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2016年3月10日(木)

【電撃PS】SCE・山本正美氏のコラム『ナナメ上の雲』を全文掲載。テーマは“ミスリードな世界”

文:電撃PlayStation

 電撃PSで連載している山本正美氏のコラム『ナナメ上の雲』。ゲームプロデューサーならではの視点で綴られる日常を毎号掲載しています。

『ナナメ上の雲』

 ここでは、電撃PS Vol.609(2016年2月25日発売号)のコラムを全文掲載! 

第78回:ミスリードな世界

 先日実施した、『The Tomorrow Children』のクローズドβテスト、遊んでくれた方はいらっしゃいますかね。日欧米それぞれに向けて3時間ずつと、別で24時間通してのテストを行いました。大きなβテストを体験したのは初めてだったので、ドキドキしましたね~。Twitter他、リアルタイムでプレイヤーの皆さんが書き込まれる感想に、スタッフ一同一喜一憂。狙い通りのコメントもあれば厳しいご意見などもありつつ、まさにみんなで作っている感じがして、とても楽しかった。

 そんなβテストの一発目。日本のプレイヤーが家に帰り、ゲームを遊び始めるであろう時間、という想定で、1月21日の20時から23時で実施をしました。スタッフは当然、会社のオフィスでスタンバイ。年長者の僕は、プレイヤーの人達と近い状態で我々もプレイしようぜ! という大義名分を唱え、コンビニでお菓子や飲み物(お酒)を買って差し入れをしました。でも、みんな真面目なので飲まない(笑)。結局僕1人がビールを飲みながらプレイしていました。

 さて、1人で飲んでいるのも申し訳ないので早々にお酒は切り上げ、ではコーラでも飲むかと2リットルのペットボトルの封を切ります。ですが、注ぐコップがない。キッチンに紙コップを探しにいくのも面倒、しかしラッパ飲みはさすがに……ということで、自分のデスクにあった空っぽの水のペットボトル(500ml)に、コーラを半分くらい入れて飲んでいました。そうこうするうちに、βテストは終了。飲み食いしたゴミを片付け始めたのでした。

 僕が水のペットボトルに移して飲んでいたコーラは、結局飲み切れず、少し残してしまった。なのでキッチンに流しに行きました。すると、たまたますれ違った別のプロジェクトの人が、僕が持っているペットボトルを怪訝な顔をして見つめるのです。

 なんだろうと思いつつふと自分の状態を冷静に考えると、いろはすのペットボトルに少量入ったドス黒い液体を夜な夜な流しに捨てに行くという、完全に、“デスクで腐らせた液体を夜更けに処理するヤツ”になっているわけですね。「これ、さっき入れたコーラなんです!」という弁明をする間もなく、その人は別のフロアに消えて行きました。

 随分前ですが、こんな似たようなことがありました。その当時僕はiPhone4を使っていたのですが、そのiPhoneは、油断して落っことして画面がバキバキに割れた状態でした。画面を交換することももちろん検討しつつ、もう少ししたら4sが出るという時期でもあったので、仕方なくそのまましばらく使っていたのです。

 で、ある日。電車の中で、なにかの拍子にそのiPhoneを落っことしてしまいました。乗っていた車両はちょうど座席が埋まるくらいの乗車率で、僕も座っていたのでそれほどの高さからではかったのですが、「カターン!」という音が思った以上に鳴り響いた。その瞬間、他の乗客の皆さんが一斉に落ちたiPhoneを見たのです。彼らが目撃した、不用意な男が落としてしまったiPhoneは、しかも画面がバキバキに割れている。皆一様に、「あ~あ……」という顔をしていました。

 完全に、今の落下で画面が割れたと思っているわけです。僕は、「いや、これは今割れたんじゃなくて元々割れていたんです!」と大声で叫びたかったのですが、もちろんそんなことはできず、甘んじてその車両の空気を受け止めました。

 “ミスリード”や“ミスディレクション”という言葉があります。端的には、わざと誤解を誘発させて、被験者を狙った方向へ誘導する、ということでしょうか。ミステリ小説などでは当たり前のように使われていますよね。ベタなところでは、ずっと犯人を男性のように描いておきつつ、実は女性だったというような。映像を伴わない小説は、その分その強みを生かした引っ掛けが数多く編み出されています(叙述トリックというやつですね)。

 映画でも、有名なところでは『シックスセンス』とか、邦画でも『アフタースクール』などは、ミスリードされた結果のどんでん返しが素晴らしい名作です。

 作者の能力をフル稼働し、エンタテインメント作品として落とし込まれたミスリードは、本当に素晴らしいと思います。「やられた!」という快感は、個人的には“泣ける”“笑える”よりもより高度なカタルシスがあると思っています。

 一方でミスリードは、先に出した僕の例に限らず、“意図することなく起こってしまう”こともあるわけです。これが怖い。人間関係がこじれたりするのは、多分にこの、“意図せぬミスリード”によるものなのではないか、と思ったりもします。意図していないので原因が分からない。そもそも、ミスリードが起こっていること自体が分からない場合もある。普段から、多少の誤解は許容できるコミュニケーションを図っておく、というのは重要だなあと思うのです。

 しかし本当に怖いのは、“悪意あるミスリード”ですよね。混んでいる道を歩いているとき、前の人の踵をちょっと引っ掛け、直後歩く軸をずらせば、簡単に自分の後ろの人に罪をなすりつけられる。性善説に過ぎるかもしれませんが、世界が楽しいミスリードだけになるといいなあと思うのでした。

※このコラムは電撃PS Vol.609(2016年2月25日売り号)に掲載されたものです。

ソニー・コンピュータエンタテインメント JAPANスタジオ
エグゼクティブプロデューサー

山本正美
『ナナメ上の雲』

ソニー・コンピュータエンタテインメントJAPANスタジオエグゼクティブ・プロデュ ーサー。PS CAMP! にて『勇なま。』シリーズ、『TOKYO JUNGLE』などを手掛ける。現在『トゥモローチルドレン』『NewみんなのGOLF』を絶賛開発中。最新作、『Bloodborne The Old Hunters』好調発売中!

 Twitterアカウント:山本正美(@camp_masami)

 山本氏のコラムが読める電撃PlayStationは、毎月第2・第4木曜日に発売です。Kindleをはじめとする電子書籍ストアでも配信中ですので、興味を持った方はぜひお試しください!

データ

▼『電撃PlayStaton Vol.609』
■プロデュース:アスキー・メディアワークス
■発行:株式会社KADOKAWA
■発売日:2016年2月25日
■定価:657円+税
 
■『電撃PlayStation Vol.609』の購入はこちら
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