法!』

 勝手によくわからない推測をしたバイクが、大興奮して存在しないエンジンを噴かす。

 エルフ戦士が弓から射かける矢を魔剣で切り払い、イザはスズリに振り向いた。

「あまり逃げすぎても、相手に陽動の可能性を気づかせかねない――軽く時間を稼いだあとは、広いところに降りて迎撃した方がいい!」

 ビルからビルへと吹き抜ける烈風の咆哮にかき消されぬよう、大声で叫ぶ。

 が、返事がない。

 操作する必要がないはずのハンドルを握ったまま、スズリはうんともすんとも言わない。

「……?」怪訝けげんに思って眉をひそめると、

『あ、ごめんごめん』バイクが言った。『今スズリ、メットでホントの方の耳ペタンなっちゃってるから。たぶんぜんぜん聞こえてないよー』

「なんでかぶせた!!」

 その叫びすら聞こえていないらしく、スズリはいつになくきりりとした顔つきで、形だけ存在しているが別になんの意味があるわけでもないアクセルを全開に踏み込んだ。

「んじゃっ、作戦会議を始めますっ!」

 十月に入ってなお、まだまだ秋を思わせてなるものかとばかりに太陽が強く照りつける、午後の学校の屋上で。

 中央に陣取ったヒサが、くるりとターン。スカートをなびかせ、ポーズを決める。

 並んでフェンスに背中を預けたイザとスズリは、

「うー」「あー」

 手にした弁当を開く気力もなく、そろってどんよりうめいて答えた。

「こりゃだめだな……」サンドイッチを頬張りながら、ダイキ。「普通に死んでる」

「夜更かしは身体によくないからね」

 摂取すべき栄養を厳密に計算して自前じまえでこしらえたという、見た目も含めてきっちり整えられた弁当にはしを入れながら、ユキナ。

『LoVA』ノベル

 結局、昨晩遭遇した狐姿の武人は取り逃がしてしまった。あんじょう、こちらの陽動を察した相手がアルカナコアともども行方ゆくえをくらましたのだ。ぎりぎりまで追跡を続けたイザとスズリは、夜更かしと疲労と徒労感のトリプルパンチで朝から亡者もうじゃの仲間入りを果たしている。

「おいおい、そんなことじゃこの世界は守れないゾ!」

 決めポーズからのウィンクという流れるようなコンボを決めるヒサ。ハイテンションに芝居がかった口調は、考えるまでもなく何かの影響を受けている可能性大である。

「敵は群雄爆裂ぐんゆうばくれつ戦国世界ライズのサムライ! しっかり作戦を立てていこうゼ!」

「うー」「あー」

 太陽の光を浴びて腐り落ちそうになっている亡者以下の返事に、やや離れたところで様子をうかがっていたドゥクス・イリスが眉をひそめる。

「肉体的不調がピークに達しているようだ。どうする、姉妹」

「いったん身体情報ステータス更新リセットしてはどうかしら」にこにことアマリア。「具体的には死滅して」

「なるほど。一度死滅し、刻印の力で再生すれば、肉体的には平常の状態に更新リセットされる。うまい回復・・方法だ」

下手へたに魔法や薬物を使うと悪影響も出かねないから。こちらの方が有効のはずだわ」

 うなずき合うドゥクスふたりに、イザとスズリはげんなりうめく。

「鬼……」「悪魔……」

「我々はそうしたカテゴリに属する存在ではないと言ったはずだが」

 きまじめに語るイリスを、元悪魔と神魔人がひそひそやりながら指差していた。


3

 通路の両面に張られたガラスの向こうで、大小様々な魚がゆったりとした泳ぎを見せている。静かな命の鼓動を感じさせるBGMが流れ続けているのと相まって、まるでここだけ、時間流れが遅くなっているかのよう――通路を渡る親子連れや恋人たちの足並みも心なしかゆるやかだ。

 そんな水族館の一部屋にあって、イザはむしろ時間が加速したように感じていた。

 四方をガラスで囲み、その合間に通路への入り口をふたつ設けた小さな部屋だ。イザとスズリ、ヒサとダイキがそれぞれ背中合わせになり、四人で四方を見つめる布陣ふじん。それぞれの背中に守られるようにして中央に立つのは、魔術端末としての姿を現したユキナだった。イザの知らない言葉を口ずさみ、マナの燐光に包まれている。

「早くしてくれよニャ」イザの頭の上でケットシーがぼやいた。「“人払い”のまじないニャんてのは、長く続かニャいんニャ」

「もう少し……」目を閉じたまま、ユキナがつぶやく。「巧妙に隠れている……でも、いる――どこかに……あと少し……あと少しで触れられる……」

「見つけたら、一撃で仕留めるしかないな」元の姿に戻る覚悟を決めてか、右こぶしをゆるゆると握っては開くダイキ。「なんせ屋内だ。派手なバトルは近所迷惑になりすぎる」

「っていうか、なんでこんなところで」口を尖らせるヒサ。「せっかくの予定がパー!」

 これにはイザも同意だった。最近“刻印の者”との戦いが多いので、緊張をほぐすためにみんなで水族館に行こう――というスズリの提案は、実際なるほど効果的だった。多種多様な情報が目まぐるしく飛び交う高速情報社会から束の間解き放たれ、悠々と泳ぎ回る魚たちの仲間入りを果たしたかのごとく錯覚さっかくしながら、たわいのない世間話で盛り上がっていると、意外なほど安らいだ心地がした。それだけに、膨大なマナの胎動たいどう――何者かによる高位の使い魔の召喚――が発生し、いつもの殺伐さつばつとした緊張状態に戻らねばならなかったのが、残念でならない。

 敵の姿はまだ見えない。だが、挑んでこないはずがない。おそらくかねてからイザたちに目をつけていて、こちらがのがれようのない屋内施設に入ったのをいいことに、高位の使い魔を用いての殲滅せんめつ戦を敢行するつもりなのだろう。

 生ける魔導書にも等しいユキナがいてくれたのが幸いだった。魔力の気配を察するや、彼女は探査魔術を発動し、敵使い魔の位置を割り出す儀式に入っていた。こと魔術に関して、ユキナはずば抜けた力を持っている(自称元大悪魔ながら現ぬいぐるみゆえにちょっとしたまじない程度しか使えないケットシーが、渋々ながら認めたのだからまぎれもない事実だ)。敵の目論見もくろみは失敗に終わるだろう――

 だが。

「……だめ」ユキナが目を開いた。珍しく困惑げに眉根を寄せている。「ヒットしない……相手はなんらかの能力でマナの波動を抑制してる。私の魔術でも探知できないレベルに」

「なんだって……」

 イザは息をんだ。想定外の事態だった――いや、これが想定外であること自体、油断に他ならない。彼女たちと出会った戦いで学んだはずではないか。広い世界がたくさんある以上、“横には横がある”以上、どんな手段を持つ敵がいようと驚くには値しない。自分たちの力に慢心まんしんした瞬間に敗北する――それが刻印戦争の常であるのだと。

「まずいなぁ」うなるダイキ。「攻めてきたところをふんづかまえるしかないか?」

「でもさ、ユキナでも尻尾しっぽをつかめないステルスっぷりってなると、あたしたちでも反応しきれるかどうか怪しくない?」

「まだよ」ユキナは鋭く目を細めた。「能動探査に引っかからないなら、受動探査を張る。息を潜めるのはうまくても、動けば必ず痕跡が生まれる……周辺に結界を形成して、敵の侵入を感知すれば――」

「あれじゃない?」

 スズリが、ずばりと目の前を指差した。

「えっ?」

 イザとユキナは、目を丸くしてそちらを見やる。

 スズリが指差しているのは、部屋の一画、ガラスの向こうで泳ぐ一頭のイルカだった。

「…………」

 一瞬、沈黙して。

「「ほんとだ」」

 口をそろえてうなずくと、イルカがぎょっとなって動きを止めた。

『ば、馬鹿な! 貴様ら、なぜ気づいた!』

 うろたえてしゃべり出すイルカを見つめたまま、「だって」スズリはガラスの脇に備えつけられた紹介プレートを指差す。

“クロマグロ”、とプレートはうたっていた。

『oh』

 間抜けな声を上げるイルカの前で、ダイキがにこやかに拳の骨を鳴らした。

 スズリはすやすやと穏やかに眠っていた。イザの膝を枕にして。

「…………」

 水族館特有の“時間の流れの遅さ”が二倍か三倍になったような気がした。

 イルカとの対決(奇襲きしゅうに失敗したイルカがあわてて水中にドゥクスを呼び、溺れかけたドゥクスが涙目になりつつもイルカごと異世界に逃げていった)を終え、事なきを得たあと――緊張の糸が切れるのとユキナの力による負担がかかったのとが重なって、スズリは強烈な睡魔すいまに襲われた。それで手近な長椅子ながいすに座らせたところ、すぐさま寝息を立て始め――こてんとイザの側に倒れてきて、結果、少年の膝が枕代わりと相成ったのだった。

「…………」

 イザは気まずい視線を右に送った。

 スズリを挟んだ位置に、元の姿に戻ったユキナが腰かけていた。切れ長の瞳でまっすぐ前を見つめたまま、小さな牛乳パックに差したストローをくわえている。

 元気のありあまっているヒサは水族館巡りを続行し、ダイキは例のレベッカとかいう情報屋との定期会合のため離脱りだつした。珍しいことにケットシーも、レベッカにいろいろ話を聞いてみたい、とダイキについていった。

 ユキナが残ったのは、無防備なスズリをガードするためだろう。イザは共闘関係とはいえ“刻印の者”である。警戒するのは当然だ。

 だからだろうか。妙に空気が重苦しいのは。どうもそれだけではない気がするが。肺をわしづかみにされるような圧迫感――常と変わらぬはずのユキナから、妙な威圧プレッシャーを感じる。なんというか。……胃が痛い。

「……イルカもさ」耐えかねて、イザは口を開いた。「刻印。もらえるんだな……」

「刻印の付与対象は人間に限らない、ってアマリアが言ってた」振り向きもせず、ユキナ。「確かな血肉と知性と魂を備えてさえいればいいって」

「なら、どこの世界の出身か知らないけど、あのイルカ、人間並みの知性があったのか」

「たぶんね」

 いかん。そっけない。これでは会話が終わってしまう。イザはあわてて話題を探した。

「そういえば。前……俺、昼休みに呼び出されたじゃん」

「ああ……あのハイエルフの件のとき?」

「そうそう。あれさ。よく考えたら……君ら、こっちの事情ぜんぶ知ってたんだよな」

「そりゃね」

「……んじゃ、なんだったんだよ。あの尋問じんもん。必要なかっただろ……」

「見極めようかなって」ユキナの目がわずかに細められる。「どういう人間か」

「俺がミキシマさんと協調しうる人間かどうか、確認しようとしたってことか?」

「スズリ、甘いから」

 それ自体は筋の通る話だ。が。

 イザは半眼になった。「それなら、あの話題であそこまで突っ込む必要なくないか」

「そっちもそっちで大事なことだから」

 悪びれもせずに言って――ユキナが、ふとこちらに視線をくれた。

 鋭い短刀の切っ先めいた瞳に見つめられ、イザはぎくりと身をこわばらせる。

「な……なんすか」

 思わず敬語で問うと、「別に」ユキナはすぐに前を向き、

「ただ、いちおう言っとくけど」

 ぽつりとこぼした。

「覚悟。決めてね。もしも、本気の本気で本気になるなら」

「…………」

 あの“奇襲”の内容は、単に方便ほうべんというわけでもなかったらしい。

⇒『ロスト・レゾナンス ~LORD of VERMILION ARENA~ 後篇・その2』を読む

データ

▼『LORD of VERMILION ARENA』
■メーカー:スクウェア・エニックス
■対応機種:PC
■ジャンル:アクション
■サービス開始日:2015年6月17日
■プレイ料金:基本無料(アイテム課金制)

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